第3話 侵攻 4章 脱走 2
タギが気配に気づいたのは陽も高くなってからだった。横を歩いていたウルススに言った。
「追跡されている」
「なんだと?」
「先に行っててくれ。様子を見てくる」
タギは気配を消して、引き返した。木に登って双眼鏡を使う。案の定、半里ほど後ろから追跡してくる一隊があった。全部で十五人、先頭の三人は明らかに正規兵ではなかった。独特の雰囲気を持っている。正規兵の武器は剣と槍、弓を持っている兵もいた。鉄砲はない。それだけ確かめて、タギは急いで先に行く男たちを追いかけた。
追いつくと担架に乗せられたレンティオのそばに寄った。どうだったと目で訊いてくる。
「十五人ほど、追跡してくる。今の速度だと直ぐに追いつかれる。どこかで迎え撃った方がいい。それに弓は持っているが鉄砲を持ったやつはいない」
「そうだな。我々の方が少ないが、山の中なら我々に利がある。ウルスス、私は動けそうもない。おまえが指揮を執れ」
「承知しました」
タギもウルススに言った。
「ウルスス、正規兵は任せる。私はマギオの民を片づける」
「マギオの民が付いているのか?」
レンティオが驚いた声で訊いた。タギが頷いた。
「だから正確に後を付けてこられたんだ。十人もの人間が動けばいろんな跡が付くからな。もっともマギオの民でなければその跡を見分けるのは無理だろうが」
いくら山に慣れた
「よし、野郎ども。出迎えの準備だ。山の中では昨日みたいにはいかないってことを教えてやろうぜ」
山人の何人かが声をそろえた。
「おう!今度こそ目にもの見せてやる!」
足場の悪い、狭い山道では人数の多さは必ずしも有利にならない。全兵力を同時に戦闘に参加させることが可能とは限らないからだ。下手をすると列の先頭の一人ずつが順番に戦う勝ち抜き戦になってしまう。
テッセの男たちはそれでなくても狭い道に木を切って障害物を置いた。急に道が曲がって見通しの悪い地点を選んだ。道の両側はうっそうとした森で土地勘のないセシエ公の正規兵が足を踏み入れるとは思えなかった。一時に戦える人数を制限してしまえば、後は気を付けるのは飛び道具だけだった。
タギは少し手前の道の側の高い木に登った。先を尖らせた鉄の棒は二本しか残っていない。遠距離で投げることになるので同時に複数を扱うのは無理だった。タギほどではないが、山人たちも山の中で気配を消すことを知っている。狩には不可欠のことだからだ。
何も気づかずに追跡の兵は近づいてきた。
ほとんど真下に彼らが来たとき、タギは最初の一本を投じた。先頭を進んでいたマギオの民が倒れた。次の瞬間その後ろにいた二人のマギオの民が飛び退いて身構えた。正規兵は未だ何が起こったか分からずに、怪訝な表情をしていた。
「敵だ!」
マギオの民の一人が鋭い声で警告を発した。セシエ公の正規兵達はさすがに鍛えられた兵で、一瞬びっくりしたような顔をする者もいたが、聞き返すこともせず、すぐに剣や槍を構えて、戦闘隊形をとった。
鉄の棒を投じたことで生じた気配を、マギオの民は敏感に感じ取っていた。残った二人ともタギのいる方に視線を向けていた。彼ら独特の短弓を構えた。素早く矢を放つ。
タギは飛んできた矢をナイフで切り払って枝づたいに木から飛び降りた。タギの影を矢が追う。次々に木の幹に矢が突き立った。地面に降りたタギはナイフを構えた。マギオの民が森の中へ駆け込んでくる。
正規兵も戦闘隊形のまま道を進んで、障害物の陰にひそんでいたテッセの男たちとの戦いが始まった。男たちの怒声が森の中に響いた。
タギとマギオの民たちとの戦いは無言だった。木の幹を障壁に使い、草の間に身を伏せて戦った。一人が特に手強かった。もう一人をおとりに使うような動きで、タギに対して短弓を撃ってきた。ようやくその男の後頭部に鉄の棒を突き立てたときには、セシエ公の正規兵とテッセの男たちとの戦いも終わっていた。
テッセの男たちの戦いは見事なものだった。数で劣るにもかかわらず、そして武器が奪った長剣と槍しかないにもかかわらず、十二人のセシエ公の正規兵をすべて倒していた。ただし無傷とはいかなかった。
もう一度テッセの男たちと合流したタギは息をのんだ。ウルススが倒れていた。胸に矢がつき立っていた。走り寄ったタギが手を取ってももう脈がなかった。矢先は背中に抜けていた。呆然としているタギにレンティオが言った。
「私をかばってくれたのだ。やつらが一人障害物を乗り越えて弓を構えたので、ウルススが盾になってくれた」
なんということだ。テッセの他の男たちなどどうでもいい。ウルススを助けにきたのだ。自分はいつもこうだ。一番助けたい人間を助けられない。今回もそうだ。カティーとターシャになんて言えばいいんだ。
タギはウルススの側に膝をついていつまでも動こうとしなかった。
この戦いでウルススを含めて、四人の男たちを失ったテッセの男たちが、迎えに来た人々と合流したのは次の日の朝だった。
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