2.暗躍の学園祭
002-0-01 序幕、世界の果てより
それは世界の果て。ゴミの掃き溜め、闇の巣窟、世界の裏などなど。様々な呼ばれ方をされど、決して大衆の目には晒されない特異な場所。
全てに影が満ち、人がいても相貌を定かに捉えることは叶わないだろう。この場に集まる者どもにとって、とても都合が良い環境だ。
そんな影の中、複数の――老若男女様々な人が無秩序に集まっていた。広間の中心で直立不動の者もいれば、端っこの方で胡坐をかいている者もいる。はたまた、完全に寝転ぶ者もいた。
とはいえ、注目すべき点は別にある。それは集まった者たちのまとう空気だ。全員が一般人とは思えない、冷たく剣呑なモノを湛えている。それが何人もひとつのエリアに集っているのだから、この場の淀みは最悪と言って良かった。
しかし、それについて誰も文句は言わない。彼らは汚れたソレに慣れてしまっているから。心の芯まで浸かってしまっているから。
すると、彼らは一斉に一カ所へと視線を向ける。
そこは先程まで空白地帯だったというのに、何の前触れもなく一人の男が立っていた。黒い外套を着込む、紳士然とした雰囲気を放つ壮年の男だ。身体は鋼のように引き締まっており、混じり気のない黒髪もビシッと固めている。瞳に宿る光は鋭利で、一分の隙も見受けられない。
男は周囲の者たちを一瞥すると、鋭い瞳には不釣り合いな、柔らかい笑みを湛えた。
「皆さん、よく集まってくれました。それぞれ忙しい中、ありがとうございます」
発する冷たい空気とは真逆の、陽気な声が流れる。
周りの人たちは、男の言葉を一言一句漏らさぬとでも言うように、真剣に耳を傾けていた。
「本来であれば時候の挨拶を述べたりするのでしょうが、ここには簡潔を好む方が多いことでしょう。早速ですが、今回、皆さんに集合をかけた理由を話したいと思います」
と言っても、一言で済む理由ですが。そう男は溢す。
そして、続けた彼の発言は、周囲を大いに揺さぶった。
「そろそろ、本格的に動き出そうと思います」
ざわざわと騒めく。
怪しさと真剣さを混ぜ合わせた危うい雰囲気が、一瞬のうちに動揺へと変わる。そのまま、それは高揚へと変化していく。
「ついに来たか」
「やっと我らの望んだ世界が作れる」
「とうとう来たか―」
反応はまちまちだが、この場にいた全員が気分を昂らせていた。
それを受け、男は満足そうに頷く。
「そう。ようやく我々の目的が果たせるのです。今までは準備として人材の発掘や資金集めといった行動しか起こせていませんでしたが、これからは違います。私たちは十分な力を得ました。大きく動き出すのは、まだ先でしょうが、確かに目的の一歩として行動を起こせるのです」
皆を煽るように、火を焚きつけるように、ゆっくりと言葉を噛み砕くように語りかける男。
周囲の熱は更に上昇する。
男は言う。
「まず手始めに“アレ”の奪取から始めましょう」
「『アレ』と言うと、アヴァロンが所持している“アレ”か?」
集団の一人が尋ねると、男は首肯した。
「ご想像の通りです。我々の今後を考えれば、“アレ”の入手と解析は必須事項です。ですから、何としてでも奪っておきたい」
男は掲げた手の平を力強く握り締める。
続けて、今度は別の者が質問を投げかけた。
「盗み出すのは良いとして、どこに誰を送るの? まさか全員送るわけにもいかないでしょ」
無差別に異世界へ人々を送り込む災害『勇者召喚』。帰還した勇者たちの受け皿であるアヴァロンは、世界に全部で七つある。イギリス、アメリカ、中国、インド、オーストラリア、南アフリカ、そして日本だ。
「ええ、初動から大々的というは遠慮したいところ。ですので、少数精鋭でいきたいです。基本的に希望者を募って行かせようとは思いますが、英国と日本への刺客は私から指名させていただきたい」
「理由を訊いても?」
「あの二カ国は他の国と比べて特別危険ですからね。英国はアヴァロン発祥の地であるためか、勇者召喚の研究が進んでいる上に勇者たちの質が高い。一方、日本には『
「なるほど」
男の説明に、問うた者以外も納得の表情を作った。
しばらく、他に質問がないか見渡していた男だったが、それもないと悟ると口を動かした。
「さて、希望者は後程募るとして、こちらからの指名者を発表しておきましょう」
男は優雅に片手を掲げ、集まる者たちの一角を指し示す。
「英国へはあなたに出向いてもらいたい。よろしいですか?」
「いいだろう」
反応したのは広間の片隅で座り込んでいた大柄の者。その人が発する空気は、男のものと遜色がないほど鋭く冷たかった。
大柄の者はすぐさま立ち上がり、音を立てることもなく消え去る。
どこへ行ったなど聞くまでもない。仕事先へ向かったのだ。
それを満足そうに見届けた男は、続けて別の方角へ手を向けた。
「日本は……あなたたちに任せたい。お願いします」
指した場所にいたのは二つの影。
一瞬、周囲が騒めいた。
影はその場で軽くステップを踏む。
「あはは、ボクたちに任せちゃうんだ。どうなっても知らないよ?」
「くふふ、日本が新しい遊び場かぁ。楽しみだなー」
響いたのはコロコロとくすぐるような高い音色。無邪気さを見せるそれには、ドス黒い何かが孕んでいた。
男はそんな二人の様子を気にも留めず、笑みを浮かべたまま答える。
「“アレ”さえ無事に入手できるのであれば、他がどうなろうと構いません。まぁ、できるだけ目立ちすぎないようにはしてほしいですけど、“アレ”の入手に比べたら優先度は劣りますね」
「りょーかい。ちゃんと目的は果たすよ」
「それじゃあ、早速準備を始めないと!」
クスクス微笑む二人は、そのまま駆け足で去っていった。
その後、男は両腕を悠然と開く。
「さあ、皆さん。他のアヴァロンへの刺客を決めてしまいましょう。我こそはという方は名乗り出てください!」
盛り上がるは黒い会談。
着々と、勇者たちの日常は闇に浸食されていくのだった。
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