004-2-06 逃亡失敗
「お疲れ様」
「
慣れた手つきで気絶させた犯人らを縛り上げる
犯人らを床へ転がした彼女は言う。
「この連中は、しばらく目を覚まさないと思う。あとは警察に任せるとして、私たちは人質だった彼らを連れて脱出しましょう」
「わかった」
首肯する蒼生を認めた侑姫は、人質の人たちへ歩み寄っていった。
近づく侑姫に彼らは怯えの色を見せるが、それを構わずに彼女はしゃがみ込む。
「私たちはあなたたちを助けに来た者です。突然現れた人間を信用するのは難しいかもしれませんが、どうか今だけは信じてもらいたい。一緒に店外へ脱出しましょう」
一切の悪意を感じさせない笑顔と優しい声音。これを受けて、先程まで警戒一色だった人質たちも幾分か表情が和らいだように見えた。
侑姫の後ろで成り行きを見守っていた蒼生は感心する。
不信感というものは容易に取り除けるものではない。それが犯罪に巻き込まれた被害者であるなら尚さらだ。
それを、たった一声かけただけで薄めてしまう手腕は見事だった。彼女の器量や人柄の良さ、風紀委員の経験がなせた技だろう。少なくとも、同レベル以上の容姿を持つ蒼生にはマネできない芸当だ。
侑姫の主導で人質だった彼らを介抱し、脱出の準備を整える。
可能性はほとんどないけれど、新手の存在に気をつけつつ、店外へと歩を進めた。
一分もかからぬ道をたっぷり五分ほどかけて、ようやく出入り口が視界に入ってくる。そこには予想外の光景が広がっていた。
真っ先に目に入ったのは、見るも無残な姿となった店の入り口。まるで、そこで爆弾でも炸裂したように、壁や床や天井がゴッソリとえぐり取られていた。えぐれた天井の断面からパラパラと細かな破片が落ちてくる。
次に気づくのは赤だろう。爆心地と推定される場所から放射状に飛び散る鮮やかな紅と同色の欠片。それが何なのかは嫌でも予想がついた。かつて人間だったモノの果てで相違ない。
そして、最後。爆心地から少し離れたところに諸手を挙げて立つ
これらを確認し終えた蒼生と侑姫の両名は、ことの経緯を察する。爆死した輩の正体は姿の見えない強盗犯の一人で、何らかの不測があって爆発してしまった。一総はその者を捕らえようとしていたのだから、当然爆発の現場に居合わせた。そのせいで、警官たちに爆発の原因──危険人物だと判断されたといったところか。
この推理は一総の素性を知る二人だから可能だったもので、彼のことを知らない警察が勘違いするのも無理はない。人質の報告にない人物が事件現場にいれば、誰だって犯人だと考える。
ただ、奇妙なのは硬直状態が続いていることだ。一総はすでに無抵抗の姿勢を見せているのにも関わらず、警官たちは彼を包囲したまま動かない。何とも不自然な状況だった。
どう動くべきか蒼生が考えあぐねていると、警察の一人が一総へ大声を上げる。駆けつけた部隊のリーダーを務める者なのだろうが、異様に若い男だ。まだ二十代中頃くらい、警官の中でも一番若手に見える。とても一部隊の隊長を任せられる人材とは考えられなかった。
「動くんじゃないぞ! お前は我々に包囲されている。いくら
彼の声は恐怖、動揺、疑心、怒り、様々な負の感情が混ぜ込まれたヒステリックなものだった。一時の感情というより、並々ならぬものを抱えている風に思える。
そんな警官の様子からして、いつ拳銃を発砲しても不思議ではなかった。一総のみならず、蒼生たちも下手に動くことは許されない。下手な挙動によって反射的にこちらを撃ってくる可能性も否めなかったからだ。
警察の異様な気配を察知したのか、人質にされていた人たちも脱出できるという安堵を一転、恐怖に身を竦めた。
このままでは良くないと分かっていても妙案は浮かばない。最悪、こちら発砲されても被害が出ないよう、蒼生は警察と人質だった彼らの射線上へ身を滑り込ませた。【自動防護膜】があれば、銃弾程度は余裕を持って受けられる。
事態が停止したまま幾ばくか。名案をひらめくといったことはなく、無為な時間がすぎていった。焦りばかりが募っていき、拳銃の引き金にかかる警官たちの指が震える。一総が発砲されるのは時間の問題だ。
一総が拳銃くらいでケガを負うとは思っていない。しかし、それが良くないのだ。銃弾を受けてもピンピンしていたら、きっと警察は一層混乱する。そうなれば、状況の回復は絶望的だ。あとで身元が判明すれば落ち着くことと言えど、平穏を好む彼がそのような事態を望むはずがない。
恐怖の対象である一総が行動すること自体が事態の悪化を招く。それを理解しているからこそ、彼は全く動こうとしないのだろう。
やはり、この場を収めるには蒼生か侑姫が何とかするしかない。
蒼生は未だ穏便に場を鎮める方法を考えついていない。ともすれば、侑姫に託すしかないのだが……。
蒼生は傍に立つ侑姫を見た。
彼女は非常に難しい表情をしていた。だが、蒼生とは異なる方向で悩んでいる気がした。現状に困窮しているという点では同じだが、どことなくバツが悪そうな……何かに迷っている風に見えたのだ。
一総とは違い、心の裡を読む術を持たない彼女は侑姫の思考を推測する他ないが、何ひとつヒントのない状況では推理する足がかりさえなかった。疑問符を浮かべる以外の思考の先などありはしない。
蒼生が侑姫の内心を図りかねているうち、侑姫は動き出す。彼女は、何やら覚悟を決めた表情をこちらへ向けた。
「この人たちのこと、お願いね」
どういうことか、意図を問う暇はなかった。侑姫は言うや否や、一総の方へと歩み出したのだ。
「ゆき!?」
突然の行動に驚いて制止しようとするが、蒼生の掲げた腕は空を切るのみ。侑姫はあっという間に、警官たちの視界内へと入っていってしまった。
緊張状態、しかも拳銃の引き金に指を置いた者たちの前に、突然姿を現したらどうなるか。そんなもの考えるまでもなかった。
案の定、緊張の限界だった何人かが彼女の登場に驚き、発砲してしまった。パーンという乾いた音が響き渡る。
銃弾の向かう先は侑姫が六割、一総が四割か。【身体強化】を切っていなかった蒼生は、強化された動体視力を以って冷静に攻撃の行く先を見る。
一総へ撃たれた銃弾は、彼の手前二メートル辺りで勢いを失い、地に落ちた。まるで滑落する紙飛行機の如く。
一般人の目には驚異的に映るだろうが、彼は大したことはしていない。魔力を全身から放出しているだけなのだ。濃密な魔力は一種の圧力を持つため、ただの鉛の塊では貫けなかったわけである。
まぁ、一総は一般人の目を気にしていたので、無傷で済んだにも関わらず溜息を吐いているが。
一方、侑姫はと言うと、こちらも凄まじい防ぎ方をしていた。両手に魔力で作った短刀を握り、人間業とは思えない速度で振り回したのだ。刃は寸分違わず銃弾を真っ二つにし、カランカランと音を立てて床に転がる。何をしたのか理解できる分、一般人には一総以上に化け物じみて見えることだろう。
反響する銃声が収まり、一帯に静寂が流れる。
普通の生活を送っていれば拝むことのない発砲現場と、それを物ともしない二人。奇想天外な事態を前にして、人質だった人らは目を丸くしていた。警官も拳銃が効果ないことに動揺を隠せない。
固まる空気の中、警官の何人かが異なる反応を見せた。動揺しているのは変わらないが、侑姫の姿を認めて目を見開いている。
そのような連中の筆頭、リーダーと思しき若い警官が言葉を溢した。
「どうして、このような場所にいるんだ、侑姫?」
彼に追随するように、妙な反応をしていた警官たちも「何でお嬢が?」、「お嬢は行方不明だったはずじゃ?」、「こんなところで何をしてるんだ、お嬢は」などと呟いている。
それらは、侑姫と彼らが既知であると判断するのに十分な内容であった。
周りの動揺などお構いなしに侑姫は告げる。
「銃を下ろしなさい、あなたたち。彼は私の友人で、今回の事件を解決した立役者よ」
「全員、銃を下ろせ」
彼女の言葉によりザワザワと混乱が見られたが、リーダーの指示で緊張状態は解除された。ずっと両腕を挙げていた一総も、これ幸いと肩の力を抜く。
場の雰囲気が弛緩したのを感じ取った蒼生は、人質だった人たちを連れて侑姫の元へ行く。そして、問うた。
「どういうこと?」
具体性が何ひとつない質問だったけれど、侑姫は何を訊かれているのか理解していた。
彼女は苦みの濃い笑みを浮かべ、簡潔に答えた。
「彼は私の婚約者よ」
侑姫の指差す相手は、警察のリーダーを務めていた男だった。
蒼生はその事実に驚きつつ、侑姫の逃亡が失敗に終わったことを静かに悟った。
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