006-5-04 僅かな進歩

 一総かずさとの再会を求めて霊魔国の王都へ向かった侑姫ゆきが目撃したのは、荒れ果てた街の姿だった。


 彼女にとって、この事態は青天の霹靂と言って良かった。つい昨日、王国軍は惨敗したのだから当然だろう。一総の存在を知っていれば、なおさら目前の光景は信じられない。


 とはいえ、自分の見た現実を受け入れる他はなく、侑姫は住民の救助をしながら街の中を進んでいった。


 そして、道中で事の真相を知ることになる。王都民たちを襲っていた輩たちがグインラースの手の者だと分かれば、すぐにおおよその状況は察しがついた。彼が独断でこの街を襲ったのだと。


 カミラをさらった件で、グインラースの私兵に空間魔法使いが多数存在するのは認識していた。【転移】を用いれば、距離を無視して強襲するのは容易い。何かしらの目的を以って戦禍を招いたのだろう。


 ただ解せないのは、このような事態に陥る前に、一総が何もしなかったのかという点。彼の手にかかれば、ここまで被害は広がらなかったはずなのに。


 その辺りの事情を尋ねるためにも、侑姫は道を急いだ。時折、襲われる霊魔国民を助けながら、彼らがいると思われる王城へ向けて戦場を駆けた。


 その中路で遭遇したのが、メイド二人組とグインラース兵百人弱との戦いだった。


 何やら戦闘音が聞こえると立ち寄ってみれば、二人の少女を集団で殺そうとしている場面に出会したのだから、侑姫もたいそう焦った。あと一歩でも遅れていたら、メイドたちは助からなかったと思われる。


「よっと。ギリギリだったけど、無事よね?」


「えーっと、はいッス」


「ええ、大丈夫です」


 驚きながらも言葉を返すメイド二人。


 ボロボロながらも命ある彼女たちを認め、侑姫は内心で安堵した。


 それから、周りを囲むむさ苦しい兵士たちを睨めつけた。


「大の大人が女の子二人を集団でなぶるなんて……恥を知りなさい!」


 戦いで正々堂々などあり得ないのは心得ている。しかし、現状は度を越していた。この二人に対して、今いる人数は過剰戦力どころではない。また、メイドらの傷跡を見るに、即座に決着をつけずもてあそんでいたのは明白。到底許せるものではなかった。


 侑姫の叱咤を受け、ようやく状況に頭が追いつく兵士たち。最初こそキョトンとした雰囲気だったが、徐々にゲラゲラと笑声を上げ始めた。


 何がおかしいのか理解できず、侑姫は訝しげに彼らを見渡す。


 ひとしきり笑った後、一人の兵士が口を開いた。


「そのようなことを仰るために、わざわざ我々の邪魔をしにいらっしゃったのですか、勇者殿?」


 口調こそ丁寧なものだったが、その声に乗る感情は侮蔑。完全に侑姫を見下し、嘲笑していた。前まであった最低限の阿諛追従あゆついしょうさえもない。


 侑姫は眉をひそめつつ答える。


「その通りよ。あなたたちの行為は、その辺の野盗と大差ない」


「野盗、ねぇ。ですが、その女二人は敵国の者です。それもかなりの実力者。であれば、万全を期して、数で押し潰すのが当然でしょう?」


「限度があると言ってるの。この人数は、この子たちに対して明らかに過剰よ。たとえ、慎重を期すのだとしても、時間をかけて戦っていたら人手の無駄。なぶって楽しんでたようにしか見えないわ」


 事実、楽しんでいたのだろう。状況証拠と一連の会話から、彼らがメイドたちをオモチャにしていたのは一目瞭然だった。


 すると、兵士は肩を竦める。


「それの何が悪いんです?」


「なんですって?」


「霊魔国の者をどのように扱おうと構わないではありませんか。所詮は人間以下の生物にすぎません。それならば、我々を楽しませるくらいの役には立ってもらわないと」


「……」


 侑姫は愕然とする。


 すっかり失念していたが、これが王国民の人間以外への認識だった。人外の生物は人間に劣るから何をしても良い。そういう意識が根づいている。


 これは常識の違いであり、いくら言葉を並べても説得できる類ではない。侑姫は閉口するしかなかった。


 反論がないのを認め、兵士が語りかける。


「では、そこを退いていただけますか? 我々はそこの劣等種を殺さなくてはいけません」


 再び攻撃の構えを見せる兵士たち。それを受け、傍らのメイド二人の体が強張ったのを知覚できた。


 王国側の勇者ゆえ素直に受け入れると考えたのだろうが……侑姫は鼻で笑う。


「いやよ」


「なに?」


 兵の声に剣呑さが宿る。


 彼女は構わずに続けた。


「いやだと言ったのよ。伝え忘れてたけど、私は王国の勇者を降りたの。だから、霊魔国の民だろうと守るわ」


 侑姫の言葉に、その場の全員が息を呑んだ。皆、この展開は予想できていなかったと見える。


 兵は鋭く問う。


「状況を理解した上で発言してるのか? こちらは空間魔法使いが百人。対して、そちらは一人。しかも、ケガ人を抱えてる。いくらあんたが強かろうと、勝てるわけねーだろ」


 もはや上辺だけの敬語さえ殴り捨てて、凄みの利いた声を上げた。他の兵士たちからも敵意の視線が突き刺さる。針のむしろとは、よく言ったものだ。


 しかし、侑姫は退かなかった。それどころか、勝ち誇ったように笑みを浮かべる。


「状況を理解してないのは、あなたたちの方よ。ちょっと強い異能高価なオモチャを貰った現地民子供が、世界を股にかける勇者大人に勝てるわけがないじゃない」


「このアマがァ!!!」


 皮肉の利いたセリフに兵士たちは激昂する。魔力を高め、一撃必殺の攻撃を放とうとした。


 ──が、


「隙だらけ。だから子供なのよ」


 侑姫の小さな呆れ声と共に、周囲の兵たちの頭が一斉に落ちた。鋭利な刃物が通ったように、スッパリと首が切断されている。


 ガタガタと鎧をまとった体らが崩れ、辺り一面を血の海に沈めた。この場で生きている者は、もう侑姫とメイドたちの三人しか存在しない。


「すごいッスね」


「向こうでフォース最強などと呼ばれていただけはありますね」


 呆然と呟くメイドたち。


 それを耳にした侑姫は、首を傾ぐ。


「フォース最強? もしかして、一総の関係者か何か?」


 ただの現地民が知り得ない言葉を口にしたとなると、それ以外の結論は出なかった。


 こちらの問いを受け、しっかり者っぽい方のメイドが立ち上がり、お調子者っぽい方のメイドも慌てて続く。


「申し遅れました。私は伊藤一総さまの使い魔、ムムと申します。一応、この国では第二王女つきのメイドを務めております。以後お見知りおきを」


「同じくミミッス! ちなみに、ミミの方がお姉ちゃんッスよ」


 片や慇懃無礼に、片や元気いっぱいに挨拶をする。


「なる、ほど」


 まさか人間と見た目の変わらぬ二人が使い魔になっているとは思いも寄らず、目を見開いてしまう侑姫。しかし、勇者としての経験の豊富さが、即座にそれをねじ伏せた。


 嘘を吐いている様子もなさそうだし、一総の使い魔というのなら信用もできる。現状をより詳しく理解ためにも、彼女たちに尋ねるのがベストな選択だろう。


「ミミさんとムムさんね。私は侑姫よ、よろしく。早速で悪いんだけれど、今ここで何が起こってるのか教えてくれない? 昨日の戦争の後、すぐに前線から離れたから、状況がサッパリなのよ」


「ムムたちの知る限りであれば、お教えしましょう」


 向こうにとっても渡りに船のようで、彼女たちは素直に情報を伝えてくれた。


「ご主人様の推測も含まれますが、おおむね間違ってはいないと思われます」


 一通り話し終えたムムは、そう最後に締めくくる。雰囲気に違わず、理路整然とした分かりやすい説明だった。お陰で、大した時間を要さずに呑み込めた。


「グインラースが反乱、か。確かに予想外すぎるわね」


 侑姫は腕組みしながら唸る。


 グインラースと何度も顔を合わせていた彼女も、彼の行動は寝耳に水だった。そのような素振りは全然見なかったのだ。


 どうして反乱を起こそうと思ったのか。どうして地盤を固める前に霊魔国を襲撃したのか。


 そうやって彼の動機へ思考を回しかけるが、すぐにかぶりを振った。そこまで長いつき合いでもなしに、グインラースの考えを理解できるはずがない。話によると、より身近であった王国の王女でさえ分からないらしいし、頭を悩ませても時間の無駄だ。


 それよりもやるべきことがある。


「私は王城に向かうわ」


 城では、第二王女が単身で戦っているという。城から戦闘音がするため、まだ戦っている模様だが、いつまでも耐えられるわけではない。一総たちがいつ戻るか判然としない以上、彼女に加勢できるのは侑姫しかいなかった。


 侑姫の提案を聞き、姉妹は頭を下げる。


「ご助力、感謝いたします」


「ありがとうございますッス」


 二人が第二王女を大切に思っていることがヒシヒシと伝わってくる。


 その期待に応えたいと、侑姫は強く思った。頼まれたからやるという、以前より抱えていた義務感からではなく、自分のできることをこなしたいと素直に願えた。これもカミラたちとの出会いの影響だろう。まだ完全に払拭はできていないが、侑姫の心は大きな進歩を遂げていた。


 彼女は自身の豊かな胸を叩く。


「任せて。必ず、第二王女さまを守ってみせるわ」


 戦禍の溢れる今、これが安請け合いなのは理解している。それでも、何としてでも叶えたかった。


 そう言うや否や、侑姫は城へ向けて駆け出した。


 第二王女があそこで戦っているのは間違いない。城の一部で大きな空間の歪みと膨大な闇の魔力が発生しているのだから。


(間に合って!)


 かつての失敗が脳裏によぎりながらも、侑姫は先を急いだ。

 

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