第3話 侵攻 3章 捕虜 3  

 タギはよく知っているニアの路地を、パトロールしているセシエの軍に見つからないように用心しながらたどった。明かりなどなくても迷うことなどなかった。『二つの暖炉亭』の裏口に回って戸を叩いた。この旅籠はどうやら無事に戦をやり過ごしたようだった。戸を四つ叩いて、一つ叩く。四つ叩いて、一つ叩く。小さな音だったがそれを二回繰り返したとき、戸が開いた。ダロウが顔を出した。目の下に隈ができ、ひげの手入れができていなかった。ダロウの赤く充血した目が見開かれた。


「タギ!」

「ダロウ!」


 ダロウは素早く辺りを見回した。急いで入れと身振りで示した。タギはするりと滑り込んだ。中にアリーも立っていた。ダロウもアリーも寝間着に着替えてもいなかった。アリーがタギを抱きしめた。


「タギ!」


アリーはかすれ声だった。


「アリー、無事でよかった」


タギの声に明らかな安堵が混ざっていた。


「なにが無事なもんかね。ひどいもんだったよ。それにしてもこんなに簡単にニアが破られるなんて思いもしなかったよ」


ダロウが頷きながら付け加えた。


「まったくだ。このあたりはそうでもないが、内門の中はひどいものだということだ。半分くらい焼け落ちていてガンドール様も討ち死になされた。コッタ家の一族はほとんど残っていないそうだ。内門の所にガンドール様の頸がさらされている」


ダロウは悔しそうに唇をかんだ。

タギがアリーから体を離しながら首を振った。


「戦のやり方が変わったんだ。それに適応できる指導者だけが生き残れる」


ダロウが顔をしかめた。新しい武器なんかがニアに入ってくるのはずっと後だろう。少なくともしばらくはアザニア盆地のような広い場所ではセシエ公の軍には歯が立たないと言うことだ。


「嫌な時代になったもんだ。けれどタギ、何をしに来たんだ?俺たちの様子を見に来ただけって訳でもあるまい」

「テッセの知り合いが捕虜になったらしい。西ニア街道の口のところで。それでダロウとアリーが何か情報を持ってないかと思って来てみたんだが」


 ダロウとアリーが顔を見合わせた。それからダロウが口を開いた。


「その捕虜ならリボの三叉路に収容されているらしい。漁船の倉庫があるだろう?冬の間アザニア湖の漁船を入れておく倉庫が。あの建物に収容されているって話だ」

「そうか。ありがとう。助かった」

「助けに行くのか?」

「とりあえず様子を見に行く。平の兵隊だったらそのうち釈放されるはずだから。怪我さえしてなければ、カティーも安心するだろう」


 ダロウが不思議なことを聞いたといった表情でたずねた。


「平の兵隊は釈放するのかい?セシエ公は」

「今まではそうだった」

「身代金も取らずに?奴隷にも売らずにか?」

「ああ」


 ダロウもアリーも怪訝そうな顔で黙った。身代金が払えない捕虜は奴隷として外国に売られるのが普通だった。戦のやり方も、その後始末もセシエ公は今までと全く違う。それが彼らのような人々にどんな影響を与えるのか、考えあぐねているようだった。


「ことが収まったら、どんなふうに収まるか分からないが、また来てくれるかい?」


 アリーが訊いた。


「ああ、そのときは喜んで寄せてもらうよ」


 タギは二人に礼を言って『二つの暖炉亭』を出た。

 ニアは陥ちてもセシエ公とアルヴォンの争いは決着がついていない。アルヴォンの他の町はまだ戦う意志をなくしていない。ダロウとアリーにはああ言ったがすぐにウルススたちが釈放されるかどうか、タギには自信がなかった。レンティオはテッセの有力者だ。交渉を有利にするための材料に使われるかもしれない。一緒に捕虜になっているウルススたちもどう処遇されるか正直タギには分からなかった。

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