004-2-02 侑姫の人柄(2)

 ランジェリーショップの次に訪れたのはゲームセンターだった。大音量の電子音が鼓膜を揺らし、多くの若者が溢れている。簡潔に表すなら、雑多な風景がそこにはあった。


 店を巡る順序に疑問を覚えなくもないが、一総たちとは縁遠いというテーマに沿っている。


「なに、ここ?」


 初めてのゲーセンだからか、慣れない爆音に蒼生は眉をひそめる。


 困惑する彼女を見て、侑姫は朗らかに笑った。


「初めてだと驚くわよね。でも、そのうち慣れるから我慢して。きっと、楽しめるから」


「ゆきは慣れてる? 意外かも」


 蒼生の疑問には一総も同意見だった。


 ゲーセンの空気に動揺している様子はなく、店内を歩く足にも迷いがない。最低でも二桁の回数は通っていそうだ。風紀委員という役職や真面目な性格という観点から、彼女もこういう場所とは縁がないと思っていたのだが、そうでもないらしい。


「そう思われても仕方ないわ。実際、私だけだったら絶対に来なかったし。風紀委員の同僚とか後輩に誘われて何度か来店したことがあるのよ。最初は忌避感があったけれど、やってみると結構面白いのよね」


「納得した。案内よろしく」


「任せてちょうだい。詳しく説明できるほど精通してるわけでもないけど、初心者の案内くらいはできるから安心して!」


 片腕でガッツポーズを取る侑姫。


 その姿を微笑ましく見ながら、一総一行は彼女の先導の元に最初のゲームへ向かった。


「ゲーセンといったらクレーンゲームよね!」


 彼女が最初に連れてきたのは、クレーンゲームのコーナーだった。色々な商品が入れられた筐体が、いくつも並んでいる。


 一総はそれらを眺めながら、感心の声を漏らした。


「へぇ。偏にクレーンゲームといっても、複数の種類があるんですね」


 箱のデザインや景品だけではなく、アームの形や操作性なども異なる仕様になっていた。ゲームの類はそれほど詳しくない彼にとって、そういった差異を発見するだけでも新鮮さがある。


 侑姫が首肯する。


「そうね。アームをどこまで動かせるかとか、機種によって違うわ。結構奥が深いのよ、クレーンゲームって」


「まぁ、景品を取るのはコツがいるとは聞きますね」


「ええ、初心者は難しいでしょうから、まずは私がお手本を見せるわ」


 そう言うと、彼女は手近にあった筐体へ足を向ける。


 そして、中身を見渡してから、中頃にある羊をデフォルメ化したヌイグルミを指差した。


「五回以内にあれを取ってみせるわ!」


 意気揚々と宣言する侑姫。よっぽど自信があるらしく、まだ景品を獲得していないのに自慢げな表情をしていた。


 蒼生が首を傾ぐ。


「なんで五回?」


「一回だけで取れることなんて、めったにないからよ。数回は位置調整とか障害物の排除に使うのが基本ね」


「なるほど」


 一通りの説明を終えた侑姫は、いよいよお金を入れてゲームを開始する。その顔つきは戦闘時のような真剣さがあった。声をかけたら八つ裂きにされるのでは、と思えるほどの凄みが滲み出ている。


 ゲーム如きに大袈裟すぎないかと思わないでもないが、それは言わぬが花だろう。一総には下らないことでも、彼女にとっては違うのだから。


 ピリピリとした空気の中、侑姫がアームを動かしていく。流れるようにアームが移動していき、目的の場所で降下した。どうやら、最初は進行ルート上にある別のヌイグルミを何とかするつもりらしい。あのままだと狙っている羊のヌイグルミを運ぶのに邪魔になるので、的確な判断だ。


 アームはヌイグルミの足に引っかかり、見事に横へと転がすことに成功した。これで進路上に邪魔者はない。


 二投目から四投目は本命の位置調整に使用した。あらゆるところにアームを引っかけ、運びやすい配置へと動かしていく。


 そして、運命の五回目。それまで以上に集中力を増した瞳を向けながら、侑姫はアームを降下させた。アームは羊のヌイグルミに迫り、その胴体をわし掴みにする。残るは景品の出入り口まで運び出すだけだ。


 ゆっくりと移動するアームを、固唾を呑んで見守る三人。最初こそお遊び感覚だった一総も、侑姫の雰囲気に寄せられていた。


 少しずつヌイグルミが運ばれていく。時折ガタゴトと揺れる度に、三人は息を呑んだ。


 そんな心臓に悪い数秒を経過して、ようやく──


「よし、取れたわ!」


 獲得したヌイグルミを両手で持ち上げる侑姫。とても充実感に溢れた顔だ。


 それを見守っていた他の二人も、ホッと一息を吐く。


「おめでとうございます」


「すごいテクニックだった」


「これくらい、どうってことないわよ」


 一総たちの賛辞に、侑姫は謙遜しつつも嬉しそうに答える。


「というわけで、雰囲気は掴めたと思うけど、二人も早速やってみる?」


「じゃあ、私が」


 やる気満々といった様子で、蒼生が一歩前に出た。


「どの筐体をやりたい?」


「おすすめは?」


「うーん、あれなら初心者にも手頃かしら」


「なら、それにする」


 侑姫が示した筐体へ蒼生は近寄っていく。世界的に有名な某モンスターゲームのキャラクターぬいぐるみで統一されたものだ。初心者向けと言っただけあって、ぬいぐるみの大半は掴みやすい形状をしており、運びづらい配置のものも少ない。これならば、蒼生でも獲得できるチャンスがあるだろう。


「がんばる」


 お金を投入し、意気揚々とゲーム機の操作を始める蒼生。


 しかし、


「無念」


 十数回と挑戦した彼女が、一度も景品を得ることはなかった。アームはぬいぐるみ・・・・・をかするだけ。運良く掴めたとしても、少し浮かせた時点で取り落としていた。


 この結果には、蒼生も意気消沈している。無表情ながらも、まとう雰囲気が暗くなっていた。


「えーっと、気にしないほうがいいわよ? 初めてなら、こんなもの。私も、今の実力になるまで結構お金を消費したからね……万単位で」


 とんでもない暴露話が飛び出した気がするが、突っ込まない方が良いのだろう。言った本人が若干気落ちしているし。


 身を切ったフォローのお陰で、蒼生のテンションも回復したようだ。


 すると、蒼生が一総を見る。


「かずさもやって」


 提案ではなく強制。見つめてくる瞳の力強さから、向けられた意思を読み取った。


 数ヶ月寝食を共にしたゆえに理解できることだが、彼女はぬいぐるみを取れなかったのが相当悔しかったらしい。だから、一総にリベンジをしてほしいのだ。


 練習を重ね、いつか自分で再挑戦すれば良いと思うのだが、これは蒼生なりの遠慮だろう。要観察対象として、彼女の生活費は国が一部を負担している。──が、所詮は一部、最低限の生活ができる金額でしかない。それは女学生にとってツライもので、足りない分は一総が用立てていた。ゆえに、娯楽などには無闇に使えないと蒼生は考えている。


 気を遣いすぎだと一総は思う。蒼生との共同生活は救世主セイヴァーの依頼の延長であるから給料がきちんと出ているし、一総自身も色々な業種に手を出しているので、かなり稼いでいる。クレーンゲーム程度の出費は痛くもないのだ。


 といっても、蒼生からしてみれば、何から何まで世話になっている身。我がまま、特にお金に関するものは言い出しづらいのも分かる。自分の代わりに挑戦しろと言えるだけ、以前よりも親しく図々しくなったと考えるべきか。


 珍しい蒼生の我がままに、一総は小さく笑った。


「分かった、やってみよう。でも、期待はするなよ」


「期待してる」


「人の話、聞いてるのか?」


 淡々とした蒼生の返しに、一総は苦笑い。いつもの彼女らしいといえば、らしい返事だけれども。


「何か取ってほしいものはあるか?」


「コックスがいい」


「コックスって……あれか」


 一総に欲しいぬいぐるみ・・・・・などなかったので、蒼生の所望する代物を狙うことにする。


 彼女が指定したのは、先程まで挑戦していた筐体にあるもの。火のモチーフを混ぜた子狐のキャラだ。


 蒼生と立ち位置を交代し、筐体の中を見渡す。それから、侑姫へ質問をした。


「先輩。ぬいぐるみで掴みやすい場所ってどこですか?」


「出っ張りとか、くびれてる部分ね。テクニックが必要だけど、タグなんかも狙い目よ。って、もしかして、本気で取るつもりなの?」


「はい」


 そんな無茶な、と言いたげな顔をする侑姫。


 初めてクレーンゲームをやる人間がぬいぐるみを取ると言えば、誰だって同じ反応をする。バカにしないだけ彼女は人格者だ。


 とはいえ、一総には確固たる自信があった。このゲームを操作するのは初めての体験だが、それを覆せる勝算を彼は持っていた。


 ぬいぐるみの群れを見渡し、先程までの侑姫や蒼生の操作を思い出し、いよいよ銭貨を入れる。


 右端にあるぬいぐるみの山、そこに埋もれているコックスを狙う。初回はアームの操作性の確認がてら、ぬいぐるみの山を崩すことにした。


 迷いないボタン操作により、アームはスムーズかつ的確にぬいぐるみの山へ突貫する。そして、高く積もったそれを切り崩した。コックスのぬいぐるみが綺麗に飛び出ている。次は確実に掴めるはずだ。


 間髪入れず、二回目を始める。狙っている獲物はベストポジションにあるため、苦労なく掴むことに成功した。手際良く、アームを持ち上げる。


 すると、コックスと一緒に、電気ハムスター──ビリチュウのぬいぐるみが釣れた。想定外の幸運である。


 ふたつ分の重さにアームが耐えられるか心配だったが、何とか両方とも運ぶことができた。ガコンとふたつ・・・のぬいぐるみが景品の出口から排出される。


 一仕事終えた彼は、満足そうに声を出した。


「こんなもんかな。ほら、村瀬」


「ありがとう、かずさ」


 コックスのぬいぐるみを蒼生に与えると、彼女は嬉しそうに礼を言った。胸元でぬいぐるみを抱きしめ、どちらも大きく変形している。目を向けるのに困る光景だ。


 残っているもうひとつは侑姫にあげることにした。一総が持っていても仕方がない。


「こっちは先輩にあげますね」


「え、ええ」


 何故か呆然としていた彼女だが、ぬいぐるみは素直に受け取ってもらえた。これにてミッションコンプリート。


 十分な成果を出したことに充足感を得ていると、突然侑姫が一総の両肩を掴んできた。


「何をしたの、一総!」


 どこか鬼気迫る感じで、彼女は問い詰めてくる。


 対して、一総は困惑顔だ。何を詰問されているか分からないのだ。おそらく、クレーンゲーム関連だろうが……。


 彼がそのことを問い返す前に、侑姫は詳細を口にする。


「何で初めてで景品が取れてるの? それも、いとも簡単に! 私の努力を嘲笑うようじゃない。異能使ってないでしょうね?」


「使うわけないですよ」


 激しく問い詰めてくる彼女へ、一総は押され気味に答えた。日常を是とする彼が、遊びに対して異能を行使するはずがない。


 というより、侑姫が荒れているのは、一総がクレーンゲームで素人らしからぬ腕を見せたからだったようだ。あり体に言えば、嫉妬したのだ。彼女の今まで培った努力を思うと同情もするが、言い寄ってくるのは止めてほしい。


 端然とした態度を崩さない彼を見て、侑姫は肩から手を離し、歯噛みする。


「むむっ。そうよね、一総がそんなマネするわけないわよね。でも、そうなると、素の実力で取ったってこと……それはそれで負けた気分になるわ」


 心底悔しそうな顔をする彼女に、一総は苦笑いを浮かべた。


 一総はこの結果を当然の帰結と考えている。というのも、彼は空間魔法の使い手であるため、空間把握能力が非常に長けているのだ。こういった類の代物にはめっぽう強いのである。失敗する可能性の方が低い。


「先輩って意外と負けず嫌いなんですね。普段は他人と競り合ってるところなんて見ませんが」


 知り合ってから数年、何かで張り合っている姿を見かけたことはなかった。どちらかというと調和を好む性質だと感じていたくらいだ。だから、今の彼女の悔しがりようは驚きもある。


 すると、侑姫はキョトンとした。


「勇者は大なり小なり負けず嫌いな人間でしょ。そうじゃないと生き残れないもの」


 何を当たり前のこと聞いているんだ、とでも言いたげな気配がする。どうやら、周知の事実のようなことを質問をしてしまったみたいだ。


「そうなの?」


 一総と同様に、そのことを知らなかった蒼生が首を傾ぐ。


 侑姫は腰に両手を当てた。


「そうよ。異世界の危機を救わなくちゃいけないんだもの。諦めが悪くて勝ちにこだわる強気な性格じゃないと、最後まで生き残れないわ」


「私やかずさは違う」


「もちろん、例外もあるわ。一総はその最たる例異端者だし、村瀬さんは記憶喪失だからって理由が大きいんでしょうね。でも、大体の勇者は負けず嫌いな性格を有してると思うわよ」


 言われてみれば、妙に我の強い連中が多い気がする。救世主セイヴァーの面々は改めて思慮するまでなく個性の塊。真実まみつかさも割と気が強いところがある。


 こじつけと感じる部分もあるけれど、それなりに得心できる意見だった。


 ただ、不思議なのは、


「何で、オレはそのことを知らなかったんでしょうね」


 情報網は潤沢に存在するはずだが、今の話を聞いたのは今回が初めてだ。


 それに対し、侑姫はあっけらかんと答える。


「そんなの、一総は友達が少ないからよ。勇者が負けず嫌いっていうのは、他の勇者と交流を持っていて自ずと理解することだから。わざわざ説明するなんてあり得ないわ」


「身もふたもない回答ですね……」


 侑姫の歯に絹着せぬ物言いに、一総は苦笑した。これくらいでは彼の不興を買わないと理解しているからこその発言だろうが、それにしてもハッキリ言うものだ。


 そういうわけだから、と彼女は続ける。


「次からは対戦ゲームをしましょう。このまま負けっぱなしは嫌だもの」


 一総たちが侑姫に振り回されることが確定した瞬間だった。

 

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