003-3-01 敵の力と一総の力

 一総かずさの家のリビングは重い空気に包まれていた。メンバーは一総と蒼生あおいつかさ、それに家へ着くと同時に目を覚ました真実まみの四人。


 三人娘は未だに気絶しているため、個室で寝かせている。


 それで、どうして彼らがどんより・・・・しているかといえば、先刻の襲撃のせいだった。一総が一連の事件の推論を語り、その影響で全員が気落ちしているのである。


 今の空気が耐え切れなくなったのか、真実が絞り出すように言葉を発した。


「あの……美波みなみの所属してたっていう『三千世界』と英国アヴァロンが裏で繋がってるって、本当なんですか?」


 彼女の言うように、テロ組織と英国が協力関係ないし上下関係にあるというのが、一総の出した結論だった。


 簡単に信じられる話ではないだろう。一総以外の面々は半信半疑といった様子。それでも頭から否定しないのは、もしも事実だったら笑いごとでは済まないし、何より語っているのが一総ということが大きかった。一総の性格と実力を知る面子にとって、それほど彼の言葉は重みを持つ。


 真実の問いに、彼は頷く。


「本当だ。それ以外に説明がつかない」


 根拠はしっかりと存在する。


 第一の理由は、アルテロが現れたタイミングで『三千世界』の残党も現れたこと。しかも、アルテロの保護者として顔を見せた老人は、テロ組織のリーダーを名乗っていた人物だった。あの場を去った後の動向も監視していたので、間違いのない情報だ。


 アルテロのみと関係があるという可能性も否定はできないが、救世主セイヴァー第一位が真っ黒の時点で英国アヴァロンはなす術ない。直接相対したから分る。彼にかかれば、他の勇者など歯牙にもかけないはずだ。


 第二の理由は、蒼生の秘密を知っていたこと。彼女の情報はトップシークレットで、日本以外では各国アヴァロン上層部の一握りとしか共有されていない。となれば、英国アヴァロンの上は黒だと判断できる。


 大きな理由を挙げただけでも怪しさ満点。そういう風に誘導されている可能性を差し引いても、最大限に警戒すべきだった。


 一総がひとしきり説明を終えれば、真実たちも納得するしかなかった。


 再び重い沈黙が降りる中、蒼生が一総へ瞳を向ける。


「これから、どうするの?」


「無論、次に襲われても返り討ちにできるよう対策を取る……つもりなんだが…………」


 難しい表情で言葉を濁す一総。どこか彼らしからぬ自信のなさがあった。


 それを不安に感じた真実は、恐る恐る尋ねる。


「何か問題があるんですか?」


 対し、一総は答えるべきか一瞬だけ悩んだ。――が、すでに巻き込まれている彼女らに秘密にしても仕方ないと、きちんと返答することにした。


「敵に【空間魔法】の使い手がいる」


「「「………………」」」


 彼の放った言葉に、その場の全員が硬直した。事実を受け止め切れていないようで、誰一人として動き出す者がいない。


 一総もこの反応は事前に予想できていたので、余計なことは言わず、皆の頭の整理がつくまで黙って待っていた。






 【空間魔法】を筆頭とした空間を操作する異能というのは、数多ある能力の中でも特別な意味を持つ。


 何故か。それは今まで数多くの勇者が誕生してきたにも関わらず、『始まりの勇者』ただ一人しか【空間魔法】を会得した者がいないというのもあるが、もうひとつの理由が価値を上げている最大の原因だろう。


 勇者召喚の原理の究明。その可能性が空間系異能に向けられた期待だった。


 勇者召喚とは、異世界という別の次元へ移動すること――空間を超越する現象なのだ。つまり、同じ空間を司る異能を研究すれば、勇者召喚に関しても発見があるかもしれないと見込まれているわけである。『空間遮断装置アーティファクト』が大切に扱われているのはその有用性の影響もあるが、世界最大の災害を解決できる取っかかりでもあるからだった。


 ゆえに、『始まりの勇者』以来の【空間魔法】の行使者など現れたら、全世界が揺れるどころの話ではなくなるのだ。各国総出で、全戦力を以って能力者を確保しようと動くだろう。


 蒼生たち思考停止するのも無理からぬことだった。






 十分後。ようやく彼女らは動きだす。


「一総くん、さっきの話は本当なの?」


 家に着いてから沈黙を守っていた司だったが、さすがに無視できる事柄ではないと判断したようで、神妙な様子で問うてきた。


 一総は首肯する。


「事実だ。しっかり確認もしたから間違いない」


 アルテロと対峙していた時、厳重に警戒していたというのに、その目をかいくぐって『三千世界』のリーダーは近場に出現した。蒼生たちを襲った男も同様。直前まできちんと気を払っていたのに、接触を許してしまった。


 この二点は明らかに不自然なことなのだ。通常の手段では――未知の異能であっても――自分の不意を突くことはできないと断言できるくらい、一総は自身の探知能力に自信を持っていた。


 であれば、可能性はふたつしかない。件の【空間魔法】か、伝説の【時間魔法】を使ったか。後者が不可能であると一総は知っている・・・・・ため、事実上の選択肢はひとつしかなかった。


 【空間魔法】の【転移】によって瞬間移動してきた。それしか方法はない。実際、行使した時に発生する特有の空間揺れは感じていた。


 敵に空間魔法使いがいることを淡々と説くと、司が怪訝そうな表情を見せた。


「どうして一総くんは、【空間魔法】について詳しいの?」


「あー、そうだな……」


 その疑問に対して、一総は逡巡する。


 これを答えてしまうのは非常にためらわれる。それこそ、千の異能を所持していること以上に、公開することを慎重になるくらいには。今までだって、最優先で隠してきた事柄だ。


 ただ、これから敵の対策を立てる上で、この秘密の説明をしなければ回りくどくなるのも確か。秘密を守って蒼生たちを回りくどく守るか、秘密を明かして確実に彼女たちを守るか。人生のタンニングポイントも言うべき天秤が目の前にあった。


 考察すること十秒、天秤はあっという間に傾いた。【空間魔法】の特異性からして、迷っている場合ではないのだ。万全を期さなければいけない。


 一総はも何でもない風を装って、口を開く。


「オレも【空間魔法】を使えるんだよ」


「「「………………」」」


 何度目になろうか、沈黙が帳を下す。


 だが、幾度も驚愕の事実を受けて耐性がついたのか、今度の復帰は早かった。


 皆一様に瞠目どうもくしつつ、こちらに身を乗り出してくる。


「「「どういうこと!?」」」


 異口同音に発せられる問いの言葉。


 その反応に一総は苦笑いを浮かべながら、思考を回し始めた。


 さて、どこから話したものか。

 

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