002-1-05 少女二人の取材交渉

 試食会は滞りなく終了した。あの後、オムライス以外の品も作り、クラスメイトたちに良い評価を貰えた。喫茶店向けの改善案もいくつか出せたので、実りある時間がすごせたと思う。


 ただ、全てが上手くいったわけではなかった。一総かずさが試作を披露した後に他の調理担当も料理を作ったのだが、どうにも一総の品よりも味が劣ってしまっていたのだ。それだけ、一総とそれ以外の生徒との技量差があるのだろう。


 左坏祭さつきさい限定であり、言い方は悪いがお遊びの店なのだから、ある程度の妥協は仕方がない。


 ――が、異世界で偉業をなしてきた勇者たちのプライドは、たとえ一時の企画とはいえど、手抜きを許容することはできなかった。やるからには全力を尽くしたいのだ。


 そういうわけで、試作会終了後に残った時間は料理の練習に充てられた。


 一総の指導が的確な上、生徒たちの物覚えも良かったこともあり、彼らの技量はメキメキと向上した。さすがに一日で一総と同レベルは無理だったが、上達速度を鑑みれば左坏祭には十分間に合うはずだ。




 試作会に加えて料理の練習まで行ったため、だいぶ遅い時刻まで学校に残ってしまった一総たち。陽はすっかり落ちている。


 練習の続きは後日改めてということで、その場は解散して帰途に就く。


 自分たちの生活する学生寮が目に入る位置まで来たところで、一総は妙なことに気がついた。自分たちの部屋の前に誰かいるのだ。遠目だから姿形はハッキリしないが、確実に人影が存在する。


「誰だ、あれ」


 思わず足を止めてしまう一総。


 交友関係が狭い彼の家を訪れる者など、よっぽどの事態がない限りあり得ない。事前連絡も届いていないので、心当たりがまるでなかった。


 それではと、隣に立つ蒼生へ視線を向ける。


 一総が知らないのであれば、同居人である彼女に関係があるのではないかと思ったのだが……。


「私も、知らない」


 そう首を横に振る蒼生にも、思い当る節はないようだった。


 部屋の前で陣取られている以上、避けて帰宅することはできない。二人は訝しく思いながらも、再び歩き始める。


 帰路を急ぐ中、無警戒に近づくわけにもいかないため、一総はスキル【遠見】や偵察系統の魔法を併用して、正体不明の影を確認することにした。無論、覗いていることが相手にバレないよう細心の注意を払いつつ。


 認められたのは二人の少女だ。身を包んでいる制服から、一総たちと同じ波渋はしぶ学園に通う一年生だと分かる。


 一人は栗色のツインテールと翡翠色の瞳が目立つ少女。野暮ったい黒縁の眼鏡をかけているが、顔のパーツは十二分に整っている。百四十中頃の身長と愛らしい童顔から、“可愛らしい”という表現がピッタリ似合った。


 もう一人は茶がかった黒髪をおさげ・・・にまとめた地味な少女。顔の彫りが若干深いから、ハーフか何かか。前者の少女よりも背が低く、自信なさげの表情から気弱な性格が読み取れた。


 何とも両極端な二人だが、ボケっと待ち惚けている様子から、暴力的な目的があるわけではなさそうだ。気を抜くことはないが、警戒レベルを下げても問題はないだろう。


 監視を続けつつも多少肩の力を抜いた一総は、ようやく自室のある階層へと辿り着いた。そのまま、二人の少女が待つところまで進んでいく。


 お互いの姿がしっかり視認できる距離まで近づくや否や、ツインテールの少女が大声を上げた。


「あー! やっと帰ってきた!」


 手持無沙汰で呆けていた表情は一転。二つの髪の尾を跳ね上げ、眉尻を上げてこちらを指差してくる。隣でおさげの少女が「失礼だよ」となだめているが、耳に入っていないようだ。


 ツインテ少女は少し頬を膨らませ、ズカズカと一総たちへ向かって突き進んできた。寮の廊下は大人二人が並べるくらいの幅しかないため、一総たちは何事かと疑念を抱きつつも、少女二人がこちらへ到着するのを待つことにした。


 ツインテ少女は一総の目前で立ち止まると、開口一番に言う。


「どこで油を売ってたんですか、センパイ! こっちはお昼からずっと待ってたんですよ!」


 ものすごい剣幕だ。思わず謝罪の言葉が口を突いてしまいそうになるくらいの勢いがある。


 彼女の目が一総へ向いている以上は彼に関わる案件のようだが、如何せん一総には全くといって良いほど心当たりがなかった。いくら記憶を掘り起こそうと目の前の少女には見覚えがないし、誰かと会う約束をした覚えもない。


 蒼生が疑わしげな視線を投げてくるが、知らないものは知らないのだ。


 ツインテ少女の態度に一総たちが困惑していると、後から追いついてきたおさげ少女が仲裁に入った。


「お、落ち着いてよ、真実まみちゃん」


 オロオロとした態度のため、それで真実と呼ばれた少女を抑えられるのか不安になったが、今度は聞く耳を持っていたらしい。相変わらずの剣幕ながらも、真実はおさげ少女の方へと視線を変える。


「でも、美波みなみ! 私たちがどんだけ待ったと思うの!?」


「ざっと七時間くらい……?」


「そう、七時間もだよ! そんなに待たされたら怒っても仕方ないと思わない?」


「い、いやでも、それはアポイントメントを取らなかった私たちの落ち度だよ? 先輩たちは私たちのことを知らないわけだし。それを怒ったりしたら理不尽だって……」


「うー、でもー」


 おさげ少女――美波の言葉は耳に痛かったようで、真実は気まずそうに唇を尖らせる。


 それに対し、美波は首を振った。


「『でも』じゃないよ。今回は全面的に私たちが悪いんだから、ちゃんと謝らないと。ね?」


「…………分かったよぉ」


 やや不満げなものの、真実は小さく頷いた。


 それから二人はこちらへ向き直り、頭を下げてくる。


「伊藤先輩に村瀬先輩。いきなり押しかけた上に怒鳴ったりしてしまって、すみません」


「ごめんなさい」


 二人――特に真実はきちんと反省しているのか、先程までとは打って変わってシュンとしている。


 己を省みているのなら、必要以上に文句を言うつもりはない。


「驚きはしたけど、怒ってはいない。頭を上げてくれ」


「私も気にしてない」


 一総は肩を竦め、蒼生は無表情のまま首肯した。


 真実と美波が頭を戻すのを見届けてから、一総は最初から疑問に思っていたことを問うた。


「それで、二人は何者で、どうしてオレたちの部屋の前で待ち伏せてたんだ?」


 先の話が本当なら七時間も待機していたという。何やら大事な用事でもあることは推察できる。逆に、それほど待てるということは、緊急性はなさそうだが。


 すると、大人しく反省の態度を見せていた真実が大きく目を開き、ズイと身を乗り出した。


「そうですよ! 私たちがこれだけ待ってたのは取材のためなんです!」


 気合十分といった感じで握り拳を作る彼女。


 感情豊かなやつだなと思いつつも、一総は真実の言葉に眉を寄せた。


 蒼生も同じことを気にしたのか、首を傾ぐ。


「取材?」


「はい、取材です!」


 それが全てだと言わんばかりに真実は言い切る。


 何ひとつ説明になっていない彼女の言葉に、一総は頬を引きつらせた。蒼生までも、微かに表情を崩しているほどだ。


 隣の美波が慌てて口を開く。


「ま、真実ちゃん、それじゃあ何の説明にもなってないよ……。まずは私たちの素性を明かさないと」


「あっ、そうだね。うっかりしてたよ」


 真実はわざとらしく舌を出す。テヘペロと自ら言うオマケつきだ。


 激しく苛立つ態度だが、彼女たちが自己紹介を始めるので、グッと我慢することにした。


「私は田中真実と言います。一年のシングルで、新聞部に所属してます! 以後お見知りおきを!」


「わ、私の名前はエヴァンズ美波です。真実ちゃんと同じく一年シングルの新聞部です。よ、よろしくお願いします」


 真実は元気溌剌に、美波は弱々しく名乗っていく。


 二人の所属を聞いて、一総はあからさまに嫌そうな表情をした。


「新聞部だから取材というわけか」


「はい。伊藤センパイの取材をさせていただきたく、こうして七時間も待ってました!」


 彼の歓迎しない雰囲気に気づいていないようで、真実は明るく返事をする。


 溜息を吐くのを堪えながら、一総は言う。


「そうか、それは無駄な努力だったな。取材はお断りだ」


 そうして、新聞部二人を押しのけながら自室へ向かう。蒼生も彼へと続く。


 にべない一総の態度に、真実と美波は目を丸くした。


 真実たちは慌てて止めようとする。


「ま、待ってくださいよ! す、少しくらい話を聞いてくれてもいいじゃないですか!?」


「せ、先輩。ほんの少しだけでもいいので、話を聞いてください!」


「最終的に断ることは変わらないんだから、話を聞かなくても同じだ」


 取りつく島もないとはこのことか。一総は一切の耳を貸さず、自室へと足を進める。


 平穏な日常をすごすために隠しごとの多い一総。そんな彼にとって取材を受けるなど論外だった。今までだって、救世主セイヴァーになった直後や異世界からの帰還十回目など取材を申し込まれることはあったが、全て断ってきたのだ。


 それでも、しつこく食い下がってくる二人。扉の前に到着したところで、一総は呆れながら口を開いた。


「オレが一切取材を受けたことがないって話は有名なはずなんだが、知らなかったのか?」


 真実は涙混じりの瞳を向けてくる。


「そんなの知りませんよ! 私は最近異世界から帰ってきたばっかりの初心者勇者なんですから! 新人を助けると思って、取材受けてくれませんか? ね?」


 ここまで必死だと、その理由を知りたい欲求に駆られるが、少し踏み込んだせいで後戻りできなくなる方が危険だ。


「助けるメリットがないな。諦めて帰れ」


 自室の扉を開け、ついてきた蒼生を引き入れた一総は、そう容赦なく切り捨てた。


 バタンと扉が閉じられると共に、外から慟哭が聞こえてくる。


「鬼ぃぃぃぃ! 人でなしぃぃぃぃ!」


 ご近所迷惑な叫びも気にすることなく、一総はスタスタとリビングへと足を運ぶ。


 蒼生が居た堪れないといった風に口を開いた。


「あのままでいいの?」


「いいんだよ。下手に関わる方が相手のためにならない」


 どうせ取材など受けないのだから、余計な希望は持たせない方が良いのだ。


 七時間も待ち伏せする根性があるのだ。一総の取材が失敗でも、そのうち大成するに違いない。



 この時、そのような呑気なことを考えていた一総だったが、翌朝には事態がとんでもない発展をするとは露ほども思わなかった。


「おはようございます、センパイ!」


 登校しようと玄関を開けると、そこには満面の笑みで待ち受ける真実の姿があった。


 予想外の展開に、一総は一瞬固まる。


 状況を理解しようと、彼は眉間を指で押さえながら尋ねた。


「えーと……なんで君がいるんだ?」


「朝のお迎えに上がりました!」


 朝っぱらにも関わらず、快活に答える真実。


 一総は頭痛を覚えながらも言葉を重ねる。


「……どうして君が迎えにくるんだ?」


 彼女は胸元に両拳を掲げる。


「センパイが取材を受けてくれないと言うので、それが翻意されるまで密着しようかなと思ったんです! それなら日々のセンパイの生活も探れるし、都合がいいかなって」


 それはもう清々しい笑顔を見せて、そんな狂言を宣った。


 頭痛が酷くなったのを一総は感じ取る。


 彼は表情を引きつらせながら口を開いた。


「それをオレが認めるとでも?」


 真実は毅然とした態度で言い放つ。


「センパイが認めなくても、つきまといます。どんな時でも後をついて回ります。取材を受けてくれるまで永遠につけ狙います」


 まさにストーカー宣言。どんな妄言だと笑い飛ばしたいが、真実の目は本気だった。



 左坏祭を前に、次から次へと舞い込んでくる厄介ごと。


(オレは普通の日常を送りたいだけなのに)


 そんな心の嘆きは、誰に届くこともなかった。

 

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