003-1-02 続報とフラグ

 波渋はしぶ学園の一角にある会議室で救世主会議セイヴァー・テーブルが開かれていた。


 一総かずさを含めた五人の救世主セイヴァーと暫定的に救世主の席を与えられている蒼生あおい、政府の役員である中年男性という従来通りの面子に加え、二人の人物が顔を見せていた。


 一人は少女だ。ポニーテールの黒髪と切れ長な瞳、百七十あるだろう高身長と均整の取れた肉体は美しく、凛とした雰囲気が発せられている。彼女の名前は桐ケ谷きりがや侑姫ゆきと言い、この地の風紀委員長を務めている。救世主に最も近い者と目される実力者だ。


 もう一人はガタイの良い生真面目そうな男性。刑事であり、今回の会議に警察代表として出向したようだ。


 そんなメンバーが集められた理由は、今回の議題にあった。


 救世主の一人、師子王ししおう勇気ゆうきは眉間にシワを寄せて口を開く。


「テロに関する追加情報はナシですか……」


 テロというのは、この間の左坏祭さつきさいにてエヴァンズ兄妹が起こした『空間遮断装置アーティファクト』強奪事件のことを指している。そう、今話し合われていることは、先日の事件に関わるものだった。


 というのも、あの事件は日本アヴァロンに留まる事態ではなかったのだ。


 政府役員が勇気に言葉に応える。


「はい。エヴァンズ兄妹はもちろんのこと、他のアヴァロンで強奪を行った犯人も捕まえられておらず、情報は一切得られていません。唯一、アメリカは犯人を捕獲できたようですが、どうにも捕獲を行ったのが手加減知らずの者らしく、尋問する暇もなく死亡してしまったようです」


 死亡してしまったのなら捕獲したとは言えないのではないだろうか。そのような疑問が浮かぶが、それを口に出せる空気ではない。


 役員の話から分かる通り、前回の事件は同時多発テロだったのだ。世界にある七つのアヴァロンが同日同時刻に襲われ、日本とアメリカ以外の五つの『空間遮断装置』が盗まれてしまった。


 これは前代未聞の、未曽有の危機だった。


 『空間遮断装置』は様々な研究に使われているが、その中でも重要な使用方法は異能犯罪者――魔王を捕縛すること。それが盗まれてしまえば、世界が大混乱することは必至の状況なのだ。だからこそ、『空間遮断装置』が盗難にあったことは世間一般には伏せられている。それを知るのはこの場にいるメンバーと一部組織の上層部のみ。


 逸早く事態を収束させなくてはならないのだが、如何せんテロ組織の情報が皆無。各国は焦りを募らせていた。


 重苦しい空気が蔓延する中、救世主の青年が言う。


「で、今回は何のために集まったんだよ? まさか、何の成果も得られませんでしたーって報告するためだけじゃねーだろうな?」


「いいえ、それだけではありません。まぁ、それに関わることではありますが」


 若干苛立ちを見せる彼に応えたのは、やはり政府役員の男だった。


「今回の事態を受けまして、他六つのアヴァロンの代表者が我が国へ集まり、緊急会議が開かれることが決定致しました。実施日はちょうど一週間後で、各国の代表と護衛の救世主が訪れる予定です。あなた方には当日の警備をお願いしたい」


「他国の救世主が来訪する以上、我々が出張るしかないというわけか」


 得心がいったと頷くのは三十路の救世主。その鋭い眼光は、どこか笑っているように見えた。彼が戦闘狂であることは周知の事実であるため、ツッコミを入れるものはいない。


 役員は続ける。


「その通りです。会議に出席する代表の護衛に一人、会場の警備に二人を必要としています。後者は風紀委員や警察との連携が必要になるので、当日までに何度か話し合いが必要だと思われますね」


「だから、余計な二人がいるってわけ」


 少し棘のある発言を女性救世主がしたが、当の侑姫や刑事が気にする様子はない。むしろ、突っかかってきたのは、全然関係ない勇気だった。


「その言い方は失礼だろう」


「あら、『勇者ブレイヴ』には関係ないでしょ?」


「暴言を注意するのに、関係の有無は必要ない」


「相変わらず正義感の強いことで」


 二人が睨み合い、ピリピリとした空気が発生する。実力者のそれは一種の圧力を生み、この中で力の劣る政府役員や刑事、侑姫は苦しそうに表情をしかめた。


 他の救世主はどこ吹く風と傍観していたが、さすがに話が進まないのは勘弁してほしいので、一総は仕方なく口を挟む。


「二人とも、このままだと日が暮れても会議が終わらないぞ」


「ふん」


「す、すみません」


 その一言で周囲の状況に気づいたのか、二人は瞬時に圧力を消し去った。


 それから一呼吸整え、役員の男が口を開く。


「それでは、いつも通り依頼を受けてくださる方を募集したいと思います。引き受けても良いという方は挙手をお願いします」


 真っ先に手を挙げたのは二人。正義感の強い勇気と戦闘狂の三十路救世主だ。この辺りは想像通りの結果だろう。前者は言わずもがな、戦闘狂の方は他国の救世主の顔を拝みたいといったところか。


 枠はあとひとつあるのだが、残る三人が挙手する気配は見られない。


 先程からチラチラと侑姫が一総へ視線を送っているが、彼は無視を決め込む。蒼生までジッとこちらを見ているが、知ったことではない。左坏祭では強制的に手伝わされたが、積極的に面倒ごとへ首を突っ込むなどしないのだ。


 それに――


「真実の勉強を見なくちゃなんないから、警護の仕事なんて受ける暇ないぞ」


 蒼生に向けて、小声で呟く。


 すると、彼女はハッとした表情を見せ、視線を向けてくるのを止めた。真実の現状の学力からして、テスト当日まで面倒を見続けなくてはいけないことに気がついたようだ。同居人は物分かりが良くて何よりである。


 反面、侑姫は恨みがましく視線を向け続けていたが、最後まで一総がそれに答えることはなかった。


 しばらくして、役員が話を進める。


「立候補者はこれ以上いないようなので、こちらから指名させていただきますね。では、北条さん、お願いできますか?」


「はぁ!? なんで私なのよ」


 彼が呼んだのは女救世主だった。


「ここ半年、依頼をひとつも受けていないからですよ」


「うっ」


 役員の返しに、彼女は言葉を詰まらせる。


 その反応も仕方のないことだ。救世主は国から様々な優遇措置を受けていて、その代わりに政府の依頼を受ける義務があるのだ。依頼を受けるか受けないかは自由意思だが、半年も何もしていないのは問題だ。それに、今回は警護依頼。拒絶するほどのものでもない。


 女性救世主――北条は、不承不承ながらも頷いた。


「分かった。その依頼、受けるわよ」


「ありがとうございます。それでは依頼を引き受けてくださった三人以外は解散してもらって大丈夫です。お疲れ様でした」


 そうして、救世主会議は滞りなく終了した。






「警護、引き受けなくて良かったの?」


 会議が終わり、教室へ戻る道中。隣を歩く蒼生から、そのようなことを問われた。


 一総は肩を竦める。


「そんな暇はないって分かってるだろう? 真実へ勉強を教えるので手一杯さ」


「分かってる。でも、敵は世界中で活動するテロ組織」


「あー、そういうことか」


 彼女はこう言いたいのだろう。七つのアヴァロンを同時に攻撃できるほどの戦力を持つ敵なのだから、万全を期した方が良いのではないかと。


 蒼生の不安は間違っていない。テロ組織『三千世界』が総力を決することができるのであれば、一総が出張らなければ重大な被害を受けるに違いなかった。


 しかし、絶対にそうはならない。


 彼は周囲に誰もいないことを異能で確認しつつ、答えを提示する。


「『三千世界』のメンバーは残り二人しか存在しないから、師子王や各国の救世主がいれば問題ない」


「……どういう、こと?」


 発言の意味が理解できなかったのか、蒼生は首を傾いだ。ポカーンと口を半開きにする彼女の表情は、なかなかに可愛い。


 一総は苦笑する。


「エヴァンズの記憶を読み取ったことは説明しただろう? 敵の潜伏場所やメンバーの素性はほとんど把握していたんだ。だから、少し前に全部潰した」


 敵の情報を得ておいて、何もしないわけがない。先手必勝で、文字通り全員消しておいたのだ。アジトだった無人島も、跡形もなく吹っ飛ばしている。


「ただ、リーダーとイギリスを襲ったと思しき奴の素性はエヴァンズも知らなかったみたいで、見つけられなかったんだ。というわけで、襲ってきたとしても二人ってわけさ」


 エヴァンズ兄妹の実力を見るからに、『三千世界』の上位陣であろう二人の力量は勇気を超えるだろう。だが、当日は数多くの救世主が結集しているのだ。そうそう不味い事態にはなるまい。


 あっけらかんと言う一総に対し、蒼生は珍しく頬を引きつらせる。


「さすがはかずさ・・・。規格外」


「そんなわけで、今回はオレの出番はないさ」


「ちょっとフラグくさい」


「やめろよ。それこそフラグっぽいぞ」


 前よりも気さくな会話をする二人。秘密を話してから距離が狭まったのは明らかだった。こういった友人らしいやり取りが、照れくさく感じつつも楽しかった。




 しかし、この時のフラグが、すぐさま回収されることになるとは一総は夢にも思わなかった。

 

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