007-4-02 扇動家、天童あかり

 会場は騒然としていた。当然だ、武装したフォースの軍団に包囲されているのだから。


 ざわざわと騒がしいホールを、情報収集のために動いているのだろう者たちが忙しなく出入りしている。


 ただ、その騒ぎも数分で終わりを告げた。


 情報収集に出ていた者が、見覚えのない人物を連れて入室してきたのだ。


 謎の人物は、どこかに戦争を仕かけるのかと言わんばかりの重装備。おそらく、外を包囲している連中の仲間である男は、ガチャリガチャリと音を立てながらホールの中心──『五つの流れ星シューティング・スターズ』の面々の前に立った。


 重装備の男は、周囲から突き刺さる視線に狼狽うろたえることなく発する。


「まず、事前の連絡もなく包囲網を築いたことを深く謝罪します。ただ、これは敵の逃亡を許さないために必要な処置だったと理解していただきたい」


「敵だと? お前の言い方だと、ボクたちと敵対する意思はないように聞こえるが?」


 眉根を寄せた『智者プロフェッサー』が、威圧しながら尋ねた。


 多少怯みつつも、男は答える。


「その通りです。我々はあなた方と敵対するつもりはありません。この場に潜む敵を排除したいだけなのです」


「敵、ねぇ。そもそも、お前たちは何者なんだ?」


 訝しげな『城塞キャッスル』の問い。


 男は自信満々に言う。


「我々は天童てんどうあかりさま率いる、『ワールド・コーポレーション』の専属勇者部隊です!」


 その発言を受け、先程までとは違う意味で場が騒然とした。「なぜ、ワールド・コーポレーションが」、「天童氏が率いているだって?」、「かの会社と敵対するバカ者が、この会場にいるのか」などなど。様々な言葉が溢れる。


 ひとつ言えるのは、誰もが今回の包囲に異論を挟まなくなったということ。それだけ、『ワールド・コーポレーション』の名は大きかった。彼らが政治献金を受けている確率も大きい。


 会場が困惑に包まれる中、堂々とした様子を崩さずに『超人オーバーマン』は訊く。


「大事な交流会を阻害してまで捕らえたい敵なのか? その敵対者とは誰なんだ?」


「詳細は、天童さま本人からお聞きくださった方が早いでしょう。私は、天童さまが安全に辿り着けるための先触れにすぎません」


 男は質問には答えず、天童あかりをこの場に呼びたいと提案した。


 僅かに逡巡を見せた『超人』だったが、そこへ思わぬところから意見が出る。


「あかりを呼ぼう」


 口を開いたのはマイケルだった。


 これまで一歩引いて沈黙していたのに、珍しく前に出て主張している。


 それには明確な理由があった。


 得心した風に『超人』は首肯する。


「そうだな。キミの婚約者でもあるんだ、無下にはできないか」


 そう。天童あかりは今、マイケル・ブラウンの婚約者という立場に収まっていた。


 事前に調査していたため、今でこそ一総かずさ一行は平然としているが、知った当初はかなり驚いた。


 とはいえ、その関係は非常に合理的だった。


 何せ、ワールド・コーポレーションは例の門、『PWC』へ多額の出資をしているらしい。であれば、関係を強固にする手段として息のかかった者を差し出すのは当然で、相手が相応の地位の『救世主セイヴァー』になるのも当然の帰結だった。


 他の三人ではなくマイケルが選ばれる辺り、ワールド・コーポレーションと『ブランク』の関係も怪しむべきかもしれない。かの会社が、これまで避けていた勇者産業に手を出しているのも、疑うべき根拠となっていた。


 閑話休題。


 マイケルの一声もあり、天童あかりがホール内へ入ってくる。先日顔を合わせた時のまま、美しくも傲慢なかんばせだ。チラリと一総たちを覗く瞳には、深い憎悪の感情が映し出されている。


 それを認めたミミは言う。


「あの女、まったく懲りてないッスね」


「空港で会った女が、例の天童あかりだったんですか。気づきませんでした。一生の不覚です」


「アタシも同感。気がついていれば、あの場で八つ裂きにしていたのに」


 ムムとミュリエルが、心底悔しそうに応じる。


 直接顔を見たことがなかったミュリエルや蒼生あおいは別として、使い魔のパスを通じて天童の人相を知っていたはずのメイド姉妹は、どうして彼女の正体に気づかなかったのか。


 最後に見てから五年が経過──しかも成長期を挟んでいる──というのもある。だが、その年月以上に、彼女は様変わりしていたのだ。


 美人であるのに違いはないが、当時の清廉さは見る影もなく、傲慢で性悪な雰囲気が隠し切れていない真反対な様相。一総越しでしか見たことのなかった姉妹がピンとこないのも無理はなかった。


「今からでも地獄を見せてやろうかしら」


 天童の姿を目撃して怒りが湧いたらしく、ミュリエルは物騒な発言をする。冗談でないのは、彼女の据わった目を見れば分かった。


 それは他の三人も同じ。愛するもしくは敬愛する一総をおとしめた天童を許容できるほど、ミミやムム、蒼生は寛大ではない。


 しかし、その行動を止める者がいる。無論、一総だった。


「キミたちの気持ちは嬉しいけど、今は耐えてくれ。ここまでは予想通りなんだから、大人しく経過を見守りたい」


 彼の言う通り、天童がこの場に現れるまでの流れは予想できていた。


 百人のフォースの接近に感づいた時点で色々と調査を始めていたため、誰の差金かは把握できていたのだ。天童がこれから何を言い出すのかも、ある程度の予測ができている。


 そして、予想できているのだから、当然対策もバッチリ講じていた。


 ゆえに、一総を想ってだとしても、それをフイにするだけではなく、彼女たちの立場を悪くする行動はしてほしくなかった。


 被害を受けた張本人の言葉を受けては、彼女たちも無理を押し通すわけにはいかない。怒りはくすぶっているものの、黙って事を見守る。


 そうこうしているうちに、天童は『五つの流れ星』の前へ辿り着き、形の良い唇を動かす。


「『五つの流れ星』の皆さま、お久しぶりでございます。本日はお日柄も良く――」


「そういう前置きはいいから、さっさと本題に入ってくれ」


 丁寧に挨拶を始める天童だったが、時間の無駄だと言って『智者』が切り捨てた。


 おざなりに手を振る彼へ、天童は鋭い視線を向ける。どうにも、あの二人は仲が悪いらしい。まぁ、両者の性格を考慮すれば、言をまたないか。


 口論している場合ではないと理解しているようで、天童はコホンと咳払いをしてから、改めて口を開く。


「この度は、私たちの不躾な行動を受け入れてくださり、ありがとうございます。『五つの流れ星』を始めとした米国アヴァロンの皆さま方には、これ以上の迷惑をおかけしないと、この天童の名に誓ってお約束いたします」


 彼女の言葉に、落ち着きを取り戻していたホール内が若干揺れた。


 上流階級――俗に言う“権力者”にとって、名に誓うという行為は想像以上に重い。自分の家の信用を賭けると言っているのと同様で、それを反故にしてしまえば、瞬く間に権威から失墜してしまうのだ。命懸けと何ら変わらない。


 アヴァロン自治の催しを妨害しているのだから、それ相応の覚悟を持っているとは思っていたが、かなり本腰を入れた決起だったようだ。


「前置きはいいって言っただろう。早く目的を話してくれよ。敵対者がこの場に紛れ込んでるらしいが、それって誰なんだ? ボクら『救世主』の目を誤魔化すくらい強いのか?」


 冷たく言葉を放ったのは、またしても『智者』だった。


 天童に任せたままでは話が進まないと考えたのか、自身の疑問を矢継ぎ早に投げかける。


 自分の覚悟を一蹴された天童は、頬を引きつらせたものの反論はしなかった。口に出して非難しているのは『智者』のみだが、『超人』や『城塞』、その他政府関係者の目の色も冷ややかだと悟っていたからだろう。


 彼女は軽く謝罪をし、それから大仰に答える。


「紛れ込んでなどはおりません。そこに堂々といるではありませんか、もっとも異分子たる連中が」


 そう言って、天童はビシッと指を差した。


 その白い人差し指の向く先は、考えるまでもなく一総たちだった。


「日本より訪れた『救世主』、伊藤一総こそ、我々ワールド・コーポレーションおよび米国アヴァロンの敵となりましょう!」


 自信満々に言い放つ彼女。その威風堂々とした風格に、米国側の者たちは息を呑んだ。


 対して、当の一総たちは一寸たりとも取り乱していない。彼女がこう発言することは予想の範疇だったためだ。


 すると、天童の話にずっと耳を傾けていた『超人』が、ここで初めて声を発する。


「彼らは国賓としてこの場にいる。それを理解していながら“敵”だと断言するからには、しっかりとした根拠があるんだろうね?」


 先刻までの爽やかさとは打って変わった、重苦しい声音だった。


 当然だろう。一総らは日本代表として訪米したのだ。それは、国が身分を保証しているということ。天童のセリフは日本を侮辱しているのと同義であり、国際問題に発展しかねないものだった。


 下手をすれば日本の『救世主』らも敵に回す確率がある以上、いくら『超人』とはいえ、慎重にならざるを得なかった。


 ただ、この反応を天童は予想していたようで、気迫に呑まれることなく答える。


「証拠はございます。何せ私は、そこの者たちに襲われたのですから!」


「なに?」


 目尻に浮かぶ涙をわざとらしく拭う彼女に、『超人』は眉根を寄せた。


 あからさまな嘘泣きだったが、正義感の強い彼はその虚構を見抜くよりも、天童からられる悪事の方に関心が向いてしまったようだ。


 それを認めた天童は、ここぞとばかりに力説する。


昨日さくじつの夕刻より前のことです。瀬海せかいの使いとして役所に訪れていた私は、お手洗いで村瀬蒼生とミミというメイドと邂逅いたしました。私は国賓たる彼女たちに挨拶をしたいだけだったのですが、何故か威圧され、後から駆けつけた伊藤一総に攻撃されたのです」


 過去に“理想の婚約者“を演じていたことはあり、天童はかなりの演技派らしい。真相を知る一総たちでも思わず同情してしまいそうになるほどの、堂に入った語りだった。


 一総たち以外の者らは見事に騙され、「何てことだ、日本へ正式に抗議しなくては」だの「日本の『救世主』は野蛮すぎないか?」だの「彼は『異端者』という通称らしいが、言葉通り無法者のようだ」だの、好き勝手言う始末。


 それは『五つの流れ星』の面々も例外ではなく、他の有象無象ほどではないけれど、微かな敵意を一総たちへ向けて始めていた。仲の悪い『智者』はまだ疑いの目線を持っている模様だが、陥落するのも時間の問題な気がする。


「勇者をも騙す演技力には脱帽ね」


 呆れた調子で呟くミュリエル。


 まったくもって同感だ。向こうが一総らの為人ひととなりを知らないとはいえ、嘘に敏感な勇者の中でもトップクラスの『救世主』を信じ込ませているのだから、その実力は相当のはず。きっと、女優をやれば世界一を狙える。


 その腕を、他人をおとしめること以外に使えば有意義だろうに。


 一総たちが呆れている間も、天童は熱弁を振るう。


「幸い、優秀な護衛たちのお陰で、私は傷ひとつ負いませんでした。しかし、護衛たちは全員ケガを負い、私も身を凍らせるほどの恐怖を覚えました。正直、今も彼を目前にすると体が震えます。彼がこの地で自由に闊歩してると考えると、そのうち襲われるんじゃないかと気が気ではありません。しかし、この恐怖が私だけに収まらない可能性があると考えました。伊藤一総が他の誰かを襲わないとは限りません。ですから、私は決意しました。たとえ祖国日本から疎まれようと、市民の安全のために伊藤一総を捕らえようと!」


 身振り手振りを大仰に示し、最後は拳を握り締める天童。


 とても情熱的な弁舌に、ついには米国アヴァロン側の人間すべての心は奪われてしまった。要するに、この場にいる全員が、一総たちの敵に回ったのだ。


 肌に突き刺さる敵意が、周囲からもたらされる。『救世主』連中のモノも含まれるのだから、その重圧は莫大だ。


「て、天性の煽動家ッスね」


「……スキルを所有してるのでは?」


 さすがに『救世主』の圧はつらかったようで、メイド姉妹は僅かに声を震わせた。


 そんな二人を慰めるよう、一総は彼女たちの背中を叩く。


「あれでも瀬海の息のかかる家の女だからな。世界トップレベルの教育を受けてるんだよ。これくらいは造作もないんだろう」


 一総自身も過去に経験したが、瀬海の求める水準は、あらゆる分野で一流を超えた異次元の段階。異能の絡まない事項であれば、そこらの勇者では太刀打ちできないのも納得だ。


 とはいえ、まさか『救世主』までも騙せるとは驚きだったが……今回の場合は色々と好条件が揃っていたのだと思う。一総たちと彼らは知り合って間もない一方、天童はマイケルの婚約者として今まで相応に振る舞うことで信頼を得ていただろう。加えて、天童の後ろ盾であるワールド・コーポレーションは、国に匹敵する権力と利益を有するのだから。


 彼女の虚言を信じたというのもあるが、日本政府とワールド・コーポレーションを乗せた天秤が後者に傾いた、という理由も大きい。


 完全に人身掌握が完了したと確信した天童は、トドメとばかりに言った。


「そのようなわけで、私たちは伊藤一総ら五名を捕縛したいんです。許可をいただけますか?」


 問われた『超人』は数秒瞑目した後、目を開いて政府関係者に目配せをした。そして、厳しい雰囲気で答える。


「……許可しよう。キミらの手に負えないようだったら、『五つの流れ星』も手を貸そう」


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