第3話 侵攻 4章 脱走 1

 男たちが足を止めたのは夜明け近くになってからだった。うっそうとした森の中にはまだ雪が残っていた。男たちは肩で息をしながら座り込んだ。


「タギ殿、ご助力かたじけない」


 レンティオ・ツェンテスが息を切らせながら、軽く頭を下げた。男たちも口々に礼を言った。特にウルススはタギの手を取って拝まんばかりだった。

 休憩をとってはじめて皆が気づいたのだが、レンティオの様子が変だった。荒い息を吐いて、額に脂汗が出ている。左肩に当てられた包帯の血痕が広がっていた。


「レンティオ様!」

「・・・大丈夫だ。さあ出かけよう」


 立ち上がろうとして、レンティオの腰が砕けた。立つことができず、くずおれてしまった。男たちがレンティオの周りに駆け寄った。


「いかん、また出血している」

「弾が入ったままだ。取り出さなくては!」


 絶望的な表情で騒いでいる男たちをかき分けて、タギがレンティオのそばに膝をついた。

 男たちが怪訝そうにタギを見ている。タギは慎重に傷を覆っている包帯を取り除いた。大きな、辺縁がギザギザの傷だった。傷の周りの皮膚の一部が壊死して色が変わっていた。固まった血液の間から新しい血がにじみ出ている。


「確かに弾を取り出さなければならないようだ。レンティオ殿、私で良ければやってみるが?」


 レンティオが怪訝な表情でタギを見た。


「傷の手当てについて多少の心得はある。経験も」


レンティオは少しためらったが他に選択肢はなかった。


「・・お願いする・・。他にはできそうな人間がいない」


 タギが周りの男たちに言った。


「汚れていない布をできるだけたくさん集めてくれ、それから水をくんできてくれ」


 先ほど小さな流れを超えてきたばかりだった。そこまで戻れば水が手に入る。できれば湯がほしかった。しかし湯を沸かす道具が何もない。

 レンティオに細い木の枝を噛ませた。凝固した血液を皮膚から慎重にはがして、傷口を堅く巻いた布で圧迫止血する。水で洗ったナイフを差し込んで傷口を探った。弾は左の鎖骨を砕いて止まっていた。傷口を水で洗い、慎重に位置を確かめて、ナイフをこじいれて組織に食い込んでいる弾を浮かせた。レンティオが歯を食いしばっている。噛んでいる木の枝を食いちぎりそうだった。にじみ出てくる血液を圧迫止血しながら、慎重にナイフを動かす。弾をナイフでつついて、動かせるようになったことを確かめて、タギは指を入れて弾を掴んだ。そのままそっと弾を掴みだした。もう一度布で押さえて圧迫する。傷口の周囲の壊死組織を除去した。できれば縫い合わせたいところだったが、その道具もなかった。ほぼ止血したことを確かめて包帯を巻き直した。レンティオの息づかいが楽になっていた。タギがレンティオの額の汗を拭いてやった。


「もう大丈夫だ、と言いたいところだが、未だ安心できない。できるだけ早くきちんとした手当が必要だ。だが左手はかなり不自由になる」


 レンティオは頷いた。精根尽き果てたように横たわっている。自力では動けそうもなかった。タギは男たちを指図して木を二本、適当な長さに切らせ間に布を渡して即席の担架を作った。それでも進む速度は遅くなる。レンティオが命じて負傷していない男を一人、先に行かせた。抜け道を通ってカディスまで行き、迎えをよこすように言ったのだ。アザニア盆地に入る道は東西のニア街道、南北のカンディア街道だけではない。山人しか知らない細い脇道がたくさんある。ただそんな道は本当に狭くて、人が一人やっと通れるだけという道ばかりだった。

 タギが持ってきた食料を分けて食べた。全員に分けると一人分はいくらもなかったが、それでも食べることができるのはありがたかった。ささやかな朝食を食べ終わって、一行はレンティオを担架に乗せてゆっくりと進み出した。そこはもうアルヴォン大山塊の中だった。

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