004-1-04 意外な出会い

 翌朝、一総かずさ蒼生あおいは博物館に訪れていた。何も遊びにきたわけではない。これまでと同じように、蒼生の思い出の地を巡る一環だ。


「ここも久しぶり」


 館内を歩きながら、彼女が呟く。


 そう。蒼生はこの場所のことを覚えている。というのも、この博物館は彼女が勇者召喚された場所であり、数ヶ月前に帰還してきた地でもあるのだ。記憶喪失後に来たため、覚えがあるのである。


 博物館の規模は中くらいで、三つのコーナーに分かれた構造をしている。有名どころと比較すると見劣りしてしまうが、中には結構マニアックな展示物もあり、それなりに楽しめるようだ。当時五歳の女児を連れてくる施設かと問われれば、疑問を感じてしまうが。


 黙々と館内を進んでいき、いよいよ最後のコーナーに入ったところで、唐突に蒼生が足を止めた。


 一総も停止し、何事かと問う。しかし、彼女からの返答はなかった。


 よく見れば、蒼生は目の前に広がる光景に対して呆然としているように思える。おそらく、五万と並ぶ展示物たちに圧倒されたのだろう。それは無理からぬことだ。パンフレットに目を通して知っていた一総でさえ、微かに頰を引きつらせたのだから。


 何を隠そう、この博物館の目玉というべき最後のコーナーは「だるま」なのだ。大小さまざま、造形もさまざまなだるま・・・が、ところ狭しと並べられている。普通の感性の持ち主なら不気味がるレベルだ。幼い子供なら泣き喚くと思う。


 だが、蒼生の心情は、彼の想像を逸脱したものだった。


「……すばらしい」


「何だって?」


 突っ立っていること数分。ようやく蒼生が口を開いたのだが、その言葉は想定外のものだった。思わず、尋ね返してしまう。


 すると、彼女は一総へ顔を向け、ぐいっと体を寄せてきた。


「とてもすばらしい光景! キュートな丸い造形に虚ろな黒いまなこ。あれがだるま・・・なんだね! 実物は初めて見たけど、すっごくステキ!」


 興奮した様子で語り出す蒼生。普段のくらい瞳とは異なり、そこには並々ならぬ情熱が湛えられていた。


 彼女のいきなりの変容に、一総は固まるしかない。


 彼がフリーズしている間も、蒼生はアグレッシブにだるま・・・たちを眺めて回っていった。


 その様子を見ながら思う。


(ああ、この博物館に来たのは村瀬の趣味か)


 五歳児を連れてくる場所ではないのではと疑問に思っていたが、得心がいった。勇者召喚されたのが、このコーナーだと資料にあったことから間違いないだろう。記憶を失っただけで、人格が変わったわけではない。趣味も昔と同じはずだ。


 常人の感性には合わないため、だるまコーナーは常に閑古鳥。そのせいで、連続召喚されている事実を長年確認できなかったのだが……それは言わぬが花か。どこが良いのか分からないが、だるまは彼女の琴線に触れる代物のようだ。楽しんでいるところへ水を差すのも忍びない。




 ハイテンションのままの蒼生を引き連れ、博物館を周り終えた。結局、記憶が想起されることはなかったが、彼女が楽しそうなので良しとしよう。元々、そう簡単に記憶が戻るとも考えていなかったし、それなら楽しんだもの勝ちというやつだ。


 博物館を出た後も、蒼生のテンションは高かった。興奮冷めやらぬといった様子で、だるまについて語ってくる。


 一総はそれを微笑ましく思いながら、相槌を打っていく。


 時刻は二時すぎ。遅めの昼食を取るため近場の食事処を目指す二人だったが、ふと一総が足を止めた。目を細め、眉間にシワを寄せる。


 それを見た蒼生は緊張感をまとう。


「敵?」


 短い問いかけだが、何を意味する質問かは理解できた。彼女を狙っているという『ブランク』のこともあり、そういう類の襲撃を警戒しているのだろう。


 人くらいの大きさの何かが、高速で接近しているのは間違いない。このサイズでこの速度を出せるのは異能持ちというのも間違いない。こんな街中で爆走している怪しさからいって、警戒するのは当然の対応だ。


 しかし、一総はいまひとつ警戒心が湧かなかった。近づいてくるのは敵ではないと感じているから。


 直感にすぎないけれど、数多の異世界を渡ってきた彼のそれは、スーパーコンピュータの予測よりも信頼できる確度を持っていた。


 実際、【遠見】で接近物の正体を確認したところ、敵に該当する人物ではなかった。


 一総は肩から力を抜く。


「いや、敵じゃない。今、目の前の角から出てくるぞ」


 数メートル先にある十字路の左角を指す。


 少し前に高速移動をやめたので、あと五秒もすれば姿を見せるはずだ。


 蒼生は怪訝に首を傾げたが、素直に十字路へ視線を向ける。


 はたして、角の向こうからは一人の少女が現れた。


「ゆき?」


 蒼生が抜けた声を出す。


 百七十はある高身長にスラリと長い手足、か細さと豊かさの同居した女性らしい抜群のスタイル。放たれる凛とした空気は、背筋をピンと伸ばした姿勢の良さとポニーテールに結わえられた黒髪も相まって、一流の侍という風に見受けられる。


 そんな彼女の正体は、蒼生が口にした通り、桐ヶ谷きりがや侑姫ゆきで相違なかった。


「何で、こんなところに?」


 蒼生の呆然とした呟きは、一総も同様に訝しんだ。


 島外で勇者、それも知り合いと出会うなど、めったにないことだ。それに、風紀委員の仕事を優先しているから数年は島外に出ていないと、前に侑姫自身から聞いたことがある。


 それらの事情を踏まえると、このブッキングはかなりの低確率だろう。


 そうこうしているうちに、あちらも一総たちに気づいたようだ。瞠目し、軽くうろたえている。


 だが、すぐに平静を取り戻すと、二人の方へ駆け寄ってきた。そして、問答無用に手を掴んでくる。


「ナイスタイミングよ、二人とも。ちょっとつき合って」


 そう言って、彼女は一総らを引っ張っていく。


 手を握られている以上、ついて行かないわけにはいかない。振り払うことも考えたが、知らない仲でもないし、事情を聞いてからでも遅くはないと判断した。


 一総は溜息を吐き、抵抗せず引っ張られていく。


 それを見た蒼生も、彼に倣って大人しく連れて行かれた。








 侑姫の手から解放されたのは三十分後のことだった。


 博物館の最寄り駅から一駅離れた距離にあるファストフード店にて、一総たちは昼食を取っている。


「で、一体何の用があって、オレたちを連れてきたんですか?」


 一総はポテトを摘みながら尋ねた。


 ここまで何も聞かずついてきたが、いい加減事情を教えてほしいのだ。


「むぐっ」


 侑姫はちょうどハンバーガーを口に含んだところだったようで、待つように手でジェスチャーをしてから口内の食べ物を嚥下する。それから、コホンと咳払いをした。


「用ってほどのことじゃないんだけど、しばらく私と一緒にいてほしいのよね」


「何でですか?」


「えーっと、それは、そのー……」


 一総が追及すると、侑姫は目を泳がせ始めた。


 一総らと出会う直前まで高速移動をしていたことから、何かから逃げていたのは明らか。加えて、理由を尋ねてもハッキリ答えない。厄介ごとの臭いしかしなかった。


 いくら長いつき合いのある先輩とはいえ、わざわざキナ臭いことに首を突っ込むほどお人好しではない。ここでキッパリ拒否しておこうと、一総は口を開いた。


 ところが、断る気配を察したのか、彼が声を発するよりも早く侑姫が言う。


「待って! ちゃんと説明するから、話くらいは聞いて!」


 その必死な様に、いっそう嫌な予感を覚える一総。


 これは拒否するしかない。そう考え、再び口を開こうとする。


「かずさ、聞くだけ聞こう」


 ──が、次は蒼生によってインターセプトされてしまった。


 蒼生の方を見れば、ジッとこちらを見つめている。無表情ではあるが、心の裡を察するのは容易かった。彼女は一総と違ってお人好しの類だ、きっと情を寄せてしまったのだろう。


 蒼生の要求を突っぱねるのは簡単だが、それを行うのはためらわれた。何故なら、一総は蒼生に対して日に日に甘くなっていたからだ。彼女とすごす平穏な空気をとても気に入っているゆえなのだが、彼自身の自覚は薄い。


 そういう理由もあり、蒼生と視線を交わすこと数秒で一総は折れることになる。


「はぁ、分かりました。とりあえず、話だけは聞きますよ」


「ありがとう!」


「ありがとう」


 投げやりな彼の返答に侑姫は満面の笑みで、蒼生は優しげな雰囲気を出して礼を言う。


 一総は肩を竦め、先を促した。


 侑姫は表情を一転して真面目な顔つきで語り始める。


「順を追って説明するわ。まず、私がアヴァロンの外にいることからね──」


 侑姫が島外に来たのは、つい今朝のこと。風紀委員長という立場のため、ほとんど島を出ない彼女だったが、実家からの呼び出しがあって出向いたという。さすがに家族の願いは断れなかったようだ。


 至急赴くようにとしか連絡がなく、何の用だろうと不思議に思いながらも実家に帰った侑姫。そこで予想外の計画が立てられていたらしい。


「結婚、ねぇ」


 一総にとっても想定になかった内容のため、思わず言葉を零してしまった。


 侑姫は参ったといった感じで額に手を当てる。


「帰宅早々に結婚しろって言われたのよ。そりゃもう驚いたわ。しかも、拒否権はないって言うんだもの」


「だから、逃げ出した?」


「ええ。あのまま家にいたら、従うしかなくなってた・・・・・・・・・・から。だから、逃亡中の護衛……ってほど仰々しくはないけど、そんな感じで同行してほしいのよね」


 蒼生の問いに、侑姫は苦笑しながら頷いた。


 一総は思慮を巡らせつつ尋ねる。


「どうして、今になって結婚しろと?」


 学生の内に結婚の話が出ること自体は珍しくない。それなりに家格がある家であれば、そういうケースもあり得るだろう。


 しかし、時期が中途半端だった。こういう話は結婚可能になる十六歳か、高校卒業と同時というのが相場だ。高校最後の夏休みという妙な時期に伝えるものではない。事前連絡といった様子でもなさそうだし、些か突発的すぎる縁談だ。


 この質問に対して、侑姫は言いにくそうに「えーっと」と言葉を濁した。


「ちゃんと最後まで話してください」


「分かったわよ……」


 一総が釘を刺すと、彼女は唇を尖らせつつも答えた。


「直接の原因は、最近の私が失敗続きだったからよ。エヴァンズさんを取り逃がしたり、各国の首脳陣を守り切れなかったり。私の実家って一部界隈では名の通ってる家だから、一人娘の私が不甲斐ないのが許せなかったんでしょうね。醜態を晒すくらいなら、婿を迎えて家で大人しくしてろってことみたい」


 侑姫はどこか哀愁の漂う笑みを浮かべる。


 二回の失態は、彼女にとっても心が痛いものなのだろう。エヴァンズ──空間遮断装置アーティファクトを狙われた際は部下が重傷を負い、英国アヴァロンが反旗を翻した時は首脳陣と救世主セイヴァーの幾人かが亡くなっているのだから。


「かずさ」


「分かってる」


 蒼生の小声による呼びかけに、一総は渋面で答える。


 彼女の考えていることは、皆まで言わずとも理解できた。侑姫の失敗には、少なからず二人も関わっていたため、いくらか責任があるのではないかと言いたいのだ。


 エヴァンズの件はともかく、首脳陣の方は否定できない。彼らが死んだ原因は蒼生の異能の暴走であり、暴走しないよう異能具を調整できなかった一総にも責任の一端があるのは間違いなかった。たとえ蒼生の暴走がなくとも、ジリ貧だった当時の状況では、そのうち誰か死んでいただろうが、責任は責任だ。


 一総も蒼生も、あれは仕方のない犠牲だったと一応の納得はしていたが、全てを呑み下せたわけではなかった。特に、蒼生は深く責任を感じている。


 しこりが残る状態で目の前に余波による被害を受けたものが現れれば、いくら一総と言えど無視はためらわれた。


 一総は小さく息を吐いた。


「いいでしょう。先輩の頼みを引き受けますよ」


「本当!」


「ただ、オレたちは明日帰ろうと考えてたので、そんなに長くは同行できませんよ。申しわけないですが、着替えとかが尽きてしまうんです」


「気にしないでいいよ、無理な頼みを言ったのは私なんだから。それに、追っ手を完全に撒いたら私も島に戻るつもりだし。ありがとね、二人とも」


 嬉しそうに昼食を再開する侑姫を見ていると、自然に笑みが浮かんだ。


 日頃の礼と責任のこともある。自己満足にすぎないが、ある程度の面倒ごとは被るとしよう。


 そう決意しながら、一総も食事を取り始めるのだった。

 

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