004-4-02 犠牲者とは知らない道化
決戦装備なのか、
用意した手下を全部排除された
「フン、『イビルドア』の分際で、よくやったじゃないか。まさか、これだけいた
「はぁ」
追いつめられていると理解していないのか。この状況に至っても偉ぶっていられる牛無に、さしもの
そんな彼の様子に気づくこともなく、牛無は能弁を続ける。
「だが、調子に乗ってもらっては困るぞ。今回集まった面子は、所詮報酬に釣られたヒラの門下生だ。桐ヶ谷流の真の実力はこれっぽっちではないし、僕には選ばれた『真の力』が備わってる。お前に勝てる道理はない!」
こちらも実力を出し切っていないが、と口を挟むのは空気が読めていないだろうか?
想像以上に酷い物言いに、ついつい本気でそういう発言をしてしまいそうになる一総だが、それでは一層場を引っかき回すだけだと自重する。
代わって、一気に事態を収められるセリフを口にした。
「それなら、アンタが相手してくれよ。アンタなら桐ヶ谷流の真の実力とやらも、よく分からん『真の力』とやらも見せられるんだろう? 一石二鳥じゃないか」
わざと鼻にかけたように喋る一総。オマケにヤレヤレと盛大に肩を竦める。
短気な牛無のことだ、これくらい
その推測は的中した。
「キサマァ」
憤怒の形相を浮かべた牛無が、大きな歯ぎしりを立てて足を踏み出した。戦う気満々である。
(扱いやすくて楽な奴だ)
一総は心の裡で息を吐く。
牛無は桐ヶ谷と黒幕の渡りをつけた鍵であり、性格的に今後も何かと
当主の
ゆえに、向こうから倒す動機を持ってきてくれた以上、この機会を逃すわけがなかった。あおるだけで立ち向かってきてくれるのなら、喜んで扇動をしよう。
顔を赤く燃やす牛無は、怒声を上げる。
「その言葉、撤回できると思うなよ。貴様には死すら生温い罰を与えてやる、覚悟しろ!」
言い終えると同時、彼の体から不可視の力場が放たれた。それは確かな質量を備えていて、床や天井、壁などを深々とえぐっていく。
ここまできて誤魔化す必要もあるまい。牛無が放つ力は魔力だ。何の洗練もされていない荒削りのマナ。宝石の原石──否、質から言って、川辺に落ちている小石程度のモノと評して良い。
正直、お粗末すぎる魔力だが、それを一般人の牛無が扱っているのが問題だった。魔法という法則の存在する世界に行かなくては、通常は魔力を操ることはできないというのに。おそらく、彼を後ろから操っていた組織──『ブランク』が手品を施したと推察できる。
そう。牛無や桐ヶ谷の背後にいる組織とは、先日発生したアヴァロンのテロに加担し、
状況証拠ではあるけれど、ちゃんと確証はある。
ひとつは屋敷を覆っている結界。あれは間違いなく【空間魔法】を付与した
ふたつは牛無の持つ自称『真の力』。【強制】を施す際にその力を振るわれたのだが、あれは【空間魔法】だった。使役者の一人である一総が見紛うはずもない。実際、今だって────
「これでも喰らええええええええええ!!!!!!!!!!」
裂帛と共に
あれは【空間魔法】だ。不可視の斬撃を放ったのだろう。精度はメチャクチャで威力も恐ろしく低いが、【空間魔法】であることに違いはない。
どうやったかは不明だが、『ブランク』は一般人に【空間魔法】を与える術を持っているらしい。頭の痛い問題が増えた。
空間魔法使いモドキの対策はおいおい考えるとして、今は牛無への対処に思考を回そう。決して強くはないが、このような傲慢で身勝手な人間に、【空間魔法】を自由に使わせるわけにはいかない。
迫る斬撃は射線が分かり切っているため、容易にかわせる。込められた魔力も少ないので、後方にある蒼生らの部屋まで到達する心配もない。
まぁ、何度も撃たせて無闇に屋敷を壊させる必要もない。暴発も怖いし、近接戦を仕かけよう。
横にステップして斬撃を避けた一総は、足が床についた直後に前へ跳んだ。弾丸の如き跳躍は文字通り目にも留まらぬ速さ。あっという間に牛無の目前へ躍り出る。
魔法は使えても一般人に変わりない牛無に一総の動きが追えるはずもなく、いきなり目の前に現れた彼に目を見開いた。慌てて刀を構え、こちらへ振り抜いてくる。
一総は、それに対して【ストレージ】から取り出した日本刀で応戦した。牛無が意地の悪い笑みを浮かべているのは認めていたが、構わず刃を合わせる。
ガキン。
高く鋭い金属音が響いた。キチキチと耳障りのよろしくない音が続く。
一総と牛無。両者の日本刀がつばぜり合いとなり、せり合いを演じていた。
「ば、バカな!?」
現状に、真っ先に声を上げたのは牛無。顔には驚愕が彩られている。
何を驚いているのか一総は知っていた。というのも、牛無の振った刀には【空間魔法】が付与されていたからだ。かの魔法が宿った攻撃は、同種の異能を施した代物でしか防げない。本来ならつばぜり合いなどできないはずなのに、それが実現してしまっているため、
ただ、今回一総は【空間魔法】を行使していない。別の要因によって、牛無の魔法を防御していた。
実は、現在使用している刀にタネがある。この刀、『破壊』や『老朽』といった崩壊の概念が存在しない、理を超越した武器なのだ。崩壊の概念がないということは、如何な力を用いても壊れる未来など来やしない。つまり、不滅の代物となる。
ちなみに類似したモノで、付与魔法によって『不滅』等の属性をつけ加えるという手法があるが、所詮は外づけにすぎず、完全な不滅とは言い難かったりする。より大きな力を加えると壊れてしまう欠点があるのだ。
閑話休題。
不滅の武器であれば、いくら【空間魔法】でも破壊するのは不可能。ゆえに、つばぜり合いという現象が成立したわけだ。
この辺りの事情を知らない牛無は仰天するしかないだろう。というより、【空間魔法】でも壊せないモノが存在するなど、他の誰でも知識にないと思う。概念を削る手法は一総が独力で編み出したものであり、これまで渡った異世界でも見られなかった。もしかしたら、まだ見ぬ異世界には存在するかもしれないが、それでも容易に行える手段ではないと断言できる。一総の日本刀──『
では、どうして希少な武器を持ち出して応戦したのか。【空間魔法】で応対した方が手っ取り早かったのは事実だが、そこには一総なりの意地があった。
辛うじて【空間魔法】の体裁を保っているものの、牛無のそれは紛い物という他ないチンケな魔法だった。習得したての初心者にも劣るくらい。
そのような軟弱な魔法に対して本物をぶつけることに、些かの抵抗感があった。彼にしては珍しい、つまらない矜持というやつだ。
まぁ、この戦闘を覗き見しているであろう『ブランク』に、「一総が【空間魔法】を使えるかどうか判然とさせない」という結果は生み出せるだろうから、完全に無駄な行為とはなるまい。
「フッ」
「チッ」
同時に漏れる鋭い吐息と舌打ち。それと共につばぜり合いは終わり、両者は一、二メートル後方へと跳んだ。そのまま、油断なく刀を構える。
鋭利な視線を交差させる二人だったが、一総が嘲笑を浮かべる。
「桐ヶ谷流の実力やお前の『真の力』とやらは、この程度なのか?」
あからさまな挑発。牛無のような輩は、頭に血を上らせた方が御しやすいと理解した上での言動だ。
牛無は一総の思惑にまんまとハマる。
「なめやがって!」
今なら顔で茶を沸かせるのでは。くだらないことを本気で考えさせてしまうほど、面を真っ赤に染める牛無。彼は正面から突撃を仕かけ、【空間魔法】をまとった刀を振ってきた。
まずは上段からの振り下ろし。次に返す刀で逆袈裟斬りに斬り上げ、勢いのまま横に薙ぎ払う。怒涛の三連撃が数秒のうちに襲いかかった。
しかし、その凶刃が一総を捉えることはない。前後左右に歩を踏むことで、軽やかに全攻撃をかわした。
それだけに留まらず、牛無が攻撃を終えた絶妙なタイミングを狙って、中段からの正面斬りを見舞う。
「くそっ」
悪態を吐く牛無は急いで刀を引き戻し、何とかつばで『鉄』の刃を受け止めることに成功した。
再びせり合う二人だが、今度の均衡は長く続かない。牛無が【空間魔法】を併用して押し返し、そのまま倒れ込むように斬りかかってきた。
「……なるほどね」
先程と同じく回避しようとした一総であったが、何かに感づいたのか、即座に足を止める。そして、高速で『鉄』を振るった。
放たれた斬撃は瞬きのうちに五本。一総自身を軸とした風車の如く、周囲に羽を展開させる。
五本の刃は牛無の刀のみならず、不可視の何かを打ち払った。ガラスを割ったようなカン高い音が響くと共に、空間が震える。
その様子を認めた牛無は小さく舌を打つと、弾かれた刀を構え直して一総から距離を取った。
今のは牛無による【空間魔法】の攻撃だ。刀で斬りかかると見せ、密かに一総の周りへ不可視の刃を放っていたのだ。
一総が回避することを見越しての罠だったのだろうが、牛無の技量が低すぎるため、全然罠を隠し切れていなかった。見破れない方が逆に難しい。
その後も二人は戦闘を継続する。刃が幾度も重なり、魔法で床や壁が爆ぜる。クルクルと立ち位置を変えながら、一総と牛無は刀を振るい続けた。
力任せの攻めを受け流しつつ、一総は牛無を静かに観察する。
剣の腕はそれなり。機転もそこそこ。【空間魔法】は落第点。運動神経は良いみたいだが、期待外れも良いところの才能のなさだ。たった数合しか刀を交えていないけれど、ハッキリ分かる。圧倒的に、武の道に向いていない。【空間魔法】があったとはいえ、桐ヶ谷流の頂点に上りつめられたのが不思議でならないレベルだった。先の軍団の方が、まだ武術の腕が立つというもの。
「何故だ、何で当たらない! どうしてお前は傷つかないんだ! 『真の力』を使えば勇者でも容易く殺せるはずなのに、お前は何で平然としてるんだよ!!!」
牛無の慟哭に、一総は眉ひとつ動かさない。上段中段下段、あらゆる方向から来る刃を丁寧に処理していく。
「くそくそくそくそくそっ!!! 僕は選ばれた人間なんだ。こんなところで終わっていい人間じゃないんだよぉぉぉおおおお!!!!!!」
刀の勢いが増す。苛烈な攻撃が次々と振るわれた。
それでも一総は動じない。端然となすべきことをなしていった。
(心の闇や欲望を上手く使われたって感じだな。
ある意味選ばれた人間だろう。勇者や救世主のような希望ではなく、選んだ側の筋書き通り動いてくれる滑稽な道化として。
好き勝手に振る舞う彼を見ていると、これっぽっちも同情の念は湧いてこないけれども、哀れには思えた。『ブランク』に目をつけられなければ、また別の結末を迎えられただろうに。
(もう朝か)
崩れた天井から漏れる朝陽に気がつき、一総は茶番の幕を下すことを決意した。
五十人との戦闘を差し引いて逆算すると、かれこれ一時間は牛無と戦っていたらしい。どうりで彼は汗だくの満身創痍になっているわけだ。
ちなみに、一総は汗の一滴も流していない。
一総はゆっくりと『鉄』を構えた。剣道でいう脇構えの形。
それを見た牛無も、一総が決着をつけようとしているのを悟ったようだ。疲労困憊の顔を引き締め、正眼の構えを取る。
睨み合うこと数秒。ついに一総が動き出す。
彼の重心が僅かに前へ倒れた────
バタン。
────と同時に、牛無は地に体を投げ捨てていた。一総の姿も、いつの間にか牛無の後方へ移動している。
一瞬にて斬り捨てたのだ。神速の一撃と言っても過言ではない早業。常人の目では影さえ捉えられない、まさに神業と評すべき一刀だった。
床に血の池を作る牛無を眺めながら、一総は呟く。
「お前も、ある意味で犠牲者だったのかもな」
その言葉を投げかけられた者に、すでに息はなかった。
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