第11話 撤退 1章 ラスティーノ 4
タギの後ろから、アティウスが興味深そうにタギのやることを見ていた。そしてタギの肩越しに声をかけた。
「なるほど、こいつらはアラクノイですな。あの像にそっくりだ」
「私たちの“敵”だった。私の国を滅ぼした奴らだ」
タギは振り返らずに答えた。
「光の矢を撃つやつは、確かレーザー銃と言いましたか?そいつはどこです?」
タギは周りを見回した。いくらも離れていないところに“敵”のハンドレーザーが転がっていた。タギは顎でそれを指し示した。
「あそこに落ちている」
アティウスはタギの指した方を見た。アラクノイのレーザー銃は、ずんぐりした円筒に大小不同のいびつな球体が四つ付いた、灰色で奇妙な形をしている。アティウスはレーザー銃を拾い上げた。思ったよりも軽いな、だがこれはどんな材質でできているのだろう。そのレーザー銃はアティウスが見たこともないもので作られていた。手触りは固く冷たい、しかし寒い時期に触れた鉄ほどの冷たさはない。円筒の一方の端にガラスのようなものがはめ込んであった。矯めつ眇めつ見てもどんな風に使うのか見当も付かなかった。
アティウスの思いに気づいたようにタギが言った。
「そいつは人間には使えない。人間がどういじくっても、アラクノイのようにその先からレーザーを撃つことはできない」
手に持ったレーザー銃をしげしげと眺めながら、アティウスがタギのところまで戻ってきた。首をひねりながらタギに言った。
「何とも奇妙なものですな。とても武器には見えない」
「だがそいつは武器だ、とても危険な武器だ」
「あなたのレーザー銃と同じくらいに?」
たった今見せ付けられたタギのレーザー銃の威力を思い出しながら、アティウスが訊いた。タギは簡潔に答えた。
「そうだ」
時を少し逆のぼる。
ラスティーノへ道を走りながら、アティウスはタギの腰に見たこともない奇妙なものがあるのに気づいていた。それは一見したところ、銃身の短い鉄砲に似ていた。銃床や引鉄と思えるものもあった。タギのベルトに、丁度それを入れる形の革製のものが吊ってありその中にぴったりと収まっていた。やや先細りになった銃身の先端はガラスのようなものでできていて、いくら注意して見てみても、その先端から弾が飛び出すようには見えなかった。
それがやはり銃であることを、しかも光の矢を撃つ銃―レーザー銃―であることが分かったのはラスティーノまであと一息というところまで来たときだった。アティウスに続いて走っていたタギが急に立ち止まったのだ。アティウスの足はマギオの民の中でも速い。特に森の中のような足下の悪いところでは、民の中でもアティウスに付いていける男はほとんどいなかった。しかしタギは苦もなくアティウスに付いてきた。しかもすぐ後ろを走っているのにアティウスにはタギの足音がほとんど聞こえなかった。息づかいや人の走る気配―風を切る音―は感じられたからすぐ後ろにいることは分かった。それはアティウスにとって驚くべきことだった。五感の鋭さでもアティウスは民の中で突出していたからだ。そのアティウスにタギの足音が聞こえない、自分の方が大きな音を立てながら走っているというのは、アティウスには滅多にない経験だった。自分に匹敵する技量を持つマギオの民というとウルバヌスだが、ウルバヌスでもこれほど完璧に足音を殺せるだろうか?
「止まれ!」
いきなり後ろから声をかけられて、アティウスは足を止めた。大きな声ではなかったが、タギの声には逆らえない響きがあった。
アティウスはマギオの民の支配一族の一員として生まれた。だから命令することには慣れていても、命令に従うことには慣れていない。事実彼に命令できるのは、ガレアヌス・ハニバリウス・ハニバリウスだけといって良かった。だからガレアヌスの前に出るときにはそれなりの心構えをして行くのだ。それ以外の時に、自分に対して言われたことに無条件に従うことなどまずなかった。それなのにタギの言葉には素直に従った。止まれ!というごく簡単な言葉であったにせよ。
足を止めたアティウスは何事だというようにタギを見た。彼らが駆けるより、翼獣の飛ぶ速度の方がずっと速い、やつらはもうラスティーノに着いているだろう、自分たちもできるだけ早く行かなければならない。時間を無駄にしたくなかった。
振り返ったアティウスに、タギが南の上空を指し示した。タギの指し示す方向に遠く二匹の翼獣が舞っているのがアティウスにも見えた。どこかに向かって飛ぶのではなく、一定の地点の上を旋回していた。タギが訊いた。
「あの辺りがラスティーノか?」
「多分」
もうラスティーノから遠くないところまで来ているはずだった。
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