006-5-02 反乱の理由

 壁に大穴が開き、床が爆ぜ、天井が崩れ落ちる。白銀の閃光と不可視の衝撃波が乱れ飛ぶ謁見の間は、すでにその原型を失っていた。周囲にあった部屋と同化しており、いつ城全体が崩壊しても不思議ではない。


 ミュリエルと空間魔法使いたちの戦いが始まってから十数分。その様相は苛烈を極めていた。いや、現在進行形で激しさを増している。空間魔法対神罰という伝説かくやの戦闘というのもあるが、最初の十人に加えて次々と増援が参入してしまっていたためだ。今や、敵兵は五十人以上いるだろう。


 一対五十、なおかつ相手は全員空間魔法使い。このような圧倒的戦力差を前にしても、ミュリエルは果敢に立ち向かった。


 周囲から弾幕の如き攻撃が降り注げば、【隔絶】で一切合切の侵入を拒む。四方八方から死角なき斬撃が放たれれば、その身にまとう【霊鎧】がすべてを弾き返す。


 今のところ反撃には出られていないが、こちらも攻撃をまったく受けていない。人数や所有する異能の差はミュリエルの方が劣っているけれど、練度の開きはミュリエルが圧勝しているがゆえの結果だ。


 とはいえ、いつまでも防御一辺倒ではジリ貧だ。ただでさえ神罰の行使に必要な霊力は莫大なのに、本来なら一度使うだけで済む【隔絶】を何度も貼り直している。練度不足でも空間魔法には変わりないということか。彼女の方が先に力尽きるのは自明の理だった。


(増援の勢いも弱まったし、そろそろ打って出ましょう)


 引っ切りなしに増えていた敵兵が、この数分は一人も駆けつけていない。つまり、城に攻めてきた大半の敵がこの場に集まったと察せられる。一網打尽にするチャンスだった。


 ミュリエルは動きを変える。今まで【霊鎧】で受けていた剣を【隔絶】を使って封殺。同時に、【隔絶】の範囲を拡大した。自分より外側──敵兵の方へと。


 青白い壁が勢い良く押し寄せ、ミュリエルに接近戦を仕かけていた敵は吹き飛ばされていく。後衛が焦って空間魔法を放つけれど、同じ動作をする【隔絶】が間髪入れず展開されるため、止めることは叶わなかった。


 こうして、ミュリエルの周りに数メートルの空白地帯が生まれる。敵はすぐに距離を詰めてくるだろうが、彼女が新たな術を放つのには十分な時間が得られた。


 ミュリエルは【霊鎧】と【霊剣】を解除する。これから使う術は、今の彼女の実力では他の神罰と併用できないため。


 こちらに駆ける敵兵や放たれる遠距離攻撃が認められる。しかし、ミュリエルは動かない。ただ一言、神罰に必要な詠唱コードを口にした。


「【神罰コード留定アハト】」


 途端、世界が停止した。


 敵兵や彼らが放った攻撃。それだけではなく、地面に落下中の瓦礫や吹き荒ぶ風さえも止まっていた。ミュリエルの周囲のすべてが、彼女以外動かなくなった。まるで、時間が切り取られてしまったように。


 これは【時間停止】ではない。時を司る異能は、【次元魔法】の他に存在しない。


 であれば、ミュリエルの行使した術は何のか。


 第八の神罰【留定】とは、魂を固定する術である。万物に宿る魂をピン留めするように縛りつけてしまうのが、この術の本質だ。固まってしまった彼らは、全員魂を固定されてしまったために動かなくなったのだ。実際、【留定】の効果範囲外のものは動いているし、この場の時間は普通に流れている。


「ふぅ、あとは簡単ね」


 ミュリエルは【留定】を維持したまま、範囲攻撃の魄法を何度も発動する。【留定】の最中に状態の変化は起こらないが、ダメージは蓄積される。だから、複数回攻撃すれば致命傷になるはずだ。


 問題ないと判断できるまで攻撃を繰り返したミュリエルは、神罰を解除する。すると、十を超える魄法を受けた敵兵たちは、全身から血を噴き出して地面に沈んだ。


 緊張感を持続させていた彼女は小さく息を吐く。


 今回の戦い、一見圧勝したように見えるが、実のところは綱渡りだった。彼らが空間魔法という規格外チートのせいで慢心していたこと、五十倍という人数差に油断していたこと、こちらの手の内を知られていなかったこと。それらの要素があったからこそ、勝利を掴めたのだ。いくら練度に開きがあったとしても、向こうが情け容赦なしに全力でかかってきていたら、物量差に呑まれていたに違いない。


 数秒の息抜きの後、ミュリエルは気を引き締め直す。散発する爆発音から、まだ戦いが終わったわけではないことは明らか。逃げた王族の安否も気になるし、ここで油を売っている暇はなかった。


 王族の後を追おうときびすを返すミュリエル。


 ところが、その足は一歩踏み締めたところで止めざるを得なくなる。彼女の背後から声がかかったゆえに。


「ほぅ、この人数を相手に無傷で勝つか。予想以上の強さのようだ」


 ミュリエルは目を見開いて振り返る。


 視線の先、十メートルほど離れた地点に、豪奢ごうしゃなプレートアーマーをまとった男が立っていた。金髪碧眼の優男は惚れ惚れするくらい美しいが、その顔に浮かぶキザったらしい表情の中には、ミュリエルを見下す感情を湛えていた。まぁ、そういった感情が見えなくとも、目前の優男はミュリエルの趣味ではないが。


 それよりも気にするべきなのは、この距離まで接近を許しておいて、まったく気配が認められなかったことである。


 無論、【転移】であれば可能だろうが、その辺の未熟な空間魔法使いの術なら予兆を把握できる。つまり、目の前の優男は一定の練度の空間魔法を有している強敵だ。


 ミュリエルは瞬時に【霊鎧】を展開。相手の動向に注意を向けながら問う。


「あなたは何者ですか?」


「他人に名を尋ねるのなら、まずは自ら名乗るのが筋ではないか? ……と言いたいところだが、吸魂魔下等種族に問答しても無駄なことだな。心して聴け。我が名はグインラース、この世界の覇者となる者だ」


 不遜に語る男の正体は、敵の首謀者だった。


 首魁が前線に来るなど正気の沙汰ではないが、驚くほどではなかった。空間魔法という最強の力を持ち、『ブランク』という盤石な後ろ盾があるのだから、性格如何では前へ出てくるだろう。


 先の言からして、グインラースは傲岸不遜かつ自意識過剰な気質だと読み取れた。おまけに王国で一般的な人間至上主義者。


 こちらの言葉に耳を傾けるとは思えないが、またとない機会のためにミュリエルは尋ねた。


「尋ねたいことがあるわ。どうして王国でクーデターを起こし、霊魔国を襲ったの?」


 グインラースの反乱は、誰にとっても予想外の事態だった。彼の王国の立場は優遇されたものだったし、身の振り方次第では反乱せずとも王位を得られた可能性はあった。


 また、ここまで迅速に霊魔国へ攻め込む理由も判然としない。もっと自分の地位を盤石にしてからではないと、内から綻びが生じる確率が高くなる。


 どうにも、彼の目的が見極められなかった。


「ふむ」


 意外にも、グインラースは回答する素振りを見せた。適切な言葉を探っているのか、口元に手を当てて思考を巡らせている。


 しばしの沈黙の後、彼は口を開く。


「復讐ゆえに、強欲ゆえに、嫉妬ゆえに、憎悪ゆえに、覇を示したいゆえに。パッと思いつくだけでも様々な理由はあるが……あえて一言で表すなら、『壊したかったから』だろうか」


「は?」


 想定外の答えに、ミュリエルは目を点にする。


 そんな彼女など構わず、グインラースは語る。


「そう、私は──俺は壊したかったんだ。王国を、霊魔国を、この世界のすべてを! 俺から栄光を奪ったあいつらが作り上げた全部を、完膚なきまでに壊したかった。だから、俺は彼らの手を握り、こうして戦火を撒いている。いずれ、何もかもを壊し切るために!」


 話しているうちに熱が入ったようで、彼は力強く拳を握り締め、声を張り上げた。瞳と声、そこに宿る感情は狂気と表しても過言ではない。狂ったもので彩られていた。


 ミュリエルは絶句した。グインラースの発言の内容の半分も理解できなかったが、彼がどうしようもなく個人的な理由で争いを生み出していることは分かった。自らの狂気の衝動に身を任せて動いているのだと悟った。


 何となく察しはついていたが、言葉だけで矛を収めるのは不可能。それどころか、目前の男を生かしておくだけで、世界に害しかもたらさない。


 もはや殺し合い以外の選択肢は残っていなかった。どちらかが全滅するまで、この無意味な戦いを終わらせる手段はない。


 ミュリエルは宣言する。


「私はあなたを殺すわ。絶対にね」


「ははは、下等種族が笑わせてくれる。できるものなら、やってみたまえ!」


 両者の間に暴風の如き霊力が荒れ狂う。


 今回の騒動の行く末を決めるだろう戦いが、今始まる。

 

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