004-2-05 侑姫の実力
店内にある受付ロビー、そこには七人の人間が集っていた。
そのうちの四人は黒ずくめの男。如何にもな格好と鋭利な刃物を無造作に持っていることから、この男たちが強盗犯だと分かる。
残りの三人は人質だろう。二人は店の制服と思しき衣装に身を包み、客である一人は身だしなみの整った服装をしている。全員、部屋の中央で肩身を寄せて震えていた。
それらを物陰から覗くのは
蒼生はロビーに続く出入り口の陰に立っているだけで、特別身を隠しているわけではない。だが、ロビーの七人が彼女の存在に気づくことはなかった。というのも、蒼生の持つ異能具の腕輪に、【隠形】のスキルが付与されているからだ。
元より複数の異能を搭載したブレスレットだが、テロ組織『ブランク』が蒼生を狙っていると知って、機能を拡張した。今までは命を守る防御方面と最低限の攻撃手段のみだったところ、できる範囲を広げた形だ。それこそ、蒼生の
そんな一総の力作による【隠形】だ。一般人にすぎない彼らが感づくことなど、あり得なかった。もしかしたら、別の位置に隠れている
閑話休題。
蒼生がこのような場所に潜んでいる理由はひとつ、人質の救出に他ならない。侑姫が犯人を鎮圧したら即座に彼らを保護する。機能拡張により、【自動防護膜】は指定した範囲に存在する他人も守ることができるようになったため、不測の事態に陥っても人質たちを守り切れるのだ。提案した侑姫はこのことを知らなかったとはいえ、打ってつけの人選だったわけである。
蒼生は静かにロビーの様子を見守る。不安げな人質の人たちを見ると一刻も早く助け出したい気持ちに駆られるが、一時の衝動に任せてしまえば、逆に彼らを危険に晒してしまう。今は我慢の時だ。
待機している間、他に音を立てるものもないので、耳に入ってくるのは犯人たちの会話だった。大抵は『盗み出した金品を使って何をしよう』などの下賎な内容だったが、途中で興味深い話がなされた。
「今さらなんだけど、訊いてもいいか?」
「何だよ」
「こんな袋小路なところを襲っても大丈夫なのか? もう外は包囲されてるって言うじゃんか。逃げ切れんの?」
それは蒼生にとっても謎だった。この店はショッピングモールの最上階にあり、出入り口は表のひとつしかない。災害時に使用する非常口もあるが、それはモールの裏口に続いているわけではなく、モール内の別の場所に繋がるショートカットにすぎないのだ。そのような場所を人の多い時間帯の襲えば、あっという間に包囲されてしまうのは明白。現に、店やモールの周囲はすでに警察による包囲が始まっていて、犯人たちが逃亡できそうにもなかった。
「本当に今さらだな。でも、大丈夫だろ」
「何でさ?」
「何でって……お前、今回の作戦聞いてなかったのか?」
「いや、聞いてるけどさ。あんな怪しげな連中に貰ったもん使って大丈夫なのか? 不安じゃね?」
「不安か否かと訊かれたら不安だけども、当し──あの方が決めたことなんだから信じておけばいいんだよ」
「そりゃそうだけどよー」
どうやら、脱出を確実にする何かを所持しているらしい。また、話から類推するに、犯人たちの背後には親玉がいることも判明した。
(人質が傍にいるのにペラペラと喋ってる。つまり、生きて返すつもりがない)
情報が得られたのは嬉しいが、状況から推察すると素直に喜べなかった。他人の命を軽視している犯人たちへ怒りを抱く。
蒼生は深呼吸をし、気分を落ち着かせた。ここで感情的になっても仕方がない。どう足掻いても、連中は一総や侑姫に組み伏せられるのだ。自分は人質である彼らの保護に意識を集中させよう。
犯人らの会話を聞いていても心を乱すだけだと判断した蒼生は、盗み聞きを中断する。
そうして、ジッと待つこと十数分。ようやく、彼女の待ち望んだ瞬間がやってきた。
ドガガガガガガガガガガッシャーン!!!!!!!!!!
静寂を貫く爆発音が店内の全てを揺らした。ショッピングモール全体に響き渡ったのではないかと疑うほどの音量で、異能具の防御が働いた蒼生はともかく、一般人である犯人や人質らは耳を抑えてうずくまっている。
これは予定にない出来事だった。しかし、蒼生はすぐに一総の方で何かが起きたのだろうと予想した。あまりの大音声に距離感は掴めていないが、方角としては彼のいる方向から聴こえてきたからだ。仮に違う原因だったとしても、犯人が無力化しているチャンスを逃すほど、彼女たちは愚かではない。
蒼生の視界の端に何かの影が横切り、次の瞬間には犯人の一人が倒れていた。白目をむき、完全に気絶している。そして、傍には魔力で編んだ刀を持つ侑姫が立っていた。
爆発音に気を取られていた他の犯人たちは我に返り、すぐさま侑姫の方へと得物を構える。この対応の早さは実に見事と評価せざるを得ないが、犯人らも完全に動揺を御せてはいなかったのだろう、致命的なミスを犯していた。彼ら全員が人質に背を向けてしまっていたのだから。
これは侑姫の作戦なのだと蒼生は理解した。人質から一番遠い者を真っ先に倒し、わざと自らの姿を現すことで、人質から気を逸らしたのだ。これならば、彼らの救助も容易い。
意図を汲み取った蒼生は、即座に異能具の【身体強化】を発動。強化した脚力で一足跳びに犯人と人質の間に滑り込む。そして、【自動防護膜】の有効範囲を後方二メートルに指定した。これで、空間魔法レベルの攻撃でもない限り、蒼生と人質たちが傷つくことはなくなった。
自分が任された仕事を完遂したことに安堵している間にも、侑姫と強盗犯たちの戦端の幕が切って落とされる。
最初に動いたのは犯人の方。もっとも侑姫に近かった者が、刃物を振りかざして襲いかかった。その身のこなしは戦闘を得手とする者のそれ。下手な人間なら八つ裂きにされること間違いない。
しかし、今回の相手はアヴァロンの風紀委員長であり、日本のフォース最強と目される女。
残るこの場の強盗犯は二人。
ここに来て、ようやく蒼生の存在に気がついた二人は悟ったようだ。侑姫をどうにかしなければ、自分たちの助かる道はないことに。
「いくぞ!」
「チッ」
先程の動きから一人では相手にならないと理解したのか、左右に分かれて二人同時に攻撃を仕かける。先の犯人と同じく、その動きはとても洗練されていて、熟練の兵士を想起させた。
──が、やはり侑姫と敵対するには力不足だと言わざるを得ない。鋭く的確に急所を狙う刃の
得物を失った彼らは、すぐに侑姫の
残る一人は何とか攻撃範囲外に逃れたが、決して安堵できる状況ではなかった。彼の立ち位置が絶体絶命であることに変わりはない。
侑姫は犯人へと迫る。迷いない歩み、真っすぐ犯人を射抜く眼差し。それらは確固たる意志を宿し、彼女に強者たる風格をまとわせていた。
もはや犯人に抵抗する気力はなく、鎮圧が完了するのは時間の問題だった。
侑姫の立ち回りを見守っていた蒼生は、心の裡で感嘆する。友人経由で彼女の勇姿は耳にしていたが、実際に目にするのとしないのとでは印象が異なってくる。ここまで鮮やかな戦い方をするならば、多くの人から人気を集めて当然だ。
(女子がカッコイイっていうのも納得)
一部ファンから『お姉様』などと呼ばれていることを思い出し、少し頰が緩む蒼生。
犯行現場にいながら余計な思考をしてしまうくらい、戦闘中の侑姫は頼もしかった。
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