006-4-04 滅世異能
全面が白で覆われた部屋に発生した黒点。それを認めた
今のところ黒点発生以外の問題は見られない。だが、それは何の慰めにもならなかった。
何故なら、
「センパイ。あの黒い点、徐々に大きくなってませんか!?」
一総は叫ぶ。
「そんなの分かってる。真実の眼で、あれの正体は判別できないのか?」
「全然分かりません。あそこだけ、穴が空いたみたいに情報が欠如してるんです」
真実の返答は、期待したものではなかった。
正直、彼女の眼なら何か読み取れると思っていたのだが、想像以上にあの黒点は厄介らしい。
ちなみに、一総も何も分からなかった。あの黒点には、あらゆる異能が通用しないのだ。触れた瞬間に術が消えてしまう。いくつかの異能が通じないならまだしも、【空間魔法】を含めたすべてが効かないのは、初めての経験だった。
こうなると、頼れそうな人物は一人しかいない。
この部屋の主である元神へ視線を向ける。彼は険しい表情で黒点を見つめるのみで、口を開く気配はなかった。
(神でも油断できない事態ってことか?)
ひとつだけ心当たりはあった。断言はできないが、可能性としては考えられるもの。
もし、この考察が当たっているとしたら、警戒のために散開している現状はよろしくない。
一総は再び声を張る。
「真実、
信頼のたまものか。二人は迷う素振りを一切見せず、彼の後ろに集まった。
その事実を嬉しく感じつつ、一総は異能を展開する。今の彼ができる最大限の防御を、何百何千と重ねがけした。
膨大な術式展開を見て、背後の二人が息を呑む気配を感じる。
ただ、一総の不安は拭い切れない。心当たりが正解だとすれば、これでも防ぎ切れるか不透明だからだ。最悪の事態を想定して、【時間魔法】の準備も整えておく。
緊迫した時間が流れていく。
黒点はグングンと範囲を拡大していき、ついには部屋の半分を占める大きさとなった。未だ巨大化は止まらない。
すると、厳しい目つきで黒点を睨んでいた元神が声を上げた。
「破裂するぞ、備えよ!」
元神の声に反応して身構えた瞬間、黒点が四散した。まるで粘度の高い液体が溢れ落ちたように、黒は幾多の滴となって部屋中を染める。もちろん、その数滴は、一総の展開していた防御術式にも降りかかった。
「ッ!?」
滴が防御術式に触れるか否かの刹那、彼は【
反射的な行動だった。このまま傍観していては不味いと直感したのだ。
それは正しい判断だった。停止した時間の中で周囲を見渡して、自分の勘の良さを感謝する。
黒い滴が付着した他の箇所──部屋の壁が消失していたのだ。この部屋は元神が創造したもので、容易く壊せるはずがないというのに。
元神の力でも防げないものを、ただの異能程度で防御できるはずがない。この滴は防ぐのではなく、回避するのが正解のようだ。滴の飛び散り具合は疎らのが幸いした。
一総は時間の止まった真実と司を抱え、滴の落ちない場所へと移動する。それから、【
突然視点が移動したことで、真実たちが慌てた様子を見せる。だが、それに構っている状況ではなかった。
「あの娘、【無】の力を有しておるのか」
時間を止めている間に一総の側まで移動していた元神が、深刻そうに呟く。
一総は自分の予想が当たっていたのを確信した。
元神の言う『あの娘』というのは、
一総は問う。
「【無】の力って何なんだ? 詳細を知ってるなら教えろ」
神の力でも防げない異能など、危険すぎて放っておけない。制御もしくは封印できるよう、情報を押さえておく必要があった。
元神はこちらをチラリと見てから、何かを諦めた風に息を吐いた。
「正式名称は【無の闇】。文字通り、すべてを無に帰す闇じゃ。闇に呑まれた存在は、跡形もなく抹消される。神眼のお嬢ちゃんも言っておったじゃろう、『穴が空いたみたいに情報が欠如してる』と。闇の部分は何もないんじゃ、何もな」
「これも“世界を滅ぼす異能“か」
何もかも消し去る異能とか、反則も良いところだ。まず防御は叶わない。何せ、その防御さえも消してしまうのだから。
数秒後。飛び散った滴が消滅した。白い部屋は穴だらけで、向こう側には次元の狭間が見え隠れしている。
そして、黒点があった場所には蒼生が倒れていた。気絶しているようで、その場から動く様子はない。走査した限り、身体的異常は見られないので一安心だ。
「蒼生センパイ!?」
「蒼生ちゃん!」
真実と司が彼女の元に駆け出す。
穴だらけの部屋は危険だから静止しようとするが、それは元神に止められた。
「良い。ワシがすぐに修繕する」
直後、部屋全体が光だし、次の瞬間には元の白い部屋に戻っていた。
一総も蒼生の容体を確認したかったが、彼女たちに任せれば問題ないだろう。それよりも──
「アオイといったか。あの娘は、ずいぶん難儀な星の元に生まれたようじゃのぅ。この調子じゃと、【
真実たちに介抱される蒼生を見ながら、元神は言った。
一総は目を
「……めっせい異能? 何だ、それ?」
「お主もさっき言ってたじゃろうが、世界を滅ぼす異能と。それらの中でも、一際力の強い能力の総称じゃ。全部で七つ存在する」
「聞いたことないぞ、そんなもの」
「そりゃそうじゃよ。【滅世異能】は滅びゆく世界に出現する代物。滅亡の運命が確定した世界を介錯するための力。世界を救う側のお主の前に現れるはずがない」
「それはつまり……」
一総は言葉に詰まった。蒼生がどのような異世界生活を歩んできたか悟ったせいだった。
元神は憂いを帯びた表情を浮かべる。
「お主も大概じゃったが、あの娘も相当過酷な道を進んできたようじゃな。一人が【滅世】をすべて抱えるなど、そうそう起こることではない」
「あんたがここにいる弊害か」
一総がそう返すと、元神は僅かに驚いた顔をし、すぐに笑った。
「やはりお主は察しが良いのぅ」
「はぁ。知りたくもないのに、どんどん神座関連の問題が判明していくって……」
「それがお主の運命じゃ。諦めろ」
「嫌だね。オレは平穏な日常をすごすんだ」
大事なものは増えたが、根本的なところは一切変わっていない。彼は、何よりも日常を大切にしたかった。
ゆえに、次に取る行動は決まっている。
「その【滅世異能】の詳細を教えろ」
「おや、知りたくもないのではなかったのか?」
一総の問いに、元神は意地悪く笑う。
彼はフンと鼻を鳴らした。
「無知は罪なりって言葉がある。この情報を知らないと将来的に絶対後悔しそうだから、知っておくんだよ」
「なるほどのぅ。まぁ、良いじゃろう」
「時間がないから、手短に頼む」
今すぐ帰還に移っても霊魔国襲撃に間に合わない。必要なことだから寄り道をするが、だからといって無駄に長居するわけにはいかなかった。
「あい分かった」
元神の首肯を受け、二人の講義が始まる。
一総たちが『空の部屋』を出立のしたのは、それから二十分後のことだった。
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