001-1-02 救世主会議

 勇者召喚は一度だけとは限らない。


 これは世界の常識だと説明した。しかし、勇者全員が複数回召喚されるものでもないのだ。生涯で一度しか召喚されない者もいるし、『勇者』勇気のように十五回も召喚されてしまう者もいる。


 とはいえ、統計を見るなら一度しか召喚されたことがない者が大半だ。一回だけの者を基準と考えるなら二回が半分、三回が三分の一、四回以上は三十分の一以下となる。


 この極端な数の推移は、召喚がランダムであること以外にも理由がある。いや、正確に表現するならば、この数値は『召喚された』ではなく『帰還した』とするべきだろう。二回目、三回目と異世界へ召喚されるほど、帰還者が減っていくのだ。


 それは異世界によって、行使される異能が異なることが起因している。


 一度目の世界とは違う法則の能力が振るわれる。知らない知識からの攻撃が降りかかってくる。


 世界を渡る度に未知の力と相対さなくてはいけないと考えれば、その難しさも理解できるだろうか。一度世界を救ったからといって、決して油断はしてはいけないのだ。


 そういったことから、異能訓練の関係で実力を均一にするため、波渋はしぶ学園などの勇者たちが通う教育機関では召喚回数に合わせてクラス分けを行っている。召喚一回と勇者以外の一般生徒が“シングル”クラス、召喚二回が“ダブル”クラス、召喚三回が“トリプル”クラス、召喚四回以上が“フォース”クラスといった次第だ。


 ここで重要なのは、フォースが四回以上・・の者が集っているということ。五回以上召喚された者は極端に数が少なく、同学年どころか日本で五人しか存在しないため、クラスを一緒にしているのだ。


 そして、希少な彼らは特別な呼称を持っている。


 『救世主セイヴァー』。


 他の勇者たちとは一線を画す力を身につけるゆえ。それこそ、大人と子供くらいの戦力差が生まれると言われているほどだ。


 彼らは膨大な力と希少性ゆえ、あらゆる面で優遇を受ける。金銭面で不自由はしなくなり、要人しか入れないような施設も使えるようになる。他にも多大な恩恵があり、その対応は破格の一言。


 もちろん、それらの権利を受ける場合は義務が発生する。政府が招集した時は必ず集まらなくてはならず、彼らが依頼する仕事も基本的に受けなくてはならない。



 そして、本日十七時。救世主が招集された。俗に『救世主会議セイヴァー・テーブル』と呼ばれるそれが開かれるのだ。


 ――そう、招集のメールが届いたということは、一総かずさも救世主の一人だ。しかも、歴代二位タイである召喚回数十回を記録し、もう一つ別の歴代記録を樹立した猛者。


 招集されたからには出向かなくてはならず、そうすれば先程気まずい別れ方をした勇気ゆうきと顔を合わせなくてはいけない。陰鬱な気分になる。


 勇気を慮っているわけではない。まだ気の落ち着いていないだろう彼と再びまみえば、再度説教が始まるだろうと予想していたからだった。


「仕方ない」


 一総は気を引き締めるよう呟くと、教室へ向いていた足を、会議室へと変更した。




 第一会議室にはコの字に並べられた長机があり、それに合わせて椅子も並んでいた。


 会議室には政府の者も含め、一総以外の全員がすでに揃っていた。この場所には一総が一番近かったはずだが、どうやら他のメンバーは能力を行使して迅速に出向いたらしい。足早に来たとはいえ、能力を使わなかった一総とは意識の高さが違う。


 不真面目そうな、見た目が派手な救世主もしっかり到着していることから、この招集が如何に大事なものなのかが分かる。


「おい、おせーぞ」


 その派手な救世主、大学生の金髪青年が一総を睨んだ。ただの不良のガン飛ばしではない。殺気の乗った、素人なら失神するだろう視線だ。


 当然、一総はそれを柳の如く受け流す。


「まだ時間まで三十分以上もあるじゃないですか。遅くはないですよ」


 年上なので一応敬語は使っておくが、敬意は一切こもっていない。遅刻したわけでもないのに失神レベルの殺気を飛ばすとか頭おかしいのか、と内心苦言を呈しているくらいだ。


 心の声が伝わったわけがないのだが、青年は面白くなさそうに舌打ちをすると、一総から視線を外した。


 もう一つ視線がこちらに向いているが、特に何かをするようでもないので、無視して空席へと腰を下ろす。


 そんなところで、今まで黙して座っていた政府の者――スーツを乱さず着こなした中年の男性が口を開いた。


「全員揃ったようですので、時間には早いですが、始めさせていただきます」


 政府男は一同に異論がないことを確認すると、招集した理由を話し始める。


「今回呼び出した用件はふたつあります。まずは以前にもお話ししました勇者たちの連続失踪の件です」


 前回の招集で上がった話題だ。ここ数ヶ月の間に十数人の勇者たちが姿を消しているという。姿を消したと思しき現場には証拠が一切なかったことから、普通なら勇者召喚されたと処理するところだった。しかし、それらがいつもの召喚件数より明白に多かったため、不審に思った政府が調査に乗り出しているのだ。


「わざわざ報告するってことは、勇者召喚とは別口ということですか?」


 勇気が身を乗り出し気味に口を出す。正義感の強い彼のことだ、この件には関心も高いのだろう。


「ええ、事件性が高いと我々は踏んでいます」


「根拠はあんのかよ。」


 意外なことに金髪青年も関心があるらしく、質問を投げた。


 政府男は深く頷く。


「もちろんです。先日新たに出た失踪者が証拠を残してくれたのです」


 曰く、その失踪者は『音を保存する魔法』と『魔法を隠蔽するスキル』を持っていたらしい。その異能ふたつを行使し、失踪直前の音声を現場に残していたというのだ。


 保存されていた音声を解析した結果、失踪者――否、被害者・・・たちは全員殺されていたことが判明した。残念ながら死ぬ直前の数秒しか保存されていなかったため、被害者が殺されていたことしか分からなかったようだが、それでも事実が明るみになったことは進展だ。正式に、救世主たちへ事件の犯人探しが依頼される運びとなった。


勇者あなたたちの命が散らされることは、我々にとっても看過できない事態です。犯人の状態は問いませんので、事件の収束に努めていただけると幸いです」


「もちろんです!」


「仕方ねーな」


 勇気が握り拳を作って声を上げ、金髪青年も苛立たしげに首肯する。


 他の、一総を含めた三人の救世主からは何の反応もないが、政府男が言葉を加えることはない。最強たる勇気が動けば問題ないと考えているのか、それとも別の思惑があるのか、微動だにしない彼の表情からその本音は窺えない。


 ただ、一総にとって、その対応は好ましいものだった。


 彼は今回の事件へ積極的に関わろうとは考えていなかった。彼の行動原理に抵触しない限り、徹底して無視する方針なのだ。だから、強制ではない依頼は素直に嬉しい。


 勇気がいる上に金髪青年も動くようなので、この事件は早々に解決することだろう。


 そう内心で結論づけた一総は、あっという間に事件のことを頭の片隅に追いやってしまう。そして、場の空気が切り替わったタイミングを見計らって口を開いた。


「もうひとつの用件はなんですか?」


 彼が救世主会議にて話の先を促すのは、実は珍しいことだった。


 何故、今日に限って行動したのかというと、嫌な予感を覚えていたからだ。


 目の前にいる政府男には癖があった。それは比重の重い話を後ろに持ってくるというもの。複数の用件がある場合、いつだって後の話に向かって面倒くさい内容になっていくのだ。


 勇者が殺されるという厄介な事件より重要な話。想像しただけで顔をしかめてしまうほど、面倒な気配が感じられてしまう。


 政府男は語る。


「実は、厄介な事態が舞い込んでいまして」


 やっぱり。


 察しの良い者たちは、その心内を統一させる。


 その空気を感じ取ったのか、彼は少し眉を寄せ、苦笑いを浮かべた。


「昨日、異世界から帰還した勇者がいたのですが、どうやら・・・・救世主あなたたちの仲間入りをしそう・・・なのですよ」


「要領を得ない言い回しね」


 今まで黙していた女性の救世主が怪訝に口を開く。


 言う通り、妙な言い回しだ。救世主とは五回以上世界を救った者のこと。五回目の世界から帰還すれば、もれなく救世主の仲間入りだ。「どうやら」とか「しそう」といったあやふやな・・・・・言い方をするほど、ややこしい規定は存在しない。


 彼はその問いに答えながら話を続けた。


「その者――彼女は『連続召喚』に見舞われたようなのです」


 勇者召喚を感知する術は、現在の世界には存在しない。異能は発動する際にそれぞれに適応した力を消費するのだが(魔法やスキルなら魔力、神術なら神力など)、勇者召喚にはそれがない。そのため、前兆を観測することができないのだ。


 そんな中で召喚回数を調査し切れているのは、行方不明になっている期間が存在するからだ。行方不明者が出たら真っ先に勇者召喚を疑うくらい関連性が高い。


 一方、今話に出た『連続召喚』というのは、読んで字の如く連続で勇者召喚される現象を指す。帰還した途端に次の世界に召喚されるため、帰還した場所が人目のないところだったりすると、一度も帰還していないように見えてしまうのだ。


 そういうことなら政府側が救世主だと断言できないのも理解できるのだが、まだ曖昧な表現をした理由があった。


「加えて、彼女は記憶喪失を患っていまして、本人に問うても何も分らないのです。過去の情報から個人情報や十二年前に初めて召喚されたことは把握できましたが」


「十二年前に消息を絶ったからというだけで、救世主だと推測したのか?」


 救世主の中で一番年嵩の三十台の男が声を上げる。その色は不満げなものだ。帰還するまでのスパンが長いだけでは五回以上世界を救った証明にはならないと言いたいのだろう。十年かけて異世界から帰ってくる者だっているのだから。


 それに対して、政府男は首を横に振る。


「当然、それだけではありません。本日、『空間遮断装置アーティファクト』を使用し、彼女の能力検査を行ったのです。そうしたら……」


 彼は一拍置くと衝撃の言葉を発した。


「……隔離空間が消滅しました」


「「「「「…………」」」」」


 部屋に沈黙が落ちる。


 政府男以外の表情が驚愕に彩られていた。誰かが「ありえない」と溢している。


 空間遮断装置とは、空間魔法を付与された魔法道具のことだ。これを使用すれば周囲と隔絶した空間を作り出せ、どんな異能を行使しても脱出ができない。勇者たちが犯罪に走った場合、牢屋として使われることもある上位アイテムだ。


 その隔離空間が破壊されたというのだから、驚愕も当然だろう。


 静寂が続く中、政府男は話を続ける。


「一緒にあった測定器まで消失してしまったため詳細は不明ですが、彼女が異能を使いかけた・・・段階で、隔離空間が破壊されたようです。つまり……」


「全力で異能を使った場合、世界そのものが危ないってことですか」


 勇気が言葉をかぶせる。


「それだけ威力のある異能が使えるんだったら、救世主と判断するのも納得だわな」


「それどころか、このメンバーの誰よりも強い可能性がない?」


「下手をしたら『勇者ブレイヴ』殿よりも多くの世界を渡っているかもしれないな」


 救世主たちがそれぞれの見解を口にする。


 先程までとは違い、誰も新たな救世主に不満を持っていなかった。それだけ隔離空間の破壊はインパクトが大きかったということだ。


「――それで本題は?」


 新しい救世主の誕生を聞いて話が終わった気でいる空気を切り裂いて、一総が冷静に言葉を紡いだ。


「まさか新しい同僚の話をするだけじゃないんでしょう?」


 話がそれだけだとしたら、勇者殺しの方が重要性は高い。“告知”と“依頼”だったら、後者の方が政府にとって大事なはずだ。ということは、この話には続きがある。


 一総の視線を受けて、政府男は首肯した。


「伊藤さんの言う通りです。話はこれで終わりではありません。新しい救世主候補に関して、皆さんに頼みたいことがあるのです」


 新しい同僚の話をしてからの頼みごと。その内容は分かり切っている。


「先程も申しましたが、彼女は記憶喪失で不安定なところがあります。ですので、同格であるあなた方に行動を共にしてほしいのですよ。その方が安全でしょう?」


 やはり、と一総は心の中で得心した。


 隔離空間を破壊するほどの能力を持つならば救世主入りは問題ない。少なくとも、ここにいるメンバーは認めている。だが、傍からは一足飛びにも見える昇格に、異論を挟む者は絶対にいるのだ。


 言葉で文句をつけるだけなら良い。しかし、それが襲撃という形で示されてしまうと困ったことになる。


 新しい同僚は、一撃放てば世界が壊れる可能性を秘めているのだ。どんな状況に陥ったとしても戦闘を行わせるわけにいかないわけである。


 となると、一総たち救世主への依頼は「新たな同僚に異能を使わせないよう監視すること」が本質なのだろう。


 女救世主が言う。


「そんな危ない奴なら、殺せばいいんじゃないの?」


「お前ッ!?」


 素早く反応したのは勇気だ。椅子を倒しそうな勢いで立ち上がる。


 それを見た彼女は、面白おかしそうに続ける。


「だって、そうでしょう? 一撃で世界が滅びるかもしれない爆弾なのよ。殺しちゃえば危険は排除できるし、わざわざ救世主を人員として一人割く労力もなくなるわ。いいこと尽くめじゃない」


 勇気はテーブルに平手を叩きつけて激昂した。


「そういう問題じゃないだろう! 人の命を簡単に奪うようなことは僕が許さない!」


「許すも何も、世界と人ひとりの命を天秤にかけたら、どう考えたって一人を犠牲にした方がいいでしょうに」


 女がこれ見よがしに肩を竦めた。


 勇気は益々頭に血を昇らせる。


 このままでは話が進まないと三十路救世主が口を挟んだ。


「いい加減にしろ。からかいがすぎるぞ」


 言葉の先は女。


 彼女はそれを受けて、口元をニヤっと綻ばせた。どうやら三十路の言う通り、勇気をからかっていただけらしい。


「いやぁ、ごめんごめん。勇気くんの反応が面白くってつい。安心しなさいな、殺して発動する異能もあるんだし、わざわざ藪は突かないわよ」


「なっ……」


 クスクス笑う彼女を見て、勇気は絶句する。ただの冗談に本気で憤慨していたことが恥ずかしく、頬を朱に染めていた。


 場が収まったところで、政府男が口を開く。


「今仰られたように、死に際に発動する異能を所有している可能性が否定し切れないため、殺害案は取れません。最初に提案した通り、世話を焼きつつ、彼女が戦闘を行わないように見守ってほしいのです」


 そう言うと、彼は救世主らを一望する。


 一総は視線を僅かに下に逸らした。


 救世主に喧嘩を売るバカはほとんどいないとはいえ、ゼロではない。勇者の中には自尊心が膨れ上がりすぎて自制が利かない輩が少なからずいるのだ。そんな頭のネジが吹っ飛んだ輩を相手にするなど、面倒でしかなかった。


 とはいえ、こういった面倒ごとは勇気が率先して引き受けてくれる。自分に降りかかることはないだろう。


 そう、一総は高をくくっていた。


 だが、彼は見落としていたのだ。依頼の順番の本当の意味を。政府男がどういう意図でいたかを。


「この依頼は、彼女と同学年の伊藤さんにお任せしたいと思います」


「はぁ!?」


 彼が落とした爆弾に、一総は瞠目どうもくして立ち上がる。


 何故、自分にその役割が回ってくるのか分からないといった表情だ。


「何でオレを名指しなんですか。同学年なら師子王もいるでしょう!?」


 そう言って勇気を指差す。


 指を向けられたことは不快そうだったが、一総と同じ疑問を浮かべていたようだ。勇気も神妙に頷いている。今回の依頼は、どう考えても一総向きではないのだ。


 それに対し、政府男は愉快げに口を開く。


「師子王さんは勇者殺しの犯人探しに忙しいでしょう? 先の依頼に積極的姿勢ではなかった伊藤さんにお任せするのは当然ではありませんか」


「なっ」


 絶句する一総。


 彼の表情やセリフから悟った。ハメられたのだと。


 勇者殺しの話をすれば勇気が食いつき、一総が興味なさげにするのが分かっていたのだ。最初から、新たな同僚を一総に押しつける気でいたというわけだ。


 くつくつという他の救世主の笑声が聞こえてくる。政府の者の満足そうな笑みが目に映る。


「よろしくお願いしますね、『異端者ヘレティック』伊藤一総さん」


 ――もはや、逃げ場はない、か。


 こうして、一総は同僚のお守りをすることになった。

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