第3話 侵攻 3章 捕虜 2
薄暗くなった山道をタギが先導した。カティーとターシャが松明を持った。松明がなくてもタギの足の方がカティーとターシャより速かった。時々立ち止まって二人を待った。足下の悪い山道を頼りない松明の明かりで、カティーとターシャは懸命に歩いた。それでもタギの先導がなければもっと時間がかかっただろうということは二人にはよく分かった。
ドラヴァたちの一隊に合流したときはもうすっかり暗くなっていた。かがり火を焚いて、あちらこちらに男たちがかたまって座っていた。全部で三十人ほどもいるだろうか?カティーはドラヴァのいるグループに近づいた。たき火を囲んで七、八人の男たちが座っている。やや年のいった口ひげの男がドラヴァだった。
「ドラヴァ?」
ドラヴァと呼ばれた男が顔を上げてあきれたように言った。
「カティー!何だってこんな所にいるんだ?」
「ウルススが捕虜になったって本当かい?」
ドラヴァの顔に困惑の表情が浮かんだ。
「レンティオ様が鉄砲で撃たれて落馬されたんだ。ウルススの小隊はレンティオ様のそばに配置されていたから何と助けようとしたんだが、直ぐにやつらに囲まれてしまった。何人かやられて、残りは連れて行かれた。俺たちも負傷したのを連れて戻るのが精一杯で、誰がやられたのか、誰が捕虜になったのか正確にはよく分からないんだ」
「やられたのを放ってきたと言うのかい?」
「仕方がなかったんだ、カティー。やつらの方が多かったし、鉄砲は持っていたし、その上最初にレンティオ様がやられて押されっぱなしだったからな」
「・・・・・・」
タギが横から訊いた。
「関所ってのはどんなものだ?元々何もないところだから簡単な作りのものだろう?」
ドラヴァは始めてタギがいることに気づいて、一瞬びっくりしたような顔をしたがすぐに答えた。
「ああ、木の柵を三重に並べただけだ。一部が切ってあって通れるようになっているんだが、ジグザグにしてあって一気に走り抜けられないようになっていた」
「何人くらい詰めていた?」
「五百ってとこだと思う」
「そうか」
タギは荷物の中から、食料と水を取り出した。先を尖らせた鉄の棒と鉤付きのロープ、双眼鏡を懐にいれた。腰に差したナイフを確かめる。このナイフと暗視装置付きの双眼鏡だけが、自分の体の他に元の世界から持ってくることができたものだった。
「様子を見てくる」
「私も行く」
「駄目だ、カティー。あんたはここで待ってろ」
「でも!」
「私一人なら、明かり無しでも道をたどれる。その程度の柵なら超えられる。カティーが来ても足手まといになるだけだ」
カティーはしぶしぶ納得した。ここへ来るときもタギは明かり無しで自分よりずいぶん速く歩いていた。単にこの道を歩き慣れているだけではない。この暗さで足下が見えているとしか思えなかった。自分には、いや山人の誰にもあんなことはできないだろう。
タギがドラヴァに言った。
「いつ戻れるか分からない。私のことは勘定に入れずに今後の方針を決めろ」
テッセの人々は暗闇の中へ姿を消したタギの方をいつまでも見ていた。
柵は頑丈な作りだったが、簡単なものだった。要するに馬で超えられなければいいのだ。かがり火を盛大に燃やしているが、闇の方が大きい。タギは簡単に見張りの目をごまかして柵を越えた。柵のアザニア盆地側にたくさんの幕舎が並んでいる。整然と並んだ幕舎はセシエ公の軍の性格を表していた。セシエ公の軍は軍紀が厳正なことで知られていた。
タギは闇を拾いながら並んだ幕舎の間へ入っていった。
その中心に一段と大きい幕舎があった。司令部の置かれている幕舎だった。入り口の反対側に身を潜めてタギは気配を消した。未だ起きて話している男たちがいた。
「・・・・また来るかな?性懲りもなく」
「来るだろう。あいつは指揮官クラスのようだからな。取り返さずにはおかないって思っているだろう。いかに山猿どもでも指揮官を捕虜にされて黙って引き下がりはしまい」
「また鉄砲の弾をたっぷり味わわせてやるだけだ。馬で突撃してくるだけの能なしでももう時代が変わったって分かるだろう」
愉快そうな笑い声がいくつもあがった。未だ若い男ばかりだった。酒が少し入っているようだった。それからしばらく聞き耳を立てていてもそれ以上昼間の戦いについての話は出なかった。タギはそっとその場を離れた。
タギはアザニア盆地内の西ニア街道をニアへ向かった。途中に何カ所かセシエ公の軍が駐屯していたが、派手にかがり火をたいているので遠くからでも識別でき、避けていくのは簡単だった。
ニアの城門付近に多数の幕舎が張られていた。どうやらセシエ公の軍はニアの町中には兵士を泊めていないらしかった。町中をパトロールもせずにいることはできないが、敵意に満ちた人々の間に兵士を泊めるとどんなトラブルが起きるか分からない。賢明なやり方だった。住民を皆殺しにして新しい住民と入れ替えるならともかく、以前から住んでいた人々ごと町を支配下におくなら、よけいなトラブルを避けるに越したことはない。
タギは多数の兵士が駐屯している正門近くを避けて、東に回って市壁を越えた。鉤の付いたロープを投げて、障壁に引っかけてするすると登った。市壁の上からざっと見渡したところ、町はあまり変わってないように見えた。崩れた建物が目立つわけでもなく、あちこちに死体が転がっているわけでもなかった。ただ町のあちらこちらに松明を持って巡回する兵士たちがいた。
ロープをまとめて懐へ入れ、市壁から身軽に飛び降りた。大人の背丈の四倍はありそうな高さだったがタギは平気だった。街路に降りて歩き出すとさすがに戦いのあとが目に付いた。焼けこげ、破壊された家や、片づけられていないバリケードの跡があった。
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