004-2-04 侑姫の人柄(4)

 ネットで検索した結果、二駅ほど離れた大型ショッピングモールに、即日借りられそうなスタジオがあると分かった。公共の交通機関を利用して足を運ぶ。


 ショッピングモールは人の波で溢れ返っていた。八月中旬という時期もさることながら、お昼と夕方の中間という時間帯も影響したのだろう。


 目の前の光景を見て、一総かずさは言う。


「タイミングが悪かったな。スタジオに空きがあるといいんだけど」


「ホームページには載ってなかったの?」


「なかったよ」


 蒼生あおいの問いに、首を横に振る。


 スタジオを貸し出している店のホームページには、店の概要やスタジオの予約くらいしか記載されていなかった。予約にしても、前日までに済まさなくてはいけない仕様だ。


 当日の貸与も行なっているのなら満席かの確認を載せれば便利だと思うのだが、今文句を言ったところで仕方がない。それよりも、さっさと店へ向かった方が建設的だ。


 三人は人混みをかき分け、目的地へと歩きだす。モールは中央が吹き抜けになっている三階建て、スタジオは三階の最奥に開いている。人の波を割っていくのは億劫だったが、勇者である三人にとって障害にはならなかった。水の流れのようにスイスイと動いていく。


 エスカレーターに乗ってようやく一息ついた時、何やら上階の方が騒がしくなった。有名人が現れたとか、誰かが観衆の前でプロポーズしたとか、そういうポジティブな騒々しさではない。これは一総たちが慣れ親しんでいる騒乱の前触れ。不穏な気配が漂っていた。


 真っ先に表情を変えたのは、やはりと言うべきか、一総だった。人一倍平穏な日常に貪欲な彼は、些細なトラブルに対して鋭敏なセンサーを持ち合わせている。異変を感じ取ったら即座に情報を収集し、上で起こった事態を把握した。


 不穏な気配が勘違いではなかったことは、一総のしかめっ面を見れば分かる。


 彼の表情から状況を把握した蒼生は、後ろの侑姫に聞こえないよう念話で問うた。


『どうするの?』


『どうしたもんかね』


 一総は諦観を込めた言葉を吐く。


 叶うことなら逃亡したいが、現在彼らが乗っているのは一方通行のエスカレーター。立ち止まっているだけで、何かしらのトラブルが発生している場所へ辿り着いてしまう。しかも、ピーク時のために前後には他の客が詰めていた。


 無理に飛び降りることはできるだろう。しかし、そのようなことをすれば注目を一身に集めてしまうし、下手したら上の問題に感づいた他の客が便乗してしまう。そこまでいくと大ごとだ。トラブルに立ち向かうよりも厄介な展開へ向かうのは間違いなかった。


 第一、


「一総、上で何が起こってるか分かる?」


 上階の異常事態に気づいて真面目な顔をしている侑姫ゆきが、逃亡するといった選択を取るはずがない。アヴァロンの風紀を取り締まる風紀委員の長なだけあって、彼女は蒼生以上に正義感の溢れる人物なのだ。


「いいえ、分かりませんよ。厄介ごとの気配はしますけどね」


 平然と嘘を吐く一総。


 巻き込まれたくないゆえの悪あがきもあるが、現在地から問題の元凶を知るには高度な異能を使用しなくてはいけない。実力を偽る彼が使えて良い代物ではないので、真相を伝えるわけにはいかなかった。この場に真実まみがいなくて本当に良かった。


 あまりにも自然な嘘だったため、侑姫は気づかない。深刻そうに眉を寄せ、やがて体内の魔力を高めた。


「私、様子を見てくるわ」


 【身体強化】で脚力を上げ、ここから直接現場へ飛び込む算段のようだ。


 力技にもほどがある手段に、一総は呆れて制止した。


「待ってください」


「何?」


 出発直前に止めたからか、少しイラついた感じで侑姫は振り向く。


 何を焦っているのだろうか。被害者を出したくないのかとも考えたが、彼女は未だに上で起こっていることを把握していない。強引な方法を取るほど急ぐ理由はないはずだ。


 そこまで考えて、一総はひとつの心当たりに行き着いた。侑姫は、最近失敗続きのせいで結婚させられそうになったと言っていた。おそらく、これ以上の失敗を犯すことを恐怖しているのだと思う。後手に回ったら何か被害を出してしまうのではないか、という思考に陥り、焦燥感に駆られているのだ。


 それがこれまでの失敗に対する責任感か、実家に対するアピールか、はたまた別の感情に由来するものかは分からない。だが、現在の侑姫が冷静でないことと、今回も失態を演じれば心理状態が悪化することは明白だった。


 一総は努めて落ち着いた口調で言う。


「問題解決の案があります」


 ここで落ち着けなどの正論を吐くには逆効果。こちらへ注意を向けさせ、焦燥感を和らげるのが先決だ。


 正直、上階のトラブルに対処する必要性を一総は感じないが、自分が遠因で苦しんでいる侑姫を見捨てるのは躊躇ちゅうちょする。多少の面倒は被ろう。


「案って?」


 一総の思惑は上手く作用し、先程は顔を向けるだけだった侑姫が、体全体で向き直ってきた。


 一総は説く。


「この場で待機しましょう。エスカレーターは目的地へ自動的に進行してます。無理に突入する必要はありません」


「それだと後手に回るわ。誰かがケガをするかも。いいえ、もう被害が出てるかもしれない」


「その心配は薄いと思いますよ。不穏な空気になってるだけなのが証左です。何かしらの人的被害があったのなら、もっと大騒ぎになってますから。であれば、今は不要な刺激を与えず、静かに現場へ向かって様子を見ることが最適解でしょう」


「なるほど」


 淡々と語る一総の言葉を受けて、侑姫は静かに頷いた。彼女の表情は落ち着きを取り戻しており、ひとまず焦りを抑えられたらしい。


 心の裡で安堵をしていると、侑姫は返す。


「一総の言う通りね。下手に突いたら被害が拡大する可能性が高そう。ちょっと焦ってたみたいだわ、ごめんなさい」


「気にしないでください」


無問題もーまんたい


 彼女の謝罪を一総と蒼生は受け入れる。


 そうして、周囲の客が不安を抱える中、三人は問題の渦中へと近づいていくのだった。






 トラブルが発生していたのは、エスカレーターを降りてすぐの店だった。貴金属や高級品の売買を主旨とする店舗だ。開店時間なのに入り口のシャッターが降りているし、多くの野次馬が店前にたむろしているので間違いない。


 何のトラブルが起こっているかも、到着して間もなく既知となった。ここまで近づけば、簡単な探索系の異能で調べられるからだ。それにより、店に強盗が押し入ったこと。犯人は黒ずくめの格好をした五人組の男で、それぞれ刃物を所持していること。店員二人と客一人が人質になっていることが判明した。


「一総の言った通り、死傷者は出てないみたいね」


 情報の共有を終えると、真剣な眼差しをした侑姫が言う。その顔には先程までの焦燥も、遊んでいた時の愛らしさも浮かんでいない。風紀委員長の──武力を以って悪を制する戦士の顔があった。思わず魅入られてしまうような、独特の存在感が滲み出ている。


(これが戦闘時の先輩か)


 実は、一総は戦いに臨む侑姫の姿を直接見るのは初めてだった。普段の茶目っ気溢れた彼女しか目撃したことがなかったため、引き締まった表情をすることに彼は感心したのだ。『戦闘の時も冗談が飛んできたらどうしよう』などと失礼なことを考えていたことは、そっと胸の裡にしまっておく。


「店員と犯人が一人ずつ金庫室、他の人質と犯人三人が受付の部屋、最後の犯人は入り口の見張り。余計なものに手をつけてないし、人質の牽制も上手い。手慣れた連中ですね」


「ええ、厄介だわ。慣れてる手合いって、こっちが強襲を仕かけても、慌てずに人質を盾にするんだもの」


 素人犯なら強行突破からの捕縛もできたが、今回は悪手だろう。こちらに三人しかいない点を考慮しても、慎重な手段を選ぶべきだ。


 一総は提案する。


「となれば、隠密で各個撃破といきましょう。実行は犯人たちが金目のものを集めた後、できれば脱出を試みるタイミングがベストかと。現状だと店員が一人だけ別行動をしてるので守りにくい。人質が一箇所に揃っている時なら、保護も容易です」


「それがいいわね。相手が一般人なら、こちらの異能を使用した隠形を見破れないでしょうから。ただ、武力を持たない村瀬さんは人質の保護を優先して。その分、私が多く犯人を捕縛するから」


 侑姫は一総に同意しつつ、一部修正した案を述べる。


 蒼生が戦闘できることは一総や真実まみつかさの三人しか知らない。一総の作り出した異能具いのうぐの性能が破格すぎるため、おいそれと公開できないからだ。


 よって、侑姫の思考は自然なものと言えた。むしろ、今回の作戦に参加を許可するだけ、融通が利いている。


「わかった」


 自分の力は隠しておくべきだと理解している蒼生は、特に物申すことなく頷いた。


 それを認めた侑姫は続ける。


「誰がどの犯人を相手取るかは状況を見て決めましょう。何人かに分かれていた場合、多い方を私が相手するわ。何かあったら各自の判断に任せる。万が一はないでしょうけど……いざという時は自分の命を優先してちょうだい。じゃあ、行くわよ」


「はい」


「うん」


 侑姫の号令の元、三人は雑踏の中に姿を消した。

 

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