xSS-x-13 閑話、ミュリエルの回想(後)

 城の中庭にある東屋。景観を眺めながらお茶を飲める、アタシのお気に入りの場所。今日、ここでカズサと談話する予定になっていた。


 とても楽しみだ。彼がすぐに戦争へ向かってしまったせいで、一ヶ月も異世界の話をお預けされていた。そのため、期待が跳ね上がっているのを自覚する。


 ソワソワと待つこと数分。ようやくカズサが訪れた。


 待ちに待ったイベントだったこともあり、遅いと文句を言おうと思った。


 ──が、開かれた口から、その言葉が発せられることはなかった。


 カズサの姿を認めた瞬間、アタシは絶句してしまったのだ。彼が全身を包帯に包んだ、ボロボロの状態だったゆえに。


「この度はお茶会にお誘いくださり、ありがとうございます。殿下のお供をできること、誠に光栄に思います」


 自分の容体など気にしていないとでも言うように、彼は挨拶をする。アタシの目に幻覚が映っているのでは、と疑いそうになるほど自然な態度だった。


 しかし、これは幻などではない。間違いなく現実。


 お茶会どころではない。アタシは震える声で尋ねる。


「あ、あなた、そのケガはどうしたの?」


「これですか? この前の戦争で負傷したんですよ。大した傷ではないので、殿下はお気になさらないでください」


 切り傷やアザに塗れた顔で笑むカズサ。


 いくら何でも嘘が下手くそすぎる。両腕に太いギプスをはめ、肌が見えなくなるほど包帯を巻きつけている状態なのに、『大した傷ではない』というのは無理がありすぎる。どこからどう見ても重傷だった。


「なんで、そこまでのケガを……。敵国の英雄とでも相対したの?」


 アタシが憮然と呟く。


 すると、彼は冗談だと受け取ったようで、ハハハと笑った。


「英雄と遭遇していたら、こうして殿下とお会いできていませんよ。ぼくは、将軍どころか一般兵の相手しかしていません」


「え? でも、あなたは世界を救う勇者なのでしょう?」


「……嗚呼。殿下は前提を勘違いなさっているのですね」


 アタシのセリフで得心したのか、カズサは苦笑しながら頷いた。


 逆に、アタシは首を傾ぐしかない。勘違いって何? どういうこと?


 こちらの疑問を察しているようで、彼はどこか諭す風に説く。


「殿下にお教えした『勇者召喚』ですが、何も英雄が呼び出されるわけではありません。世界中にいる“普通の人“が呼び出されるのです。かくいうぼくも、元の世界では普通の七歳児でしたよ」


 まぁ、普通と言うには些か環境が特殊でしたが、とうそぶくカズサ。


 ただ、そのジョークに乗っかる気力は、アタシにはなかった。


 心臓がバクバクと激しく鼓動し、気持ち悪い冷や汗が流れる。先程までの快調が嘘のように消え去り、今にも目まいで倒れそうだった。


「じ、じゃあ、先日の戦争は……?」


 なんとか絞り出したのは、やや言葉の足りぬもの。


 だが、カズサは正確に意図を察してくれたようだった。


「はい。初めての戦争でした。というより、初めての戦闘でした。元の世界では、ケンカさえしたことありません」


「……」


 あっさり返す彼だったが、それを聞いたアタシは強い衝撃を受けていた。


 対人戦どころかケンカもしたことがない? つまり、カズサは戦う術を持っていなかったも同義。


 大ケガも納得だ。むしろ、よく生還できたと褒めるべきでしょう。ズブの素人が戦場に赴いて生き残る可能性など、子供のアタシでも分かる。


 なんて取り返しのつかないことを……。アタシたちは、彼を殺そうとしたも同然だ。謝って済む問題ではない。


「ご、ごめんなさい。あ、アタシ、あなたが戦えないなんて知らなかったのよ」


 震える声で謝罪を口にする。王女然とした言動を意識するなど、できるはずもなかった。素の口調が出てしまう。


 対して、カズサは目を点にした。アタシの行動が心底予想外だったとでもいうような、喫驚の表情。


 彼は、何拍か間を置いてから口を開く。


「殿下はお優しいのですね」


「優しくなんてないわ。アタシは、あなたを死に追いやったのよ!?」


「優しいですよ。そうやって、ぼくのことを案じてくれてます。今回の出兵を間違いだったと悔いてくれてます。もし、冷徹な人だったら、ぼくの安否に気など遣いません。少なくとも、この国に殿下以上の心優しい人はいらっしゃいませんでした」


 取り乱すアタシに対し、彼は落ち着いた様子で笑顔を向けてきた。


 返す言葉が見つからなかった。カズサの痛々しい笑みを見て、心臓がキュゥゥと締めつけられる。


 ここに来て、アタシは思い知った。霊魔国がどれほど人間に厳しい国なのかを。


 皆、分かっていてカズサを戦場へ送り出したのだ。彼を勇者と認めたからではなく、生死に関心がないから放り出したのだと悟る。


 人間が野蛮? 愚か? 下劣? 下賤?


 弱いのは正しい。でも、他の部分は違った。少なくとも、カズサは違う。


 カズサはアタシへ敬意をもって接してくれている。自分の立場を理解し行動する賢さがある。誠心誠意、まっすぐ対応しようと心がけている。アタシに心配させないよう、気を遣ってくれている。


 紳士な態度でいるカズサの存在は、アタシの今までの価値観を大きく揺さぶった。国に蔓延はびこる人間像が、偏見で形作られていると知ってしまった。


 なればアタシは、今後どのように行動したら良いのでしょうか?


 たぶん、誰も答えを教えてくれない。だって、アタシの周りには人間への印象を偏見だと感じている人はいないから。今の考えを口に出せば、きっと間違っているとしか言われない。


 だから、アタシが一人で答えを導き出す。


 大丈夫。昔から頭を使う作業は得意だった。そのせいで友だちが全然できなかったけれど、今はその特技を感謝する。


 熟考することしばらく。急に黙り込んだアタシに、カズサや使用人たちが声をかけてきたけど、まるっと無視した。余計なことに思考を割く余力はなかった。


 しかし、その甲斐もあって、ひとつの結論を出せた。


 心を決めたアタシは、傍に控えていた使用人を呼ぶ。


「医者を呼んで」


「お具合が優れないのでしょうか、殿下?」


「アタシじゃないわ。彼を治療するのよ」


「は? いえ、しかし……」


「これは決定事項よ。今すぐ呼びなさい」


「は、はい」


 治療さえ渋られるとは、人間差別は考えていた以上に根深い問題らしい。


 現状に頭痛を感じていると、カズサが当惑しながら声をかけてきた。


「殿下、どういうおつもりなのですか? ぼくの治療を命じるなど、殿下の評判が落ちてしまうのでは?」


 ケガが治るのは渡りに船でしょうに、アタシのことを心配してくれる。紳士というより、筋金入りのお人好しみたい。まぁ、嫌いじゃないけれど。


 アタシは胸を張る。


「他人からの評価なんて気にしないわ。アタシはアタシが正しいと思った道を進むの。そして、アタシはあなたに誠意をもって接したいと思った。だから、そうするだけよ!」


 これがアタシの答え。誰かの意見に左右されず、自分の見たものを信じ、心に決めた信条を貫き通す。


 アタシがそう断言すると、カズサがクスクスと笑い出した。


「何よ、おかしい?」


「おかしいか、おかしくないかの二択でしたら、おかしいです」


「むっ」


 まったく躊躇ためらいのない言葉に、思わず眉をしかめる。自分でもおかしいと実感しているが、他人から断言されると些か気に障るもの。


 しかし、アタシが文句を言う前に、彼は口を開いた。


「すみません。あまりにも王族らしからぬ発言でしたから、つい。でも、ぼくは好きですよ、そういうスタンス」


「すっ──」


 ストレートに好きと言われ、アタシは言葉に詰まる。頬が赤く染まっているに違いない。どうして、そう小恥ずかしいことを平然と言えるのか。


 してやられた気がして面白くないアタシは、唇を尖らせてソッポを向く。


「ふん。どうせ、アタシは変な王族ですよーだ」


「ああ、ごめんなさい殿下。謝りますから、どうか機嫌を直してください」


 すると、カズサが慌ててアタシの顔色を窺ってくる。少し気分がスッとした。


 でも、せっかくの機会だから、ひとつ要求をしてみよう。


「だったら、ひとつ命令を聞きなさい」


「命令、ですか? 無理のない範囲でしたら構いませんが」


 やや警戒の色を見せるカズサ。


 しまった。戦争に行かされた直後なのだから、もっと言葉を選ばなくてはいけなかった。


 後悔するが、出してしまった言葉は撤回できない。このまま突き進む。


 アタシは彼を見据え、笑顔を見せる。


「警戒する必要はないわ。ただ、アタシの友だちになってほしいだけよ」


「友だちですか?」


 カズサは怪訝そうに首を傾ぐ。


 アタシは首を縦に振った。


「そう、友だち」


「友だちって、一緒に遊んだりする仲間的な意味の?」


「他にどんな友だちがあるって言うの?」


 カズサが逡巡を始める。


 アタシは正直、心臓がバクバク鳴っていた。


 というのも、友だちを作ろうと試みたのが、初めての経験だったから。


 どうにも、アタシは同年代の子たちよりも頭の回りが良いらしく、会話が噛み合わないことが多かった。話しても楽しくない相手と友だちになりたいと思わなかったため、今まで作らなかったのだ。


 しかし、目の前の少年は違う。彼からは、初めて会った時よりアタシに近い知性を感じた。こうして、多少の言葉を交わしたことで確信した。アタシたちは、きっと仲良くできると。


 カズサはおもむろに返答する。


「ぼくで良ければ、喜んで友だちになりましょう」


「ありがとう。よろしくね、カズサ!」


「はい、よろしくお願いします」


 アタシたち二人は笑い合った。そこに宿る感情に、種族による差などありはしない。








          ○●○●○


 






「こんな感じで、アタシとカズサは友だちになったのよ」


「初々しい、ほっこりする話だったね」


「ミュリエルって、今と違ってヤンチャな性格してたんですね」


 アタシが語り終えると、二人はそれぞれ感想を口にした。


 アタシは肩を竦める。


「あの頃は、頭のテッペンから足の先まで“霊魔国の王族“って価値観だったもの。どうしても偉そうな態度をしてしまっていたのよ」


 若気の至りというか、黒歴史というか。当時のアタシについては、できれば思い出したくないところだ。王家の血筋であることと、少し頭が良いというだけで、かなり大柄な対応をしていた。恥ずかしすぎて、穴があったら入りたいレベルだった。


 ツカサが不思議そうに訊いてくる。


「そういう割には、一総かずさくんの大ケガを見ただけで、簡単に偏見を捨て去ってたみたいだけど?」


「まぁ、曲がりなりのも天才と称されてたから、思考の転換が得意だったのよ。あと、頭が柔軟な幼い時分だったのも影響しているかも」


「堂々と天才って言える辺り、ミュリエルはすごいですよね」


 マミがやや呆れた風に言ってくるが、実際に頭は良いのだから、他に言いようもあるまい。謙遜は日本人の美徳だけれど、アタシがそれを真似る必要性は皆無だ。


「で、その後はどうなったんですか?」


 興味津々といった様子で、マミは尋ねてくる。


 アタシは「うーん」と唸り声を上げた。


「この先はあまり楽しい話でもないのよねぇ。父にカズサの待遇改善を要求したけれど突っぱねられて、アタシ個人が可能な裁量で彼を支援したわ。あとは空いた時間にお茶会をしたり……。二人で談笑する一時は本当に楽しかった。お互いの世界のことを語ったり、そこから発展してディベートしたりしたわね」


 あの時間は一生の宝物。あれがあったからこそ、アタシは一層カズサを知ることができ、最終的に好きになったのだ。


「最後の方は……ツカサは知っているでしょうけれど、カズサが死にかけた事件が発生したわ。アタシは全然知らされてなくて、全容を知ったのは、何もかも終わった後だったの。ものすごく悔しかった。あの時以上に、自分の無力さを呪ったことはないわね」


「王も加担してたみたいだし、仕方なかったと思うよ、あれは」


 事情を知るツカサはそう慰めてくれるが、アタシがアタシを許せる日はこないと思う。でなければ、戒めとして魄法はくほうを習得などしない。この術があるゆえに、アタシはカズサに手を差し伸べられなかった罪を思い出せる。


 些か空気が重くなってしまったので、それを入れ替えるためにも、話を進めることにする。


「えっと……話を戻すけど、その事件がキッカケで身内へ疑いを向けるようになったの。結果、不正まみれの貴族が続出し、全員を罪に応じて粛清したわ。中には王国に情報をリークしていた輩もいたのよ」


 未だ、貴族内で恐れられる大虐殺だ。あれのお陰で、その後の十年間の政策はクリーンに行えた。


「もしかして、粛清したら帰還できたオチですか?」


 ふと、マミが言う。


 アタシはキョトンと目を丸くしてしまった。


「その通りよ。よく分かったわね」


 王国と通じていた輩の中に、種族の枠組みを超える──いわゆる『進化』の研究に手を出している者がいた。その実験を続けると、最終的に世界を滅ぼす種が生まれる危険性が存在したのだ。無論、研究資料はすべて破棄している。


 アタシの返答を聞くと、マミは苦笑いを浮かべた。


「実は、私が前に召喚された異世界も、同じ感じで終わったんですよ」


「え、本当に?」


「マジです」


 予想外のセリフに、アタシは一瞬呆然としてしまう。それから、お腹を抱えて笑ってしまった。


「あはははははは。世界が変わっても、貴族のやることって変わらないのね」


 どこの世界でもロクな真似をしない連中が存在するなんて、もう笑うしかなかった。案外、世界破滅の原因は、どの世界も似たり寄ったりなのかもしれない。


 アタシが笑うのを境に、話題は別のものへ移っていく。


 そんな中、アタシは考える。


 かつて味わい、今も自分を苦しめる後悔は、絶対に薄まることはないでしょう。どのような力を持っていても、経験した過去を塗り潰せない。


 でも、アタシたちには未来の可能性が残っている。今のアタシは、昔のように見守るしかできない姫ではないのだから。この身には、脅威から大切なモノを守る力があるのだから。


 なれば、アタシは尽力するのだ。アタシの愛する人が幸せになれるために、彼の日常が守られる将来を切り開くために。



 もう二度と、アタシは足踏みなどしない。

 

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