第3話 侵攻 3章 捕虜 4

 リボの三叉路の漁船倉庫はタギも知っていた。そこはニアの畑地の外だが、アザニア湖に面したところに平屋にしては背の高い丸太造りの建物が建っている。タギは離れたところから双眼鏡で偵察した。倉庫の側面にきちんと間隔を置いて幕舎が立っている。幕舎の数からは全員で三十人ほどのようだ。アザニア湖に面した唯一の出入り口には四人の見張りが立っている。壁の高いところに風抜きの窓があるだけで他に倉庫に出入りできる戸はない。倉庫の周りを定期的に三人一組で巡回している。

 定期巡回のタイミングを計って、タギは風抜き用の窓に鈎付きロープを引っかけて登った。窓は小柄なタギがやっとくぐれるほどの大きさしかなかった。入り口に小さなろうそくがあるだけの倉庫の中は、足下も見えないほどの暗さだったが、タギにはその明かりだけで十分だった。十一人の男たちが捕らえられていた。うち五人が負傷している。レンティオはひときわ豪華な皮鎧をきて左肩に血のにじんだ包帯を巻いている。ウルススも負傷していた。右手に白い布をまいている。その布に血がにじんでいた。右の大腿部が切り裂かれていて包帯が巻かれていた。皆後ろ手に縛られてうずくまっていて、建物の中に三人の見張りが付いていた。やはりこのまま放っておく訳にはいかないだろう。まだ戦は終わってない、兵が釈放されるにしてもかなり先だろうし、レンティオは指導者階級に属している。下手をすると処刑対象だ。

 起きて見張っているのは十人、中の三人を片づけても外に七人いる。負傷して捕虜になっている五人がどの程度動けるのか分からない。起きている見張り十人をできるだけ手早く片づけて、さっさと退散したかった。三十人全部を相手するのは分が悪い。

 タギは天井の梁を伝って見張りの真上まで移動した。三人の真後ろに音もなく飛び降りると一瞬のうちに三人の首筋に手刀をたたき込んだ。三人とも声も立てずに昏倒した。頸が不自然な角度に曲がっている。気を失わせるだけにとどめるような余裕はなかった。起きていた何人かの捕虜がいきなり目の前で起こったことに目を丸くしていた。暗すぎて何が起こった正確には分かっていなかったが、見張りが三人ともいきなり倒されたことは分かったようだ。タギはしーっと声を出しながら、唇の前に指を立てて黙っているように指示した。倒した三人から剣を取り上げ、捕虜たちを縛っていた縄を斬った。全員の縄を斬る頃には皆目を覚ましていた。


「タギ?」


 ウルススが縄を切られるときにささやき声でタギの名を呼んだ。周りから、


「タギ?」


という声が上がった。


「助けに来た。動けるか?」

「なに、かすり傷だ」

「他の負傷者は?皆動けるか?」

「レンティオ様が一番重傷だが、幸い足ではない」

「大丈夫だ。走れと言うなら一晩でも走ってやるぞ」


 レンティオの声がした。小さな声だが、重厚な響きを持った声だった。ドナティオの声によく似ていたが、ずっと深みがあった。タギは負傷していない三人に剣を渡した。


「外に七人いる。片づけたら外から戸を開けるからすぐに出られるように準備しておいて欲しい」


 タギはそう言うとまた窓にロープを掛けてするすると身軽に登っていった。十一対の眼が暗がりの中でタギの姿を追っていた。

 窓の下を定期巡回の三人が通るのを待って、その後ろに飛び降りた。指の間に先をとがらせた鉄の棒を挟んだ両手を同時に振って、三人の首の後ろにそれをたたき込む。三人とも声も出せず同時にくたっと倒れ込んだ。さらに三本の剣を回収した。

 出入り口の見張りは左右に二人ずつ分かれていた。そのうち二人が槍を持っていた。声を出す時間を与えてはならなかった。右手に二本、左手に二本鉄の棒を指の間に挟んだ。慎重に狙いを定めてまた両手を同時に振るった。四人がくずおれる。素早く戸に近寄って、鍵の付いたかんぬきをナイフで二つに叩ききった。戸が開くと同時に十一人の男たちが飛び出してきた。男たちが倒れている見張りから剣と槍を回収した。巡回していた三人から回収した剣を渡すとレンティオを除く十人が武器を手にしていた。タギが先導して走った。ただならぬ気配に気づいて幕舎の中が騒がしくなり、兵たちが出てきたが、そのときにはもう逃げ出した男たちは闇に紛れ込んでいた。すぐに異変に気づいて大声があちこちで上がったが、男たちはその声を後ろに聞きながらひたすら走った。

 闇の中では土地勘のないセシエ公の兵たちは的確には動けなかった。馬を出してもどちらへ行けばいいのか分からなかった。その間にテッセの男たちはアザニア湖の北にある森の中へ逃げ込んでいた。アザニア盆地は広い。その中でいったん逃げ出してしまえば簡単には見つからない自信が男たちにはあった。

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