007-5-04 最強vs滅世

 ミュリエルとミシェルが激突していた頃、一総かずさ蒼生あおいの戦いの火蓋も切られていた。


 真っ先に動いたのは、意外にも一総の方だった。彼は最初に、その大半の力を注いで周囲に結界を展開したのだ。


 理由は明白、世界を滅ぼさないため。蒼生の主力は滅世めっせい異能だと分かっているがゆえに、この処置は必要不可欠だった。


 敵の後始末を一総が行う必要は皆無なのだが、蒼生は滅世異能に耐え切る結界など扱えず、『始まりの勇者』も動く気がまったくない以上は仕方のないことだった。


 案の定、蒼生はためらいなく滅世異能を発動する。こちらに片手を向け一言。


「【解放の光アトミック・フレア】」


 刹那、一総の背筋が凍った。襲いくる危機に反応し、【転移】でその場から離脱した。


 防ぐでもなく、体捌たいさばきで避けるでもなく、空間魔法による回避。蒼生との距離が開いている現状では、大袈裟な対応に映るだろう。だが、この直感に任せた判断は、非常に適したものだった。


 門を挟んだ対角線上に移動した一総は、けたたましい落雷のような音を耳にする。


 見れば、先程まで立っていた場所に、裸眼で見たら失明しそうなレベルの光源が顕現していた。


 球体を象るそれは、バチバチと稲光を弾きながら、ゆっくりと拡大していっている。光に飲まれた部分はことごとく消滅し、飲まれていない周囲も余波によって半壊していた。


 一総が転移したことに気づいた蒼生は、すぐさま手を払う。それに合わせ、光も跡形もなく消え去った。


 チリひとつ残っていない攻撃箇所を見て、一総は眉を寄せる。


「錬金術?」


 光に飲まれていた部分は、まるで錬金術で分解されたように、綺麗な切り口になっていた。


 彼は小声で呟いたが、蒼生は耳聡く反応を示す。


「おしい。アプローチは似てる術」


 彼女はそう言いながら、再び【解放の光】を放ってきた。


 当然、一総も再度【転移】を発動する。


 二度目撃したことや先の蒼生のセリフにより、何となく【解放の光】の概要が理解できてきた。


 この術の根幹は念動力サイコキネシスだ。超自然的な力で物質の分子構造に介入し、無理やり分解現象を引き起こしている。無理やりなものだから錬成術より荒い処理だし、余波で周囲が傷つくのだ。何とも精度のお粗末な術だと思う。


 しかし同時に、滅世異能にカウントされるのも納得した。念動力で分子構造に影響を与えるなど普通の出力では不可能な上、この【解放の光】とやらはセミオートの術だ。行使者が止めるまで術は発動しっぱなしで、その威力と範囲を際限なく拡大していく。つまり、一度でも発動してしまえば、それだけで世界滅亡待ったなしだ。


 見た限り、【解放の光】を行使者以外が止めるには、【次元魔法】レベルの代物が必要だろう。ほとんどの人間には実現できない。


 とはいえ、肝心の一総は不可能側の立場ではなかった。


「【解放の光】」


「【離絶】」


 三度目の攻撃が繰り出される瞬間、一総は自身の異能を発動した。それは高次元を操る術。あらゆる異能の効果を剥ぎ取るものだった。


 滅世異能も例外ではなく、その効力が発揮される前に無効化されてしまう。


 自分の異能が不発に終わり、蒼生は僅かに眉をしかめた。


 だが、彼女はまだ諦めていない。こちらが攻める隙を与えず、次なる攻撃を放つ。


「【神の息吹ゴッド・ブレス】」


 掲げていた手を握り締め、祈るように発動句コマンドを呟いた。


 途端、蒼生を中心に、世界のすべてを塗り潰さんとばかりの極光が発生する。【解放の光】とは異なる、目のくらむほどの光が、ものすごい勢いで迫りくる。


 今回の攻撃は研究エリア全部を包む範囲攻撃のため、【転移】で回避することは叶わない。よって、一総は別の回避手段を選択をした。


「【位相転置】」


 彼の姿が半透明になる。


 これは、対象のいる次元を僅かにずらす次元魔法。ラジオのチャンネルが微妙にずれている状態、とたとえるのが的確だろうか。


 そのお陰で、一総は【神の息吹】の効果範囲から逃れることに成功した。


 といっても、完全には回避できなかったようだ。指定対象への追尾機能でもあったのか、微かにではあるが、彼へ攻撃が届いていた。光の残滓が肌に触れ、自分の中の何かを削られた感覚を覚える。


 一総は光を振り払い、元の位相へ戻る。【神の息吹】の効果時間は終了していたため、もう影響を受ける心配はなかった。


 ただ、休む時間はない。彼が帰還する度に、蒼生は【神の息吹】を繰り出す。そして、回避し切れずに内の何かを削られる。


(これは間違いないな)


 三度、その身に攻撃を受けた結果、一総は【神の息吹】の本質を見抜いた。


 この術は、対象の欲望を消すという効果だ。しかも、欲望であれば見境なく消し飛ばす類。食べたい、眠りたいといった、生きるのに必要な欲求も消す。対生物特攻みたいな異能だった。


 加えて、次元魔法でも避け切れないのが厄介極まりない。ただでさえ、周囲の結界の維持に多大なコストを割いているのに、どんどん体力を減らされていく。このままだとジリ貧だった。


「ためらってはいられない、か」


 一総は口内で言葉を転がす。


 戦う前に蒼生へ覚悟を問うたが、実は彼の方こそ覚悟し切れていなかった。心のどこかで、蒼生を無傷で制圧しようという甘えがあった。自分の方が圧倒的強者であると、傲慢に考えていたゆえに。


 ところが、前提は崩れ去った。蒼生の使う滅世異能は、彼でも完璧に対応できない代物。まだ五の異能が控えている現状、もはや圧勝はあり得ない。


 門によって刻々と世界が塗り潰されている。『始まりの勇者』を相手にすることを想定すると、すでに遊んでいられる時間は残されていなかった。


 この一年の生活を反芻はんすうし、世界の危機を考慮し、一総は苦い表情で歯噛みする。それから、彼は蒼生を見据えた。


 その瞳は未だ迷いに揺れている。結論はハッキリしているが、彼の天秤はグラグラと拮抗していた。


 それでも、事態は停滞を許してくれない。どれほど迷い、傷つき、折れようとも、前へ進むことを強要してくる。


 四度目の【神の息吹】を同様にやりすごし、五度目が撃たれる直前、一総は飛び出した。彼女の懐中を目指して真っすぐに。


 ここに来て、ようやく一総が攻勢に出た瞬間だった。


 蒼生は目を見開きつつも、【神の息吹】を続行する。


 しかし、かの光が周囲一帯を満たすことはなかった。何故なら、彼女の周りを結界が覆っていたため、それ以上は光が拡散しなかったのだ。


 ただの結界ではない。【離絶】と【位相転置】と【遮断】、三つの次元魔法のかけ合わせ。それを以って、やっと滅世異能を押し留められた。ギチギチときしむ結界の様子は冷汗ものである。


 結界内を埋め尽くす光が消える頃には、一総は蒼生の腹の内まで接近していた。結界を解き、拳を握り締め、彼女の鳩尾に向けてストレートを放つ。


 直前まで光に包まれていたせいで視界が不明瞭だった蒼生からしてみれば、完全に不意の攻撃だっただろう。並の実力だったら、クリーンヒット間違いなしの一撃だった。


 だが、蒼生は並の実力者ではない。こと格闘戦に至っては、一総自身が稽古を施した強者だ。


 彼女の対応は早い。攻撃をできるだけ急所から避けようと重心を後ろに下げ、それでも足りない部分は足でカバーした。膝を曲げ、攻撃線状に割り込ませる。


 この一撃は防がれるだろう。でも、衝撃で姿勢は崩せる。そこから格闘戦にもつれ込ませれば、滅世異能は牽制できるはずだ。


 あの異能の唯一の弱点は、発動に若干の集中力が必要なところ。高度な近接格闘戦の最中さなかに放てられる代物ではない。


 そういった思惑を胸中に秘め、撃ち出した拳に多量のエネルギーを注ぎ込む。そうして、とうとう一総の拳と蒼生の脚が衝突────しなかった。


「なっ!?」


「……」


 一総は瞠目どうもくし、蒼生は悲しげに目を伏せる。


 二人の間には無色透明の障壁が存在し、それが彼の攻撃を受け止めていた。


 『始まりの勇者』が手を貸したのかとも考えたが、即座に否定する。何せ、目前の障壁の術式に見覚えがあったから。


 障壁の正体は、一総が彼女へ与えた異能具の能力だった。かの自動防御は堅牢で、たとえ一総最強の一撃といえど、三秒程度は耐えられる。皮肉にも、設計者の身をもって、異能具の優秀さを証明してしまった。


 何故、異能具を持っているのか。事前に未所持であることを確認していた彼は、そのような疑問を焦りとともに浮かべる。


 しかし、解答は得られない。一総は、蒼生へ反撃の隙を与えてしまったのだ。


「【停止世界ロンリー・ワールド】」


 無情に響く声。


 その瞬間、一総の体は凍りついた。否、彼だけではなく、世界のすべてが凍っていた。


 万物の熱運動を操作し、固定する。それが滅世異能【停止世界】の効果。【時間停止クロック・キープ】とは異なる原理の停止能力だった。


 本来なら思考さえも凍結するのだが、そこまでは影響を受けていない辺り、一総さまさまと言えよう。現状の慰めには全くならないけれど。


 ピクリともしない体を必死に動かそうとしながら、一総は距離を取る蒼生を見る。


 蒼生はある程度の距離を作ると、こちらへ向き直った。それから、トドメを刺すための右手を掲げる。


「さようなら、かずさ」


 そう囁く彼女は大粒の涙を流していた。いつもの無表情とは違う、大きく崩れた泣き顔。彼女が初めて見せる、大きな感情の変化。


 そして、【停止世界】の影響により、溢れ落ちる水滴は瞬く間に凍りつき、氷片となって宙を舞った。


 幻想的なその光景に、場違いながらも目を奪われ、一総は力を抜いてしまった。


(こんな時に泣くなよ。そんなの見たら──)


「【解放の光】」


 考えがまとまる暇なく、一総の視界はまばゆい・・・・破滅の光に包まれた。

 

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