004-3-01 桐ケ谷家の思想
強盗事件を被害者なしで解決した
結果、侑姫は実家へ戻ることとなり、何故か一総と
いわゆる地方の名家。婚約者云々の話から良家の出だとは分かっていたが、武家の類だったらしい。侑姫の侍
ただ、現在は最盛期ほどの力はないと言う。というのも、勇者の出現により、桐ヶ谷流道場の存在意義が薄れてしまったからだ。
一般人にとっては武道を学ぶことに意味を見出せるだろう。戦力を上げることに繋がる。しかし、勇者は違う。彼らは異世界での戦闘経験や異能を持つゆえ、今さら武道を修める必要性がないのだ。
一般人よりも勇者の方が強い。それは自明の理であり、結果として桐ヶ谷流出身者の大手就職口である警察や消防への就職人口が減少。桐ヶ谷家の衰退を招くこととなった。本邸である大きな屋敷や道場を維持するのが精一杯というのが現状だ。
これらの話を侑姫から聞いた
今いるのは桐ヶ谷邸の客間。三方が襖で囲まれ、一方が日本庭園に続く和室だった。彼の隣に
一総は尋ねる。
「その話をオレたちにしたっていうことは、そういうことだと考えていいんですか?」
「ええ」
簡素に首肯する侑姫を見て、一総は再び息を吐く。今度のそれは苦々しさと諦観が多分に含まれていた。彼は自分たちまで桐ヶ谷邸へ連れてこられた真意を悟ったのだ。
この場で唯一、状況を把握していない蒼生が首を傾ぐ。
「『そういうこと』って、どういう意味?」
「桐ヶ谷家の人たちは、反勇者思想だってことだよ」
「え……」
一総の回答が予想外だったのか、呆気に取られる蒼生。
侑姫が申しわけなさそうな表情で補足する。
「勇者たちが現れたせいで、私の家は仕事が減って落ちぶれちゃったのよ。だから、門下生を含めて桐ヶ谷の人間は、勇者を良く思ってないわ。私も実家での立場は弱いし。一人娘だから勘当はされてないけどね」
「差別意識による反勇者派の話はしたと思うが、今回の場合は実利に基づく嫌悪感といったところだな」
「うーん」
蒼生は釈然としない曖昧な返事をする。
表情の変化は乏しいが、一総には彼女が何を考えているのか察することができた。
「ただの八つ当たりって思ってるだろう?」
「まぁ……うん」
侑姫の顔色を伺いながら、蒼生は遠慮がちに頷く。
気を遣われていることに気づいた侑姫は苦笑した。
「気にしなくていいわよ、八つ当たりなのは事実だもの。勇者の──異能の登場によって世の中の需要は激変したわ。うちのように落ちぶれたり、職を失った人は大勢いる。でも、その変化についていった人たちも、たくさんいるのよ。結局のところ、世情の変遷に対応しようとしなかった怠慢のせい。自業自得だから」
勇者が異能という未知の技術を持ち込んだ結果、科学や武力、経済、医療などの様々な分野に大きな影響を与えたのは確かだ。それだけ
しかし、勇者が登場した直後から世界へ打撃を与えたわけでもない。というのも、即時性を出せない理由が複数存在したためだ。
ひとつは、単純に人員不足。異能はその法則が存在する異世界にて、実際に体感しなくては身につかない。そのため、安定して異能を社会貢献させるには、勇者の人口が増えるのを待つ必要があった。
ふたつは、全ての勇者が研究者ではないということ。科学技術が発展した世界に異能という異物を落とし込むには、少なくない異能の研究が必要だ。だが、勇者になった研究職の者など一握りな上、彼らだって生き残るために異能を身につけたにすぎない。研究できるほど能力の詳細を知ることは稀だった。ゆえに、異能の開発には時間がかかった。
みっつは──これはふたつ目の理由に大いに影響し、異能研究が世界で重要視される最大の原因でもあるが──、異世界の代物をこちらの世界に持ち込めないという絶対法則。実は、異世界で獲得したものを持ち帰ることはできないのだ。武器も書物も宝石も、着用していた衣類を除けば何も持ち出せない。だからこそ、勇者召喚は無賃金労働と揶揄されるし、勇者の記憶以外に異能を調べる方法が存在しないので、研究に苦心をしている。
とまぁ、この三点があり、異能が世界に浸透するまで時間がかかった。具体的に言えば、大体十二、三年前くらいから一般にも普及していったと思う。
つまり、勇者が登場してから三十余年の猶予があった。国や富裕層への普及は少し早かったから、異能の影響がどれほどかを予想することもできただろう。実際、世界経済の動きを機敏に察知して行動した者は存在する。
それゆえに、侑姫は言うのだ。失敗したのは怠慢による自業自得だと。
自分の実家に対する
「結構バッサリ言いますね」
「事実だもの」
迷いない即答。
一瞬、一総と同様に実家への不満を抱えているのかとも考えたが、すぐにそれを否定する。
瞳を覗けば分かる。彼女は実家へ負の感情を向けていない。ただ、純然たる事実を述べただけのようだ。どこまでも公平に、一切の感情を排した評価。無機質な色を宿すそれは、若干の畏れを覚えるほど。
(先輩と実家の関係は……)
訝しげに思考を回す一総だったが、即座に振り払った。家族関係というデリケートなものに、無遠慮に踏み込むのは宜しくない。経験上、こういうことに他人が関わると、ろくな展開にはならないのだから。好奇心は猫をも殺すともいう。必要に迫るまでは、そっとしておくべきだろう。
一総は好奇心に蓋をし、話を進める。
「話を戻しますが、オレたちが同行を願われたのは、勇者だからですか」
「そうよ。正確には、私と島の外でも行動を共にするくらい仲がいい勇者だから、ね。跡取りの私にどんな悪影響を与える人物か、見定めたいんでしょう」
「悪影響前提?」
蒼生の疑問に、侑姫は眉をハの字に曲げる。
「ごめんなさい。勇者イコール悪者って固定観念に囚われてるのよ。こればっかりは治せないわ」
「ううん、気にしてない」
軽く頭を下げて謝罪した侑姫は、顔を上げてから続ける。
「ここまで話したところで、私は提案したいの。あなたたちは島へ帰った方がいいわ」
一総は意外そうに目を開いた。
「おや、てっきり最後までつき合ってほしいと言われるものかと」
「私はそこまで厚顔無恥じゃないわ。私の家まで無抵抗でついてきてくれただけで感謝したいくらいよ。無関係な面倒ごとに巻き込んでしまって、申しわけないわ」
一応、こちらの配慮をしてくれているらしい。だったら、最初から巻き込むなと言いたいところだが、彼女としても逃げ切れる予定だったのだろう。
「侑姫は逃げないの?」
「私は無理よ。もう
蒼生の問いに即答する侑姫。
桐ヶ谷家は常に門下生が警備をしている上、一総たちは今も監視されている。──が、相手は所詮一般人だ。勇者の彼らにとって振り切るのは容易い。だというのに、彼女は無理だと断言した。一総たちに逃亡を促した以上、侑姫自身が抱える事情のせいなのだろうが……。
一総は頭を振る。ここで侑姫の事情を推察しても意味はない。もっと建設的な思考をするべきだ。
見れば、蒼生がこちらを見つめていた。真っすぐ射抜く
そんな彼女に対し、一総は肩を竦めてみせた。
それを見た蒼生は、僅かに口角を上げる。彼の意図を理解したようだ。
一総は侑姫を見据える。
「先輩が残るんだったら、オレたちも残りますよ。乗りかかった船、最後までつき合います」
彼の言葉に、蒼生もコクコクと頷く。
それを受けた侑姫は、ポッカーンと口を半開きにした。それから、慌てた様子で言う。
「本気で言ってるの? 一総たちがつき合う必要なんて皆無だし、どれくらい拘束されるか分からないのよ?」
「まぁ、さすがに夏休み明けるまでってことにはなりますが、残る意思は変わりませんよ」
一総とは思えないお節介の焼きよう。
理由はある。今回の侑姫の問題は一概に無関係とは言えないし、彼女の護衛を引き受けた時に「多少の面倒ごとは被る」と決意はしていたのだ。今さら引き下がることもない。
それに、これは蒼生にも話していないが、ひとつ気になることがあるのだ。
「ゆき、私たちに気を使う必要はない」
「うーん、分かったわ」
蒼生の一言で、こちらの意思が硬いと悟ったようだ。侑姫は肩から力を抜き、降参だと言う。
すると、ちょうど良いタイミングで第三者が入室した。
「お嬢、当主たちがお呼びです」
門下生の一人であろう若者が、侑姫へと声をかける。
それを聞いた彼女は立ち上がった。
「ごめんなさい、呼び出されたから行ってくるわ」
「こっちは気にしないでください」
「いってらっしゃい」
一総と蒼生は、侑姫を送り出す。
客室には二人だけとなり、しばらくの間静寂が訪れた。
しかし、それはすぐに破られる。
「さて」
一総が一言漏らすのと同時、客室を防諜結界が包み込んだ。
魔力の動きから結界が張られたことを察した蒼生は、彼へ問いかける。
「何をするの?」
「情報収集と、これからの計画について話し合うんだよ」
スマートフォンを片手に握った彼のセリフに、蒼生はコテンと可愛らしく首を傾げるだけだった。
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