002-5-01 終幕、状況整理

 美波みなみとの戦闘を終えた一総かずさは、蒼生あおいたちと合流するために建物を上っていた。その最中に【遠見】などを使用して周辺の状況を確認していく。


 まず、蒼生と真実まみを窺う。残り数フロア上へ行ったところで待機しているようだ。周りへの警戒を怠らないながらも二人は仲良く会話をしており、無事な様子が認められた。


 次に他の施設内へ目を配らせる。先の戦いは思ったよりも長引いたのか、内部には一総たち三人以外の人影は見当たらなかった。全員、避難を終えたのだろう。


 最後に建物外を見る。やはり、先刻まで中にいた者たちの姿があった。加えて、騒ぎにかけつけた警察や消防、野次馬も見受けられる。


 ケガ人は三名を除いて存在しない。一総が密かに治癒して回ったのだから、当然の光景だった。


 数少ないケガ人というのは侑姫ゆきたちだ。伊波の策を何とか凌いだようで全員生還しているが、苦戦させられたのは明白だった。侑姫と佐賀さがは軽症なものの満身創痍。加賀かがに至っては片腕を失っていた。


 とはいえ、一総の瞳には何の感慨も映らない。生き残れただけ良しと考えていたし、侑姫ほどの実力があれば、あの程度の敵には殺されないという確信を持っていたからだ。さすがに、これ以上は動けないくらい消耗してしまったようだけれど。


 まぁ、テロがあったにしては全体的な被害は少なく済んだ。十分な結果だろう。




 一通り確認したので、一総は意識を自分の景色へと戻す。ちょうど良い感じに時間を使えたようで、蒼生たちのいる場所まで僅かの地点だった。


 残った距離を詰め、数分で蒼生たち二人の姿が目視できるところまで来る。


 【気配遮断】とまでは言わずとも気配を薄めていた彼だったが、真実は逸早く気がついたようだ。バッと身を翻して視線を向けてくる。そして、一総だと分かると、目尻に涙を溜めてこちらへ駆け寄ってきた。蒼生もその後に続く。


「センパイ!」


 一総の傍まで駆けてきた真実は、ざっと彼の全身を眺める。


 それから、安堵した表情で口を開いた。


「センパイ、ケガはありませんか?」


「見た通り無傷だよ。心配かけたな」


 気安い感じで肩を竦める彼の返事を聞いて、改めてホッと息を吐く真実。無事に帰ってくることは信じていたが、それを直に確かめれば安心もする。


「お疲れさま、かずさ」


 追いついてきた蒼生も一総を労う。


 ひとまず一件落着という柔らかい空気が流れる中、真実がおずおずと尋ねてきた。


「それで……美波はどうなりました?」


 彼女がこの場にいないことから察しはついているのだろう。真実の表情は悲しみに彩られていた。


 一総は誤魔化すことなく答える。


「倒したよ。彼女はもういない」


「そう、ですか」


 “もういない”の意味を正しく理解したのか、彼女は顔を若干俯かせた。騙されていたとはいえ、親しい友人として接してきた相手だ。敵だと割り切れるほど、真実の心の整理はついていない。


 それでも、自分のために一総が手を下してくれたことは理解していたので、彼女はすぐに表情を改めた。


 ぎこちなくも笑顔を見せる。


「センパイ。言うのが遅くなりましたが、助けてくれてありがとうございました」


 美波の魔の手から命を救ってくれて。今までの頑張りが無駄ではないと肯定してくれて。ふたつの意味で救済してくれた恩人へ、心から感謝を送る。

「気にするな。オレはオレのやりたいようにやっただけだ」


「本当に感謝してるんですよ?」


「分かった。その気持ちだけは受け取っておくよ」


 言葉以上のモノまで提供しそうな雰囲気があったので、一総は手早く会話を切り上げる。そのまま、外に出るため歩を進めることにした。


「もうオレたち以外は脱出してる。行こう」


 彼がそう提案したが、待ったをかける者がいた。真実だ。


「外へ出る前に、少しいいですか?」


 レンズ越しに見える瞳は、真っすぐこちらを捉えている。


 仕方ないと、一総は動きを止めた。


「手短にな」


 真実は一言礼を言い、請うてきた。


「私たちと別れた後、美波と何があったか教えてくれませんか?」


「何で知りたいんだ?」


 理由など分かり切っていたが、しっかりと彼女の言葉で聞いておきたかったので、あえて問いかける。


 真実は迷いなく答えた。


「私も今回の事件の当事者だったから……。何より、偽りだったとしても私と美波は友達だったから、最後まで知っておきたいんです」


「世の中には知らない方がいいことだってあるぞ?」


「かもしれません。でも、やっぱり私は真実しんじつが知りたいんです。真実が目指すのは嘘偽りない記者ですから」


 彼女の声には揺らぎがなかった。何を聞いても後悔はないという意志が伝わってくる。


 一総は溜息を吐いた。


「……教えるのはいいが、後でだな」


「あ、あとでって、いつですか!」


 はぐらかされると勘違いをしたのか、真実まみは慌てた様子を見せる。


 一総は肩を竦めた。


「落ち着け。取り調べが終われば、いくらでも話してやるから」


「取り調べですか?」


 予想外の返答だったようで、キョトンと惚ける真実。


 そこへ、今まで黙して待っていた蒼生が口を開く。


「私たちは『空間遮断装置アーティファクト』強奪テロに巻き込まれた関係者。政府から調査を受けるのは当たり前」


「ああ、そういうこと……」


 真実は得心のいった表情をした。


 アヴァロンの最重要施設が襲撃を受けたのだ。現場に居合わせた彼らが調べられるのは、当然の帰結と言えた。


 一総は説く。


「田中は嘘を吐けないから、取り調べが終わるまで詳細を知らない方がいい。知らなければ嘘にはならないんだから」


「まぁ、それはそうなんですが、詳細を政府に教えちゃダメなんですか?」


 テロ対策のために少しでも情報を伝えた方が良いのでは? と真実は首を傾いだ。


 対して、一総は苦い顔をする。


「これはオレの我がままだ。エヴァンズが暴露したから言ってしまうが、オレはかなり強い。それを周りに知られたくないんだ。今回のことを話すと確実にバレるんだよ」


 一総の力が周知されれば、絶対に彼の日常は崩壊する。それだけは絶対に避けねばならない。


「頼む。オレの実力のことは黙っててほしい」


 真相の一端を知ってしまった蒼生と真実の二人へ頭を下げる一総。


 真実は慌てて手を振った。


「ちょっ、センパイ。頭を上げてくださいよ! そんなことしなくても他人には話しませんから」


「でも、田中としては大スクープになるだろう? それを黙っててもらうなら頭くらい下げないと」


「確かに美味しい情報ですけど、命の恩人をおとしめるようなことはしません! その代わり、何で実力を隠してるのかも後で教えてくださいね?」


「それくらいの対価でいいのなら、お安い御用だ」


 真実の方は問題なさそうだ。彼女なら約束を破ることはしないだろう。


 それで、蒼生の方だが――


「私も言わない。前の時も言わなかった」


 いつもの無表情で頷いている。


 彼女の言う通り、勇者殺しの時も誰かに話もしなかったから心配はしていなかったが、言葉として耳にすると安心はする。


 二人の了承を聞いて、一総はホッと息を吐いた。


「ありがとう、二人とも」


 微笑みを浮かべ礼を述べた彼は、身を翻した。


「じゃあ、地上に戻ろう」


「うん」


「はい!」


 そうして、三人は崩壊した建物から脱出していった。

 

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