006-5-03 使い魔の奮闘

 王城で最終決戦が始まろうとしていた頃。ミミとムムの姉妹は、数名の兵士と共に一般人の避難誘導を行っていた。破砕音と戦火に民が怯えるせいで思うように進まないが、着実に仕事をこなしていく。幸い、事前に一時間の猶予があったお陰で、子供や病人の対処がほとんど完了している。丈夫な大人しか残っていないため、多少の無茶も通せた。


 避難民を連れて、街中を慎重に進む。姉妹の実力が高いこともあり、これまで敵兵との接触は回避できていた。この一時間に何度も往復したので、動きも最適化していっている。まず、この二人へ不意を打てる輩はいないだろう。


 爆発が起こる度に身を震わせる一般人らに気を遣いながら、ムムは思考を巡らせる。考えるのは、現在の戦局について。


 時折望める霊魔国兵と敵の交戦模様。それらを見た限り、状況はギリギリといったところだ。


 兵士たちが真っ向勝負を仕かけても勝てないのは分かり切っていたため、彼らにはゲリラ戦を行うよう命じていた。空間魔法が未熟な敵兵は察知能力が低いと、一総かずさから前もって聞いていたのもある。


 作戦が上手く合致した結果、本来なら相手にもならない霊魔国兵たちでも、足止めくらいはできていた。次々と避難を成功させているのは、彼らの一助も大きかった。


 しかし、あくまでも足止め。霊魔国兵に空間魔法使いを倒せるはずはなく、足止めが絶対に成功するわけでもない。徐々にこちらの戦力は減っており、そのうち戦線が崩壊するのは目に見えていた。


 未来のない状況だが、ムムたちに諦観はない。


 何故ならば、彼女たちには希望があったから。この最悪な展開をひっくり返せるだろう人物──一総の存在が控えていたからだ。


 耐え切れば、彼がすべてを治めてくれる。そう信じているからこそ、絶望的な戦況でも心を折らずにいられた。


 ただ、それも一総を知る者に限定した話。不幸にも状況を理解するほど聡い上、彼を知らない一般人は、容易く心折れてしまう。


「もうおしまいだぁぁぁあああ!!!!!!」


 唐突に、避難中であった一人の男が叫び出した。頭を抱え、その場にうずくまってしまう。


 突然の事態に唖然とする一同だったが、ムムは違った。


 男の奇行を目撃してすぐ、彼女は自身の姉へ声をかける。


「姉さん!」


「あいさ!」


 さすがは双子。ムムの言わんとしていることを瞬時に理解したミミは、音に迫る速度で男へ近づく。そして、彼に一撃をお見舞いした。大ケガは負わないが、確実に気を失わせられる絶妙な威力だった。


 男が気絶したしたお陰で、場はいくらか静かになる。


 だが、ムムたちに安堵はなかった。


「チッ。ダメね、囲まれてる」


 舌を打ちながら、ムムは今し方行使した索敵の結果を口にした。


 ここが騒がしい戦場とはいえ、成人男性が大声で叫んでしまえば、敵に気取られるのは当然だった。


 これは避難民のメンタルまで気が回っていなかった、彼女たちの落ち度だろう。


 同行していた兵士の一人が、この隊の責任者たるムムに尋ねてくる。


「いかがいたしますか?」


「ムムと姉さんで包囲に穴を開けますので、あなた方は避難誘導を続行してください」


「ミミたちが敵を抑えるッスよ」


 あっけらかんと言う彼女たちに対し、他の兵士たちは渋面を浮かべた。複数の空間魔法使いを相手取る無謀さを理解しているゆえの反応だった。


 それを見たミミは、努めて明るく振る舞う。


「安心してほしいッス。時間を十分稼げたら、ミミたちも逃げるッスから」


「その通りです。それに、ムムたちはあなた方が想定しているよりも強いですよ」


「承知いたしました。ご武運を!」


 二人の意思が固いことを察したようで、兵士たちは敬礼をして命令を受諾する。


 そうしている内に、敵兵が姿を現した。


 見た目は軽鎧をまとった歩兵といったところ。まぁ、体中が返り血塗れで目が血走っているそれは、どう捉えても野盗にしか思えないけれど。


「ヒャッハー、次の獲物だ!」


「かかれ、かかれ!」


「皆殺しだぁああ!!」


 品のない雄叫びを吐きながら、敵は包囲を狭めてくる。


 あまりの恐怖に一般人らは悲鳴を上げるが、その脅威が彼らに届くことはない。


 敵兵らが一定範囲まで接近したところ、空から膨大な風が吹き降りた。ミミたちを避けたドーナツ状の風塊ふうかいは相当の密度があるらしく、轟音と地面を大きく削った。それから、包囲の外側へと敵たちを流していく。


 呆気に取られる霊魔国兵と避難民たち。しかし、そのような悠長な時間が許される状況ではなかった。


 ムムが叫ぶ。


「今のうちに早く逃げなさい!」


 その一言で十分だった。


 我に返った兵士たちは避難民を誘導し、戦線を離脱していく。


 それを見送った姉妹は、次に倒れる敵兵へ目を向けた。先の一撃はあくまで仲間を逃すためのものであり、敵を倒せたとは考えていなかった。


 その認識は正しく、敵らは頭を振りながら立ち上がる。体のあちこちが傷ついているけれど、致命傷は避けたらしい。おおよそ、とっさに空間魔法による防御を展開したのだろう。練度不足で完璧には防げなかったようだが、怒りを覚えるには十分の体力を残している。


「ふざけやがって。まずはお前らから料理してやんよ!」


「よく見れば美人じゃねーか。美味しくいただいてやる」


「美人の踊り食いだぁあああ!」


 頭に血が上った敵兵の目には、すでに避難民たちは映っていない。獰猛な笑みを浮かべ、ミミとムムの二人へ襲いかかってきた。


 上手く陽動役になれたことを安堵しつつ、ムムは溜め息混じりに呟く。


「ムムたちは『よく見れば美人』ではなく、『正真正銘の美人』でしょうに。野蛮な輩は目も曇っているようですね」


「そりゃ当然ッスよ。何せ、こんな奇襲を仕かけるような連中ッスから」


「それもそうね」


 力の抜けるような場違いな姉妹の会話だが、彼女らの種族を考慮すると“らしい”とも言えるか。何とも締まりのない空気の中、戦闘が始められる。


 先手を打ったのは姉妹の方。


「「【神罰コード霊剣ツヴァイ】」」


 異口同音に呟かれたのは、魄法はくほうの最強の一角たる呪文。詠唱の後、二人の手にはそれぞれ形状の異なる武器が生まれた。


 ミミはあちこちに装飾の施された短剣。華美というよりは遊びを多分に含んだデザインで、彼女の活気に溢れた性格が現れているよう。


 妹のムムは対照的にシンプルな意匠のレイピアだった。必要最低限の部品で作り上げられた銀色の得物で、刃先は彼女の研ぎ澄まされた知性を想起させるように細く鋭い。


 この世界に現存する三人の魄法使いのうちの二人、それがミミとムムだった。


 彼女たちは自らの主人が苦しんだというのに、使い魔たる自分たちがのうのうと生活を送ることを望まなかった。彼の力になりたかった。ゆえに、一総の記憶を使い魔のパスを通して読み取り、魄法の習得方法を把握。お互いの魂をぶつけ合うことで術の会得へと至ったのだ。


 ミュリエルほどの才能はなかったようで、腕は彼女より大きく劣るけれど、それでもミュリエルに次ぐ実力者なのは違いない。霊魔国軍の兵士たちが相手をするよりは長持ちするはずだ。


 武器を構える姉妹を見ても、敵兵は空間魔法による慢心からか、無防備に距離を詰めてくる。


 ──否。これは慢心ではあるまい。いくら雑兵といえど、空間魔法使いの力は一線を画す。かつて、錬成術の奥義を使用したにも関わらずつかさが敗北を喫したように、普通の勇者では勝てない。であれば、それよりも弱い現地民なら余計に結果は見えていた。対等に渡り合えるミュリエルが異常なのだ。


 残念なことに、メイド姉妹に現地民の枠を逸脱する才覚はない。彼女たちは、あくまで現地民の枠の中で卓越した力を有するに留まる。


 よって、この戦いの結末は分かり切っていた。一人や二人程度であればギリギリ勝利を掴めたかもしれないが、敵の方が多い上に増援の可能性もあるとなると、戦線離脱も絶望的だろう。


 その事実を理解していながら、二人は立ち向かう選択をした。ひとえに、一総に胸を張れる生き方をしたかったため。ここで他人を見捨てる選択をすれば、きっと彼に合わせる顔がなくなってしまうと考えたから。


 一総はそのようなことを気に留めないとは思う。だが、これは彼女たち自身の問題だった。今後、彼と会う度に後ろめたい気持ちを抱えたくないという、ただのワガママ。


 淫魔はその性質上、多情な種族と知られている。しかし、一度主人と決めた相手には、一途に想い続ける側面もあるのだ。今回の命懸けも、彼女たちにとっては当然の覚悟にすぎない。


「さーて、どう戦うッスか、ムム?」


「長期戦は不利。姉さんが撹乱して、その隙にムムがトドメを刺します」


「りょーかいッスよ!」


 姉妹は不適に笑う。その表情に一切の陰りはなかった。




 それから十分ほどが経過した。現場では、未だに戦禍が途絶えていない。


 すでに【霊鎧アイン】をまとい、傷だらけながらも暴れ回る姉妹。そして、はじめの三倍では済まない人数の敵が、彼女たちを囲んでいた。しかも、敵の損害は軽微で、今もなお増援は止まらない。よくここまで五体満足で生き残っていると感心するレベルの劣勢だ。


「はぁ、はぁ……さすがにマズいッスね、これは」


 息を切らせながら軽口っぽく言うミミだが、その相貌は蒼白だった。近未来チックな軽鎧を血に汚し、全身に傷を負っている。欠損部位こそないけれど、このまま放置したら出血多量で死にそうな様相だった。


「……敵数が予想以上に多かったですね。これでは逃亡も難しい」


 冷静に振る舞うムムも姉と似たようなもの。体のフィットした鎧は術の効果で損壊していないが、他の体の部位はズタズタに傷ついている。剣を握る感覚も、とうの昔に消えていた。


 敵はもはや三桁に届こうとしている。実力差もあるし、こうなってしまうと逃亡に賭ける気力も湧かない。今二人が生きているのは、一総という一流を見続けたお陰で目が肥えていたことと、敵兵の半分以上が彼女たちを辱めようと画策しているためだった。痛ぶり尽くし、命乞いをしたところでいただく魂胆なのだろう。


 ただ、彼らの我慢も限界を迎えた。そも、盗賊まがいの連中ゆえに、我慢強くないのだ。ここまで保てたのは、それだけ姉妹が美人だったということ。


「こいつら、ちっとも懲りねーじゃねぇか。やめだ、やめ。もう殺すぞ!」


「殺されないってタカをくくってるんじゃ?」


「ちっと優しくしただけで調子に乗るんだよな、こういう女って」


「こんな美人なら、俺は死体でも構わんぞ!」


 好き放題言う敵兵盗賊たちは、もう手加減はしないと言わんばかりに、膨大な魔力を練る。この霊力溢れる世界では異質の力を集約させていく。


 その様子を認めたミミが空笑いを溢す。


「ははは。一応訊くけど、なんか策はあるッスか?」


「全力で【隔絶フィーア】」


「つまり、打つ手なしってことッスね」


 神罰の行使者が一総なら完全に防御し、ミュリエルなら多少漏らしつつも致命傷は避けただろう。しかし、二人の実力では百に及ぶ空間魔法を防げない。才能の差という理不尽な現実が、彼女たちの前に立ちふさがっていた。


 そうこうしているうちに、百人から空間魔法による攻撃が放たれる。その威力たるや、ここ一帯を吹き飛ばしかねないものだった。明らかに過剰威力であり、これをまともに食らえば、二人は消炭も残らないに違いなかった。


 覚悟を決め、体を強張らせる二人。目を逸らさず、しっかりと自身の最期を見届けようとする。


 ──だが、その瞬間がやってくることはなかった。


「【歪曲空孔捻じ曲げる穴】、【空滅くうめつ】」


 ふたつの詠唱が響いた途端、二人の頭上に黒い穴が出現。排水溝に水が流れるが如く、すべての空間魔法が穴へと進路を変え、最終的に跡形もなく消滅してしまった。


 たった一瞬の出来事に、その場にいた誰もが呆然としてしまう。


 すると、止まった戦場──姉妹の傍らに一人の少女が舞い降りた。


「よっと。ギリギリだったけど、無事よね?」


 後頭部で結った長い黒髪をなびかせ、そうミミたちに問うたのは、桐ヶ谷きりがや侑姫ゆきだった。

  

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