003-2-09 幕間、魔王たちの話し合い

 要人が多数宿泊する高級ホテルの一室。そこに三人の人物が集っていた。アルテロと『三千世界』の残党の二人である。


 アルテロはソファに深く腰を下ろし、苛立たしげに声を張った。


「何で止めたんだよ。あのままやってれば、ヒーローかぶれの勘違いヤロー共を殲滅できたのに」


 対面で姿勢よく座る初老の男――『三千世界』のリーダーであるスペードは紅茶を口に含みつつ、悠然と答える。


「現時点で救世主セイヴァーを殺すのは得策ではありません。米国はこの数年で力をつけてきた精鋭のため、事実を揉み消すのも容易ではないのです。ただでさえ、謎の急襲によって組織は壊滅的なダメージを負ってしまった。今はできる限り穏便に済ませるべきなのですよ」


「どうせ後で殺すのに」


「タイミングというのは大切です」


「ふん」


 スペードの諭すような言葉に、アルテロは不機嫌そうにそっぽを向いた。


 内心で溜息を吐くスペード。


 我がまますぎて使いにくい手駒など、早々に切り捨てたかった。しかし、目の前の少年は、その選択を破棄させるほどの力を有している。少なくとも、組織のメンバーのほとんどが消されてしまった現状では手放せるわけがなかった。


 ようやく目的のために動き出したというのに、思うように進まないどころか後退している始末。エヴァンズ兄妹がやられたことを皮切りに予想外が連続して起こっている。怒りを通り越して呆れてしまうほどだ。


 何を敵に回してしまったのかは、未だに掴めていない。だが、このまま足踏みしたままではいられないことは確かだった。


 自分の地位を利用しての英国アヴァロン上層部の掌握。辛うじて生き残った『三千世界』メンバーを回復させるために天野あまのつかさを攫うこと。そして、あの方・・・の力を破る異能を秘めた少女の確保ないし抹消。これらを短期間で強引に行ったのは、一連の事態から生まれた焦りがあったせいだ。


 結局、計画の粗さゆえか、後ろのふたつは見事に失敗してしまったわけだが。


「……後始末は問題ないのか?」


 壁際の床に座り込んでいた大柄な男が、ふと呟く。


 スペードは首肯した。


「その点は大丈夫です。あなたの方は目撃者の数が少なかったので記憶処理は手早く済みましたし、派手に暴れたアルテロくんの方も天野司陣営のお陰で隠蔽は楽に終わりました」


「どういうこと?」


 天野司陣営のお陰、という言葉に、当事者たるアルテロが反応を示した。


「あの場にいた全員・・に幻術がかけられていたのですよ。通行人は誰もあなたたちが争っていた姿を認識していなかった。突発的な事故だと思い込んでいましたよ」


「それは本当かい?」


「ええ。あなたにも魔力残滓が見られる。戦っていた時の記憶も曖昧なのでは?」


「…………」


 スペードの問いかけにアルテロは答えることができない。


 その無言が、十二分に回答を伝えていた。


 スペードは息を吐く。


「天野司側も事を荒立てたくなかったようですね。しかし、アルテロくんほどの実力者にも術をかけてしまうとなると、向こうは相当の術師を引き入れた様子。今後は彼女に手を出さない方が良いかもしれません。藪は突かないに越したことはない」


 大がかりな幻術を使ってまであの戦闘を隠したということは、それほど知られたくはない内容であったのは明白。あの規模の幻術を行使することと普通に戦闘を行うとでは、後者の方が圧倒的に楽なのだから。


 アルテロは不服そうな顔をするものの、リーダーの意見に異論はないようだ。彼も理解しているのだろう。組織が瓦解寸前の今、余計な厄介ごとに首を突っ込む余裕などありはしないと。


 一総かずさの隠蔽工作が功を奏した形だった。彼としては、「そうなればいいな」程度の思惑だったので、この結果は最上と言えよう。


 そのような彼の狙いを露ほども知らない『三千世界』の面々は、司へ手出しをしない方向で話をまとめていってしまう。


 司の話題が一段落済んだところで、次の議題へと移った。


「次は同時進行していた『破滅の少女』の捕獲作戦についてです。何やら伝達事項があるとのことですが」


 そう言って、スペードは偉丈夫の方へと目を向ける。


 男は小さく頷いた。


「報告した通り、思わぬ乱入者が現れたために作戦を中断。即時撤退をした。伝えたいこととは乱入者についてだ」


「男女のペアでしたね。あなたが即座に撤退を決めるほどですから、相当の強者だったのでしょう。救世主辺りだったのでしょうか?」


「分からない」


 推測を述べたスペードに対して、男は沈んだ声を漏らした。


 それにはスペードもアルテロも眉をしかめる。


「どういう意味ですか?」


「乱入者が何者だったのか、どれほどの強者だったのか、何ひとつ分からない。俺は一度も拳を交えることなく逃げてきたのだから」


 何を思い出したのか。男は震える息を吐き出し、言った。


 それを聞いて激昂したのはアルテロだ。


「はぁ!? 戦わずに逃げ帰ってきたの!? やる気あんのかよ、お前」


 立ち上がり、今にも殴りかかろうとする。


 だが、それはスペードによって止められた。


「待ちなさい」


「止めないでくれよ。こいつは一発殴っておかないと――」


「待ちなさい」


 繰り返された言葉。しかし、二度目は体の芯から冷えるような鋭利さが含まれていた。


 渋々腰を下ろすアルテロ。


 スペードは偉丈夫へ問う。


「アルテロくんの指摘は最もですが、あなたほどの人物が理由なく逃げてきたとは考えにくいのも事実。何かあったのですよね?」


 言葉と共に放たれたのは殺気。男へピンポイントに向かうそれは息を呑む濃密さで、くだらない理由であれば即座に殺すと言外に語っていた。


 男はスペードを見つめ返して答える。


「乱入者――あの男はアルテロに匹敵ないし上回るほど強い」


「なんだって?」


「……」


 アルテロが疑わしげな声を上げ、スペードは無言を貫く。


 偉丈夫は二人の反応など気にも留めず続ける。


「あれが目の前に現れた瞬間から、俺は生きた心地がしなかった。俺の持つ【危険予知】のスキルが警鐘を鳴らしていた。どう行動しても、俺の向かう先には死しかなかった」


「死にたくなかったから、何もせず帰ってきたってこと?」


 アルテロは不機嫌そうに訊く。


 彼からしてみれば、死ぬのが怖くて逃亡するという行為が許せないのだ。死ぬとしても戦う。それがアルテロという少年の価値観だった。


 しかし、彼の言葉は否定される。


「そうではない。言っただろう、『どう行動しても、俺の向かう先には死しかなかった』と。あの男と相対した時点で、俺の死は確定した。今も【危険予知】による警鐘が鳴り止まない。遠くない未来で俺は殺されてしまう」


「なっ」


 アルテロは絶句した。


 偉丈夫の持つ【危険予知】が、未来予測の如く危険を知らせてくれる代物だとは知っている。行動の先に危険が潜んでいれば伝えてくれる優秀なスキルだ。


 それがゆえに信じられなかった。どんな行動をしても死を回避できず、その状態が戦闘を終えて数刻経過した今でも続いていることに。


 動揺を隠せないアルテロに対し、スペードは落ち着いた態度で尋ねる。


「ここはあの方の力のお陰で大丈夫ですが、盗聴の可能性は?」


「高い。アレがそれくらいのことをしないとは考えづらい」


 男の答えに、スペードは肩を落とした。


「やはり。となれば、明日の襲撃にあなたは使えませんね」


「……すまない」


「いえ、気にしないでください。それほどの化物に出会うなんて想定できるはずありませんし、死を覚悟して情報を持ち帰ってくださったのですから、責めることなどできません。むしろ、礼を言うべきでしょう。命を張ってくださり、ありがとうございました」


 スペードは背筋を伸ばし、誠実な様子で頭を下げる。


 男は首を横に振った。


「俺たちの悲願のためだ。頭を上げてくれ」


 そう促され、姿勢を戻すスペード。


 それから話を続けた。


「あなたには陽動を担ってもらいましょう。手を出さないと決定した天野司を襲ってもらいます」


 計画とは関係ない人物を襲うことで監視の目を混乱させる、古典的な方法だ。これが有効かは判然としないが、やらないよりはマシだろう。


 男は迷いなく首肯する。


「承知した。では、俺は去る。あの世で会おう」


 目をつけられている以上、スペードたちと共に行動する時間は最小限にせねばならない。時間が長引くほど情報が漏れるリスクが高まるからだ。そして、死の運命を回避できない現状、男が他二人と生きて会う可能性は皆無に等しかった。


 偉丈夫が部屋を立ち去り、沈黙が降りる。


 すると、アルテロが口を開いた。


「日本のアヴァロンはどうなってるんだい? ボクを欺く幻術使いに、会っただけで死を確定させる者。人外魔境じゃないか」


「エヴァンズ兄妹がやられたことを、私たちは甘く考えすぎていたのかもしれません。明日の計画は、いっそう慎重に行いましょう」


「分かってる」


 アルテロの返事を聞いてから、スペードは思考を巡らせる。そのまま、ポツリと呟いた。


「あの方の助力を請う展開もありそうですね」




 魔王たちは闇に身を潜め、静かに動き出す。


 一総とテロリストの戦いの場は、着々と整っていった。

 

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