xSS-x-12 閑話、ミュリエルの回想(前)

本日より新作の連載を開始いたしました。

よろしければ、ご覧いただけると嬉しいです。

https://kakuyomu.jp/works/16816700429176867477


――――――――――



「アタシとカズサの初対面時の話を聞きたい?」


 ある雨の日の夜。定例の恋人会議をアタシことミュリエルの部屋で行っていたところ、唐突にそのような話題を振られた。


 この会議、だいたいは“その日、カズサと何をしたのか“とか“これをすると、カズサはどう反応する“とか、そういった意見交換をするのだけれど、アタシたちの親睦を深めるための談話会の意味合いもあった。だから、今尋ねられたような内容も不自然さはない。


 ただ、単純な興味本位というわけでもないでしょう。


 何せ、アタシが彼と出会ったのは十年前。七歳の頃のカズサを知れる絶好の機会だと考えているに違いない。というより、それ以外の思惑は考えられなかった。目前にいるツインテールで小柄な少女──マミの爛々と輝く瞳が、この推測が正しいことを物語っている。


 ちなみに、この場にいるもう一人、同じ女でも見惚れるプロポーションの持ち主であるツカサは、変わらぬ柔和な笑みを湛えている。内心では、ヨダレを垂らすくらいアタシの話に興味津々でしょうに、頬ひとつ動かないのはさすがといったところね。この辺が勇者としての経験の差かしら。


 まぁ、過去の話をするのはやぶさかではない。誰でもというわけではなく、アタシに匹敵するほどカズサを愛している二人だからこそ。


 きちんと内容が伝わるよう言葉を選びつつ、おもむろに、ゆっくりとアタシは語り始める。


「あれは今日みたいな雨の日、アタシが自分の部屋で一人遊びをしていた時だったわ」


 脳裏に浮かぶ、あせない思い出。


 か弱い小動物に撫でるが如く、アタシはそっと優しく思い出の扉を開いた。








          ○●○●○








「えっ、何?」



 雨天のせいで庭で遊べず、仕方なく私室でお人形遊びをしていた時だった。無駄に広い部屋の中央に、発光する円陣が現れた。


 魔法に使われる魔法円のように見えたけれど、詳細は分からない。アタシに魔法の知識はほとんどないし、何より突然のできごとすぎて頭が真っ白だったから。


 呆然としていると、円陣の光が増す。そして、そこから膨大な霊力が放たれた。


 霊魔国最強と名高いお父さまよりも多大で濃密なそれを間近で叩きつけられ、アタシの意識は一瞬遠のく。──が、完全に意識が絶たれることはなかった。発光現象および霊力の放射が一瞬で終わったために。


「いったい、何が起こったのよ……」


「殿下、ご無事ですか!?」


 クラクラする頭を振って気持ちを落ち着けていると、青ざめた表情の兵士たちが雪崩れ込んできた。たぶん、先程の霊波を感じ取り、アタシの身に何かあったのではないかと駆けつけたのでしょう。


 自分たちよりも強い力を察知したというのに、勇気を振り絞って来てくれた彼ら。そんな兵を持てたことを、霊魔国の王女として誇りに思う。


 顔色の悪い兵士たちを安心させるため、アタシは努めて明るい声で返す。


「アタシは無事よ、問題ないわ。突然、そこが光り始めた、の……よ?」


 しかし、その言葉は途中で失速する。


 というのも、光り輝いた床を見れば、そこにはアタシと年頃の近い少年がたたずんでいたからだ。


 再び呆然としてしまうアタシだったけれど、兵士たちは違った。少年を不審者と断定し、武器を構えて取り囲む。


「貴様、何者だ。どうやって城に侵入したのだ!」


「あっ、え……?」


 対し、少年はうろたえる。意味ない声を漏らすだけだった。


「早く答えろ! 答えられないというなら始末する」


「……」


 彼の喉元に剣を突きつけて怒鳴りつけるけれど、その行動は無意味に終わった。まったくの無言になってしまい、完全に硬直してしまっている。


 それを受けて、兵士たちは目配せをした。そして、ゆっくり包囲網を縮めていく。


 少年を殺すという判断を下したのでしょう。さすがに、この場で即座に処断することはないでしょうが。


 ようやく余裕の生まれたアタシは少年を観察する。


 おそらく、彼は人間だ。初めて見るけれど、間違いないと思う。身体的には吸魂魔ソウル・サッカーと類似しているが、魂の形状が些か異なる。人伝に聞いていた特徴と同じだった。


 人間は野蛮で、愚かで、卑劣で、下賤で、弱い種族。それが霊魔国の常識。アタシたちを根絶やしにしようと戦いを仕かけてくる不倶戴天の敵。


 そんな者がアタシ──王女の私室に現れれば、殺す以外の選択肢はないでしょう。彼の存在は、あまりにも危険すぎる。


 ただ、どうしてか、アタシは少年を殺すことに懐疑的だった。


 理由は単純。少年が怯え切っていたから。兵士たちに囲まれ、今にも捕縛されそうになっている彼は、体を震わせていた。溢れそうになる涙を、必死で堪えていた。もしかしたら、泣き叫ぶのも我慢しているかもしれない。


 少年の姿は、噂に聞く下劣な人間像と全然重ならない。ただただ理不尽な現実に絶望する、か弱い子供に感じられた。


 ──だから、でしょう。


「待ちなさい」


 アタシは兵士たちを制止していた。


「武器を下ろしなさい。これでは弱い者イジメでしかありません」


 命令し、彼らの脇を抜けて少年へと近づいていく。


「危険です、殿下!」


「どこか危険なのですか? 彼が、アタシをどうにかできる武力を有しているようには見えません」


「万が一がございます。それに、奴は我々の問いかけに黙秘を貫きました。処断されて文句が言える立場ではありません」


「いきなり武装した大人に囲まれ、怯えているだけではないですか。だから、武器を下ろしなさい。歳の近いアタシであれば、何が話してくれる可能性があります」


「しかし──」


「これは王族としての命令です。この場の責任はアタシが持ちます」


 当然止めに入る兵士たちだったけれど、アタシはそれらを一蹴した。


 ここまで強行することを自分自身驚いていたけれど、どうしても譲れなかった。勘と表現すれば良いのか、言い知れぬ何かがあったのだ。


 アタシが距離を詰めるごとに、ビクビクと少年は体を震わせる。見知らぬ少女が近寄ることさえも恐怖に感じているようだった。とはいえ、兵士たちよりは多少マシに見える。


 ある程度接近したところで、アタシは腰を下ろした。座り込んでいる少年と視線を合わせるため。


 夜闇の如き、黒の瞳と髪。霊魔国では珍しい色だ。人間は全員、こうなのでしょうか? だとしたら、少しうらやましい。何色にも染まることない純粋な黒は、一種の美しさを感じるから。


 一呼吸置き、アタシは少年へ話しかける。


「アタシはミュリエル・ノウル・カルムスドと申します。この霊魔国の第二王女です。あなたの名前を教えてしていただいても?」


 本来なら、立場の上であるアタシが後から名乗るのだけれど、現状では無理難題。礼儀作法には目をつむる。


 極力柔らかい声音を意識したが、彼は警戒を解いてくれるでしょうか。


 若干心配したが、それは杞憂に終わった。


「……カズサ・セカイ。それがぼくの名前です、殿下」


 最初、何かを考える素振りは見られたものの、素直に答えてくれた。少しだけ、心を許してくれた気配も感じられる。


 ホッと安堵しつつ、アタシは会話を続ける。あなたは何者なのか、どこに所属する人間なのか、どうやってアタシの部屋に侵入したのか、アタシたちに敵対する意思があるのか。考えつく限りの質問をする。


 そうして質疑応答を繰り返して判明したのは、驚愕の事実の数々だった。


 なんと彼は異世界人で、アタシたちの世界に訪れる破滅の危機を救うために召喚されたのだらしい。


 鵜呑みにはできない……けれど、カズサが嘘を吐いている風には見えなかった。


 これは手に負える案件ではない。そう判断したアタシは、お父さまに話を上げることにした。父であれば、適切な答えを出してくれると信じて。もちろん、カズサの話をきちんと聞いてもらえるよう、口添えはする。でないと、人間の話などに耳を貸さないでしょうから。


 二人の会談は、トントン拍子に進んだ。


 世界の破滅とやらが、今行われている王国との戦争にあるとお父さまは推測し、カズサが兵士の一人として参戦する運びとなった。


 また、彼の空いた時間にアタシとお茶をするのも決定した。これは、アタシが異世界の話を聞きたいとねだった・・・・結果。お父さまには感謝しないといけない。


 この時、アタシは失念していた。異世界の話を聞けることに浮かれるあまり、すっかり忘れていたのだ。兵士に囲まれただけで、声も出せぬほど一総が怯えていた事実を。


 そんな者が戦争に駆り出された場合、どのような結果が待っているのか。アタシがそれを知るのは一ヶ月後のことだった。

 

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