第18話 王都争乱 4章 カリキウス 1

 セルフィオーナ王女とサンディーヌはいったん港の方に戻って、また隠し扉を使って秘密通路に入った。壁の中の秘密の通路を逆にたどって、セルフィオーナ王女の部屋へ戻った。セルフィオーナの部屋は乱暴にひっくり返され、扉という扉、引き出しという引き出しすべてが開け放たれていた。セルフィオーナとサンディーヌは顔をしかめながら確認していった。金目の物はすべてなくなっていた。宝石も貴金属も高価なドレスも。下着類が乱暴に放り出されているのを見て王女は顔をしかめた。持って行けない家具には傷が付いていた。


「やってくれるわね」


 セルフィオーナ王女がどこかあきれたように呟いた。それからサンディーヌを振り返って、


「行くわよ」


 サンディーヌはきょとんとした顔で、


「えっ?どこへいくのですか?」

「決まっているでしょ!陛下のところよ」


 呆然としていたサンディーヌがはっと我に返った。王女の部屋がこの有様では、女王陛下の居住されているところはもっとひどいことになっている可能性がある。あちらの方が高価な物はずっと多いのだ。慌てて廊下に飛び出そうとして、王女に腕をつかまれた。振り返ったサンディーヌに対して、


「こっちよ」


王女が部屋の奥を指し示した。


「えっ?」

「あの通路を使って“奥”の近くまで行けるの」


 内宮の廊下を通って行けば誰に会うかわからない。王女の部屋を略奪した者たちに出くわさないとは限らない。壁の中の秘密通路を使う方がずっと安全だった。セルフィオーナ王女は引きずるようにサンディーヌを通路に戻し、通路への扉を閉めた。狭い通路をたどり、階段をいくつか上り下りして、サンディーヌにはどこをどうたどったのか分からなくなったころに王女は一つの扉の前で止まった。扉についている覗き穴から慎重に外に人影がないことを確かめて、王女は扉をそっと開けた。そこは“奥”の近くにある、かって王直属の官僚が執務していた部屋だった。使われなくなってから物置代わりに使われていて、定期的に交換される装飾品や花瓶、緞帳などがおいてあった。普段は使われていないほぼ締め切りの部屋は、わずかに黴臭かった。


「誰もいないわね」


 部屋の書架にうまく偽装されたドアを開けて、セルフィオーナ王女とサンディーヌは通路から出た。部屋は乱暴にひっくり返されていた。ここも略奪にあったのだ。開け放たれたままの部屋のドアから顔を出して周囲を窺う。近くに人の気配はなかった。王女を先にして廊下をたどり始めた。どちらが先に立つかで多少もめたのだが、


「おまえに人の気配が分かるの?」


の一言で却下された。殿下には分かるのですか?と聞き返したかったが、おまえよりはねと言われるのが見え見えだった。



 角を曲がると“奥”というところまで来て、王女は足を止めた。そっと曲がり角から顔を出して“奥”の入り口をうかがう。まるで見張り番をしているように二人の武装兵が立っていた。その一人を見て王女は思わず息をのんだ。


「カリキウス!」


 最も予想していない人物だった。それが王女の気配を目立たせたようで、カリキウスの目が王女の方を向いた。慌てて顔を引っ込めたが間に合わなかった。王女を認めたカリキウスが顔をほころばせた。


「殿下!セルフィオーナ殿下」


 なぜカリキウスがここにいるのか分からなかったが、ともかく見つかってしまったことは確かだった。角から出て、セルフィオーナ王女は“奥”の入り口に向かって歩いて行った。


「セルフィオーナ様、ご無事でしたか」


 カリキウスの声は安ど感にあふれていた。彼はこの争乱で王女が果たした役割を

知らなかった。


「カリキウス、ここで何を?」


 セルフィオーナ王女の声は厳しかった。この混乱の主役ではないか。


「“奥”に狼藉者が入らぬように番をしております」


 王女の不審そうな表情に気づかないようにカリキウスが続けた。


「階下の入り口も私の部下が固めております。“奥”に狼藉者は入れておりません」

「陛下は、母上はご無事なのね?」

「はい」


 カリキウスに問い質したいことは多かった。しかし先に“奥”の様子を確かめたかった。


「通るわよ」


 カリキウスは“奥”のドアをふさぐように立っていた場所から身を避けた。その前を硬い表情で通り過ぎる王女に従者とともに軽く頭を下げた。サンディーヌが慌ててセルフィオーナ王女の後を追った。


 “奥”は女王の私的空間になる。普段は女王が信頼している召使しか入れない。しかし今、普段では見られないほどの数の女官たちがそこにいた。ドアを入って直ぐの広い居間で王女は十人を超える女官たちに囲まれた。口々に問いかける。


「セルフィオーナ殿下、いったい何が・・・?」


 セルフィオーナ王女は周りを取り囲んだ女官達の中で一番身分の高い者を選んで問いかけた。


「フェミエラ、お前たちは何も聞いてないの?」


 フェミエラと呼ばれたのは五十前後の小太りの女官だった。


「私どもでは何もわかっておりません。カリキウス様は何も話してくれませんし。でも、いきなり目を血走らせた男たちが私どもの部屋に入ってきて物色し始めたのです。金目の物を根こそぎ持っていきました」


 周りを取り囲んでいる女官たちがそうだというように頷いた。






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