004-5-01 終幕、運命は繰り返される。もどかしい日常
そこは荘厳で
その中でもひときわ広い部屋にて、召喚は行われた。
中央の召喚円より出現したのは黒髪をポニーテールに結わえ、剣道着を身にまとった美少女。他でもない
勇者召喚の影響か、ボーっとしながらも即座に目を覚ます侑姫。彼女は貴族らしき煌びやかな衣装を身につけた人々と甲冑を着込んだ騎士たちに囲まれていた。
前後の記憶が曖昧な侑姫ではあったが、状況は速やかに理解できた。自分は『勇者召喚』されたのだと。
五度目となれば対応も早い。彼女はすぐに立ち上がり、言葉を紡ぐ。
「私は『勇者召喚』されたのでしょうか?」
相手の顔色を窺いながら、礼を失しないよう心がける。この世界の礼儀作法は知らないので、あくまでも気持ち的な問題だが。
侑姫の問いに対し、貴族の中心人物――おそらく王様――が回答した。
「その通りだ。よくぞ召喚に応じてくれた、勇者よ。我らが貴殿を呼んだのは他でもない。我々人類を救ってほしいためだ。どうか頼む、人類を助けてほしい」
王からの
前よりも胸の痛みが激しい気がしたが、気のせいだと無視をする。
やることは何ら変わらない。ただ、頼まれたことを実行するだけ。彼女の運命は同じ場所をグルグルと回るのだ。
侑姫はお馴染みの文言を口にした。
「お任せください」
彼女の浮かべた笑顔は、酷く虚ろだった。
○●○●○
桐ケ谷
あれから二ヶ月。十月に入り秋の色が深まる中も、
これは一総にとって望ましいことのはずだが、肝心の彼は憂鬱な表情を浮かべている。今だって、彼の好む日常の代表格である
そんな様子を眺めながら、蒼生は小さく溜息を溢す。
一総が落ち込んでいる理由は言わずとも分かる。侑姫についてだ。彼女との戦いの詳細は知らないけれど、禍根を残す何かがあったことは把握していた。力になりたいが、蒼生や真実、司には解決するための能力がない。
一度、空間魔法を使って後を追えないのかと訊いたこともあるが、どの世界に行ったか分からないので無理だと説明された。これは司の【
八方ふさがりの状況にもどかしい思いを抱えつつ、彼女たちは平坦な日常をすごしていく。
ある日の休日。いつも通り一総の家ですごす一同だったが、突然一総が立ち上がったことで空気が一変した。
「どうしたんですか?」
三人を代表して真実が尋ねる。
すると、一総は眉間に深々とシワを作りながら答えた。
「異世界から……オレが最初に召喚された世界から救難信号が来た」
「「「はぁ!?」」」
あまりに常識外れな発言を聞き、蒼生たちは目を見開く。
一番早く正気に戻った蒼生が訊く。
「どうやって受信したの?」
異世界と連絡を取り合うなど、これまで聞いたこともない。【空間魔法】を所持する一総ならできるのかもしれないが、やはり驚きが勝ってしまった。
「あっちの世界にオレの使い魔がいるんだよ。そのパスを通して連絡してきたんだ」
「使い魔のパスって世界を超えられるの? 聞いたことないんだけど」
三人でもっとも異能に詳しい
一総は首を横に振った。
「普通は無理だな。オレの場合、空間魔法を習得したら使い魔との繋がりが強化されたんだ。積極的に連絡は取ってないけど、異常事態が起こったら言うように伝えてる」
今まで連絡が来たことは一度もないんだけどな、と一総は笑う。
答えを聞いた三人は呆れ顔だ。
「センパイは何でもありですね。驚いたら負けな気がしてきました」
「オレがっていうより、空間魔法がすごいだけだよ」
「それを習得した一総くんも大概だよ」
司の言う通り、空間魔法がすごいから一総がすごく見えるのではなく、一総がすごいからこそ空間魔法を覚えられたと表現した方が正しいと思う。
「それで、何て連絡が来たんですか? 面倒ごとというのは分かりますけど」
話が脱線しかけていたところ、真実が修正を図る。
一総は「うーん」と唸ってから、渋々口を開いた。蒼生たちがジッと見つめてくるのを認め、黙っておくという選択肢が通じないことを察したためだ。
「使い魔のいる国とは別の国が勇者を召喚して、戦争を吹っかけてきたらしい。まだ緒戦なんだが、旗色がよろしくないんだと」
「勇者が戦争って、普通にあり得る話だとは思うけど」
「それもそうなんだが……オレの使い魔を傍に置いてくれてる子が、何か妙だと言ってるみたいなんだ。さすがに使い魔のパス程度じゃ詳細まで伝わり切らないけど、あの子は結構頭のいい子だったから、勘違いって線はない」
「あの子、ねぇ。それって女の子? 向こうで仲良かったの?」
司が少し剣呑な雰囲気を出しつつ尋ねた。
一総がやや
「あ、ああ。オレが召喚された国の王女で、あの世界で唯一オレの味方をしてくれた人だよ」
「ふーん、なるほどね」
「司センパイ、これは……」
「うん、ちょっと話し合おうか」
何やら納得した空気を出した司と真実が、いそいそと内緒話を始める。よく分からないが、彼女たちは別の話題に食いついたようだった。
取り残された一総と蒼生はしばし呆然としたが、すぐに我に返った。
「行くの?」
「……」
蒼生の短い問いに、一総は瞑目して思考を巡らせる。
答えを出すのに、そう時間はかからなかった。
「……色々と問題は残ってるが、行こうと思う。あの子には本当に世話になった。簡単には見捨てられない」
「なら、私も行く」
自分でも驚きの言葉が口を衝いた。ついていっても役に立たない可能性が高いのに、何をほざいているのだと我ながら呆れる。しかし、撤回はしなかった。どうしてか、今回は同行すべきだと強く思うのだ。女の勘というものだろうか。
内心で
案の定、彼も驚愕をあらわにする。
「そうか……って、なに!? ついてくるって言うのか!」
蒼生は淡々と頷いた。
「誰かを一緒に連れていくことぐらい、できるでしょ?」
「まぁ、できるか否かと問われれば、できるんだが……」
乗り気ではない様子を見せる一総だったが、彼が答えを出す前に新たな参入者が現れる。
「私も一緒に行きますよ!」
「当然、私も行くよ。あ、人数オーバーだったら、私は自前の移動手段使うよ。座標さえ教えてくれれば問題ないから」
真実と司が、家族旅行にでも行くような気軽さで名乗りを上げた。
それを受けて、一総は諦めた風に溜息を吐いた。蒼生たち三人の翻意を促すのは難しいと考えたらしい。賢明な判断だ。
「分かったよ。オレが全員連れてく。ただし、向こうではオレの指示に従うこと。いいな?」
「「「はーい」」」
異口同音に軽い返事をする三人。
「こっちから異世界に赴くなんて新鮮ですね!」
「突発的じゃないから、万全の準備をしておけるには嬉しいね」
「バナナはオヤツに入る?」
蒼生たちは早速準備に取りかかる。
「本当に分かってるんだよな……?」
異世界へ飛ぶ直前まで、一総は不安そうな表情をしていた。
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