005-4-06 不安定な魂と司の本音

 白い空が割れ、月光の照る夜空が顔を見せる。途切れていた大地が、徐々に断たれた世界と繋がり始める。


 戦いは終わった。一総かずさが無傷で立ち、無数の傷を負ったつかさが四つん這いになって涙を流す。どのような決着だったのか、改めて語るまでもなかった。


 慟哭する司を見ながら一総は思う。司はよく頑張った方だ。固有世界の凶悪な法則は自分を結構追い詰めていたし、非物質にも適応できる錬成術の技量は神懸かった域に達している。文句のつけようがない。


 本来、彼女は自らの腕に胸を張るべきなのだ。決して、一総に敵わなかったというだけで悲しみに暮れる必要はなかった。


 そう考えながらも、一総は何も口にできない。


 司は、今回の決闘で自身の覚悟と気持ちを伝えると発言していた。覚悟はともかく、どんな心情を伝達したかったのか分からない自分に、彼女を慰める資格などなかった。嘘を吐いたり、異能で心を読む不誠実な真似もしたくはなかった。


 少女一人も元気づけられない不甲斐なさを腹立たしく思う。そも、司が無謀な戦いを挑んだ原因も自身に存在するため、余計に苛立った。数多の世界を救った経験、非日常で培ったモノは何ら役に立たない。


 かつて侑姫ゆきにトドメを刺してしまったように、肝心な時に自分はミスを犯してしまう。その事実が悔しくて、いきどおろしくて仕方なかった。


 司が嗚咽を漏らし、傍で一総が立ち尽くす。そのような状況のまま、どれくらい経過しただろうか。言葉にならない感情を吐き出すだけだった彼女が、ふと意味ある声を口にした。


「…………い」


 細く儚い音は、一総の耳に届かない。


 ここまで何もできなかった彼は、彼女の力になれないかと聞き返した。


「なんだって?」


「ごめん、なさい」


 しかし、次に聞こえてきたのは謝罪だった。涙と後悔に塗れた、どうしようもなく無力で虚しい懺悔の言葉。


 あまりにも痛々しいそれに、彼は声を詰まらせる。


 その間にも司は何度も謝り続けた。ごめんなさい、ごめんなさいと、血反吐を吐き出すように声を絞り出す。


「待ってくれ。司が謝る理由なんて、どこにもないだろう?」


 堪らず、一総は制止をかけた。


 ところが、それでも彼女は止まらない。それ以上に強い声を上げる。


「そんなことない! こんなにも私が……おれが……わたしが弱かったから…………私がもっと強ければ……」


「そんなの、これから強くなっていけばいいだろう? 自分の心を傷つけてまで焦る必要はないさ」


「それじゃあ、遅すぎる。全部手遅れになる。私が……私たちが置いてかれる。一総くんが、また一人になる」


「それは……いや、まさか…………」


 そのセリフを聞き、司が何を危惧していたのか、一総はようやく悟った。同時に、あの少ない手がかりで真相に辿り着いてしまった彼女の頭脳に感嘆する。


 ホロホロと流れる涙は止まることを知らず、彼女は感情に突き動かされるまま、言葉を放っていく。


魄法はくほうは、魂同士の直接的研鑽を経て得られるのは間違いない。霊魔国の初代国王は転生者の魂と肉体を共有することで、一総くんは一万の人間を強制的に植えつけられることで発現した。習得までの期間の違いに使用した魂の数が関係してるのは正しい見解。けど、けど……要因はそれだけじゃない!」


 思ったことをそのまま口に出す司は、ついに声を荒げる。


「魂を移植すると一時的に両者の魂が砕け散ることと、魂同士で戦ってたっていう一総くんの証言は無視できるものじゃない! 日誌を書いた研究者は『消耗したせいで素体の魂は一度形を失うが、魄法習得に近づいたために復元したのだろう』なんてバカな結論を出してたけど、そんなわけがない! だって、魂を移植する時点で一総くんは魄法を覚えてないんだから、その効果が現れるはずがない! 錬成術を極め、霊術も最上級まで修めた私だから理解できる……これは魂の再構成だって!」


 一総は何も言えなかった。司の発言が的外れだったから、ではない。事実を見事に言い当てていたからだ。


「たぶん、魄法は他人の魂を取り込むことで習得できる術なんだ。初代国王は時間をかけたから勇者の魂のカケラを取り込んだ程度だろうけど、一総くんは違う。移植された魂のすべてを取り込んだはず。だって、そうしないと魂の復元なんてできないから」


 分解と再構成を生業とする錬成術を極めていたからこそ、魂の復元に対する現実的な見解に気づけたのだろう。霊術しか知らなかった研究者は結論を出せず、未知の術である魄法に原因があると決めつけたのだから。


「そうなると、再構成された魂は誰になるのかって疑問が浮かんだ。 ……証言にある『戦い』が人格の主導権争いであるなら辻褄が合う。ということは、一総くんは一総くんで間違いない。でも、当時七歳だった少年がどうやって──何を支えに万の魂に打ち勝ったんだろうって新たな疑問が生まれた。それを思考し続けた結果、調査前に聞いた一総くんの家族の話を思い出した。一総くんは元の世界で待つ家族の存在を支えに、一万の魂を下したんだって分かった。一対一万、普通なら自我を喪失してもおかしくないのに耐え切った。それでも驚きは拭えないけど、納得はできる。一総くんにとって、それだけ家族が大事だってことだから」


 そして、語り続けた司は、とうとう決闘を申し込んだ理由たる推論を口に出した。


「でも……だからこそ報われない。だって、一総くんが大切に思ってた家族は、一総くんを捨てたっていうんだもの! 一万を相手にする無茶な戦いを制した結果が、手元に何も残らないなんて悲しすぎるよ! 悔しすぎるよ!」


「司……」


「正直、私は怖い。心の支えを失ったあなたの自我が、いつ一万の魂に呑まれやしないかって。いくら戦いを制したからといっても、一万の魂はあなたの中に存在してる。反逆される可能性はゼロじゃない。今この瞬間に、一総くんが消えてなくなるなんて考えると、怖くて怖くて仕方がない」


 確かに、司の意見はもっともだ。一総の魂の奥深くには、取り込んだ魂たちの片鱗を今も感じる。また、家族に捨てられた直後の無気力だった時代、魂にざわめきがあった事実は否定できない。


 一総の心が弱まった時、彼の自我が失われる可能性は十二分にあり得た。


 だから、と司は言う。


「私が新しい一総くんの支えになりたいと思った。あなたの心が負けない理由になりたかった。そのために、あなたの隣に立てるんだって覚悟と強さを証明しようと思った。一総くんの自我が消え去るその前に! それから魄法の研究を私の視点で進めて、みんなで不老不死になって、ずっと支えていこうと思ってた……」


 最後の方の声は弱々しかった。決闘で一総の力になれると証明したかったのに、まるで歯が立たなかったためだろう。彼女に覚悟と信念はあっても、圧倒的に力が足りなかった。情緒のカケラもない現実が、司を大きく苛んでいた。


 ここまで言われれば、さすがの一総でも司の伝えたかった気持ちとやらを理解する。司は一総へ愛情を向けている。当然、男女のそれだ。しかも、自分も不老不死になって永遠に支え続けると豪語するほど、その意思は強烈なものだと分かる。


 これほど彼女に愛されていたとは、まったく気がつかなかった。偽の恋人関係ではあったが、それは状況から仕方なくだと思い込んでいた。とことん、一総は好意に対して鈍感らしい。


 司の嘆きを聞き終えた一総は、内心で頭を抱える。


 愛してもらえるのは当然嬉しい。それが、気が置けなくて頼りになる司であれば尚更。トラウマも克服しつつあるので、迷惑に感じるところは何ひとつない。


 しかし、一総は今、司とは別の二人からも告白を受けている身。それも、両者ともに司と負けず劣らずの気持ちを向けてくれている。


 贅沢な悩みだとは理解しているけれど、彼女へどう応えれば良いのか結論が出せなかった。千の異世界を渡ろうと、複数人からの求愛に関する経験を積めるはずないのだから。


 いつまで黙っているわけにもいかない。仕方がないので、結論がハッキリしている部分のみを答える。


「正直に言うと、どれだけ力を示そうが、魄法に関して教えるつもりはなかった。禁書庫に入れるように手を回したのは、真相を知ったキミが魄法の習得を諦めると考えてたからだ。まさか、その奥の真相にまで辿り着くとは予想外だった。余計な心配をかけてしまって、すまないと思ってる」


 一総もミュリエルも、魄法を覚えるには他人の魂を犠牲にする他ない、という部分までしか知り得ないと踏んでいたのだ。今回の騒動は、司の能力を甘く見た二人の見通しの悪さが原因とも言える。


 自主的に諦めさせるのが目的であったため、多少の期待感を覚えていても、魄法を伝授するつもりはなかった。


 それを聞いた司は、目に見えて気を落とす。罪悪感が湧いてくるが、こればかりは譲れない一線だった。


 ただ、落ち込ませてばかりでもない。


 一総は続ける。


「でも、これは約束しよう。オレは絶対にオレを見失うことはない。司の気持ちは嬉しかったけど、そんな必死に覚悟や強さを示そうとしなくても、キミたちはとっくにオレの心の支えになってるさ」


 そう。改めて決闘などしなくても、司を含めたいつもの面子は一総の心を支えていた。トラウマを克服する活力を与えられたくらいなのだから、その辺りは自信を持って断言できる。強さなどなくても、彼女は十分に一総の横へ並び立てていた。


 司は一瞬だけ表情を和らげるが、すぐに眉を曇らせた。


「でも、寿命の問題が……」


「それは、オレにもどうしようもないな」


 一総は不老不死。寿命を何らかの形で乗り越えない限り、別れは絶対にやってくる。


 かといって、彼は何もしない。魄法を伝えるつもりはないのは無論、別れは必ずやって来るものだと考えているためだ。イレギュラーなど、自身のみで良いと思っている。


 にべもない一総の態度に司は再び泣きそうになるが、何か思うところがあったようで我慢した。


 それから、しばらくの逡巡ののち、口を開く。


「……分かった。不老不死くらい自力で実現できなくちゃ、一総くんの伴侶には相応しくないもんね! 霊術は学んだし、魄法も間近で見られた。なんとか頑張ってみる。応援しててね、一総くん!」


「えっ、あ、うん。頑張れ」


 まさかのセリフに思わず返してしまったが、内心で一総は呆れ返っていた。ここは大人しく諦める展開ではないのだろうか、と。


 自分を好きになる女性は諦めが悪いというか、たくましいというか、妙にポジティブな気がする。


「早速研究……と言いたいところだけど、明日から戦争始まるからお預けだね。ちゃちゃっと終わらせないと! じゃあ、私は寝るね。一総くん、つき合ってくれてありがとう!」


 気を取り直すや否や、風の如く走り去っていく司。


 と思いきや、途中でこちらに振り返って大声を上げた。


「言い忘れてたけど、私はハーレム肯定派だよー。真実まみちゃんも条件つきで認めたから、あとは一総くんの気持ち次第だから! ってことで、おやすみなさい。大好きだよー!」


「はぁ!?」


 最後の最後に大爆弾を投下していった。反論できない時に放り投げてくるところが、強かな彼女らしいのかもしれないが。


 それよりも、一総を好く全員がハーレムを認めている状況だと知ってしまった。誰か一人を選ぶのもプレッシャーだが、全員まとめて選ぶという選択肢を与えられたのも、方向性の違うプレッシャーを感じてしまう。


「戦争前だっていうのに、なんで余計な問題を抱えてるんだ」


 月に向かって嘆く彼の呟きは、夜風に流れ、誰の耳にも届かなかった。

 

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