004-4-09 幕間、不釣り合いな強さ

「すごい」


 その言葉を漏らしたのは誰だったか。蒼生あおい真実まみ、それともつかさか。まぁ、誰であっても同じだろう。皆一様に、同じ感想を抱いていたのだから。


 久道くどうを救助した蒼生たちは、それほど時間を要さず一総かずさ侑姫ゆきの戦闘を観戦することとなった。久道の治療は死なない程度に留めたこと、彼がすぐ気絶しまったことが、迅速に処理を終えた結果に繋がったのである。


 先の感想は一総らの戦いへのものだ。広い空間を縦横無尽に、目にも留まらぬ速さで駆け回り、濃密な斬撃の雨を刹那の間に放つ。次元の異なるものが目の前で繰り広げられていた。


 近接戦闘職ではない真実と司は、とっくに二人を追えなくなっている。蒼生も、一総に与えられた異能具いのうぐを用いてもギリギリだった。それほどまでに、二人の戦いは常軌を逸している。


(これが一総の立つ舞台)


 蒼生にとって強者の接戦──一総はセーブしているが──を見るのは初めての経験だった。今まで彼女が目撃したのは一総による一方的な蹂躙劇だけ。良くも悪くも、蒼生は戦闘に対するイメージが不確かだった。


 一総との戦闘訓練を重ね、格闘戦に関してはかなり自信をつけていた蒼生だったが、それもマヤカシだったと痛感する。目前の激戦と比べれば、己の技など児戯にも等しいだろう。


 あやふやだった戦闘へのイメージが固められ、目指すべき目標も定まった。それは蒼生にとって嬉しいことだ。しかし、同時に悔しくも思う。まだまだ彼女は一総の助けにはなれないのだと、貸せるほどの力がないのだとハッキリ理解させられた。


「やばいですね、あれ。フォースまで行くと、あんなすごい戦いができるようになるんですか?」


 真実が感嘆の言葉を発する。


 シングルの彼女にとって、召喚を繰り返すだけであれほど・・・・実力が身につくのか懐疑的のようだ。いや、むしろ一回目を知っているからゆえに、残り三回ぽっちで高みへ到達できるとは想像できないといったところか。


「いや〜、あれは二人が特別なんだよ。特に、風紀委員長なんて戦闘特化の異能構成らしいからね。私はあそこまで強くないよ」


 三人の中で唯一フォースである司が答える。一総たちの戦闘を見守る彼女の表情は、感心を通り越して呆れが浮かんでいた。


 人による、という意見は正しい。勇者が覚えてくる異能の全てが戦闘向きとは限らないのだから。一総だって、交渉系や生産系の異能をいくつも所持している。戦闘一色の侑姫が異例中の異例なのだ。だからこそ、彼女はフォース最強と呼ばれるのだが。


 とはいえ、『あそこまで強くない』という発言は、些か嘘くさい。


 真実も同じ感想を抱いたのか、半眼を司へ向ける。


「司センパイ、私に嘘は通じませんよ?」


「いやいや、嘘はついてないよ!? 私は二人ほど強くないって」


「うーん、グレーな感じですね。真実しんじつ七割ってところでしょうか」


 司の顔をジロジロと眺めた真実まみが言う。


 それを受けて、司は引きつった顔をした。


「うえっ。真実ちゃんの眼って、そんなに正確な判定ができるの?」


「はい、最近詳細に判別できるようになりました。私も成長してるってことですね! というわけで、ちゃっちゃと本当のことを話してください」


「むぅ」


「つかさ、同性にそれは通じない」


 可愛らしく渋面を作る司に、蒼生がツッコミを入れる。


 男相手であれば心をワシ掴みにできる仕草であろうが、女相手では威力も半減だ。


 その辺は司自身も理解していたようで、肩を竦めた。


「はぁ、仕方ないなぁ。今から話すのは、あくまで私の推測にすぎないからね?」


 そう確認を取ってから、司は言葉を続ける。


「まず最初に言っておくと、風紀委員長は間違いなくフォース最強だよ。彼女に勝てるフォースは存在しないと思う。この意見は、目の前の戦いを見て強固になった。あそこまで戦いに特化した勇者はまれだね。たぶん、召喚回数が一、二回上回る相手くらいなら倒せちゃうんじゃない?」


 召喚回数が上の相手とは、すなわち救世主セイヴァーだ。救世主に勝るとも劣らないという噂は、限りなく事実に則していたことになる。


 真実は神妙な面持ちで尋ねる。


「司センパイでも勝てないんですか?」


「無理。万に一つもないよ」


 即答する司。


「私もフォースの中じゃ上位の実力者だと自負してるけど、あれには逆立ちしても勝てない。私の有する錬成術や魔法じゃ太刀打ちできないかな。あの様子だと術式を斬り裂けそうだから、あっという間に間合いを詰められてジ・エンド。『連世れんせいの門』を使用したらいい勝負はできると思うけど、そのうち捕捉されるだろうから、時間稼ぎにしかならない気がする」


 少し前の彼女であれば、『連世の門』で問題なく相手できると判断したかもしれないが、空間魔法使いと相対した経験が生きていた。どんなに強い異能でも絶対はなく、いつかは対策が打たれるのだ。あれほどの動きを見せる侑姫なら、ごく僅かな時間で対応してみせるのは想像に難くない。


「そんなに強いんですか、風紀委員長は」


 呆然と呟く真実に、司も空笑いを浮かべる。


「強い強いとは言われてたけど、あれは想像以上だよね。記憶から判断できるメンタルとは不釣り合いなほどに」


「言われてみると、そうですね。失礼な物言いになりますが、風紀委員長は精神的に弱い気がします」


 無論、注釈として『他の勇者と比較した場合』とつくが、異世界の荒波に揉まれてきたにしては、心が脆い風に感じる。言い方は悪いが、あの程度のことは、どの勇者も経験するのだ。


 司は小さく唸ってから、ゆっくりと口を開いた。


「メンタルが弱かったから、強くなるしかなかったのかもしれない。起きる悲劇を流せず、真っ正面から受け止めることしかできないから、がむしゃらに強さを求めたんじゃない?」


 あくまで予想にすぎないけど、と彼女はうそぶく。


 司の言葉は、何故か蒼生の胸へ強烈に突き刺さった。歯を食いしばってしまうほどの痛みが胸中に暴れ回る。


 幸い、二人は会話と戦闘に夢中で気がついていない。何となく、このことは誰にも知られてはいけないと感じ、胸元でギュッと拳を握って耐え忍んだ。


 蒼生が妙な反応を示している間も、二人の会話は続く。


「とはいえ、風紀委員長の実力は本物だよ。召喚回数っていう絶対を覆す可能性があるなんて規格外もいいところだもん」


「規格外? あー、そうですね。確かに規格外と評せるのかも。身近に規格外がいるから、ちょっとピンときませんでした」


 真実の視線は戦う二人に向く。すでに蒼生でさえ捉えられない域に達していたが、残像は存在するので、大雑把な内容は把握できる。


 どうやら、戦闘は最終局面を迎えているようだ。詳細までは判然としないが、一総は喋る余裕まで生まれていた。もはや趨勢は決まり切っている。


 ははは、と司は乾いた笑声を上げた。


「一総くんは例外だよ。あの人は規格外の枠でも収まらないと思う」


「ふふっ、規格外相手でも例外だと言わしめるなんて、『異端者』の異名は伊達じゃありませんね」


「本来は逆の意図で命名されたものだけどねー」


 一総が『異端者』と呼ばれるようになったのは、『十回も世界を渡った勇者なのに弱い異例中の異例』というところから来たらしい。爪弾き者といった意味も含んでいるとか。


 確かにそういった由来を考えると、実際の一総は真逆の意味で『異端者』に相応しい存在だろう。誰も寄せつけない孤高の強さを持つ者として。


 つまり、一総の横に並び立つには、その者も『異端』になるしかないのか。


「……強くならないと」


 いつもよりワントーン低い声で蒼生が呟くと、それを聞いた二人も頷いた。


「ですね。このまま足手まといを続けるのは嫌です」


「その辺が見つめ直せたのは、今回の件に巻き込まれて良かったところかな?」


「毎度事件に巻き込まれるのは、勘弁して欲しいですよ」


「平和が一番だよねー。あっ、決着がついたみたい」


 見れば、侑姫が倒れ伏し、一総が彼女に向かって青く光る手を掲げている場面だった。おそらく、あの手で触れれば洗脳が解けるのだろう。


 一同は安堵する。ここまで来れば、失敗などあり得ないと慢心して。


 だが、しかし、事態は単純には終わらない。


 彼の手が触れる瀬戸際、侑姫の体から膨大な閃光が放たれた。

 

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