002-4-07 魔眼収集家との戦い(後)

「おわりか?」


 相手を煽るように、一総は言葉を投げる。


 何か手はないかと必死に思考を巡らせていた美波は、ピクリと目尻を動かした。


「まだまだ奥の手はあるよー。どうやって、あなたを料理しようか考えてたところ」


 虚勢だ。表情も声音も余裕があると見せるための演技。瞳に映る僅かな怯えまでは隠せない。


 今のセリフの最中も魅了の魔眼を使っていたが、それが通じる一総ではない。戦闘中も幾度も使っていたのだから、それは分っていたはずだ。効果のない手札を再使用するということは、これ以上は有効な手段がないという証左だった。


 潮時だろう。畳みかけるため、一総は最後のダメ押しを行うことにした。


 彼は仄かに笑う。


「なるほど、手数が多いんだな。伊達に双子で異能を共有してるわけではないか」


 何気ない返答だった。


 ところが、それに対しての美波の反応は過剰だった。


「――それをどこで知った!? どこまで知ってる!!!!」


 先程までの間延びした口調ではない、苛烈な声。瞳孔が開き、鋭い視線が突き刺さる。加えて、魔力放射による威圧も襲ってきた。


 憤怒の感情が叩きつけられるが、一総は表情を崩さない。高が五十程度の異能しか使えない者に気圧される彼ではないし、彼女の激情は想定の範囲内だった。


「どこまで知ってる、か」


 もったいぶるように、一総は悠然と口を開く。


「田中の友人であるエヴァンズ美波が、君たち双子による二人一役だったこと。君たちが魂を繋げて異能を共有していること。今回の騒動は、君たちのバックにいる組織が『空間遮断装置アーティファクト』を所望したから起こしたってこと……くらいかな」


「なっ」


 美波は絶句する。その反応から、彼の言葉が事実であることは丸分かりだった。


 彼女は“ネタバラシ”と称して真相を語っていたが、それが全てではなかった。アヴァロンへ潜伏して真実の友人を騙っていたのは魔眼を手に入れるためだったが、犯罪者を多数生み出したり、この施設を爆破したのには別の目的があったのだ。それこそ、彼女たちが所属するテロ組織が『空間遮断装置』の奪取を望んだため。本来なら、もっと時間をかけて真実と仲良くなり、絶望の底へ叩き落そうとしていた計画を前倒し、騒動を巻き起こしたのだ。


 また、一総たちと接触していたのは美波だけではなかった。定期的に伊波いなみが“美波”として顔を出していたのだ。珍しい男女の一卵性双生児ということもあるが、二人の入れ替わりに気づかせない手腕は相当のモノだと評価できる。事実、今回の爆破騒動が起こるまで、美波と伊波が度々入れ替わっていたことどころか、双子であることさえ気づいていなかった。


 ――否。美波が何やら企んでいることは察していたが、それを詳しく調べようとはしなかった、というのが正確な表現か。


 実は、出会って二日目には美波のことを訝しんでいた。


 端を発するのは、真実が一総の隣室を借りたこと。隣室が全て空き部屋だったのは何も偶然ではない。秘密が露見しないよう用心して、救世主セイヴァーの特権を使って意図的に空けさせていたのだ。ゆえに、部屋を手配したという彼女のことを警戒した。


 しかし何故、すぐに美波へ対処しなかったというと、彼女の目的が判然としなかったことが大きい。単なる取材の一環で無茶をした可能性も、当初は考えられたのだ。それだけで行動を起こすのは過剰反応と言える。


 とはいえ、わざわざ美波のことを四六時中監視するのも億劫だった。できなくはないが、監視の面倒さと厄介ごとが降りかかった時の対応、そのふたつを天秤にかければ、後者の方が楽だと判断したのだ。


 後手に回ったとしても容易い。それは強者ゆえ許される驕り。傲慢とも取れる余裕だった。


 でも、現実に、問題なく対処できている。己の日常が浸食されるようなミスは犯していない、蒼生あおいと真実には傷ひとつない。一総にとっては、それで十分成果が上げられたと評価できた。


 空間遮断装置が盗まれようと、蒼生たち以外の誰かがケガをしようとも、彼の与り知るところではない。まぁ、知己の人間が死んでしまうのは後味が悪いので、死人は出ないようにはしたけれど。


「……聞きたいことは山ほどあるけど、どうやって異能の共有のことを知った? あれは私たちとリーダーしか知らないのに」


 色々と吐き出したい感情を押し込んで、美波が鋭利な眼光を向けてくる。


 質問の意図は分かる。二人分の異能を行使できるというのは、勇者や魔王といった異能力者にとって、かなりのアドバンテージを得られる切り札だ。露見した原因を探ることは、今後の対策として必須だろう。


 というか、ここまで来て、まだ今後のことが考えられる彼女の根性がたくましい。


 一総は半ば呆れつつ答える。


「オレが霊術を使えるのは知ってるだろう? 魂を覗けば分かる。かなり根深く繋がってるじゃないか」


 魂の根底。じっくりと見つめなければ判明しない奥深くに、力強いラインが紐づいていた。ラインによって双子の魂は繋がっていたのだ。


 魂が繋がるということは、記憶や感情を共有するということ。記憶を共有すれば、体験したことも共有することになる。要するに、お互いが経験して学んだ異能を使えるようになるのだ。共有というよりも、高度な学習と表現すべきかもしれない。


 だが、美波はその答えがお気に召さなかったようで、


「違う! 霊術のわけがない!」


 と、怒鳴り声を上げた。


 これには首を傾げる。


「どういうことだ?」


「霊術対策なんて、とっくに施してる。霊術で見破れるはずがない!」


「ああ、なるほど」


 彼女の返答を聞いて、一総は納得した。


 どうやら普通に魂を覗いただけでは、ラインは確認できないようになっていたらしい。確かに、目を凝らさなければ見えにくくはある。


 さて、どうしたものか。


 素直に答える義理はない。時間を稼ぐ必要性も、たった今なくなった。であれば、即座に敵の処分に移るべきなのだが――――。


 僅かに逡巡する一総だったが、結論は五秒もせずに出た。


 彼は柔らかくまぶた・・・を下ろし、言葉を発した。


「君たちの切り札を見破った力は霊術で間違いない」


「そんなわけ――」


「最後まで聞けって。霊術は霊術だけど、ただの霊術じゃないんだよ」


「どういうこと?」


 苛立ちと疑念の混じった声を美波は出す。


 それを受けて、一総は自嘲気味に笑った。


魄法はくほう。霊術でも最上位の術。オレが一番最初に触れた異能にして、もっとも得意とする術。これを極めているオレであれば、魂の根幹を覗くことくらい造作もない」


 一総の初めての勇者召喚先は、霊術と魔術が存在する世界だった。特に、霊術が他の世界と比べても頭数個抜きん出て発展しており、そこを救った彼が魄法を極めるのは道理であった。


 一総は緩やかに閉じられた瞳を露わにする。


 それを見て、美波は声を震わせた。


「ま、魔眼……?」


 彼の眼は輝いていた。鮮やかで、深みがあって、冷たくて、流麗で、煌びやかな紅色に。血の色にも似たあかが、一総の双眸に宿っていた。


 紅に射抜かれた全てのモノは委縮する。言葉で表現しようがない存在感が、ふたつの瞳から放たれていた。美波も例外ではなく、先程までの威勢は消え去り、体を震わせていた。


 一総は首を横に振る。


「いいや、これは魔眼じゃない。語るつもりはないけど……簡潔に表すなら、禁術実験の失敗作といったところか」


 どこか遠い目をする一総。久々に紅眼を面に出したため、初異世界での苦い記憶やら恩人との思い出やら、色々と思い出してしまったのだ。


 だが、そのようなことに思考を割いている場合ではないと、彼は去来する記憶を振り払う。


「というわけで、魂のリンクなんてものを見抜くのは容易い。まぁ、あからさまに敵対した相手じゃないと覗かないけどな」


 双子であることに直前まで気づけなかった原因もそれだ。魂の根幹を覗くということは、その人の全てを知ることに繋がる。倫理的に許せるものではないし、何より一総の精神疲労がすさまじい。顔を合わせた全員に使っていては心が持たないのだ。


「……最初から勝ち目はなかったわけね」


 紅眼を目にした美波は、自分の助かる見込みがないことを、ようやく悟ったようだ。


 しかし、ただで折れる気はないのか、こちらを力強く睨む。


「でも、無駄死にする気はない。私たちは記憶を共有してる。つまり、お前の語ったことは全部伊波に筒抜けになったってこと」


 自分が死んだとしても、双子の兄や組織の礎になる。だから、彼女は笑った。


 対して、一総は瞳を細め、口角を微かに上げる。


「気づいてなかったのか? 君たちのリンクは、とっくのとうに遮断してる」


「え?」


 一瞬、意味が分からず呆けてしまう彼女だったが、即座に自分の魂を確認した。


 杭はしっかりと打ち込まれている。しかし、紐の先――本来は繋がっているはずの伊波の魂が感じられなかった。


 それに気がついた彼女は、目を大きく見開く。


 そんな美波の反応を窺っていた一総は言う。


「魂が繋がってることが分かってるのに、情報を持ち去られるような愚を犯すわけがないだろう。この倉庫に突入した時点でリンクが繋がらないよう遮断したに決まってる。ついでに、早々に気づかれないよう隠蔽も。ああ、方法は魄法だから、問うてくれるなよ」


 軽い調子で答える一総を余所に、美波は言葉が出せないのか、口を動かすだけだった。


 今まで当然のようにあったモノの喪失。無駄死にの確定。彼女の精神の衝撃は計り知れない。


「さて」


 いつまでも立ち往生しているわけにもいかない。蒼生たちとも合流しなくてはいけないのだ。一総は瞬時に美波との間合いを詰め、トドメを刺すために片手を突き出した。


「ま、待って!」


 すると、焦ったように美波が声を上げた。


「あ、あなたに危害を加えようとしたことは謝罪する。これから先、あなたとあなたの友人を傷つけないと誓う。だから、命だけは見逃して!」


「そんな口約束を信じろと?」


「【誓約プレージュ】でも【強制ギアス】でも……【死の契約】でも何でもいい! お願い、命だけは助けて!」


 彼女が例に挙げたのは、どれも強制力の高い契約系の異能だ。それらを行使すれば、一総の秘密も彼や周囲の人間の安全も守られるだろう。


 ――ただ、


「契約を破棄できる異能も、稀にだが存在する。リスクを負ってまで君を助命する価値は見出せない」


 一総は容赦なく切り捨てる。自分の日常を脅かす者への慈悲など存在しなかった。


 美波は一層焦った。体が震え、発汗し、目がぐるぐると回る。何か手はないかと必死に思考を巡らせる。彼女の人生で一番頭を使った瞬間かもしれない。


 何かを思いついたのか、美波は顔を輝かせた。


「そ、そうだ。わ、私たちの所属してる組織の情報を全部渡す! だから、その対価に助けてよ!」


「『三千世界』のことか?」


 即答した一総に、美波の表情は凍りついた。


「な、なんで――」


「組織はまだ本格的に動いてないから、名前を知るのはメンバーのみのはず、か?」


「あ……え……?」


 被せるように発せられた言葉を聞き、意味のない声しか出せない美波。


 一総は溜息を吐く。


「異能者による支配社会の確立なんて、バカなことを考える連中がいたもんだ。普段なら放置だが、今回の計画が失敗したとなると次々に刺客を送り込んできそうだし、潰すしかないんだろうな」


 心底面倒な表情を浮かべる一総。


 それから彼は、部外者が知り得ない組織の情報を列挙していく。集合場所や隠れ家、援助者、組織のメンバーなどなど。


「――と、こんな感じか」


 一通り話したところで、一総は改めて美波を見た。


 彼女は何が起こっているのか理解していないようで、混乱が顔に映っている。


 再度溜息を吐く。


「何のために君との無駄話につき合ったと思ってるんだ。記憶を読み取る時間稼ぎに決まってる」


 そう。わざわざ戦闘の時間を長引かせたのは、裏にある組織の情報を盗むため。かつて蒼生にも使ったことのある精神魔法を行使する時間を作るためだった。


 今後のことを考慮すると、確実に『三千世界』というテロ組織とは敵対することになる。そのために、アドバンテージを得ておくのは当然の行動だ。


 慣れない会話と手加減に、いつも以上の疲労を募らせたが、おかげで余すことなく組織のことを知ることができた。


 そして、それは美波の交渉材料が一切なくなったことと同義だった。


 全てを理解した彼女は、絶望と共に息を呑む。


「もう十分だ」


 一総は虫でも振り払うように、雑に片手を振るう。


 次の瞬間には、その場には彼以外の人影は残されていなかった。


「他人の絶望なんて見ても、ちっとも楽しくない」


 虚しさを多分に含んだ呟きは、誰の耳に届くこともなく消えていった。

 

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