008-4-01 すべては欲望の果てに

 蒼生あおいが戦場から離脱するのを見届け、一総かずさは安堵を胸中に抱く。


 米国アヴァロンで蒼生がさらわれてから十日間、一総の憂慮は尽きなかった。彼女の安否もそうだし、裏切った真意も判然としない。自覚した好意も合わさり、ただただ心配するしかなかった。


 ワガママを押し通しに来ただけだったが、結果的に上手く回ったと思う。蒼生の本音を聞くことができ、その上で受け止められた。しかも、こちらの告白を伝えられたのだから、最上級の成果を上げられたと言っても過言ではない。


 恋人たちには悪いが、今さら蒼生が隣にいない状況は考えられなかった。その分、精いっぱいの愛で応えていこう。




 ──さて。


「本気でいかせてもらう」


 目前に立つ敵へ意識を戻す。


 一見、人畜無害の男児だが、溢れ出る戦意は一総に迫る。『始まりの勇者』は、まさに『異端者』の宿敵とも呼べる存在だった。


 お互いに出方を窺う中、『始まりの勇者』はヘラヘラとした調子で言う。


「戦う気満々だけどさ。ここはお互いに矛を収めない?」


「なんだって?」


 予想外のセリフに、一総は眉をしかめた。


 『始まりの勇者』は変わらぬ態度で続ける。


「いやね。そっちは目的だった『破滅の少女プラエド』の回収が叶ったわけじゃん。こっちとしても無駄な労力は使いたくないし、戦わずに帰ってくれると嬉しいんだよ」


 ウィンウィンじゃないかな、と彼はうそぶいた。


 その発言は一理あるだろう。一総が『神座』を駆け抜けてきたのは、蒼生救出のためであって世界変革の阻止ではない。そも、一総にとって、世界の変革など微塵も興味がないのだ。


 少しだけ『華炎マジシャン』の同盟が脳裏をよぎるけれど、彼の実力を以ってすれば、反故にしても何ら問題なかった。


 とはいえ、『始まりの勇者』の提案は、とうてい受け入れられるものではない。


 一総は断る旨を伝えてから、右手の指を二本立てた。


「お前を倒すのは、ふたつの理由から確定事項になってる」


「その心は?」


 『始まりの勇者』は興味深そうに尋ねてきたので、一総は淡々と返す。


「ひとつ。お前が世界変革を行った後の計画に、まったく賛同できない」


「……何のことだい?」


 一総が理由のひとつを告げた時、『始まりの勇者』の表情が揺らいだ。コンマ一秒にも満たない僅かな変化だったが、見落とさなかった。確かに、目の前の敵は動揺を見せた。


「計画には見当がついてる、とぼけたところで無意味だ。お前は“外の世界“への侵攻を目論んでるんだろう?」


 そう答えた瞬間、空気が弾けた。トルネードの直撃のような暴風が周囲を荒らし、二人の髪や衣服を激しくはためかせる・・・・・・


 決定的な反応だった。『始まりの勇者』のオーラによる余波が、物理現象を引き起こしたのだ。おまけに、先程まで飄々としていた彼は、今や能面の如き無表情を浮かべている。


 無言になってしまった彼を放置し、一総は続ける。


「最初に違和感を覚えたのは、ミュリエルの世界の一件だった。あのクーデターの主犯の魂を事件後に回収および調査したんだが、妙なことが発覚した。なんと、どの異世界でも見られない、妙な性質を含んでたんだ」


 基本、魂というものは、生まれた世界ごとの独自性を含有する。つまり、魂を見れば、どの世界出身かを判断できるのだ。魂の輪廻は同一世界で行われるため、あまり役に立つ知識ではなかったが。


「主犯が転生者だったことを聞いたからな。珍しいサンプルとして、確認するだけのつもりだった。ところが、オレの知らない魂と来た。実に驚いたよ。まだ見ぬ異世界の魂も考慮したが、それだと辻褄つじつまが合わないし」


 かの者と直に会話をしたミュリエルたち曰く、霊魔国や王国へ現代日本の知識を与えた者と同一人物だという。日本云々とも発言していたとか。であれば、本当なら一総たちと同じ性質を有していないと不自然なのだ。


 そこから一総が導き出した仮説。それは──


「『神座』の管理外──世界群の外にも、世界が存在するんじゃないか?」


 あり得ぬ話ではない。ひとつの物語世界とは別に、異なる物語世界の綴られた本があるように。銀河の外に別の銀河系があるように。世界群の外にも別の世界群があってしかるべきだ。


「そしてこの仮説は、ここ神座に訪れたことによって、確信に変わった」


 転生者のみでは、まだ不十分だった。確率は低かろうと、現代日本と似た文化を持つ異世界の可能性を否定できなかったゆえに。


 だが、『神座』で得た情報により、仮説は事実となった。


「この深奥に到着するまで、あらゆる情報に目を通した。それらを鑑みた結果、世界群の外に謎の領域が広がってると判明した。要するに、世界群は複数存在する」


 勇者召喚のおよぶ世界群とは、まったく異なることわりの支配する異世界が存在する。未知への恐怖はあるが、実にロマン溢れる事実だった。


 そう、ロマンだ。この情報を得た『始まりの勇者』も、一総と同様の感想を抱いたのだろう。一方で彼は、保守的な一総とは違い、ロマンを突き詰める選択を取った。


「お前は考えたはずだ。未知の世界を己が瞳で確かめてみたいと。叶うなら、自らの足で踏破してみたいと。世界初の勇者なら、それくらいの好奇心があって不思議じゃない。……もしかして、勇者になった経緯も、好奇心に駆られたパターンか?」


 勇者召喚発生の原因は、『始まりの勇者』が『神座』より神を追放したこと。畢竟ひっきょう、彼自身は別の要因で異世界へ渡ったのだ。


 一総が一通りの指摘を終えると、『始まりの勇者』は真顔を一転、大笑いを始めた。


「はっはっはっはっはっはっ。まさかその程度の情報で、ボクの本当の目的まで把握しちゃうとはね。いやはや、キミのことを甘く見すぎてたみたいだ」


 よっぽど愉快だったのか、目頭に涙まで浮かべている。


 しばらくして笑声を収めると、彼は語った。


「『異端者』、キミの言う通りさ。ボクは“外の世界“へ足を踏み出すため、『神座』を掌握しようとしてる。まだ見ぬ世界を我がものにしたいがため、自分らの故郷を変革しようとしてる」


「世界変革は、外への侵攻への布石か」


「ホント、キミは察しがいいね。天使へ昇格した人類はボクの手駒になるんだ。外との戦争の際、役に立ってもらうよ」


「どうしようもないゲスだな。自分の欲望を叶えるためだけに、世界群すべてを巻き込んだのか」


 勇者を、異世界の人々を、元の世界の社会を。数え切れぬほどの人生を狂わせたと言うのに、彼はそれでも足りないと戯言をのたまう。『始まりの勇者』にとって、他者など道具でしかないのだろう。


 憤懣ふんまんやる方ないといった風に睨む一総に対し、『始まりの勇者』は嘲笑を浮かべた。


「欲望に忠実で何が悪い。好き勝手生きて何がいけない。たった一度の人生なんだから、愉しんで生きなきゃ損ってもんだろう!」


 自らの意見が正義だと言わんばかりに、彼は両腕を広げて宣言した。そこには一切の反省はなく、瞳を喜悦の色で塗り潰していた。


 これ以上の話は無駄だな、と一総は溜息を吐く。


「……嗚呼、忘れるところだった。ふたつ目の提案を受けられない理由は、オレがお前を許せないからだよ。村瀬を傷つけた落とし前は、きっちりつけてもらおう!」


 彼の瞳には、明確な怒りが燃えていた。


 それを目にして、『始まりの勇者』はいっそう嗤う。


「はははっ。ボクより弱いくせに、強気な発言をするね。今や滅世めっせい異能までをも手に入れたボクは、誰にも負けやしないって言うのに。勇者の先輩として、身の程を分からせてあげよう!」


 『異端者』と『初代』がぶつかり合う。


 今、世界でもっとも危険な戦いが幕を開けるのだった。

  

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