002-1-03 顔合わせ

 アヴァロン島は中央へ近づくほど政治関係や重要施設が増えていく。必然、華やかな店舗が連なる外縁部とは異なり、中心部には無骨なオフィスビルが数多く建っていた。


 風紀委員本部もその灰色郡の中にある、何てことのない十階建てのビルだ。


 本部に到着した一総かずさたち一行は、風紀委員たちとの顔合わせということで第一会議室にいた。大人数での議会を想定された広々とした部屋に、一総たちや風紀委員など多くの者が詰めている。


「というわけで、左坏祭さつきさいでは救世主セイヴァーの伊藤一総くんと村瀬むらせ蒼生あおいさんが協力してくれるわ。みんな、留意しておいてね。期間限定かもしれないけど、新たな仲間を歓迎しましょう、はい拍手!」


 集団の前に立つのは一総、蒼生、侑姫の三人。


 侑姫が風紀委員たちへの簡単な紹介を終えると、彼らは手を叩いた。


 この光景には一総も感心する。


 一総は救世主だというのに実力が不足していると、周囲から侮られている人間だ。だから、歓迎などされないと考えていたのだが、目前の風紀委員たちは嫌な顔を一切見せていない。人格面でも厳しく精査されているとは知っていたが、この結果は想像以上だった。


 侑姫は続ける。


「二人は他のチームとは別で、四人一組フォーマンセルで行動してもらう予定よ。今日は顔合わせだけだけれど、次からは仕事を教えていくから、何か質問されたら答えてあげるように。では、解散! 事前に残るよう言っておいた人以外は仕事に戻りなさい」


 彼女が説明を終えると、風紀委員たちはテキパキと会議室を後にしていった。残った仕事に戻ったようだ。


「思ったよりアッサリ終わりましたね。わざわざ人を集めたから、もう少し時間がかかると思ってましたが」


 一総が口にする。


 すると、侑姫は「うーん」と悩ましげな声を漏らした。彼女は難しい表情で答える。


「多少は質疑応答を受けつけても良かったんだけど、今の時期は左坏祭関連で忙しいから時間が惜しいのよ。今だって各校の代表や要職しか集まってもらわなかったし」


「三十人くらいいたのに?」


 少し衝撃を受けたように、蒼生が言葉を溢す。


 島中を警邏することもある風紀委員。組織規模が小さくては手が回らないのだ。とはいえ、厳重な審査があるため、何百人と人員がいるわけでもないのだが。


「委員長、お待たせしました」


 ふと、男の声がかかる。


 詰めていた風紀委員たちが全員退室した頃、三人の前には男女一人ずつが立っていた。


 少年はサッパリとした短い黒髪に人懐っこそうな柔らかい顔立ち、反して体つきは近接格闘を得手としているのが分かる筋肉の引き締まったもの。快活な性格が見て取れる。


 少女の方はセミロングの黒髪に対比して目立つ白い肌、おっとりした垂れ目、ほど良くついた肉づきから、温和な気質でインドアな趣味を持っていると推察できた。


 二人に共通して言えることは、蒼生や侑姫レベルとは言わずとも容姿が整っていることと、一総へ向ける目に敬意が含まれていることか。


 後者について、一総は嫌な予感を覚えた。微かに眉を揺らす。


 侑姫が二人へ言葉を返した。


「お疲れ様、涼太りょうた凉子りょうこ。二人とも仕事が残ってるのに、わざわざごめんなさいね」


「いいえ、こちらも立派な仕事ですので。それに、今回の仕事は私たちにとって光栄なことです」


「そう言ってもらえるなら、任せた側としてはありがたいわ」


 穏やかな印象とは異なり、真面目なことを言う凉子と呼ばれた少女。


 一連の流れから、一総は二人がどう関わってくるのかを何となく察した。


 彼は尋ねる。


「先輩。彼らは?」


「二人とも、先日風紀委員に本採用された新人くんよ。ほら、自己紹介して」


 侑姫が促すと、少年少女はビシリと気をつけの体勢を取った。


「初めまして! 一年フォース所属、加賀かが涼太と言います! よろしくお願いします!」


「同じく一年フォースの佐賀さが凉子です。よろしくお願いします、伊藤先輩、村瀬先輩」


 加賀は大きな声で溌剌と、佐賀は芯のしっかりした声で名乗った。一総たちも「よろしく」と頷く。


 侑姫は「二人とも幼馴染で恋人なんだって」なんて蛇足を挟みつつ、説明を始めた。


「二人を紹介したのは他でもない、左坏祭で一総たちと組んでもらうからよ。ここにいる四人で仕事してちょうだい」


「やっぱりか」


 一総は溜息混じりに呟く。


 同時に、侑姫がどういう魂胆で加賀たちを人選したのかも理解した。


 恨みがましい視線を彼女の方へと向ける。


「謀りましたね、先輩」


「何のことやら」


 しかし、当の侑姫は柳に風といった体だ。


 彼女が新人の二人を選んだのは、経験を積ませるためだろう。強者一総と共に行動をすれば良い刺激になる上、蒼生の護衛も同時にこなすとなれば、経験値が飛躍的に向上するとでも考えたに違いない。


 効果的な訓練となるだろうが、それの監督を任される身としては堪ったものではない。第一、自分を強者と認めたことは一度もないし、蒼生に目をかけなくてはいけないというのに。


「なんかすみません」


 眉間にシワを寄せる一総を見て、加賀が申し訳なさそうに頭を下げる。佐賀も同様だ。


 そんな二人に対し、一総は手を振って否定する。


「二人が悪いわけじゃないんだから、頭を上げてくれ」


「そうそう」


「先輩は黙っててください」


 調子に乗る侑姫に注意しつつ、思考を回す。


 本当に彼らは何も悪くないのだ。人選は侑姫の責任で、そのような人選をせざるを得なかった原因は一総にあるのだから。


「二人は、島でのオレの評判は知ってるだろう?」


「えっ……はい」


「はい、知ってます……」


 バツが悪そうに答える加賀と佐賀。


 一総は続ける。


「ああ、責めてるわけじゃない。ただの確認だ。知っての通り、オレは大半の島民から侮られてる。そういう者は当然ながら風紀委員の中にもいるだろう」


 先程の顔合わせの際には誰一人として態度に出していなかったが、それは彼ら風紀委員のモラルが高かったからだ。あとは侑姫の人望か。心の底でどう思っているかは分からない。


「ベテランの風紀委員――同学年や先輩とオレが組むとしよう。警邏中に何か事件が起こったとして、オレと意見が割れたらどうなる?」


「「あっ」」


 二人は一総の言わんとしていることに気がついたようだ。


 侑姫が顔をしかめながら答える。


「最悪、チームが分裂するでしょうね。『自分より弱いやつの言うことになんか従えるか!』って。うちは良い子ばっかりだから、実際そうなるとは思いたくはないけれど、完全に否定はできない。可能性は少しでも潰しておきたいのよ」


「だから、俺たちなんですか」


「そうよ。新人なら下手にプライドは高くないでしょうし、加えて二人とも一総を尊敬してる。人選として百点満点ね」


 侑姫は満足そうに首肯した。


 一総は息を吐く。


「そこまでの面倒な手間をかけるくらいなら、オレを指名しなければいいんですよ。師子王ししおうなら喜んで引き受けたでしょ」


 師子王勇気ゆうき。世界一の召喚回数を誇る最強の『勇者ブレイヴ』であれば、その正義感の高さから風紀委員を引き受けることは間違いない。人望も、一総と比べ物にならないほど厚い。


 苦言を呈す彼に対し、侑姫はあっけらかんと言う。


「えっ、嫌だけど。私は一総を風紀委員にしたいのよ」


「公私混同な発言を真顔で言うのは止めてくださいよ……」


「……職権乱用?」


 頭痛を感じていると、蒼生が的確に指摘を入れてきた。今まで黙していたが、話はちゃんと聞いていたようだ。


 これには侑姫も言葉を詰まらせる。新人の二人も苦笑い。


 侑姫は慌てたように口を開く。


「と、とにかく! 一総は涼太と凉子のことをよろしくね。二人はあなたに敬意を払ってるから、チームが瓦解するなんてことはないはずよ」


「はい、先輩の指示に従います!」


「何でもおっしゃってください!」


 気合を入れる新人たち。


 ここまで無視してきたが、どうして彼らは一総のことを尊敬しているのだろうか。島中に流れる噂を聞いていれば、こういった反応をすることはないのだが。あるとすれば、侑姫が何かをしたのか……。


「先輩、何か吹き込みました?」


 ジトーと疑わしげな瞳を向けると、彼女は首を横に振る。


「私は何もしてないわよ。涼太たちが自力で気がついただけ」


「自力で、とは?」


「えっと、私たちが中学の時に救世主の方々を調べる機会があったんです」


 一総が首を傾ぐと、佐賀が説明を始めた。


「調べてる中、奇妙なことに気がついたんです。いくらなんでも悪い噂が多すぎるって。だって、世界二位の召喚数ですよ? 弱い異能しか見せていなくても、十回も世界を救ってきているんです。『脅威が低い異世界だったから帰還が早かった』なんて意見もありますが、どんな異世界でも勇者召喚が行われる以上は滅亡に危機に立たされてる。簡単にこなせるわけがないです。それは勇者自身が理解しているはずなのに、そういった意見が表立つことがない……。調べれば調べるほど、伊藤先輩に関する噂は違和感まみれでした」


 加賀が次ぐ。


「そこで俺たちは仮説を立てました。噂は意図的に流されているもので、先輩自身も実力を隠しているんじゃないかって」


「経緯は分かったが、それがどうして尊敬に繋がるんだ?」


 二人のように噂を鵜呑みにしない者は一定数いる。だから、それ自体に驚きはないのだが、敬意を持つことになるのは珍しかった。


 すると、加賀が拳を握りしめ、ぐっと身を乗り出す。


「だって、カッコイイじゃないですか!」


「は?」


 突然の発言に、一総は呆けてしまう。


 彼のことなどお構いなしに、加賀は続ける。


「本当は実力があるのに、世間一般にはひた隠しにする。漫画のヒーローみたいで、めちゃくちゃカッコイイと思ったんです! 憧れます!」


「ああ、そういう……」


 キラキラ瞳を輝かせる彼を見て、苦笑を溢す一総。


 佐賀が補足する。


「涼太くんの言う通りでもありますが、実力を隠すこと自体が勇者にとって難しいですからね。そんな技術を扱っていることも尊敬に値します」


 大きい力を隠蔽することは、なかなかに骨の折れる行為だ。ふとした拍子に異能を使ってしまうことは勇者にとって度々起こることなのだ。


 なるほど、と一総は頷く。


 ここまでハッキリと敬意を表していれば、問題が発生する可能性は低いと判断して良いだろう。侑姫の判断は正しく思えた。


 ただ、ひとつだけ言っておかなければいけないことがある。


「二人がオレをどう思ってるかは理解した。でも、言っておくが、オレは二人が尊敬するほど強くもすごくもないからな?」


「分かってますって、先輩」


「はい、先輩はそこまで強くないんですよね」


 加賀と佐賀は、如何にも「そういうことにしておきます」といった風に答えた。


 この返事は予測できていたことだ。実力を隠しているという前提でそんなことを言われれば、誰だって同じ反応をするだろう。


 とはいえ、これは必要なことなのだ。本人が一度も認めていないのは、いざという時に説得力を持たせるのだから。


 尊敬という名の熱い眼差しを向けてくる二人を視界に収め、一総は心の中で溜息をく。


 風紀委員の依頼は、想定以上に厄介な役回りとなりそうだった。

 

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