xSS-x-06 閑話、一総の異世界攻略RTA

本来は五章終了後に投稿するはずだった閑話を、二つほど忘れていました。申しわけございません。

こちらは一話目です。


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 冷房の効いたリビングのソファの上、田中たなか真実まみはだらしなく寝転んでいた。小柄の体をこれでもかというほど広げ、ツインテールに結んだ髪は周囲に散らばり、翡翠色の瞳は弱々しくとろけている。


 夏休みが明けて初めての休日ということで、彼女は盛大にだらけていた。夏休みは色々事件に巻き込まれて休養どころではなかったため、疲れが抜け切っていないのだ。


 ちなみに、この家の主である伊藤いとう一総かずさを筆頭とした面々は普通に生活を送っているが、同列扱いをしてはいけない。同じ勇者と言えど、彼らはフォース以上のベテラン。体力お化けなのだ。


 歩くのも億劫なほど疲れているのに一総の部屋を訪れる辺り、真実が彼のことをどれだけ好きなのかが垣間見えるが、指摘するのは今さらだろう。彼女の”一総スキー”が天元突破しているのは周知の事実である。


 そんなこんなでグダグダと休憩していると、部屋に一人の男が入ってきた。平均的な日本人の容姿を持つ彼は、言うまでもなく伊藤一総だ。シャワーでも浴びていたのか、髪が若干湿っていて、シャンプーの良い香りも漂ってくる。


 真実は一総を血走った眼で見つめた。一総が大好きな彼女にとって、風呂上がりの彼の姿は眼福以外の何ものでもない。これだけで白米を五杯は平らげられる。


「ごちそうさまです!」


「お、おう。よく分からないけど、お粗末さま?」


 真実の異様なテンションに一総は若干引いているが、彼女は一切気にしない。恋は盲目なのだ。


「ところで、シャワーを浴びてたみたいですけど、運動でもしてたんですか?」


「ああ。さっきまで戦闘訓練をしてたんだよ。新たに手に入った魔導書があって、それに記載されてた異能を試してたんだ」


 あっけらかんと言っているが、魔導書を異世界から持ち帰るのは本来不可能なこと。前に同じような話を聞いていたのもあるが、今まで一総の規格外さを目の当たりにしてきた真実はその辺りの感覚が麻痺していたため、特に驚くことはなかった。


「相変わらず、センパイは熱心ですね。すでに最強レベルだっていうのに、まだ強くなりますか」


「覚えてない力があると落ち着かないんだ。もうクセみたいなもんさ」


「異能オタクですねぇ」


 そういうところも素敵なんですが、と真実は内心で呟く。


 一総が対面の席に座ったところで、ふと疑問が湧いた。いや、正確には『今まで気になっていたけれど、尋ねる機会を逸していたことを思い出した』といったところか。ちょうど良い場面なので、ついでに訊いてみる。


「そういえば、センパイって数時間くらいで異世界から帰還できるんですよね。いつもどんな感じで攻略してるんですか?」


 様々な特異性を持つ一総ではあるが、そのひとつは帰還速度だろう。彼以外の最速記録は半年なのだから、その異常さは際立つというもの。


 問われた一総は口元に手を当て、うーんと悩ましい声を上げる。


「どんな感じと言われても、オレとしては普通にやってるとしか言えないんだよなぁ」


「数時間で世界を救うなんて、普通とは言いませんよ……」


 真実が半眼を向けると、彼は苦笑いを浮かべた。


「確かにそうなんだろうけど、本当にやってることは普通だぞ? 異世界の常識とかの情報を集めて、そこから世界の危機に繋がる情報を精査、最後は世界の危機を排除する。そんなところだ」


 一総の言う通り、聞く限りでは変わったことはやっていないようだ。しかし、ではどうして、彼の帰還は群を抜いて早いのだろうか。


 考えても答えが出ずに悩ましく頭を捻っていると、一総がピクッと肩を震わせた。表情もやや強張った風に見える。


 どうかしたのかと真実が問おうとしたが、それより先んじて一総が口を開いた。


「そんなにオレの異世界での活動が気になるんだったら、実際に見せてやろう」


 真実が言葉を発する暇は、またもやなかった。唐突に一総から手を握られ、その身を抱き寄せられたためだ。好きな人の胸に抱かれる。そのような素敵すぎるシチュエーションを前に、真実の頭が正常に働くはずもない。


 ゆえに、彼女は気づかなかった。抱き寄せられた直後、二人の足元に勇者召喚の陣が展開されていたことに。








          ○●○●○








 真実が気がついた時には、すでに二人は異世界へ到着していた。周囲の光景からして、どこぞの王宮だと推察できる。高い天井に豪奢ごうしゃな装飾の数々。決して、一般家庭が住む建物ではない。


「センパイ。ここって、もしかしなくても異世界ですよね?」


「そうだよ。見せてやるって言ったじゃないか」


 真実の問いに平然と答える一総。


 それを受けて、彼女は小さく溜息を吐いた。


 彼の世界を救う姿を見てみたいと考えたことはあるが、まさか本当に連れてこられるとは思わなかった。普通、勇者召喚に選ばれた人間以外を巻き込むなど、できやしないのだから。召喚されるのを予見していた風でもあったし、やはり一総は規格外である。


 まぁ、来てしまったものは仕方がない。一総も一緒にいることだから、危険もなく早々に片づくだろう。その点は全幅の信頼を寄せている。


 とはいえ、解せないところもある。


「何で私も連れてきたんですか? いつものセンパイなら、慎重を重ねて単独で臨むと思ったんですが」


 強さに溺れず、どんな状況においても細心の注意を払うのが一総の利点だ。だからこそ、千を超える異世界を渡ってこられた。


 今回の行動は、いつもの慎重さを欠いたものに思えてならない。そこが不自然に感じた。


 すると、一総は何てことない風に答えた。


「さっき、新しい異能を試したって言っただろう?」


「ええ、聞きました」


「その異能は【短期予知ショート・リープ】っていうスキルで、最大一時間後の未来を予知できるんだよ」


「めちゃくちゃ強力なスキルじゃないですか!」


 予言や予知といった未来を視る能力は、どれも強大な力を秘めていると有名だ。しかも、生まれながらの能力の場合が大半なので、勇者がそういう系統の異能を手にすることは非常に稀だという。現に、千以上の異世界を渡った一総でも、今まで所持していなかった。


 最強たる彼が未来を見通せるようになる。鬼に金棒どころの話ではない。


 真実は自分のことのように喜んだが、一総は苦笑をした。


「言っておくけど、そこまで便利なスキルでもないんだ。発動はランダムだし、一日に一度しか使えない。あと、確度の高い未来が見えるってだけだから、予知できた瞬間に未来が変わる可能性も大きい」


 並び立てる異能の詳細は、確かに使い勝手が良いものとは言い難かった。


 とはいえ、未来が視えるだけ素晴らしいのではないだろうか。


 真実が何を考えているのか悟ったのか、一総は肩を竦める。


「未来が分かることが、必ずしもいいことだとは限らないさ。たとえば、戦争に勝つ未来を見たとする。そうしたら、『勝てる戦いだ』って慢心を生んで、敗北する未来に変わってしまうかもしれない」


 彼が言わんとしていることを理解した。


 未来が視えても、それを有効活用できるわけではないのだ。逆に、足を引っ張ってしまうこともあるのだろう。


 しかし、一総はそれを習得する道を選んだ。ということは、活かす方法を考えついているのだと推察できた。


 その辺りを尋ねると、彼は首肯する。


「ある程度、有効活用はできるようにしたよ。そのための訓練だったからな」


「だったら安心ですね。それで話を戻しますけど、その予知スキルで危険がないと判断したから、私を連れてきたってことですか?」


「その通り」


 真実の疑念が晴れたところで、二人のいた大広間に複数の人間が入室してきた。甲冑をまとった騎士十数人と、派手な衣装に身を包んだ王族らしき人物が二人だ。


 彼らは一総たちの姿を認めると、推定王族は「このような場所に召喚されておったか!」と嬉しそうな声を上げた。その言葉から、二人がいるのは予定外の召喚ポイントだったのだと分かる。


 真実は密かに安堵の息を漏らした。勇者召喚が、現地民側の想定通りに発動しなかったと知って。


 というのも、勇者召喚の仕組みに理由がある。


 勇者召喚には大きく分けて二パターン存在する。


 ひとつは、放浪者の如く異世界のどこかに放り出されるもの。真実の初勇者召喚がこちらのパターンだ。もうひとつは、今回のように現地民が召喚術を使って呼び寄せるもの。勇者召喚を発生させる世界の意思と召喚術が共鳴して、勇者が召喚されるのだ。


 ここで注意したいのが、召喚術のみでは失敗する。世界の意思――世界の危機を脱却するというもの――がない限り、世界の壁は突破できない。


 では、世界の意思が弱い場合はどうなるか。召喚術の制御が甘くなる。術者の魔力が大幅に削られたり、命が失われたり、召喚地点が吹き飛んだり、勇者があらぬところに召喚・・・・・・・・・されたり。


 つまり、今回の勇者召喚は、大きな世界の危機ではないと判明したわけだ。


 その後、自己紹介と勇者召喚を行った目的が語られる。


 王族と予想していた人物らは国王と王太子だったよう。二人とも上に立つものとして相応しい心構えと人柄を有していて、一総たちへの態度も柔らかかった。嘘も吐いていない。


 一総たちに取り組んでほしいのは魔王の討伐という、ありきたりなものだった。といっても、魔族との全面戦争ではなく、禁術に手を出した魔術師が魔王を名乗り、世界を滅ぼそうとしているのだとか。


 実にシンプルで良い。これまでの話に裏はなさそうだし、魔王を討伐すれば元の世界に帰れるだろう。普通の勇者なら年単位で攻略するものだが、一総ならそう時間はかかるまい。


 一総も同様に考えていたようで、二つ返事で了承していた。


 それから具体的な方針を話し合い、一総たちは情報収集のために王宮内にある図書室へ向かうことになる。


 案内された部屋には膨大な書籍が保管されていた。さすが王宮内部にある図書室である、蔵書は万を超えるらしい。


「こんなにたくさんありますけど、何を読むんですか?」


 魔王に関する情報を調べるなら歴史書とかかな、などと呑気な考えを浮かべていた真実だったが、次の一総の言葉に凍りついた。


「全部だけど」


「は? えっ? 何て言いました、今?」


 何かの聞き間違いだと思い、再度問い直す。


 ところが、彼女の耳は正常だったらしい。一総は「全部」ともう一度答えた。


 真実は口をパクパクと動かし、声を絞り出す。


「ぜ、全部って、正気ですか? ここの本は万を超えるって話じゃないですか」


「正気だよ。というか、普通に読むわけじゃないから安心してくれ。魔法を使うんだよ」


「魔法?」


「【読み込みスキャン】、【取り込みインプット】、【抜粋ピックアップ】。はい、完了」


「はい?」


 一瞬のうちに三つの魔法が発動したのは確認できた。だが、何をしたのかが理解できない。完了ということは、全書籍を読み終えたということだろうか?


 真実が目を点にしているのを気にも留めず、一総は図書室を後にしようとする。


「置いてくぞー」


「え、まっ、待ってください! どこに行くんですか?」


「どこって、魔王城」


「ええぇぇ」


 困惑し通しの真実を余所に、一総はパパッと【転移】を発動。敵の本拠地である魔王城――さらに、魔王の目の前にまで移動した。


 突然現れた一総たちに、魔王と思しきローブの男性はギョッとした表情をする。続けて、侵入者を滅ぼそうと魔力を高めるのが分かった。


 急展開にも関わらず、適切な行動に移れたのは素晴らしい対処能力だと称えたいが、今回は相手が悪すぎた。魔王が魔法を唱えるよりも早く、一総が必殺の一撃を放っていた。


 全ての魔法の中で最速と名高い【魔弾】。指先ほどの大きさの塊が魔王の頭蓋を射抜き、真っ赤な花を咲かせた。残された体がドカッと崩れ落ちる。


 世界滅亡の危機を招くはずだった存在が、呆気ない幕切れである。それだけ一総の力が規格外なのだろうが、あまりの超速展開に、敵ながら憐れみを感じてしまった。


 魔王を倒したため、一総たちの足元に帰還の陣が展開する。元の世界に帰れるのだ。


 一総は満足そうに言う。


「約三十分か。王様たちの説明を省けば、十分もかかってない。最速記録タイだな」


 それを耳にした真実は呆れるしかなかった。勇者召喚を三十分で終わらせるなど、他の誰かが聞いたら卒倒するに違いない。真実自身も、未だ夢を見ているのではないかと疑っているくらいだ。


(まぁ、深く考えるのはやめておきましょう。勇者召喚中の一総センパイっていうレアショットを見れただけ眼福です、うへへ)


 異常な状況の中で変態思考になれる真実も十分におかしいのだが、彼女がそれを自覚することはなかった。

 

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