xSS-x-20 閑話、異端者ファンクラブの謎

 『救世主セイヴァー』とは、その名の通り世界の救世主である。五回以上も異世界を救った偉業の人だ。


 その称号を得た者は、周囲から羨望せんぼうの眼差しを集める。行動や発言は注目され、熱心なファンも生まれるだろう。


 ゆえに、彼らにファンクラブが立ち上がるのは必然だった。公認か非公認かはさておき、『救世主』のことごとくにファンクラブは作られていた。


 ――そう、かの『異端者』にも、しかとファンクラブは存在したのだ。







          ○●○●○







 一総が『神座』より帰還して幾日か。慌ただしい日々は落ち着き、ようやく平穏な日常が帰ってきていた。


 今朝も雲ひとつない快晴で、穏やかな気候。気持ちの良い一日の始まりに違いなかった。郵便受けを確認するまでは。


「ねぇ。何か妙なモノが投函されていたわよ」


 本日の郵送物確認を担当していたミュリエルが、ひとつの封筒を手にリビングへ入ってくる。


 彼女の顔は訝しげだった。透き通った紅目を細め、青白い肌の整った美顔を曇らせている。


 キラキラと光を反射する銀髪をなびかせながら室内を進むと、ミュリエルはテーブルの上に件の封筒を置いた。


 部屋にいた面子の視線が集中する。


「普通の封筒に見えるけど?」


 開口一番に話したのは天野あまのつかさ。ホワイトブロンドの髪を揺らし、首を傾ぐ。


 計算され尽くした愛嬌は、一種の凄味を感じさせる。


 彼女の言葉に、村瀬むらせ蒼生あおいが淡々と返す。


「捺印が、ない」


 無表情のままの彼女は不機嫌にも見えるが、これが通常である。それは皆知っているので、特に気にしていない。


 司は「嗚呼」と頷く。


「本当だね。じゃあ、直接投函されたってこと?」


「そうなるのよねぇ。それにしては……」


 ミュリエルは言い淀んだ。


 妙な反応を示す彼女に、司は再び小首を傾げる。


「何かあるの?」


「誰かが足を運んで封筒を入れたってわけじゃなさそうですよ」


 答えたのはミュリエルではない。栗色のツインテールと緑の目を持った、田中たなか真実まみだった。


 彼女は愛用の黒縁メガネを、中指で持ち上げる。


「ザっと情報を覗いてみた感じ、突然郵便受けに出現してますね、その封筒」


 真実の魔眼に見通せないものは存在しない。封筒に付随された情報を、正確に読み取っていた。


 ミュリエルが大きく頷く。


「そうなのよ。アタシも魄法使って調べたのだけれど、どこから届けられたのか分からなかったの」


 どうやら、情報走査に長けている二人でも、この封筒の出所が不明らしい。


 確かに、そうなれば『妙なモノ』と呼称するのも納得できる。


 ようやく事態を理解した司は、唸りながら腕を組んだ。


「うーん。二人がダメってなると、私が調べても無駄だよね。一総くんには?」


「一応、連絡は入れておいたけど、すぐには帰ってこないでしょう」


「第五王女……じゃなくって、王姉殿下のところに行ってるんだもんね。しばらくは無理か」


 ミュリエルの力ない言葉に、司は苦笑を返す。


 今朝より、一総は使い魔姉妹を引き連れて、異世界のバァカホ王国へと旅立っている。かねてより約束していた、ナディアとの面会日だったためだ。


 あの娘は熱心な一総の信者で、何かと理由をつけて彼との談話の機会をもぎ取っている。本当に強かな少女だった。


「じゃあ、私たちだけで開けてみます?」


「だいじょうぶなの?」


 真実の思い切った発言に、蒼生は心配そうに問うた。


 彼女の懸念は理解できる。差出人不明の未知の代物を、そう簡単に開封するのは危なすぎる。


 対して、真実は軽く肩を竦めた。


「大丈夫ですよ。見た限り、悪意の類は読み取れませんし」


「それは同感ね。悪意はないわ。むしろ、好意的な感情が見られる……かも?」


 真実は自信満々に断言し、ミュリエルは少しためらい気味に補足する。


 好意的な感情を有した、正体不明の封筒。余計に中身が分からなくなってきた。


 司は眉間に指を当てつつ、口を開く。


「考えても仕方ないし、危険がないなら開けてみよう。みんなもそれでいい?」


 問題なしと全員が首肯し、持ってきたミュリエルが代表して開封する。


 はたして、封筒の中身とは――


「カード?」


 蒼生の怪訝そうな発言の通り、手のひらサイズのカードだった。


 黒塗りに白文字が書かれており、フチには金色の装飾がある。クラッシックでビターなデザインだ。結構趣味が良い。


 カードは全部で六枚ある。それぞれに番号とこの家に住む女性陣の名前――真実と司もほぼ同棲状態――、そして『異端者ファンクラブ会員証』と綴られた。


「「「「はぁ???」」」」


 予想外のモノが出ても良いように身構えていた彼女たちだったが、現実はそれを遥かに上回っていた。異口同音で、素っ頓狂な声を上げてしまう。


 しばらくフリーズしていた一同だったが、おもむろに再始動を果たす。


「センパイの……ファンクラブ、ですか?」


 先陣を切り、真実が口を開いた。


 恐る恐るといった体でカードを拾い、クルクルと手のうちでもてあそぶ。


 一見は何の変哲もないカード。


 しかし、彼女の眼には異質に映った。何せ、まったく見通せないのだから。あの『神座』でも情報を読み取っていた『真破写覚の眼』が、何ひとつ読み取れなかった。


 いや、正確には、製作者の意図は伝わってくる。純然たる好意によって、このカードが配布されたことは理解できた。


 この事実を知り、真実は瞠目どうもくし、混乱した。カードの制作者は、いったい何を考えているのかと惑う。


 一人で考えても仕方ないので、得た情報を皆に話した。


 すると、他の面々も彼女と同様の感情を抱く。一様に、如何いかんともしがたい表情を浮かべた。


「話を総合すると……どこかの誰かが、一総くんのファンクラブを作ったってこと?」


「そうみたいね。しかも、その”どこかの誰か”は、マミの眼をも欺く存在よ」


「でも、一総センパイの関係者だって考えると、あり得そうなんですよね……」


「私たちの知らない間に、女の子を引っかけたのかも?」


「「「「………………」」」」


 つらつらと意見を交わし合う少女たちだったが、蒼生のセリフに沈黙してしまう。


 全員心境は同じだった。その可能性が高そうだ、と。


 無自覚に恋人候補を増やすという点において、一総はまったくもって信用されていなかった。


 何とも言えない空気の中、司は声を上げる。


「と、とりあえず、製作者については置いておこう。真実ちゃんが分からない以上、私たちに調査はできないと思うから」


「そ、そうね。その通りだわ」


「も、もっと有意義に時間を使いましょうか!」


「合理的に」


 やや戸惑いが含まれながらも、少女らは会話を続行する。


 議題は、カードの内容についてだった。


「私たちの会員証みたいですけど、どれくらい人数がいるんでしょうね。あっ、私の番号は6みたいです。思ったより遅い数字ですね」


「一総くんのことだから、そこまで多くないとは思うけど……私は7だね」


「アタシは5だわ。ミミは3、ムムは4ね。うーん、この数字の振り方、どうなっているのかしら?」


「私は11。私だけ二桁……」


 各々が自分のカードを手に取り、書かれている会員証番号に目を通す。


 若干一名は気落ちしているが、全員数字の順序に疑念を覚えていた。


「最低でも十一人はファンがいるってことですね。……結構多い」


 もしや全員女の子なのでは?


 そのような考えが頭をよぎった真実は、眉根を寄せた。


 司が話を継ぐ。


「抜けてる数字は1、2、8、9、10かぁ。誰だろう? 少なくとも、私たちが知ってる人だと思うけど」


「そうなんですか?」


「だって、一総くんがこの世界で関わってる人なんて、すごく限られてるでしょう」


「ああ、確かに」


 異世界を含めると膨大だが、元の世界限定なら一総の交友は狭い。おおよそ、真実たちの既知とする範囲だろう。


 ところが、そこにミュリエルが否を突きつけた。


「そうとも限らない気がするわ」


「どうして?」


「会員証番号の順番が引っかかるのよ。もしかしてコレ、彼を好きになった順ではないかしら?」


「えーと……」


 司は困惑した。


 無理もない。一総を好きになった順など、第三者には分かりようがないからだ。


 加えて、ミュリエルたち異世界組が彼に好意を寄せたのは、異世界でのこと。あの世界のことを知らない製作者が、正確に数字を割り振れるはずがなかった。


 司の反応を受け、ミュリエルは肩を竦める。


「気持ちは分かるわ。でも、マミの眼を欺く者が作るカードだもの。異世界の出来事を察知するという、常識外の事象を起こしていても不思議ではないでしょう?」


「……否定できないね」


 確かに、ミュリエルの言う通りだった。元より規格外の制作者なのだから、そういった常識外れの事象を引き起こしているかもしれない。


 蒼生が不思議そうに問う。


「そうなると、ミュリエルよりミミとムムが先?」


 てっきりミュリエルが一番最初に一総を好きになったと考えていたので、彼女の語る内容は驚きだった。


 ミュリエルは苦笑する。


「アタシが彼を意識したのは、彼が帰る二、三、ヶ月前くらいよ。ほら、アタシって素直ではなかったから」


「納得」


「うん。即答されると、少しモヤモヤするわね」


 蒼生が食い気味に頷くと、ミュリエルは頬を引きつらせた。


 そこへ真実が言葉を挟む。


「ミュリエルの予想が正しいとして、抜けてる数字の人は誰でしょう?」


「一総くんを好きな人でしょう? えーっと、桐ヶ谷きりがや先輩?」


 彼女は一総へ告白をしているので、まず間違いなかった。


「あの人は持ってそうですね。番号はいくつでしょう?」


「8か9だと思う」


「10ではないんです?」


 蒼生が10を省いたことに、真実は首を傾いだ。


 蒼生はサラリと返す。


「私が気持ちを自覚したのは米国の終盤。それより前となると、10はじぇしか・・・・で決定」


「「ジェシカ?」」


 聞き覚えのない名前に、真実と司がキョトンと呆けた。


 対して、米国に同行していたミュリエルは得心したと手を叩く。


「そういえば、彼女がいたわね。蒼生の直前なら、それしかないわ」


「あのー、ジェシカって誰です?」


 一応、一通りの経緯は話していたが、日本でお留守番をしていた二人は、名前だけではピンとこなかった模様。


「米国アヴァロンでエンジニアしてた子よ。一総が匿名でやってる事業のひとつ――ファトゥウスの狂信的ファンなのよ、彼女は」


 その熱意は、顔も知らない相手にも関わらず結婚すると豪語するほどだった。彼女に正体が露見したと一総も言っていたし、十中八九、ジェシカで確定だろう。


 ジェシカについてザっと説明を済ませると、真実と司は乾いた笑みを浮かべた。


「何ていうか、強烈な人なんですね」


「一総くん、癖の強い人に好かれるよねぇ」


「その発言、自分にも突き刺さっているのは理解している?」


 ミュリエルは溜息を吐き、言葉を続けた。


「1か2も想像がつくわ。おそらく、ナディア王姉ね」


「「「あー」」」


 彼女の予想に、その場の全員が納得の声を上げる。彼女なら絶対に選ばれているに違いなかった。


「というか、ナディアさんの方が早いんですね。ミミたちのことと言い、その辺の時系列が曖昧です」


「詳しく語ったこともないから仕方ないわ。ナディア王姉との邂逅は、ミミとムムを保護する前なのよ」


「へぇ」


 感心した風に真実は頷く。


 彼女だけではない。他の二人も、コクコクと首を振っていた。


 一総関連は、恋人たちにとって、もっとも興味を引く内容なのだ。


 一瞬、場に沈黙が降りたところで、司が「さて」と口を開く。


「候補は大体出そろったけど、まだ二人判明してないね」


「ナディアさんより前ってなると、もう勇者になる前ですよね。もしかして、例の婚約者?」


「ぜっっったいにあり得ないわ。あれが彼を好きだったなんて、あり得ない」


「ですよねぇ。すみません。心当たりがなさすぎて、世迷言を言いました」


「いえ、アタシも熱くなりすぎたわ」


「ゆきの前後も謎」


「桐ヶ谷センパイが8だった場合は、霊魔国から帰還後。9だった場合は、司センパイの一件の後。結構幅が広いですね」


「でも、その辺りなら、確実に私たちの知ってる人だよ」


「知人友人が有力候補」


「といっても、心当たりはないですよ」


「「「「うーん」」」」


 未だ判明しない二人の正体を求め、四人は頭を悩ませる。


 しかし、結局は結論が出ることはなく、その日を消化してしまった。





 ちなみに、一総の帰還により、ナディアが2の会員証を所有していることは判明したが、彼でも会員証の謎は解けなかったという。



――――――――――――――


異端者ファンクラブ関連の話は、不定期で投稿していこうと考えております。

徐々に謎が解けていく予定です。ご容赦願います。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る