006-1-05 予定外の決着

「勇者殿、助太刀に馳せ参じました!」


 その言葉を聞いた時、侑姫ゆきは大いに困惑した。何せ、王国兵が空間魔法の【転移】によって登場したからだ。


 彼女は空間魔法を習得した経緯の関係上、行使するのに必要なもの以外の知識を有していない。そのため、どうやって空間魔法を習得するのかさえ理解していない。


 だが、この世界に空間魔法の習得手段がないことだけは断言できた。いくら空間魔法が常軌を逸した異能とはいえ、魔法の分類であることは変わりない。であれば、霊術が主である世界に空間魔法が存在するわけがないのだ。


 勇者以外の者が他世界の異能を行使する。異常事態以外の何ものでもなかった。


 一総かずさと相対するのとは別種の緊張を湛え、侑姫は現れた兵士たちを窺う。


 一総へ武器を向けて警戒する彼ら。鎧に描かれた紋章から、グインラースの指揮下にある兵士だと判明した。それも中位から上位の階級の者たち──上位騎士だ。


 自身が嫌う男を思い浮かべ、その部下が空間魔法を使った事実に、嫌な予感をヒシヒシと覚える。自分の預かり知らぬところで、何か壮大な計画が動いているのかもしれない。


(私が空間魔法を覚えたのと同じ手段を、周りの兵士たちも受けた?)


 侑姫が空間魔法を得たのも、よくよく考えたら異常事態だった。何せ、異世界ではなく元の世界で習得したのだから。ゆえに、あの方法であれば、異世界人である彼らも異能を習得できるのでは? という仮説が浮かんだ。


 そしてそれは、侑姫に空間魔法を習得させるよう仕向けた連中が、この世界に潜伏していることを示す。偶然にしては、できすぎな状況だった。


 しかし、何者かの陰謀と考えるのも難しい。侑姫は勇者召喚されて、この世界に来たのだ。人類は勇者召喚に干渉する術を得ていない以上、そこに誰かの意思を混ぜるのは不可能だろう。


 それでも、頭をよぎった可能性を捨て切れない。モヤモヤとした感情が、胸の内にわだかまっていた。


 今考えても答えは出ない。そう結論を下した侑姫は、慎重に行動を起こした。グインラースの兵への警戒を怠らず、固い口調で言う。


「手助けは不要です。あなたたちでは彼の相手など務まりません。無駄死にをしたくなければ、疾く撤退しなさい」


 足手まといだから立ち去れ、と彼女は口にした。


 これは信用できない兵士たちを遠ざける目的もあるが、嘘偽りのない事実でもあった。たとえ空間魔法を行使できようと、十人以上の人数を揃えていようと、彼ら程度の実力では一総に指先さえ触れられない。そも、侑姫であっても、まともに戦える相手ではないのだ。


 ここまで時間を稼げたのは一総が対話を望んだ結果であって、侑姫に対等な力があったわけではない。それほどまでに彼我の戦力差は隔絶している。


 敵であっても味方であっても対応できる最善の回答だが、対する兵士たちの答えは否だった。


「そうは参りません。グインラース様から直々に命を下され、我々はこの場に駆けつけたのですから。それに、かの『黒鬼こっき』と我々は戦いませんよ」


「どういうこと?」


 助けに来たと宣言しておいて戦わない。矛盾した発言をする兵に、侑姫は怪訝な視線を向ける。


 そんな反応を意に介さず、彼は続けた。


「我々は、勇者さまに全力で戦っていただけるようサポートするために参じたのです。これを見ていただければ、あなたは確実に全力を尽くしてくださいますよ」


 兵士は片手を上げる。それを合図に、周りに散開していた兵らが集合し、守りの陣形を組む。そして、陣の中央に立つ者が、虚空から何かを引っ張り出した。


「なっ!?」


「おっと、それ以上我々に近づくようなら、コレの安全は保障できませんね」


「ッ!」


 “何か“の正体を認めた彼女は、とっさに兵士たちの方へ突っ込もうとしたが、そうはさせまいと期先を制されてしまう。


 動くことができずに奥歯を食いしばっていると、ことの成り行きを窺っていた一総が尋ねてきた。


「先輩、あの少年・・は何者です?」


 侑姫は、彼に目を向けることなく答える。


「カミラ。私が保護してた吸魂魔ソウル・サッカーの子供よ」


 そう。兵士たちが持ち出してきたのは、侑姫が面倒を見ていた少年、カミラだったのだ。


 見た限り危害を受けた様子はないが、武装した人間に囲まれているせいで酷く怯えている。


 自分の愚かさが招いた失態だと、侑姫は後悔した。


 いつまでも呑気に世話を続けていたせいで、カミラの存在が露見してしまった。自分に言うことを聞かせる駒に利用できると判断されてしまった。か弱い子供を戦場に引きずり出してしまった。


 本来であれば、彼を保護してすぐに霊魔国へ届けるのが正解だった。自分で世話するよりも安全かつ確実な方法だっただろう。少なくとも、人質に取られる事態には発展していない。


 情に流され、己の心の弱さに踊らされた結果、最悪の状況に陥ってしまった。後悔先に立たず。もはや後戻りできない。


 ギリギリと歯を噛み締め、侑姫は苦々しい表情で問う。


「あなたたちの要求は何?」


「何も変わったことは頼みませんよ。『黒鬼を殺せ』、それがグインラースさまの注文オーダーです」


 いやらしい笑みを浮かべる兵士を腹立たしく思いつつも、彼女は注文を実行しようと構える。


「何がおかしいの?」


 一総へ、侑姫は苛立たしげに尋ねた。彼が何やら笑みを浮かべていたためだった。


 対して、一総は笑みを崩さずに答える。


「ああ、すみません。おかしくはなかったんですが……先輩が変わってないようで安心しただけです」


「やっぱりバカにしてるでしょう?」


「いえいえ、そんなことありません」


 一総の真意が読めない。彼は何から何まで謎だらけだが、今回は輪をかけて意味不明だった。


 とはいえ、このような問答に時間をかけているわけにもいかない。


 対面するは一総。どう頑張っても勝てはしない相手ではあるが、人質ができてしまった以上、全身全霊で戦わねばならない。先程までの時間稼ぎとは異なり、これから始まるのは本気の死合いだ。


「本気で戦う気ですか?」


 一総からの問いかけに、侑姫は無言で頷く。


 当然、カミラを奪い返すという手段も考慮したが、空間魔法使いを含めた十数人の兵士からカミラを無傷で助けるのは無理筋だ。彼は年端もいかない子供、下手をしたら致命傷を負ってしまう危険も孕んでいる。


 よって、一総と戦う以外の選択肢はなかった。


「いくわよ」


 霊力と練気で作り上げた二刀を掲げ、侑姫は駆け出した。


 世界最強とフォース最強の死闘の幕が、切って落とされる。








          ○●○●○








 一総と侑姫の戦いが再開されてから十分ほど。決着は依然ついていない。


 斬撃と霊術、果ては空間魔法が飛び交う戦場は、もはや地獄絵図と言っても過言ではないだろう。草原だったそこは、天変地異に見舞われたように原型を保っていない。平坦だった大地には山谷が生まれ、生い茂っていた草々はカケラも残っていなかった。ところどころからは溶岩が噴き出し、熱された空気が荒れ狂った突風を吹きさらす。


 幸い、両者とも周囲に気を配っていたお陰で、二人の戦いに巻き込まれた者はいなかった。王国軍も霊魔国軍も、その場からの撤退が完了している。


 ただ、カミラを捕らえている兵士たちは残っていた。おそらく、人質としての効果を最大限発揮させるためだろうが、わざわざ十人による空間魔法の結界を張るとは、ご苦労なことだ。


 死闘──といっても、一総は本気を出していないが──を始めてから幾分。そろそろ頃合いだろうと一総は判断した。


 侑姫の実力を測るため、敵の思惑を探るため。それらの理由で戦いを続けていたが、だいたいは把握できた。


 といっても、後者に関しては、その情報が直に到着するといったもので、正確に判明したわけではない。


 ただ、この戦場で何かを仕かけてはこないのは確実だ。広範囲で索敵をしているけれど、何ひとつ怪しいものは引っかからなかった。要するに、侑姫は一総を留める時間稼ぎ要員ということだ。


 であれば、いつまでも遊んではいられない。本気で挑んできている侑姫には悪いが、『ブランク』の影が見えた以上、一総も余計な手間をかけられないのだ。


 刀で斬り結ぶ最中、彼は鋭い蹴りを放つ。それは侑姫の鳩尾に深く刺さり込み、彼女の体を大きく吹き飛ばした。


 クリンヒットしたかに思えた攻撃だが、その実、威力のほとんどを受け流されていた。弧を描きながら宙を流れる彼女は、その間に体勢を整えて着地をする。


 しかし、一総に一時の猶予が生まれたのは違いない。彼はその隙を使って、錬成術を発動した。まばゆく光る錬成光は戦場のすべてを覆い尽くし、次の瞬間には地獄絵図と化していた場所が、元の草原へと回帰する。


 それを認めた一総は満足そうに頷き、対して侑姫は怪訝に首を傾げた。


「今さら、何のつもり?」


「そろそろ終わりにしようと思いまして。あのまま放置してたら危ないでしょう?」


「……もう勝ったつもり?」


 不快そうに言う侑姫だったが、その口調とは裏腹に警戒心を上げている。彼女も理解しているのだ。一総が本気を出せば、自分はひとたまりもないと。


 微かに怯えを見せる侑姫を見て、一総は首を横に振る。


「勘違いしないでください。別に、先輩との戦いに決着をつけるって話じゃないですよ」


 言い終えるや否や、彼はパチンと指を鳴らした。それに合わせて、侑姫の隣に【転移】が発動する。


 身構える侑姫だったが、そこに出現した人物を見て、驚愕をあらわにする。


「カミラ!?」


 そう。現れたのは吸魂魔の少年であるカミラだった。かなり衰弱し気絶しているようだったが、命に別状はなさそうだ。


 慌ててカミラを抱き抱える侑姫を認めながら、一総は二人の元へ近づいていく。


「探すのに時間がかかりました。何と、バァカホの王都の地下深くにある牢屋にいましたよ」


「兵士たちが連れてきてたのは偽物?」


「というより、空間魔法を利用した幻ですね。ちょっと探れば気づけるんですが……焦りすぎですよ、先輩」


「面目ないわ……」


 よっぽどカミラという少年に思い入れがあるようだ。歴戦の勇者らしからぬミスといえる。


 まぁ、気づいていたとしても、彼女にカミラを見つけ出す力はなかった。余計な手出しをしなかっただけ良しとしよう。結果オーライだ。


「さて、先輩はカミラ少年を連れて逃げてください。あいつらはオレが始末しておきますから」


 本物のカミラが救出されてしまったことに気がついた王国兵たちが、こぞってこちらに攻撃を仕かけようとしている。


 彼女たちを守りながら戦うのはわけないが、ここは離脱させた方が賢明だろう。今は侑姫の心を落ち着かせるべきだ。


 一総と侑姫は視線を交わし合う。


 ジッと見つめ合うこと数秒。侑姫がふぅと息を吐きながら目を伏せた。


「分かったわ。ここはあなたに任せましょう。でも、許したわけじゃないから」


「分かってますよ」


 釘を刺すのを忘れない彼女の態度に、苦笑いを溢す。


 それから、侑姫はカミラを抱えて【転移】を発動した。一瞬にして、彼女たちの姿は消え失せる。


 直後、兵士たちの攻撃が降り注いできた。それらは一総の周囲に着弾し、盛大に土埃を舞い上げる。


 そんな中、彼は小さく息を吐いた。


「先輩のああいうところは面倒くさいけど、嫌いではないんだよな」


 この一分後、戦場に残った最後の王国兵が倒され、草原での一戦は幕を閉じた。

 

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