006-1-04 釈明

 いくら出力が高かろうと、一総かずさに抑え込めない攻撃ではない。だが、彼はあえて受け止める選択を取った。


 瞬間、刀越しに尋常ではない衝撃が伝わり、一総の体は後方へ吹き飛ばされる。


 どれだけの力が込められていたのか。飛ぶ彼の勢いは凄まじいもので、何もしなければ地平線まで滞空していそうだった。


 さすがに、そこまで呑気に遊覧飛行をしているわけにもいかない。十数メートル飛ばされたところで体勢を整え直し、地面に両足を差し込むことで無理やり着地した。


 小さく唇を噛む。


 一瞬とはいえ、侑姫の全力の一撃をまともに受け止めた。その代償は生半可ではない。刀を握っていた両腕の骨は粉々に、筋肉もほとんどが断絶している。胴体の方にも影響は出ていて、内臓のいくつかと肋骨の何本かがダメになっていた。両足も、地平線まで届く勢いを無理に殺したせいで複雑骨折している。


 普通の人間であれば、再起不能の大ケガだった。得物が不壊の『くろがね』でなかったら、もっと酷い惨状を生んでいたに違いない。


 侑姫ゆきの攻撃を受け止めれば、こうなることなど自明の理だった。それでも、彼はこれ以外の選択を取らなかっただろう。


 何故か。そんな理由、ひとつしかない。


 自己満足のためだ。一総は侑姫を怒らせた。であるなら、それを受け止めないのは無責任すぎるし、何より自分で自分が許せなくなる。そういった己の心を満足させるために、彼はわざと攻撃を受けた。そこに合理性や侑姫を慮る気持ちは一切ない。


 ゆえに、治療もしない。自分を戒める意味を込めて、最低でもこの戦闘が終わるまではケガを負ったままでいるつもりだ。


(オレが自己中心的なのは今に始まった話じゃないしな)


 自身の日常を守るため、今まで様々なモノを犠牲にしてきたのだ。自らの身を切るくらい、細やかな自己満足だと思う。


 一応、接敵しなければならない理由──侑姫の魂の修繕も先程終わった。中身が薄いのは相変わらずだが、次の瞬間には砕け散るといった事態にはならない。魄法はくほうの使い手として太鼓判を押せる完治だ。


 あとは彼女と対話するだけ。どういう結末が待ち受けているかは分からないが、できるだけ最良の結果を得たい。


 一総は【身体強化】のレベルを引き上げ、戦闘に耐えられるよう全身を補強する。これで体を動かす分には問題なくなった。指先を動かしただけで激痛は走るが、勇者生活を続けていたお陰で痛みには高い耐性がある。戦闘の支障にはならない。


 可能な限り涼しげな表情を作り、彼は構えた。


 対し、侑姫は眉間に深いシワを刻んでいる。


「嫌ってるわけでも、見捨てたわけでもない? そんな言いわけを聞いて、私が喜ぶとでも思ったの?」


 振り下ろした刀を戻しながら、彼女は憤怒を湛えた声で続けた。


「詳しいことは思い出せないけど、あなたが私を否定したことだけは心に刻まれてる。尊敬してた、心の支えにしてきた人に裏切られる気持ちが理解できる? 私が一方的に慕ってただけで、あなたにとって迷惑だったのかもしれない。だからといって、それが私の心をもてあそぶ免罪符にはならないわよ?」


 一総へ向けられた刃の切っ先は震えていた。そして、我慢ならないといった調子で斬りかかってくる。


 今の体で、彼女の攻撃を正面から防ぐのは難しい。斜め後ろへ重心を動かすことで、彼は斬撃を受け流す。


 達人に勝るとも劣らない技量により、攻撃の勢いは余すことなく後方へ流された。余波が地面を斬り刻むものの、一総は一切のダメージを受けていない。


 こうなるのは予測できたのか、侑姫はそれを気にする素振りはない。返す刀で二刀、三刀と連撃を繰り出す。


 一総はそのすべてをさばいた。ゆらゆらと体を揺らし、刀を振る。


 不思議なことに、接触する刃からは音が鳴らない。全衝撃が受け流された結果だった。


 それでも、侑姫の手は止まらなかった。厳しい表情のまま、黙々と刀を振り続ける。そこに一分いちぶの隙など存在せず、その身さえも刃物と化したような鋭利さが伴っている。


 一総もそれにつき合った。離脱しようとはせず、一刀一刀を丁寧にさばく。


 ただ、彼女とは異なり、一総は口も動かした。


「先輩の怒りはもっともです。オレの言うことは、情けない言いわけにしか聞こえないでしょう。しかし、だとしても、オレは繰り返します。伊藤一総は桐ヶ谷侑姫を見捨ててはない、と」


 彼が口を開く度に攻撃の圧力が増す。彼女は無言を通しているが、どういった心情でいるのかは瞭然だった。


 だが、一総は止めない。言葉を重ねる。


 声を出さなければ存在を示せなく、言葉を尽くさなければ心は伝わらない。それらを怠ったせいで、現在の状況に陥っているのだ。情けなくても、みっともなくても、カッコ悪くても良い。プライドなど知ったことではなかった。


「確かに、先輩が現実から逃げてると思ってた部分はあります。ですが、それだけじゃないのも事実です。あなたは誰かの望みに従いながらも、自分の望みを捨ててませんでした。ただ従ってるだけなら、あなたは風紀委員長として、たくさんの人から尊敬されなかったはずです」


 侑姫が風紀委員に所属したキッカケは、自分の意思ではなかったかもしれない。しかし、彼女が委員長まで昇り詰めたのは、間違いなく彼女の意思と実力があったからだろう。


 他人の言われるがままの傀儡では、自ら誰かを助けたいと思わなければ、真に他人からは尊敬されない。治安を守る組織の長として、勇者たちから認められやしない。


 桐ヶ谷家での騒動の時もそうだ。侑姫は実父から命令されながらも、一総たちを救い出そうと懸命に働いていた。自身のためという部分もあっただろうが、他人への思いやりが含まれていたのも事実。侑姫は、正義感という意思を持っていた。


「オレだって、先輩を尊敬する気持ちがあります。オレは、自分に利がないと人助けなんてしませんからね」


「嘘よ! 後からなら、何とだって言えるわ!」


 刀を振りながら、強く反発する侑姫。


 これまでの言葉に嘘はないのだが、それを証明する術は持ち合わせていない。『心の迷宮』では心の傷を開く必要があったので、中傷することを優先していたのだが、その印象を拭うのは容易ではないらしい。


 自業自得でしかない。こればっかりは時間をかけて説得する他にないだろう。だから、この場で真偽の弁明をするつもりはない。


 侑姫の反駁はんぱくを流し、一総は続ける。


「それに、先輩は嫌われ者のオレと仲良くしてくれました。正直言うと、鬱陶しいと思っていたところはありましたが、楽しかったのも本当ですよ」


 本気で嫌がっていたなら排除していたし、どれだけ長いつき合いでも気安く接したりはしない。


 自ら望んだ孤高とはいえ、人間である以上は人恋しくなることもある。ゆえに、積極的に話しかけてくる侑姫の存在は、密かに楽しみだったのだ。友人とは異なる絶妙な関係性だと、彼自身は感じていた。


「…………」


 今のセリフには思うところがあったようで、侑姫の動きが些か鈍る。


 それを一総が見逃すはずがなく、彼は攻撃を振り払い、大きく後退した。


 連撃が始まってから数分、久方振りの停滞が生まれる。


 侑姫は茫洋とした瞳を、一総へ向けた。


「私だってあの日々は楽しかったわよ。でも……でも! 一総、あなたが私を否定し拒絶した現実は覆らない! その事実がある以上、私はあなたの言葉を心から信じることができない!」


「先輩……」


 言葉を詰まらせる一総。


 やはり、すべては『心の迷宮』での一件に帰結していた。心の拠り所の裏切りは根深く、そう易々と崩した信頼を取り戻せない。


 それだけではない。侑姫自身、一総が指摘した部分を自覚し、コンプレックスに感じているのだろう。だからこそ、彼に否定されたことを強く意識してしまっている。


 問題の解決には、一総の信頼回復と侑姫の自信の回復、そのふたつが必要不可欠だった。


 つまり、この場で瞬時に片づけられる問題ではないということ。もはや手詰まりだ。


 ジリジリと精神をあぶる焦燥感。それに身を委ねないよう気持ちをしっかり構えるが、解決案は浮かばない。


 そうしている間にも、侑姫が再び動こうとする。思案のみに集中する時間はなかった。


 一総へ向ける切っ先に力を入れ、侑姫が襲いかかろうとする。


 戦闘の再開まで、あと一歩という刹那。状況に予期せぬ変化が訪れた。


「なに?」


 思わず呟いてしまう。


 一総が探知したそれは、間違いなく空間の歪曲。【転移】の前触れだった。座標は二人の周囲であり、【転移】が完了したら囲まれる形となる。


 魔力の動きからして、侑姫が行使したわけではない。無論、一総のはずもなく。完全に第三者の介入だ。


 それの指す意味とは、テロ組織『ブランク』の出現。


 自然と体に緊張が走る。それは状況の変化に感づいていた侑姫も同様で、場には先程までとは異なる緊迫した空気が蔓延した。


 そうして数秒後、【転移】が発動する。


 複数の魔法円が地面に展開し、そこから同数の人影が出現した。


 果たしてその正体は『ブランク』などではなく、


「勇者殿、助太刀に馳せ参じました!」


 王国の鎧をまとった兵士たちだった。

 

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