5.The hidden truth of the immortal

005-0-01 序幕、不穏と不満

 とある邸宅。外観の荘厳さと比べて、内装は異様なほど物が少なく、人の気配もほとんどない。唯一人影の見られる一室にて、主従と思ぼしき少女二人が話し合っていた。


「あー、イライラする」


 主人であろう少女が、数少ない家具である大きなベッドへ身を放り投げた。鮮やかな光沢を映す銀髪がハラハラと散らばる。


 しばらく布団に顔を沈めて唸っていた彼女は、おもむろに仰向けへと姿勢を変えた。


 そこで初めて見えた少女のかんばせはゾッとするほど美しい。額の広さ、頬の膨らみ、鼻の高さ、唇の大きさ、赤い瞳の輝き。どこをとっても欠点は存在せず、まるで人形の如き完璧な造形だ。スタイルも、モデルを目指せるくらい細くしなやか・・・・で、絶世の美人とたとえても何ら問題ない。


 そんな美女の名前はミュリエル・ノウル・カルムスド。カルムスド霊魔国の第二王女という肩書を持つ。


「どうして、このタイミングで戦争が始まるのよ!」


「文句を仰っても、何も変わりませんよ」


 イラ立ちを吐き出すミュリエルに声をかけたのは、彼女の傍らに控えていたメイドのムムだ。金髪をシニョンにまとめたグラマラスな女性で、銀髪の少女と並んでも見劣りしないレベルの容姿を持っている。


 ムムは感情の窺えぬ真顔で言う。


「無駄な時間を浪費するのでしたら、さっさとやることを終わらせてしまった方が有意義だと愚行いたしますが。愚痴を漏らすだけでしたら、無能でもできます」


 主人に対するものとは思えない、歯に衣着せぬ物言いだった。あまりにも直截ちょくさいすぎるそれは、決して王族相手に示して良い態度ではない。下手をすれば、物理的に首が飛ぶだろう。


 しかし、当の少女は頬を膨らませるだけ。その反応が、この二人の関係性を表していた。


 ミュリエルは上半身を起こしつつ、口を開く。


「今は英気を養ってるところなの。少し休んだら働くから、休ませてよ」


「休憩を取るのは構いませんが、愚痴を溢すのは控えた方がよろしいかと。ムムの気分がゲンナリしてしまいます」


「相変わらずハッキリ言うわね。仮にもアタシは雇主なのだけれど?」


「クビになったら、ご主人さまに泣きつくので問題ありません。むしろ、ご主人さまの元へ迎えるので、早々にクビを切ってほしいほどです」


「ぐぬぅ、それを盾にされると弱いわ。……絶対、アタシより先に彼のところへは行かせないから!」


 ビシッとムムへ指を差すミュリエル。


 対し、ムムはやれやれと溜息を吐いた。


「そこまで仰るのでしたら、手早く仕事を終わらせてください。そうすれば、より早くご主人さまの元へ赴く準備が進められるのですから」


「それは分かっているのだけれどねぇ」


 ミュリエルは肩を落とす。


「色々準備を整えてる時に戦争でしょう? 時期が悪すぎだわ。お陰でそっちの手伝いをしなくてはいけなくなったし」


「国政にも意見を出せる立場が仇になりましたね」


「本当よ。アタシのやることに口を出させないようギリギリまで国への影響力を残していたけれど、こんなことなら優先して手を引いておくんだった」


 本来、王女とはいえ、国王と王太子以外の王族が政治に関われる場面は少ない。男尊女卑の風潮が強い霊魔国では尚さらだ。


 しかし、ミュリエルは天才だった。その頭脳に並ぶ者は国内に五人とおらず、そのお陰で国営に口を出せたし、成人(十五歳)と同時に嫁へ出されるところを十七歳まで引っ張れている。それは想い人がいる身としては、ありがたいことだった。


 その重要な看板も目的のために手放そうとしていたのだが、些か行動が遅かったらしい。辞表を出す前に重大案件が舞い込んでしまったのだ。


 どうしたら素早く片づけられるだろうか。様々な想定を頭に浮かべつつ、うんうんと唸るミュリエル。


 そこへムムが口を挟む。


「お嬢さまは今回の戦争をどうご覧になっておいでですか? 以前はキナ臭いと仰っておりましたが、その意見に変わりはありませんか?」


 いつになく真剣な面持ちの彼女に対し、ミュリエルは腕を組んで真面目に答える。


「変わらないね。戦争はいつものことだけれど、今回は例年と異なる点が多いわ。相手が本気になったとか、そういう次元ではない事態が起こる気がする」


 彼女たちが属する霊魔国と隣国のバァカホ王国は長年の仇敵だ。小競り合いは絶えず、戦争だって何度も起こしている。直近の戦争はたった一年前だ。


 ところが、今回の戦は異例がいくつも発生している。


 まず、敵の侵攻速度が尋常ではない。戦端を開いて半月にも関わらず、国境付近──国土の二割の土地が制圧されてしまった。あまりにも苛烈な攻撃は、これまでの王国とは思えないものだった。


 次に兵士の質。前述した侵攻速度にも関係する話だが、王国兵の強さがあからさまに上がっていた。特に将軍クラスの者は、文字通り一騎当千の力を有している。去年の戦では見られなかった戦力なので、ここ一年で強化されたことになるが……到底一年や二年でできる成長ではない。


 最後、もっとも異例とも言えるのは勇者が召喚されたこと。王国曰く、「霊魔国の人外どもを根絶するために神が遣わしてくださった」らしいが、それはあり得ない。彼──かつての勇者によれば、勇者とは世界崩壊の危機に呼び出されるもの。であれば、今まで存在を許されてきた上に、彼によって正された霊魔国が滅ぼされる道理はない。何か別の危機が迫っていることになる。


 もっと細かい箇所はあるが、大まかな要因は以上の三点。ゆえに、この度の戦争は普通では終わらないと踏んでいた。


 さすがに、何が起こるか不明瞭な状況で故郷を放り出すわけにはいかず、仕事を投げ捨ててでも彼の元へ向かう準備を進めるといった行為は謹んでいる。だが、何とももどかしい状況なのには変わらない。


 ミュリエルの説明を一通り聞いたムムは「なるほど」と頷く。それから、少女にとって聞き逃せないセリフを口にした。


「そういうことなら、ご主人さまをお呼び出ししたのは、間違った判断ではありませんでしたね」


「はい?」


 一瞬、目の前の女性が何を言ったのか理解できず、口を開けてフリーズするミュリエル。


 しかし、言葉は徐々に頭へ浸透していき、たっぷり一分をかけて意味を把握した。


 彼女は赤い瞳が溢れそうになるほど見開き、その場から勢い良く立ち上がる。


「ふぁああああああああ!?!? な、なななな何ですって! か、かか彼を呼んだの? この世界へ??」


 声は激しく震え、ミュリエルは人前には見せられぬ表情をしていた。驚愕、困惑、歓喜、恋慕、悲哀、後悔、羞恥といった様々な感情が入り混じった顔だった。


 おまけに、感情が昂ったせいで声に霊力が乗ったのか、部屋中に突風が吹き荒れる。吹き飛ぶ物が少ないのは幸いだったが、窓ガラスは容赦なく割れた。


 荒れる室内。自身の金糸が乱れ舞っても、ムムは涼しい顔のままだ。


「ええ、ムムたち姉妹が繋ぐ使い魔のパスを使ってお知らせしました。ご返答は頂いておりませんが、おそらく近いうちにお見えになるでしょう」


 淡々とした語りを聞き、ミュリエルはますます狼狽うろたえる。自分が起こした被害など気にも留めず、あわあわと部屋中を歩き回り始めた。


「ど、どどどどどどどどうしよう。あ、アタアタシ、何の準備もしししていないわ。か、彼が来るなら、歓待の準備くらいしておかないと。いいえ、ままま待って! い、今のアタシは、彼の前に出ても恥ずかしくない格好かしら? あ、あああああ、ダメよ。これじゃあ、ダメ。おめかししないとマズイわ。服装だって、相応しいものを用意しないと……。他にも色々やることがあるわ。今から間に合う? いいえ、間に合わせないと。それなら手配を──」


 ブツブツと呟き、一人の世界に入ってしまうミュリエル。その迫力は恐ろしく、気軽に声をかけられる様子ではなかった。


 ムムも彼女が聞く耳持たないことを察し、溜息をつきながら経過を見守る。


 ミュリエルが我を忘れてからしばらく。未だに彼女は落ち着きを取り戻していないが、そのようなことなど関係なしに部屋のドアがノックされた。


 ここを訪れる者は限られている。ムムは誰何もせず、入室を促した。


「失礼しますッス!」


 元気の良い声と共に現れたのはメイド服に身を包んだ女性で、ムムの予想通りの人物だった。


 彼女はムムの双子の姉であるミミ。瓜二つの顔と体型をしており、異なるのはミディアムショートの髪と快活そうな雰囲気くらいだろう。


 ちなみに、荒れ果てた部屋やミュリエルの奇行を目にしても、ミミは驚かない。度々起こる慣れた光景だからだ。


「どうしたのですか、姉さん」


 いつも以上に笑顔が輝くミミに、ムムが怪訝に問う。


 すると、ミミは待っていましたと言わんばかりに口を開いた。


「さっき、膨大な霊力が国境付近で観測されたって報告があったんッス。ついに来たんスよ、ご主人さまが!」


 彼女の言葉は、部屋の空気を一変させるのに十分な威力を含んでいた。

 

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