005-1-03 日常と非日常の狭間に揺れる
科学以外の異能が中心として成り立っている異世界は、総じて文明レベルが低い傾向にあるというのが一般常識。しかし、この異世界は例外に入るようだった。村へ突入した
建築物は木造ながらしっかりとしたものだし、主道路はコンクリートに類似したもので固められている。倒壊した建物の内部を覗けば、電化製品のようなものまで存在した。この景観だけ見せられた者は、ここが異世界であると信じられないだろう。
辺境でこのレベルということは、国の中枢の発展度合いは想像に難くない。生物の強さもそうだが、この世界は色々と普通の異世界とは違うらしい。
そんな驚かせられる村だが、今は壊滅してしまったことを嫌でも思い知らされる。視界の端々に村人だろう死体が映り込むのだ。どれも女性で、服が破かれ薄汚くなっていることから、襲撃者たちに乱暴をされたことが推察できる。一総が言うには、村の中央に他の人々の死体があるというのだから、やるせない。
心の底から怒りと憎悪が湧き上がるが、蒼生はその感情をぐっと堪える。今の自分はただの同行者であり、彼女らの無念を晴らす執行者ではないのだから。
そう、蒼生は今回の作戦を辞退した。罪のない人々が殺されることへ怒りを感じているというのに、どうしても気が進まなかったのだ。その理由が、自分でもよく分からない。
殺人行為自体を厭うているわけではないと思う。今まで、一総が敵を屠ってきたのを幾度も認識しているが、彼に思う部分はない。
真っ先に考えつく理由としては、自分の手を汚したことがない、というもの。格上の敵を相手にしている時は考える暇もなかったが、改めて人を殺すと考えると、心中にためらいが生まれるのは確かだった。
ただ、それだけではない何かがあるような気がする。自分で他人を殺めると意気込むと、心の底から震え上がってしまうのだ。自分のことだというのに判然としない気持ち悪さが存在した。
蒼生が
一総は目に入った敵を片っ端から殺しながら、ズンズンと村の中央へと進んでいった。
ちなみに、敵が逃走する心配はない。突入する前に彼が結界を張っており、誰一人として外へ脱出することは叶わないからだ。
しばらくすると、別の方角二箇所から戦闘音と思しきものが聞こえてくる。どうやら、別行動をしている
蒼生の予想は正しく、その後三十分ほどで敵の殲滅は完了した。
「さて、尋問を始めますか」
敵軍の掃討を終えた一行は、無事な建物の中で一番大きい家に集まっていた。
そこにいるのは一総たちだけではない。尋問という彼の言葉の通り、わざと生かした軍人が五人転がっていた。一様に縄で
「私がやりますか?」
真実が小さく手を挙げて申し出る。
彼女の眼は嘘を見抜く。確かに、尋問には打ってつけの能力だ。
ところが、一総は首を横に振った。
「今回はオレがやるよ。手荒にやっても問題ない相手なら、容赦なく情報をしぼり取れるからな」
彼の声は淡々としたものだったが、その内容は無慈悲だった。
容赦せず情報を聞き出すというのは、囚われの軍人らを生かすつもりはないと推察できる。先程は尋問と口にしたが、どう考えても拷問をする気でいると察せられた。
それに、実行者は一総だというのが余計に恐怖をあおる。最強の存在が容赦をしないと、どうなってしまうのだろうか。
一総が何を行おうとしているのか気づいたようで、軍人たちの唸り声が大きくなった。特に、小隊長と思しき三十半ばの男の
それを見た一総が「嗚呼」と漏らす。
「もしかして、十年前のオレを知ってるのかな? それなら、その必死さも納得だ。何されるか分かんないもんなぁ」
「せ、センパイって昔に何したんですか? 手首を引きちぎりそうな勢いで暴れてるんですけど、この人」
真実が引きつった顔でツッコミを入れた。
彼は遠い目で答える。
「ちょっと攻めてきた王国軍を倒しただけだぞ」
「どれくらいの規模ですか?」
「……三個師団」
「全然ちょっとじゃないですよ、それ! 一人で三万人を相手にしたってことですよね!?」
驚きのあまり大声を上げる真実だが、一総は空笑いを零すだけだった。
そこへ、暴れる男のケガを治療し終えた司が口を挟む。
「一総くんって、この世界が初の召喚だったよね。シングルなのに、そこまで強かったの?」
帰還して初めて勇者を名乗れるため、正確にはシングル未満か。そのような半端者の状態で、ただでさえ通常より生物が強いこの世界の軍を壊滅させたという。とても異常な事態だ。
話を聞いているだけだった蒼生は、他三人の表情が微かに変わるのを把握できた。すでに王国軍と相対して実力を肌で感じていた真実と司は、一総の異様な強さに改めて感心した顔。対する一総は過去を懐かしむような、苦々しく思うような、複雑な顔をしていた。
彼は千を超える異世界を渡ってきた。その道程でいくつもの傷を負い、後悔を抱いてきたのだろう。でも、この異世界での経験は、その中でも一際重いもののように思えた。
常に一総の傍らにいた蒼生だからこそ分かる変化。この世界に来ることが決まってからというもの、彼の瞳の奥には何か言い知れぬ感情がわだかまっているのだ。
蒼生が一総の内側を観察している間も会話は進む。
「オレのことは置いておいて、拷も……ゲフンゲフン、尋問をさっさと始めようじゃないか!」
明るい調子で言う彼ではあるが、内容は決して明るくない。
「今、拷問って言いましたよね、センパイ?」
「言ったかな?」
「言いましたよ! 私に嘘は通じませんよ!」
「嘘はついてないだろう。誤魔化しただけさ」
「屁理屈言わないでください!」
半眼で追及する真実を、一総はのらりくらりとかわす。
いつもの漫才が始まってしまうが、今はそういう場合ではない。司が呆れ顔で言葉を挟んだ。
「二人とも、そんなことしてる時間はないでしょう? 尋問でも拷問でも何でもいいから、さっさと終わらせようよ」
「何でも良くありませんよ」
「そう? だって、どうせ殺すんだよ?」
「それはっ」
何てことない風に殺すと言う司。
真実は言葉を詰まらせた。傍で見守っていた蒼生も静かに驚く。
彼女の言いたいことは理解できる。軍人たちを生かしておくメリットは何もない。自分たちの情報を王国へ持ち帰ってしまうと考えれば、デメリットしかないだろう。だから、この村にいた連中は殲滅したわけで、目前の五人が生きているのは偶然にすぎない。
そこまで分かっていて
そんな彼女らの反応を見て、司は溜息を吐いた。
「真実ちゃん、戦争を経験したことは?」
「い、いえ、ありません」
突然の質問に戸惑いながら答える真実。
司は頷き、蒼生も一緒に視界へ収めた。
「蒼生ちゃんは記憶がないから当然として、真実ちゃんも異世界に行った時はあまり戦わなかった感じかな?」
「はい、嘘の判定が主でした。たまに、逆上した輩を叩きのめすことはありましたが」
その答えを聞いた司は、ジッと真実を見つめた。
「なら、ひとつアドバイスをしておくよ。戦いの中で敵に情けはかけちゃダメ。僅かでもためらえば、死ぬのは自分だからね」
「でも……」
真実は反論を口にしようとする。今は戦闘中ではないとか、人道にもとる行為は如何なものかとか、意見はいくらでも湧いてくる。しかし、それが声に出る前に、司が真剣な表情で続けた。
「二人の言いたいことは分かるよ。自分たちの方が圧倒的に強いから、情けをかけても自分たちに害は及ばないって考えてるんでしょう?」
「そこまでのことは思ってませんけど……」
否定しつつも、真実の声に力はなかった。
それは司の言が正しいと言っているようなもの。そして、それは蒼生も同意見だった。
たとえ傲慢だろうと、真実や蒼生の方が現地民より強いのは事実だ。ハッキリと自覚していなくても、心の隅で似たような考えが浮かぶのは仕方がない部分がある。
「私たち勇者が他人より強いのは事実。でもね、その強さにあぐらをかいて油断したら危ないんだよ。油断が、二回目以降の召喚で勇者が死ぬ一番の原因なんだから」
もし、純粋な強さのみが死亡率に直結するのであれば、二回目以降の勇者召喚での死者は一割を切るはずだ。しかし、実際はそうならない。回数を重ねるごとに死者は増えていくし、癒えない傷を負って帰還する者も少なくない。
飛ばされた異世界で所有する異能が使えない、という理由もあるだろう。
だが、もっとも大きな割合を占める原因は、司の言うように“油断”だ。自分は強者であり、周囲の弱者など無理に殺す必要はない。そういう手心を加えた結果、足元をすくわれる勇者が多かった。
本当のところ、勇者がどうして死んでいくのかは不明だ。最近増えた集団召喚はまだしも、通常は一人なので死因を知る術はない。でも、ベテランの勇者ほど経験より実感している。“油断”が──他者を侮ることが、自分たちを殺すのだと。
経験の浅い二人はその辺りの実感が薄いのかもしれない、と司は言葉をしめた。
一通りの説明を受けた蒼生は表情こそ動かないものの、内心では様々な感情が渦巻いている。
自身が殺人をためらっているのは明白だ。一総がよく指摘する通り、彼女は正義感が強いし、命は尊ぶべきという倫理観も持ち合わせている。
ところが、それを改めなくてはいけないのではと考えさせられる説得力が、司の話にはあった。薄っぺらい正論ではない。重みがあるというのか、彼女の経験が反映している内容なのだと予想できた。だからこそ、深く悩んでしまう。
「分かりました。センパイの隣に立つのに必要とあれば、ためらいません」
真実は即断してしまったようだ。彼女の恋の力には何度も驚かされているが、今回も衝撃は大きい。蒼生は必要だと理解しつつも、未だに折り合いがつけられていないゆえに。
蒼生の表情に僅かな焦りが見られた時、司は頬笑んだ。彼女は蒼生の頭をポフポフと撫でる。
「焦らなくてもいいよ。普通は時間をかけて悩むことだもの。真実ちゃんが色々おかしいだけだから」
「……わかった」
思うところがないわけではなかったが、蒼生は素直に頷く。
すると、真実が口を尖らせた。
「私がおかしいって何ですか! 私はこのメンバーの中で一番普通ですよ」
「「え?」」
あり得ない発言に、蒼生と司の声が重なった。
それを聞いた真実が、ますます眉間にシワを寄せる。
「二人して失礼ですよ。私は至って平凡な勇者なんですからね!」
頬を膨らませる彼女を見て、蒼生たちは苦笑いを浮かべる。
その場の勢いで無謀なことへも挑む行動力や恋心で何でもこなすタフネス。加えて、彼女の持つ魔眼は普通の範疇を超えている。平凡な人間だとは、とても答えられなかった。
真実の爆弾発言によって和やかな空気が流れ始めた時、これまで沈黙していた一総が口を開いた。
「こっちは終わった」
何が終わったのだろうか、と疑問符を浮かべる蒼生。そういえば、女子三人で話している間、姿が見えなかった。
一総が何をしていたのか。その答えは彼の方へ視線を向けると同時に解決した。
彼の足元には軍人たちが転がっていた。ただ、その顔に生気はまるでない。死んでいるのは一目瞭然だ。
軍人たちの成れの果てに蒼生と真実が硬直していると、司が問う。
「ずいぶんと手が早いね。どんな情報が手に入った?」
「小隊長って言っても下っ端みたいで、重要度の高い情報は持たされてなかったみたいだ。ただ、興味深い……いや、厄介なことは判明した」
「一総くんをもってしても厄介かぁ。聞きたくないなぁ」
「だったら、聞かないでおくか?」
「聞かないわけにはいかないでしょ」
物言わぬムクロとなった敵兵をほとんど気に留めず、司は会話を続ける。
異常な事態だというのに平然とした態度を取る二人を見て、蒼生は目まいを覚えてしまった。魂の奥深くから謎のうずきも感じる。
一総が何故に平穏な日常にこだわるのか、何となく理解できた気がした。彼らは非日常に慣れすぎてしまっているのだ。死を平然と扱う異様な空気に浸ってしまっていた。ゆえに、しがみつくのだろう。死の遠い日常へ。
「い、一体どんな異能を使ったんですか? 私たちが雑談に興じてる間に展開が進みすぎですよ」
硬直した真実が会話に参戦する。二人よりは軍人だった者たちに気をかけているが、それでも話題に触れるのは僅か。彼女も彼の隣に立つため、この状況に慣れていこうと努力しているのだ。
蒼生は人知れず胸元に手を当てる。脈打つ心臓と、そこから発生する痛みが彼女を
(どうして……どうして、ここまで苦しいの?)
どれだけ思考を巡らせても答えは出ない。
蒼生の苦悩は、いつまでも終わることはなかった。
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