005-1-02 最初の村へ

 見える範囲全てが真っ平らな草原だったが、ようやく視界の端に人工物が映った。木製の家らしきものがポツリポツリと建っている。まだ数キロメートルの距離は開いているが、あれが村であるのは間違いなかった。


 家々を認めた蒼生あおいが息を漏らす。


「やっと到着」


 彼女の顔には疲労の色が見えた。白虎レベルとは行かずとも、ダブル程度の敵と連戦してきたのだから、疲れが出て当然だ。実戦不足という点も拍車をかけているのだろう。


「少し前から獣の気配が減ったと思ったけど、村が近かったからなんだね」


「国主導で定期的に霊獣狩りをしてるから、人里がその類に襲われる事案は少ないんだ」


 肩の力を抜いたつかさに、一総かずさが答える。この二人は歴戦の猛者とだけあって、まだまだ余裕がありそうだった。


「カルムスド霊魔国だっけ? 国民をしっかり守ってるなんて、いい国なんだね。たいていの封建国家は片田舎の村は放置するのに」


 司は感心したと呟く。


 彼女が過去四度渡った異世界では、上流階級の人間は平民を切り捨てていた。ゆえに、辺境の村にまで防衛を回していることへ、素直に驚きを覚えたようだ。


 それを聞いた一総は、懐かしさと苦味を混えた何とも言えない表情を浮かべる。


「そう、だな。オレが帰ってから十年経ってるが、いい国であり続けてくれてるみたいだ」


「……」


 含みのある言葉を発してしまったけれど、司は追及してこない。勇者の過去は詮索しないという暗黙の了解に従っているのか。彼女のことだから、ここで何も聞かずにいるのが良い女とでも考えているのかもしれない。


 どのような理由にせよ、追及がないのは彼にとってありがたかった。その厚意に甘えておくとする。


 会話が途切れたので、空気を変える意味で、今まで話に加わっていなかった人物へ声をかける。


「訓練の調子はどうだ、真実?」


 見れば、真実は胸元まで掲げた右手を凝視していた。歯を食いしばり、何やら力を込めている様子が窺える。言うまでもなく、先刻一総が教えた霊力操作の修行を行なっているのだ。


 真実はこちらに視線を向けることなく答える。


「見ての通りですよ。必死こいてやってますが、全然球体が維持できません。できて三秒程度です」


 彼女の右手の平には、うっすらと霊力の球ができあがっていた。しかし、構成力が甘いようで不安定にたゆたっており、ものの数秒で崩れ去ってしまった。


 上手くいかず歯噛みする真実へ、一総は苦笑いしながらアドバイスを送る。


「圧縮するみたいに中央へ集めた方がいいな。あと、最初にも言ったけど、渦を巻いて形成すると安定するぞ」


「言うのは簡単ですけど、実際にそれをやるのが難しいんですよー」


「まぁ、その辺は慣れるしかない。まだ始めたばっかりなんだし、焦らず地道に頑張れ」


「はーい」


 再び訓練に集中する真実を見てから、一総は村の方へ視線を戻す。それから、【遠見】を始めとした探査系の異能を発動した。


 特に深い意味があったわけではない。初めて訪れる場所は、相手の感知範囲に入る前に調べておく習慣が身についていただけだ。そうでもしないと生き残れない残虐な異世界を、いくつも経験したせいである。


 そして今回は、その慎重な行為が功を奏した形となった。


 村の様子を覗き見た一総の気配が一瞬で切り替わり、不快そうに目をすがめた。


「何かあった?」


 彼の変容に逸早く気づいた蒼生が尋ねた。


 その言葉をキッカケに他の二人もそれぞれの作業を中断して、一総の返答に耳を傾ける。


 一総は村の方向を見つめながら言った。


「あの村、壊滅してる」


「「「え?」」」


 ポッカーンと呆けた顔をしてしまう三人だったが、すぐさま表情が変化した。それぞれ考えることは違うようだが、眉をしかめているのは共通する。


 蒼生たちに話を聞く余力があることを確認した彼は、僅かに間を置いてから詳細を説き始めた。


「生存者はゼロ、死体は村の中央の広場に捨てられてる。女性の死体がいくらか屋内にあるが……乱暴された後なんだろう。そういう形跡が窺える。建物の損害の方は人的被害に比べると軽微で、それだけ手際良く殺戮が行われたのが推測できるな」


 次々と語られる凄惨な状況に、一同は沈痛な面持ちを浮かべた。


 司が問う。


「殺しを行った連中の情報は? 私たちと敵対しそう?」


「相手はバァカホ王国の軍だ。オレたちが霊魔国側につく可能性が高い以上――いや、連中にオレの顔を知ってる奴がいるかもしれないから、敵対は免れないな」


「国所属の軍隊が、一般人を襲うなんて盗賊みたいなことをするんですか?」


 嫌悪感を隠し切れていない表情で訊いてくるのは真実だ。国に所属する軍人が野蛮な行動をすることが、彼女には信じられないらしい。現代日本で暮らしているために生まれる価値観かもしれないが、残念ながらここ・・は異世界だ。


「軍の性質によるところはあるが、軍が略奪を行うのは割と普通のことなんだよ」


「場合によっては、盗賊と変わりない荒んだ軍とかもあるよね」


 異世界事情に詳しい一総と司が言う。まぁ、これは異世界に限らず、過去の地球でも起きていたのだが。


 真実は納得のいかない様子でいるが、今は彼女に構っている時間は残っていない。


 蒼生がいつもの無表情で問うてくる。


「その王国軍は、いまどこにいる?」


「軍本体は近場にはいない。ただ、村に五十人規模の一小隊が居座ってる」


「見張り?」


「おそらく」


 大多数の部隊は、ここより霊魔国寄りの場所に陣営を張っているのが分かる。ということは、目前の村にいる小隊は見張り、もしくは補給路確保の人員だろう。


 王国軍の侵攻具合は、転移する前に想定していたものを上回るものだ。正直、まだ国境線で小競り合いを続けていると考えていただけに、衝撃は大きい。


 考え込む一総に対し、真実が質問をする。


「センパイ、これからどうします?」


「そうだな……」


 選択はふたつしかない。村へ突入するか、迂回して霊魔国の首都を目指すか。


 前者であれば、王国軍から情報を奪えるというメリットが存在する。逆に後者を選べば、一総らの存在をギリギリまで隠蔽できるメリットがある。


 他にもいくつかの利点と難点があり、どちらを選択したとしても状況が動くことは明らかだった。


「悩むまでもないか」


 一総の決断は早かった。


「村にいる王国軍を排除する」


 どちらにせよ、彼は霊魔国にいる恩人に協力する気でいるのだ。であれば、少しでも戦況を有利にするため、敵国の力を削ぐ方が良いに決まっている。


 一総の力が露見することになるが、そんなものは十年前に暴れ回っているのだから今さらである。ここは元の世界ではなく異世界なのだ。何の制約もない。


「ただ、人殺しをすることになるだろうから、無理に戦闘に参加する必要はないぞ」


 これは、主に真実や蒼生へ向けたセリフだ。彼女たちは勇者としての経験が浅い。当然、人殺しの経験も少ないと思われる。命のやり取りを無理に行えば、思わぬところでブレーキがかかってしまい、自らを危機に晒してしまう。それだけは避けたかった。


 そんな一総の配慮に対し、二人は異なる反応を見せた。


「私は問題ありません!」


「…………ごめん。今回はパス」


 快活に返答したのが真実で、申しわけなさそうに断ったのが蒼生だ。


 真実に関して言うことはない。彼女はどこまで一総についていくだけだろう。


 意外だったのは蒼生の方。彼女の正義感を考慮すれば、村人を虐殺した軍など許せないと先陣を切って戦いそうなものだ。


 ──いや、よく考えれば、蒼生が誰かの命を奪ったことは、意識的には一度も行っていない。戦う覚悟は決められても、殺人に対しては忌避感を覚えて当然だ。


 本当のところは分からないが、無理に訊くのも宜しくないだろう。一総は誘惑を振り切り、各自へ指示を出した。


「オレと真実、司は三方向に散開して、敵を中央へ押し込んでいこう。蒼生はオレについてきて、防御に専念してくれ。敵は強くてもダブルにいかない程度だから、単独で複数を相手にしても問題ないはずだ」


「分かりました!」


「了解だよ」


「わかった」


 三人の返事を聞き、一総は号令をかける。


「それでは戦闘開始しろ。情けはかけるなよ」


 四人は駆け出す。【身体強化】を施した彼らの動きは素早く、あっという間に包囲戦を開始するのだった。

 

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