第11話 撤退 1章 ラスティーノ 3
残酷な表現を含みます。苦手な方はご注意ください。
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ウルバヌスに軽く頭を下げてその場を離れたバルバティオは、やっとの思いで五、六人の部下をまとめて、ラスティーノの集落を南に離脱しようとした。それをめがけて翼獣が襲いかかった。上空から何条もの青い光条が降りかかってくる。たちまち数人の部下を光の矢で倒されたバルバティオが絶望の思いで翼獣を見上げた丁度そのとき、森の陰から青い光が翼獣めがけて奔った。二本の光条は正確に二匹の翼獣の額を貫いた。何とも形容のしようがない、甲高い咆哮を上げて翼獣は百ヴィドゥーを超える高さから落ちてきた。背に乗っていた人の形をした者も振り落とされて真っ逆さまに墜落した。ぐしゃっと大地に肉の塊がたたきつけられる音が連続して四つ聞こえた。二匹の翼獣と二匹のアラクノイが落ちてきたのは、まさに今戦闘が行われている集落のはずれだった。
翼獣の墜落に巻き込まれて数人の男達が下敷きになった。剣を交えている形のままマギオの民とフリンギテ族の戦士が潰された。
翼獣と、アラクノイが撃ち落とされたのはフリンギテの戦士達にも見えた。アラクノイは彼らにとっては最高神の使い魔だった。それがいとも簡単に撃ち落とされる事態は彼らの耐えられる限界を超えていた。あちこちで悲鳴が上がり、それまで果敢に戦っていたフリンギテの戦士達が逃げ出した。仲間達が逃げ出すと踏みとどまって戦いを続けようという男はいなかった。たちまち、今の今まで激しい戦闘が行われていた集落の中には、事態の急変に呆然としているマギオの民だけが残された。彼らに、逃げ出したフリンギテの戦士達を追いかける気力は残っていなかった。
手傷を負い、肩で息をしているウルバヌスの前に四人の男達が現れた。今までの戦闘に疲れ果てたマギオの民の男達のあちこちから歓声が起こった。流れ落ちる汗をぬぐってウルバヌスは男達を見た。アティウスを認め、タギに気づいた。
「アティウス様!それに、タギ?」
ウルバヌスにとっても信じがたいような展開だった。目を離すとアティウスが消えてしまうのではないかというようにアティウスを見つめた。その眼が不審の色を浮かべた。アティウスについてアトーリへ行ったマギオの民が一人足りない、しかしアティウスが何も言うなと眼で命じていた。そんな無言のやりとりをまったく気づかせない口調でアティウスが言った。
「どうにか間に合ったな。ウルバヌス、すぐに手勢をまとめろ、引き上げるぞ」
この場を離れることには異議がなかった。体勢を立て直さなければならなかった。だが引きあげるとはどういうことだ?アティウス様は何か掴んで戻ってこられたのだろうか?それになぜタギが一緒なのだ?そして一人足りないわけは?
「一体どういうことなのですか?」
「兎を追いかけているつもりで、オオカミに出くわしたのだ」
オオカミに?例え話にしても飛躍しすぎている。
「何のことです?翼獣なら、そして光の矢を撃つやつのことなら最初から計算に入っていたではないですか?兎と言うにはあいつらは少々手強いようですが」
アティウスは例え話のままで答えた。
「やつらは兎だ。だがすぐにオオカミが来る。鉄砲でも倒せないようなやつが」
さらに質問しようとして、ウルバヌスは思い直した。質問なら引き上げる途中でいくらでも出来る。アティウスがこう言っているのなら今は従った方がいい。
「分かりました」
と答えて、ウルバヌスは引き上げる準備を命じるために離れていった。ベイツがその後に従った。ベイツが盛んにウルバヌスに話しかけている。それに対してウルバヌスが何か質問し、その答えに頷いているのが見えた。
タギは撃ち落とした翼獣と、“敵”の所へ歩み寄った。百ヴィドゥー以上の距離を墜落して、翼獣は完全に潰れていた。広い範囲に血が飛び散り、ちぎれて変形した体の一部が散乱していた。その体の下に不運なマギオの民とフリンギテの戦士を巻き込んで、完全に死んでいた。タギが市をめぐる戦いの中で見慣れた翼獣に間違いはなかった。
アティウスとクリオスがタギの後ろから付いてきた。
タギは翼獣の翼を摘んで持ち上げた。鳥の羽とはまったく違う、軽い骨組みに膜を張ったような翼だった。膜には羽毛も生えていない。縦横に血管が走り、今は破れて出血し、骨組みは砕けていた。
二匹の“敵”も無様にひしゃげて地面に横たわっていた。茶色いシミが“敵”の周りに広がっている。だがひしゃげていても、“敵”はその形を保っていた。市での戦いのときのように、死んでしまえばぐずぐずと崩れて戦闘服だけが残っているわけではなかった。タギは硬質セラミック製のナイフを抜いて、一匹の“敵”の上肢を肘関節の上で切断した。切断面には明らかに筋肉組織と思われるもの、骨格と思われるものが見えていた。切断面から赤黒い体液が流れ出した。戦闘服と見えるのは皮膚なのかも知れない、とタギは思った。服とその下の“敵”の肉体との間は密着していて剥がせそうもなかった。
・・・ここでは“敵”は死んでも形を保てるのだ・・・
どうしてだろう?ここが“敵”の本来いるべき場所だからだろうか?
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