002-4-06 魔眼収集家との戦い(前)

 真実まみたちが離れていく気配を、一総かずさは背中で感じ取る。近場で身を潜めるということもなく、ちゃんと安全圏まで行ってくれるようだ。


 彼女たちが無事に撤退できたことに、安堵の息を漏らした。同時に、そのような感情を抱く自分に対して苦笑を溢す。自分らしくないことをしたものだな、と。


 先程の真実へ送った言葉は、普段の彼からは出てこないものだった。実力を明かすリスクを高めてまで救出に入ったこともそう。実際、捕まったのが真実や蒼生以外であったなら、助けに向かわなかっただろう。


 では、どうして彼女の救援に駆けつけたのか。


 打算的な理由が皆無とは言えない。心折れる真実の姿が過去の自分と重なって、同情したということもある。だが、一番の理由は先のセリフに集約されていた。それは単純明快なこと。一総が真実のことを気に入っていたから、彼女に死んでほしくないと願ったから、こうして損得を無視して馳せ参じたのだ。


 それに、本来の実力が露見する危険性に関して、一総はそれほど憂慮していない。美波みなみが盛大に暴露した後ということもある上、真実なら事情を説明すれば無闇に言い触らしたりしないと信用していた。


 そも、一総は絶対に実力を隠蔽したいわけではない。永遠に隠し通せるとは考えていなかったのもあるが、彼は実力がバレたその後――平穏な日常が崩れ去ることを恐れているのであって、その心配がないのであれば、いくら知られても構わなかった。


 とはいえ、積極的にリスクを拡大させたいわけではないので、美波の行動は正直言って歓迎したくない事態ではあった。あの暴露が後押しになったのも否定はできない。


 もっと早く手を打っていれば良かったのではないかと問われるだろうが、他人から好意的に見られているとは思っていない一総にとって、真実の心を折る材料に自分の情報が使われるとは露ほども考えていなかったのだ。加えて、部屋を覆う結界が予想以上に強固だったこともあり、介入が遅れてしまったのである。


(あの異能を使えば一瞬でカタがついたんだろうが……あれを知られるのは実力を明かすよりマズイ)


 すぎたことを考えても詮なきこと。それよりも、これからのことへ頭を回した方が、よっぽど有意義だ。蒼生や真実にどう説明するかとか――


「エヴァンズの口を封じる手段とか」


 ボソリと呟いた一総は右手に開手かいしゅを向ける。そこには魔法陣があり、延長線上に防壁が展開された。


 次の瞬間、ガキンという金属同士が衝突したような音が響く。


 目を向ければ、そこには魔法陣へ拳を叩きつける美波の姿があった。先程の音は拳と防壁の衝突音だったらしい。


 美波は自身の攻撃が通らなかったことを認めると、不愉快そうに顔をしかめ、その場から飛び退いた。


 追撃は容易かったが、そのようなことはせずに一総は見送る。


「ずいぶん手荒な歓迎だな、エヴァンズ」


 こちらを警戒する美波へ気軽に声をかける。


 彼女は苦々しく吐き捨てた。


「先に荒っぽく吹き飛ばしたのは、そっちだと思うけど?」


「それもそうか。だったら、今のでチャラだな」


 一総は笑う。


 いつもなら敵対者に余計な情報を与えまいと無言を通す彼が、今回はいつになく饒舌だった。何か目的があることは明白だが、それを指摘できる者はいない。一総が真剣に戦う姿を目撃したことがある人物など、蒼生を除いてこの世界に存在しないのだから。


「ふざけたことを!」


 美波が眼を暗紫に輝かせると、途端に姿が消え失せる。姿だけではない、気配そのものが感じられなくなった。


 そうして数秒後。突如として一総の背後から出現した彼女は、魔法で強化した拳を目にも止まらぬ速さで放った。


 しかし――


 ガキン!


「チッ」


 響いてくるのは先と同様の金属音に、美波の舌打ち。


 死角を突いたというのに、完璧に攻撃は防がれていた。しかも、一総は振り向いてさえいない。


 美波は素早く後退し、再び姿を眩ませる。


 それから幾度となく殴っては姿を消すという行為が繰り返されたが、一度たりとも攻撃が届くことはなかった。全てが魔力の防壁によって防がれ、彼は身じろぎひとつしない。


 一連の行動が十を超えた時、今まで防御に徹していた彼が別の動きを見せた。


 美波は姿を隠しているため周囲に人影は一切見られないが、一総は迷いなく背後にある出入り口へと片手を向けた。開手かいしゅの先――出入り口の真下の床に魔法陣が現れ、そこから炎の柱が勢い良く噴き出す。


 苛烈な炎上音と共に、ジュワッといった何かを焦がす音と生物なまものを焼いたような異臭が漂ってくる。


 その直後、炎柱から人影が飛び出してきて、こちら側に転がってきた。全身に炎が燃え移っていたが、それはすぐさま消火され、ふらりと立ち上がる。


 言うまでもないだろうが、人影の正体は美波だ。彼女は見える範囲だけでも万遍なく火傷を負っており、重症とまではいかなくとも十分に痛々しい様相だった。


「まさかとは思ってたけど、私のことが見えてたみたいだね」


 獰猛に笑う彼女は瞳を薄黄色に輝かせ、ケガを数秒で癒してしまう。


 治療を止めることもなく、一総は泰然と答える。


「その程度の隠蔽なら、能力を使うまでもなく見抜ける」


「これでも看破系の異能を容易に欺けるくらい、レベルの高い魔眼なんだけどねぇ」


 声には苦みが混じっていた。


 戦闘意欲の高そうな表情はブラフだったのだろう。幾度と拳を打ち合わせ、また来ると思わせて逃げる算段だったようだ。


 しかし、そんな行動は予想の範囲内だった。彼女は今まで多くの魔眼持ちを殺しておいて捕まらなかった者だ。戦力不確定の一総と相対せば、離脱を優先するのも当然と言えた。まぁ、姿はバッチリ見えていたので、推測していなくても止められたとは思うが。


「どれくらい強いかも分からない相手なんかと戦いたくなかったけど、逃がしてくれそうにないし、仕方ないか」


 もう彼から逃げることは不可能だと悟ったようで、美波は一息吐いて居住まいを正した。


「で、実際はどれくらい強いわけ?」


 今日の献立でも訊くような気軽さで問うてくる美波。


 一総は肩を竦めた。


「身を持って試したらいいだろう?」


「あっそ!」


 返事と共に彼女は姿を掻き消す。今度は異能による隠形ではなく、素早く移動しただけだった。純粋な体術にも自信があるらしい。


 だが、その程度の速度で彼の視線を振り切ることは叶わない。いくつものフェイントを混ぜて近づいてくる美波を目で追い、放たれた拳のタイミングに合わせて最小限の魔力消費で防壁を展開する。


 自分の攻撃が通らなかったことを把握すると、すぐさま美波は後退した。


 視界から外れることは疎か、攻撃の威力まで完璧に読まれる始末。渾身の一撃ではなかったにしても、この一回だけで肉弾戦による突破は難しいと彼女は理解できたはずだ。それほどまでに一総は余力を残して防いでいた。


「それなら魔法で決めればいい!」


 彼女は両手を、正面の一総に向かって突き出す。


 手の先に十数の魔法陣が展開され、こめられた膨大な魔力による危うい輝きを湛える。


「いけ!」


 合図と同時に無数の魔法が放たれる。【連続詠唱】のスキルを使用しているようで、撃ち出される攻撃が途切れる様子はない。美波の姿が確認できなくなるほどの弾幕が、一総へと襲いかかった。


「はぁ」


 密かに溜息を吐く一総。


 時間を稼ぎたい彼にとって戦いが長引くのは望むところとはいえ、自分の実力を暴いておいて、この程度で何とかなると考えられていることは心外だった。


 おそらく、毎週勇者召喚されているという辺りの政府側の推測は信じていないのだろう。『勇者ブレイヴ』より強いといっても、異能数はせいぜい五十と当たりをつけているに違いない。それだけ、毎週異世界へ渡ることや数時間で帰還できることが非常識であることは、彼自身も十二分に理解していた。


 召喚数が千に及ぶなど、予想ではなく妄想の域なのだ。敵が高威力の兵器を所持していると聞いて核くらいなら推測できるだろうが、星を破壊するレベルの兵器を想像できないのと同じ。そんなものはあり得ないと、常識を大きく外れる力は思考にさえ浮かばない。


 だから、美波は戦闘を継続している。無数の魔眼を奪い取った自分たち双子なら、倒せない敵ではないと自負しているから。


 実際のところ、彼女の実力は相当のものだ。飛んでくる魔法の数や、それを補助しているスキルの数。それら異能は最低でも四十はあることが分かる。現在使用していない異能を含めれば、五十を上回る異能を所持しているはずだ。負けることを疑わないのも無理はない。


 しかし、今相対しているのは一総だ。理外の化け物であり、異端の者。彼女らの常識が通じる存在ではなかった。


 弾幕の陰から逃亡を図られても手間がかかる(阻止できないわけではない)と懸念した彼は、迫り来る魔法を一手で排除することを決めた。


 同数の対抗魔法を撃ち出すのではなく、ただひとつの魔法陣を開く一総。


 そして、魔法は発動した。


 数多の魔法に彼が包まれようとした瞬間、展開されていた陣が白い閃光を放つ。それはとても強大な光量で、一秒もかからず倉庫中を白く埋め尽くした。


 ゆっくりと収まる光。残されたのは魔法を放ち合った二人のみ。両者共に無傷のまま、魔の暴威は跡形もなく消え去っていた。


「は?」


 呆気ない対処の仕方に、さしもの美波も唖然としてしまう。


 同時展開した魔法を連発、つまりは百を超える攻撃をしたというのに、それをたったひとつの魔法を持って一瞬で薙ぎ払われてしまったゆえ。


 相手より少ない手数で対応するのは、それだけ力量差が必要になってくる。かなりの実力者である美波は、そういった力技でゴリ押された経験がなかった。一総との差が小さいと思い込んでいたことも大きい。彼女は相当のショックを受けていた。


 美波は思わずといった様子で尋ねてしまう。


「……何をしたの?」


 戦いの最中だというのに、呆然と立ち尽くす彼女。今までにない経験をしていることを差し引いても、あまりにも無防備だった。


 そのような隙を見逃す彼ではないが、あえて手は出さない。もう少しだけ時間が必要だからだ。


 一総は平然と語る。


「何って、ただの【分解魔法】さ」


「なに?」


 美波は盛大に顔をしかめた。それだけ、一総の発言は信じがたいものだったのだ。


 【分解魔法】とは、ありふれた魔法のひとつだ。多くの異世界に存在し、習得難易度も低い初歩の魔法と言える。ただ、これを常用する者は非常に少ない。この魔法の使い勝手がおそろしく悪いからだった。


 【分解魔法】の効果は『対象を指定したパーツまで分解する』というもの。一見強そうに思えるのだが、制約が厳しかった。この魔法を扱うには、対象の構成情報を事細かに把握していなければならないのだ。たとえば、水を分解するのであれば、水素と酸素で構成されているのはもちろん・・・・のこと、原子の構成や配列などの専門的な知識まで要求される。


 いちいち、そこまでの知識を身につけてまで【分解魔法】を使うくらいなら、他の魔法か化学反応を利用した方が早いし、手頃なのだ。こと戦闘に至っては分析する暇はないため、相手の使用する魔法を分解するのは夢物語だった。


 そうだというのに、一総は百を超える魔法を分解して見せた。


 当然、これにはカラクリがある。


 彼は魔力や陣を目視しただけで、魔法の構成を暴く力を持っていた。


 【魔を司る眼】。それが、一総の持つ瞳力どうりょくのひとつ。純粋な魔眼ではなく、あらゆる異能を目に付与して構成した『擬似魔眼』とも言うべき代物。擬似と称しているが、並の看破系の魔眼よりも強力で、数多の異能を持つ一総が重宝しているくらいには優れたモノだ。


 この眼を使えば【分解魔法】を十全に生かすことができ、対抗魔法を即時展開することも容易かった。今回も、そしていつぞや・・・・の勇者殺しとの戦いでも、彼はこの眼を使用していたのだ。


 魔法による正面突破は、一総に対して一番やってはいけない戦法だった。この方法による勝利など、ほぼ不可能なのだから。


 静寂を取り戻した場で、一総は美波を睥睨する。


 彼女の表情は苦渋に満ちていた。いや、表面上は不敵に笑んではいるが、それがポーズであることは火を見るより明らか。内心の焦燥感が透けて見える。


 まだ使用していない魔眼や異能はあるのだろう。だが、常識外れのことを為してみせた一総に通じるか定かではないため、手をこまねいているといったところか。それでも戦いを諦めていない点は素直に賞賛できるが、敵対している身としては面倒なところだった。


(そろそろ、か)


 時間稼ぎが直に終わることを悟る。


 ここまで慣れない手加減をしていたが、ようやくそれも終わりだ。


「おわりか?」


 相手を煽るように、一総は言葉を投げた。


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