第11話 撤退 1章 ラスティーノ 2

また翼獣が上空を飛んで、青い光条がマギオの民を襲った。あちらこちらから悲鳴が上がり、何発もの鉄砲がむなしく空を撃った。上空からの攻撃に身を隠すように男達が伏せった頃合いを見計らって、森からわらわらとフリンギテ族の戦士達が現れた。これまでの攻撃と違って無言だった。しかしウルバヌスは森に対する警戒を怠っていなかった。すぐにフリンギテ族の出現に気づいた。


「翼獣に構うな!やつらはケルスとマゴーネに任せろ!蛮族どもだぞ!」


 ウルバヌスに叱責されて、空を注視していた男達が森の方を見た。いつものような突撃の雄叫びを上げもせず、百人あまりのフリンギテ族が木の切られた広場を全力で突っ切ろうとしていた。マギオの民はフリンギテ族に向き直った。再び三度みたび、翼獣は集落の上空をかすめ、光の矢が降ってきて何人かの男達が傷ついたが、柵にとりついたマギオの民は突撃してくるフリンギテ族から眼を離さなかった。

 フリンギテ族の戦士達が柵から二十ヴィドゥーの距離に近づいたとき、


「撃て!」


 ウルバヌスの号令がかかった。

 フリンギテ族に対して構えられていた六十丁余の鉄砲が一斉に火を噴いた。

 一瞬のうちに半数の男達を倒されて、しかし、フリンギテ族の戦士達は止まらなかった。今度は一斉に雄叫びを上げてそのままラスティーノの集落の柵めがけて殺到した。マギオの民は鉄砲をおいて、短弓を取り上げ、矢継ぎ早に矢を射た。フリンギテの戦士達もある者は剣を振り上げ、ある者は槍を構え、ある者は弓をつがえて突進してきた。柵を挟んで矢が交錯した。矢に倒れる者もいたが、鉄砲の一斉射撃を生き残ったフリンギテの戦士の大部分は柵にとりつき、柵を乗り越えてマギオの民に挑みかかった。弓を捨てて迎え撃ったマギオの民との間で激しい戦闘が始まった。

 ウルバヌスは鉄砲の一斉射撃のために数の減ったフリンギテ族との戦闘を、余裕を持ってみていた。ウルバヌスの親衛隊と言っていい男達が本格的な戦闘に加わらないまま、ウルバヌスの周りを固めていた。これまでの、鉄砲に仲間達を倒されて怖じ気づいた相手との戦いとは様相が異なることに気づいていたが、自分たちより少数になった敵を怖れる理由はないと考えていた。翼獣とその背に乗ったアラクノイという、これまでにない要素が加わっていたが目の前のフリンギテ族の戦士は撃退できる。

 その考えが間違っていたことはすぐに判明した。


「新手だ!」


 誰かが叫んだ。その声にウルバヌスが森の方を見ると、さらに二百人前後のフリンギテの戦士が雄叫びを上げながら森から走り出てきていた。鉄砲を使う余裕はなかった。ウルバヌスは自分の周りを固めていた十人前後の男達に


「付いて来い!」


と声を掛けて、フリンギテ族の新手の敵の方へ駆けだした。ウルバヌスが新手の敵の方へ駈けていくのに気づいて何人かのマギオの民がその中に加わり、二十人ほどに増えた男達がフリンギテ族の戦士の中へ突っ込んだ。たちまち激しい戦いが柵の外でも始まった。数で三倍する敵とまみえて、ウルバヌスも一時に複数の敵を相手にしなければならなかった。数で勝る敵に押されてマギオの民は柵の方へ後退しながら戦った。新手の敵との戦いもすぐにそれまでの戦いと混じり合ってしまった。

激しい戦闘は、マギオの民に明らかに不利になりつつあった。フリンギテの戦士達は初めて迎える五分以上の戦いに奮起していた。新手を加えればフリンギテ族の数はマギオの民を遙かに上回り、しかも上空には翼獣が舞っていた。混戦の中では光の矢は降ってこなかったが、マギオの民が戦闘の輪からはずれると光条が襲った。上空から狙われて、何人ものマギオの民が戦いの輪の周りで死傷して倒れていた。

 今まで芸もなく直線的に突撃してきて鉄砲の餌食になっていたフリンギテ族が、今回は翼獣を牽制に使い、波状攻撃を仕掛けている。敵の戦い方が変わったことをウルバヌスは悟った。そして今フリンギテ族に圧倒されつつあることも。マギオの民は少数での戦いには慣れていても、多数による正面切っての戦闘には慣れていなかった。一人一人の技量が敵に勝っているとはいっても複数の相手に対して五分に戦える男がそういるわけではない。

 こんな所で全滅させられるわけにはいかない。少なくとも半数は逃そうとウルバヌスは思った。


「ディディアヌス、バルバティオ、トラヴァディウス!」


 手勢を率いて離脱しろと命じるつもりで中隊長格の部下を呼んだ。しかし激しい戦闘の中で、ウルバヌスのところへ駆けつけることができたのはバルバティオだけだった。そのバルバティオもあちらこちらを負傷していた。血走った目でウルバヌ

スを見て叫んだ。


「ウルバヌス様!」

「バルバティオ、部下を連れて離脱しろ、ガレアヌス様にお知らせするのだ!」

「ウルバヌス様、しかし!」

「行け!」


 同時に三人の敵と戦いながらウルバヌスは厳しく命じた。バルバティオはそれでも逡巡したが、誰かがこの様子をガレアヌスに知らせなければならないことは理解した。バルバティオにも打ちかかってくるフリンギテ族の戦士と斬り結びながら答えた。


「かしこまりました!」





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