007-4-01 交流会

 米国アヴァロンの中心地に近い大型ホールは、フォースのみで固められた厳重な警備体勢だった。というのも、この会場で一総かずさと米国の『救世主セイヴァー』たちとの交流会が行われるためだ。


 集まる面子的に必要性は薄いように思えるが、対外的なポーズとして求められるのだろう。


 じきに交流会が始まる。一総たち一行は、控え室でその時が来るのを待ち構えていた。お茶を飲んだり、茶菓子を食べたり、ストレッチしたり、ボーっとしていたり、スマホをいじったり。各々が自由にすごしていたけれど、開始時間が近づくにつれ、全員が一ヶ所に集合し始めた。


 中央のソファに皆が腰かけたところで、ミュリエルは口を開く。


「いよいよ始まるけれど、準備は大丈夫?」


 皆、一様に頷いた。


 今回の交流会は一総たち『救世主セイヴァー』の顔合わせだが、ミュリエルたちの同席も特別に許可されている。


 これは、一総が米国側に申し出た結果だった。キナ臭い現状を考えると、一緒に固まっておいた方が対処しやすいゆえに。


 全員問題ないことを認めてから、ミュリエルは続ける。


「それにしても、色々まずい状況よね。米国って世界で一、二を争う大国なのでしょう? そこがテロリストの隠れ蓑になっているなんて。この世界、終焉間近ではない?」


「相手が悪いんでしょう」


「ご主人さまレベルの実力者らしいッスからねぇ」


 ミュリエルの嘆息にメイド姉妹も反応した。


 彼女たちの言葉から察しがつくとは思うけれど、昨晩のジェシカの一件や米国関連の問題は、今朝のうちに共有している。その対処を夜中の間に行ったことも。


 今後、ミュリエルたちにも害の及ぶ可能性が認められる以上、秘匿にすることはあり得なかった。ごちゃごちゃ悩んで報連相を怠るのは、状況を悪化させる一番愚かな行為なのだ。


 だから、この後の交流会には、全員警戒を高めている。顔を出す面々の中に敵が紛れているのはもちろん、こういったイベントの最中は様々な思惑がはびこる。そのため、悪意を隠しやすく、事件を発生させやすいのだ。


 まだ何かが起こるとは決まっていない。──が、一総たちは確信していた。交流会は無事に終わらないと。


 根拠のない勘だが、彼らは歴戦の強者。何よりも信頼の高いものだった。


 ちなみに、この場にジェシカはいない。昨晩眠らせてから、彼女はずっと夢の中にいる。一総の施した異能が強力だったというのもあるが、それ以上にジェシカは疲労困憊だった。相当、無理を強いられていたらしい。


 米国側にジェシカの状態を知られたくないので、今は彼女を模した分身ドッペルゲンガーを立てている。一総作のため、当然ニセモノだと露見する心配はない。


 閑話休題。


 皆で今後の動きを確認し合っている中、一総はこっそり声をかける。


「大丈夫か?」


「問題ない」


 声をかけられた蒼生あおいは、淡々と返した。顔はお馴染みの無表情で、何ら違和感はない。


 しかし一総は、彼女の様子が不自然であると看破していた。


 今朝から妙に静かなのだ。まとうオーラは凪のように平静で、一ミリの揺らぎもない。まるで強固な岩の如く、蒼生は凛としていた。


 このような人物が如何なる精神状態なのか、彼は覚えがあった。死ぬと分かっていながら戦いを挑むつわもの、国の命運を懸けた勝率の低い博打に挑む王、家族のために化け物の生贄になる青年などなど。後のない者が最期の挑戦に向かう前、覚悟を決め切った独特の雰囲気だった。


 一晩のうちの心境の変化に些か驚きを感じつつ、一総は目を細める。


 蒼生が何を考えているかは知らない。だが、良からぬ決断を下したのは、表情を窺うだけで理解できた。


 であるなら、彼にできることはふたつ・・・。彼女の無謀を止めること。そして、その上で彼女の力になること。


 蒼生は大切な仲間だ。そんな彼女を不幸な目には合わせたくない。いつものように、端然と自分の隣に立っていてほしい。そう強く思う。


 普段以上に蒼生を監視しようと決意しながら、一総は少ない待機時間をすごした。








 係の者に呼ばれ、一総たちは交流会の会場に足を踏み込む。


 そこはテニスコートほどの広さのホールだった。あちこちに料理の乗ったテーブルが配置され、米国アヴァロンの関係者だろう大人たちが散見される。ビュッフェ形式で交流会をすると事前に聞いていたので、会場の様子に疑問はない。


「あら、『五つの流れ星シューティング・スターズ』の面々は、まだいないのね」


 ミュリエルはわざとらしく呟く。


 彼女の言葉通り、米国の『救世主』たちの姿はなかった。


 ただ、一総たちは疑念を抱いていない。彼らが会場入りしていない理由を、察していたからだ。


「自分らの『救世主』の方が上だって言いたいんだろうな」


 立場が上の者ほど後に入場することが多い。要するに、つまらない自尊心を満たすため、わざとらしく入場順をズラしているわけだ。


 ミミとムムは嘆息する。


「下らない見栄を張る辺り、貴族も政治家セージカも変わらないッスね」


「まぁ、考えの分かりやすい方々だとは思いますけど」


 姉妹の感想はもっともだった。政治を携わる連中は、時代や世界に関わらず、似たような価値観で動いている。


「これくらいは可愛いもんさ。気にせず、歓待を受けよう」


 一総は肩を竦め、会場内を進んだ。


 案内に従って拍手の中を歩き、指定された場所で立ち止まる。


 それから程なくして『五つの流れ星』らも入場し、交流会が始まった。


 交流会と題目しているので、堅苦しいプログラムは存在しない。適当に話し合い、飲み食いする自由な流れである。


 とはいえ、これは『救世主』の交流会。自然と『救世主』たちは集まり、自己紹介をする運びとなった。


「オレはトーマス・ウェスター。皆からは『超人オーバーマン』と呼ばれてる。『五つの流れ星』のリーダーでもある。よろしく!」


 最初、暑苦しい感じで挨拶をしてきたのはリーダーの『超人』。今は例のアメコミ衣装ではなく、素の彼はガタイの良い好青年といった風体だった。白い歯がキランと輝いている。十中八九、一総の苦手な熱血タイプであろう。


 次いで、細目で小柄な少年が、メガネをクイッと持ち上げながら語る。


「ボクは参謀を務める『智者プロフェッサー』、本名をグレイと言う」


 生真面目な雰囲気を湛える彼は、確かIQ200を超す天才小学生と名高い。召喚された速度は『勇者ブレイヴ』の勇気や一総に迫る勢いで、将来的には二人以上の勇者になるのではないかとの噂だ。


「ガッハッハッ、お前が世界二位の勇者か。思ったより小さいな! ちゃんとメシ食ってるか?」


 三人目の『救世主』。二メートル以上はある大男は、名乗り上げもせずに突然一総の背中をバシバシ叩いた。その力は相当なもので、彼でなければ骨が折れていただろう。


 無遠慮な男の行動に、一総は若干眉を寄せる。


 機嫌を損ねたのは彼だけではなかったらしく、『智者』も不機嫌そうな顔を浮かべた。


「相変わらず粗暴な奴だな。初対面の相手に、名乗りもしないで暴力を振るうなんて」


 かなり毒のこもった声音だったが、大男の方はして気に留めていない。


「おいおい、人聞きの悪いこと言うなよ。ただのスキンシップじゃねーか!」


 ガッハッハッと再び大声で笑う彼。


 間違いなく、一総とソリの合わないタイプだ。こういう輩は、真面目に相手にしても疲れるだけ。テキトーにあしらうのがベストだろう。


「『城塞キャッスル』のウィリアムだったか?」


「おう! なんだ、オレさまのことを知ってんのか」


「“最硬の勇者“の名は有名さ」


「そうかそうか。まぁ、オレさまなら当然だな!」


 笑いながら、『城塞』は踏ん反り返る。


 お調子者という評判も正しいようだ、と一総は独りごちた。


 『城塞』が調子に乗っている間に、残る二人も手早く名乗る。


「アタシらは簡単にでいいよね。ミシェル・ブラウンよ、改めてよろしく」


「マイケルだ」


 妹は快活に、兄は無愛想に答えた。


 こちらが正体に気づいていることは察しているはずなのに、動揺はカケラも見られない。さすが、肝が据わっている。


 二人は昨日と同じ、本物ではなかった。記憶を読まれたくないからか、一総の前に出てくる気はないらしい。


 すぐに捕縛したい気持ちはあるが、今はその時ではない。一総は小さく息を吐いて、自分の胸元に手をかざした。


「オレの名前は伊藤一総。日本では『異端者』と呼ばれてる。今回は『五つの流れ星』の皆さんと知己になれる場を用意していただき、とても嬉しく思う。若輩者ではあるが、よろしく頼む」


 米国側の態度からフランクさを求められていると考え、タメ口で語った。やや固さの残る文面になったかもしれないが、声は極力柔らかさを意識したので、釣り合いは取れていると信じたい。徐々に改善してはいるが、まだまだ人づき合いは得意ではないのだ。


 一総の挨拶を受けた面々は「よろしく」と口にし、そこから救世主同士の歓談が始まる。


 だいたい世間話で、たまにプライベートを挟む程度。まるで他愛ない雑談ではあるが、今回の主旨には準じている。


 彼らと話していて分かったのは、全員が友好関係を築いていることだ。『智者』と『城塞』は何度も口論しているし、マイケルは一歩身を引いている雰囲気を出しているのに、強い結束のようなものを感じる。小さないさかいはあっても、何だかんだで仲が良いらしい。


 救世主同士の仲が良いというのは、非常に珍しい事例だった。強大な力を持つ者は大抵我も強いもので、対立関係──良くて無関心になるのが相場なのだ。過去小国で、内部分裂を起こしたケースだってある。日本の面々──一総やつかさ侑姫ゆきの三人を除く──も、武力抗争にこそ発展していないものの、決して友好的な関係ではない。


 だから、救世主同士が友人であるどころか、国の全救世主が友を名乗れるのは、驚嘆に値する状況だった。きっと、一総以外の救世主も目を丸くするだろう。


 まぁ、彼自身は気づいていないが、救世主同士が恋人というのも、他者からしたら共学の事実なのだが。


(でも、この光景もマヤカシにすぎない、か)


 彼らとの会話の最中、一総は哀れに思う。


 表面上は仲の良い『五つの流れ星』たちだが、そのうちの二人はテロ組織に加担している。お互いに笑い合う関係は、いつ崩壊してもおかしくなかった。


 その時・・・が訪れた際、他の三人はどう動くだろうか。自分の知るブラウン姉妹を盲信するか、裏切りを糾弾きゅうだんするか、それとも慌てふためくだけか。


 短い交流ではあったが、それでも『超人』たちが良き人間だと分かっただけに、最悪の結末しか残されていないことが不憫でならない。


 憐憫を内に隠しつつ、和やかに交流会は進む。


 しかし、そのような平穏も長くは続かなかった。


 会場に近づく敵意。それに真っ先に気づいたのは、やはり一総だった。


 この広い会場へ、百近いフォース程度の実力者が接近している。動きを悟られないよう一組から一班の人数に分かれているが、彼の目を誤魔化せるはずはない。間違いなく、計画的に会場を囲い込もうとしていた。


 不測の事態に備え、一総は『五つの流れ星』たちに断りを入れてから、比較的若いお偉い方らと会話を交わしていたミュリエルたちの元へ赴く。


 この場で一総の次に感知範囲の広いミュリエルは、事態を把握していたようだ。一総の動きを認めると、対話相手を軽くあしらってから合流する。


「カズサ」


 ホールの隅へ移動すると、早速ミュリエルは口を開く。


「分かってる」


 ところが、それを一総は制し、片手を差し出した。


 一瞬だけ訝しんだ彼女だったが、すぐにその行動の意図を見抜いて手を取る。そして、蒼生たちにも手を取るよう促した。


 円陣を組むように、全員の右手が中心に集まる。


 すると、彼女たちの頭の中に、一総の声が響いた。


『これから念話による作戦会議を始める。周囲に感づかれない処置は施しているが、念を入れて露骨な反応はしないように』


 突然のことに驚いたのは、状況を把握できていない蒼生、ミミ、ムムの三人だった。だが、彼女たちも立派な“戦う者“である。浮かしかけた両肩を何とか留め、冷静に話を聞こうと努めた。


『まずは現状の説明から始める』


 一総は念話を続ける。逐一周囲の情報を確認しながら、彼らはじきに襲いかかる難事の対策を講じるのだった。

 

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