xSS-x-19 閑話、オール・カンパニー
俺の名前は
自分で言うのも何だが、俺はかなり優秀な人間だ。学校での成績は常に上位だったし、運動神経も良い。コミュニケーション能力も自信があって、多くの友人を持っている。
そんな優秀な俺だからこそ、世界一の企業たるワールド・コーポレーションに採用されるのは当然の帰結だった。これからも出世街道まっしぐらだろうと、俺は信じて疑わなかった。
──そう、昨年度末に『世界変革事変』なんて事件が起きるまでは。
本筋に関係ないし、俺自身も興味がなかったので詳細は省くが、あの事件がキッカケでワールド・コーポレーションは倒産してしまった。しかも、原因が原因だったせいで、放り出された社員たちの心象は最悪。再就職は絶望的だった。
どうして、こんな目に!?
何度、嘆いたか分からない。
何せ、主犯の重役や在籍していた社員たちはともかく、俺は内定されただけの人間。まったく無関係だっていうのに、関係者のように扱われているんだ。とんだとばっちりじゃないか!
幸い、今すぐ生活難になるわけではなかったけど、俺の未来は絶望的だった。だって、バイトでさえ、なかなか見つからない。それほど、ワールド・コーポレーションに関わってしまった影響は重かった。
しかし、運命は俺を見捨てていなかった。
暗い気持ちのまま新年度を迎え、しばらく経過した頃。とある会社から働かないかとオファーがあったのだ。
それを聞いた時、俺は我が耳を疑った。今のご時世に俺を雇うなんて、そんな会社があるはずないと。どうせ詐欺か何かだろうと。
だが、オファーをくれた会社は実在した。社名は『オール・カンパニー』と言って、この春に起業した出来立てホヤホヤの会社らしい。加えて、社長と副社長が現役高校生だというんだから、驚きを超えて呆れてしまった。
どうにも、このオール・カンパニーという会社、ワールド・コーポレーションの件で失業してしまった人材を中心に採用しているようだった。だから、俺にも声がかかった模様。
何のメリットがあって、そのようなことをするんだろうか。ワールド・コーポレーションに関わると、他の企業から邪険にされる確率が高いっていうのに。
正直、新手の詐欺ではないかという疑念は拭えていない。でも、このオファーを受けることにした。どうせ他社に採用される可能性は限りなくゼロだし、失うものなんて少ないんだから、せっかくのチャンスに乗っかろうと考えたんだ。
結果から告げると、俺の選択は正しかった。
起業してから半年しか経過していないにも関わらず、オール・カンパニーの業績は、すでに世界トップ5にランクインしていたのだ。破格どころか異次元の偉業だった。
当然、給料も凄まじい。たぶん、その辺のサラリーマンの十倍は稼いでいると思う。
かといって、社会保障が手薄なわけでもない。完全週休二日制だし、休暇申請も通りやすい。有給だって、規定数以内であれば自由に取れる。しかも、社員専用の保養施設も使い放題。
ホワイト企業ならぬゴッド企業だと、大勢の社員から評される天国っぷりだった。
どうやって、ここまでの業績を維持しているのかといえば、副社長の存在が大きいだろう。
オール・カンパニーのナンバー2で現役高校生だともいうお方は、ミュリエル・ノウル・カルムスドさん。銀髪に紅眼の美しい外国人美女だ。彼女があらゆる戦略や大手への営業を手がけていて、そのお陰で社の勢いが増している。これは社員全員が認めるところだった。
高校生をしながら、どこに働く時間が残っているのかと不思議に思うかもしれないが、彼女は勇者なんだ。異能という常識外の力を用いて、学業と仕事の両立を達成しているらしい。
会社を大成功させているのなら、学生なんて辞めても良い気がするのだが、それを尋ねたことがある社員曰く「学生でしか楽しめないことをやりたいって言われた」らしい。
うーん。理解できなくもないが、俺だったら学業を投げ出すなぁ。お偉いさんの考えることは、よく分からない。
美人で優秀で大企業のナンバー2、性格も良し。こんな高ステータスを有するカルムスドさんは、当然ながらモテる。それはもう、人気アイドルなんて目じゃないほどモテる。社内の人間はもちろん、営業先のお偉いさんからも目をつけられているらしい。
まぁ、誰かになびいたことは一度もないし、全員袖に振られているが。
俺? 俺にそういう考えはない。そりゃカルムスドさんは素敵な人だけど、ちょっと超越しすぎてて、いくら優秀な俺でも疲れそう。勇者に偏見はないけど、やっぱり一般人との認識の差はあるだろうし。
あと、これは俺の勘だけど、カルムスドさんには恋人がいると思う。すでに婚約してるんじゃないかなぁ。指輪こそしてないけど、時々そういった甘い雰囲気を感じることがある。
お相手は……これも俺の勘にすぎないけど、社長だと予想してる。
実は、オール・カンパニーの社長は、社員の誰も詳細を知らない。入社してから一度も顔を出していないし、公に姿を現したこともないからだ。
お飾りの社長で何の仕事もしていない、とか陰口を叩く社員もいるけど、たぶん仕事はこなしていると思う。それも、俺たちに気づかれないうちに出社して、尋常じゃない速度で
というのも、いくら何でも、カルムスド副社長だけでは会社が回らないのだ。勇者とはいえ、人間である以上は限界もあるわけで。どう考えても一人の仕事量じゃない。
まぁ、二人の仕事量でもないんだけど、そこは社長も勇者と考えれば、
あと、これは先の勘以上に当てずっぽうだけど、その社長はファトゥウスじゃないかと睨んでいる。
オール・カンパニーは、その利益の四割が名匠ファトゥウスの商品だったりする。彼の商品は、一般人の俺でも耳にするほど人気が高いから、然もありなんって感じではある。
表向きは彼からの業務委託となっているけど、何となく怪しいだよな。根拠はないけど、ファトゥウスが社長なら色々納得できる。
表向きを委託にしているのは謎だけど、今まで他社と関わらなかった彼がウチに関わる理由になるし、超人気の代物を作成できる勇者なら、社長業なんてあっという間にこなせるだろう。
とはいえ、全部俺の妄想だ。当たってたら面白いとは思うけど、証拠はない。
さーて、色々無駄に思考を回してしまったけど、そろそろ仕事に戻りますか。
俺はデスクにあるPCに向き合い、残った仕事に取りかかろうとする。
しかし、俺が仕事を再開することはなかった。
何故なら──
「夜院さん、少し時間をいただけないかしら?」
カルムスド副社長に声をかけられたためだ。
社員全員が大きく騒ついたのは、言うまでもない。
そして、カルムスドさんに連れてこられたのは社長室だった。
カルムスドさん以外は誰も入ったことのない社長室。社員からは開かずの間なんて揶揄されている部屋に通され、俺はガチガチに緊張していた。
だって、目の前の社長用の豪華そうな椅子に、人が座っているんだもの!
「あなたが夜院海士さんですね?」
「は、はい」
俺は震える声で頷く。
目前にいるのは、ごくごく平凡な青年だった。俺よりも年下、おそらくカルムスドさんと同い年くらいの男。この場にそぐわないほど覇気が薄く、普通の印象を受ける。
しかし、俺は侮れなかった。何というべきか……本能? が囁くんだ。この男に逆らってはいけないと。
借りてきた猫のように大人しくしている俺を見て、覇気のない青年は「へぇ」と興味深そうに息を漏らした。
な、何が「へぇ」なんだ? 生きた心地がしないんですけども!
緊張する俺を放置して、青年とカルムスドさんが話し始める。
「キミの言った通り、なかなか勘の鋭い人みたいだね」
「でしょう? 一般人にしては優秀よ。仕事もできるし、適任だと思うわ」
「うん、一応確認のために面接してみたけど、大丈夫そうだね。キミの人選は適切だよ、さすがだ」
「ふふっ、それほどでもないわ」
二人の会話は温かみがあって、近しい印象を受ける。
俺の予想は正しかったらしい。絶対に、この二人はできてる。
程なくして、俺が待ちぼうけになっていたことに気がついた青年が、こちらへ目を向けた。
「すみません、置いてけぼりにしてしまいましたね。まずは私の素性を明かしましょうか。私は
「やっぱり……あ、すみません!」
「気にしないでください。いきなりの展開に、頭も混乱しているでしょうし」
ウチの社長は、かなり物腰柔らかな人柄らしい。一社員である俺に対しても、謙虚な姿勢で話してくれている。お陰で、少しだけ緊張も解れてきた。
俺が落ち着いたのを認めて、伊藤社長は続ける。
「本日、夜院さんを呼んだのは、あなたの実力を見込んで、とあるプロジェクトを任せたかったからです」
「ぷ、プロジェクトですか?」
「はい。うちの会社もようやく安定してきたので、そろそろ本格的に動きたいんですよ。ただ、私は表に出たくな……出られない事情がありまして。ミュリエルだけでは手が足りないので、新しい人員を補充しようと考えてるんです」
この人、表に出たくないって言ったぞ? もしかして、今まで顔を出さなかったのって、個人的な理由なのか?
若干呆れそうになったが、彼の意図は理解した。
「俺……私に社長と連絡を取り合い、その新プロジェクトの舵取りをしてほしい。そういうことでしょうか?」
「理解が早くて助かります。今回の企画は、私の意見も反映させたかったんですよ。でも、ミュリエルにこれ以上負担かけられなかったので」
「話は分かりました。とても光栄ですし、ぜひとも受けさせていただきたいのですが……ひとつだけ質問をしても宜しいでしょうか?」
俺にも出世欲はあるので、この提案を受けない理由はない。ただ、気になったことがあった。
こちらの問いかけに、伊藤社長は快く頷いてくれる。
ホッと安堵し、俺は口を開いた。
「なぜ、私なんでしょう?」
もちろん、俺は優秀だ。成績は社内でもトップ10に入る自信がある。ただし、逆を言えば、他に九人も同格の人材がいるということ。
社長の雰囲気からして、俺が抜擢された明確な理由が存在するように感じる。ならば、それを知りたかったんだ。
俺の質問を受け、伊藤社長は頰笑んだ。
「そういう勘の鋭いところを評価しました」
「はい?」
「あなたは『自分が選ばれたのには、確かな要因がある』と思ったから、今の質問をしたんですよね?」
「えっ、はい」
こちらの意図をバッチリ見透かされ、俺は驚く。
そんな俺を無視して、社長は続ける。
「相手の意図や裏にある事情を推察し、正解に近い答えを導き出す。あなたには、そういった能力がある。そこを評価しました。あとは……私を侮っていないのも加点要素ですね」
「侮る、ですか?」
この人を侮るバカなんていないと思うが。
俺の内心を悟ったのか、伊藤社長は小さく笑った。
「結構いますよ、私を侮る人は。何せ、私は社員たちに仕事をしてる姿を見せてない。お飾りと言われてるのは知ってます」
「す、すみません!」
「あなたが謝る必要はないし、そうなるのを分かってて、私は姿を隠してる。だから、気にしないでください。私が言いたいのは、あなたには私を侮ってないから、連絡役として適格だということです」
「あっ、なるほど」
得心した。
確かに、提案された役回りとして、社長との信頼関係は必須事項だ。侮る輩がつけば、社長の意見をねじ曲げる可能性がある。
「優秀かつ信頼できる人材で、候補に上がったのが夜院さんなんですよ」
「あなたが色々と気を回してくれているのは知っているわ。いつもありがとうね」
社長と副社長の賛辞に、俺は感無量だった。
俺の仕事が会社のトップ二人に評価されていること。それがここまで嬉しいとは思わなかった。
俺は感激を胸に、声を上げる。
「ありがとうございます! 新プロジェクトの件、お引き受けいたします。精いっぱい頑張らせていただきます!」
こんなにも社員のことを考えてくれている会社なんだ。心から、俺の全力を尽くしていきたいと思えた。
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