第3話 侵攻 3章 捕虜 1
タギはカティーに、野宿の用意をして、できるだけたくさんの食料を持っていくように言った。カディスは多分、ニアから逃げ出した人たちでいっぱいだろう。宿は勿論 、食料も手にはいるかどうか疑わしかった。アルヴォン西峰から集まった援軍も、ニアが陥落したと聞いてもどうするべきか決めかねて、あの辺りをうろうろしている可能性が高い。彼らがあちらこちらで野営しているだろうから、野宿の安全性はかえって高いと考えていい。
次の日の朝、タギとカティーとターシャは、二頭の馬の背に山ほど荷物を積んで出発した。援軍に出ている男たちの女房や母親から託された荷物も多かったからだ。カティーは男物の服を着て、長剣を吊っていた。カティーが楽々とその長剣を使いこなすのをタギは知っていた。ターシャは大人に負けないくらい達者に歩いた。
「ランとは違うな、やっぱり」
小さくつぶやいたつもりだったのにターシャが聞きつけた。
「まだあんななまっちろい貴族のお嬢様のことなんか覚えてるの?ほんとに未練がましいったらありゃしない!」
「ちょっと待てよ、ターシャ。何が未練がましいんだって?」
「だってそうじゃない!いつまでもうじうじと想い出しているんでしょう!」
ターシャはぷいと横を向いてタギから離れて歩き出した。カティーが今にも吹き出しそうな顔でタギを見た。
「カティー、何とかしてくれよ。この前からターシャは機嫌が良くなったり、悪くなったり、手に負えないよ」
「どうせあたしは手に負えないお転婆ですよ!貴族のお嬢様じゃないんだから!」
前の方を歩いていたターシャが振り返って、舌を出しながら悪態を付いた。そのまま足を速めてもっと先に出た。
「あきらめるのね、タギ。あんなかわいい娘を連れて歩いたんだから、少しくらいその報いを受けても仕様がないでしょう。そのうちターシャも忘れるわよ」
笑い出すのを懸命に我慢しながらカティーが言った。
カディスに近づくに従って街道の端で野営している集団を見るようになった。ニア街道沿いではない所にも、アルヴォンには平地者の知らない集落がいくつもある。カティーはそんな集落もよく知っていた。近づいて簡単に話を聞いては戻ってきた。
「ほんとに西アルヴォン中から来ているわ。どうするのか決めかねているみたいね。誰かが強力な指導力を発揮しなければ、なし崩しに自分の町へ帰っていくだけでしょうね」
「誰だと指導できるんだ?」
「やっぱりニアのガンドール様くらいの人でないと駄目ね。でも肝心のガンドール様がどうなっているのかさっぱり分からないときている。生きてらっしゃるのか、殺されたのか、ニア陥落のどさくさでどうなったのか、ドナティオも知らないって言ってたし」
「まとまって反撃するのは無理か」
「ニアへの援軍全部合わせても、セシエ公の軍より少ないのよ。ニアっていう拠り所を失ったら反撃もくそもないわね。やつらが山中に入ってこない限りどうしようもないんじゃないかしら」
カディスは予想通り、人でいっぱいだった。町の中にも周囲にもたくさんのテントが並んでいる。テッセから来た援軍の情報を求めてテントの間をうろうろしていたカティーは、もっとニアに近いところに彼らがいると聞いてきた。統一された司令部がある訳ではないので情報も錯綜し、拡散していて、全体の姿も掴みにくかった。
屯している男たちをかき分けるようにして、西ニア街道をニアに向かって進んだ。所々で街道が広くなっている。広くなっているところには必ずと言っていいほど男たちの一隊がいた。普段人の少ない所であるだけに、余計に混雑しているように感じられた。
ニアに近づくに従って屯している男たちは無口になり、顔つきが厳しくなった。テッセからの人々はほとんどその先頭に近いところにいた。まだカディスとニアの間の半分の距離を残すくらいの地点だったが、着いたときには夕方になっていた。
テッセの人々の雰囲気はただごとではなかった。皆殺気だっていたし、負傷した人間も多かった。カティーはまゆをひそめて人の群れに中に入っていった。
タギのところまで事情を尋ねるカティーの声が聞こえた。三、四人の人間に話を聞いてカティーはタギとターシャの所へ戻ってきた。血相が変わっていた。
「今日の午後、ガザンの連中と一緒にアザニア盆地の偵察に出かけたというんだよ。ところが西ニア街道の口のところに関所が設けられていて、セシエ公の手の者が詰めていたんで、そこで小競り合いになったってことなんだけど、やつら手強くて、レンティオ様が負傷して捕らえられたらしいの。ウルススも一緒だって」
ターシャが悲鳴を上げた。
「何?カティー!ウルススがどうしたの?」
「負傷したレンティオ様をかばっているうちに一緒に捕まったらしいの」
「ウルススは無事なのか?怪我をしているというようなことはないのか?」
「わからない。とにかくみんな自分のことで精一杯だったようよ。かろうじて、レンティオ様と何人かの男たちがやつらに囲まれて連れて行かれるのを見ただけだというの」
ターシャがカティーにしがみついて、見上げながら訊いた。
「カティー!ウルススは、ウルススはどうなるの?」
「分からない。とにかく負傷した連中をここまで下げて、残りはドラヴァが指揮を執って口の近くにいるということらしいわ。あたしは様子を見に行くからね」
タギが馬の手綱を取った。
「一緒に行こう」
「あたしも!」
「ターシャ!」
カティーの叱責にターシャが地団駄を踏んだ。
「あたしも行く!連れて行ってくれないんだったら、一人ででも行くから!」
タギが膝を折ってターシャと視線の高さを同じにした。
「ターシャ、待っているようにいわれたらそこで待ってられるかい?それが約束できなければ縛り上げてでもここに置いていくよ」
「うん、タギ。約束する。待ってろといわれたら、そこでおとなしく待ってるから」
カティーが信用できないというようにターシャを見つめた。ターシャが俯いて足下の石を蹴った。
「だって、事情も分からないところでじっと待ってるなんていやだもん。そりゃあ、あたしは役に立たないかも知れないけど、でもウルススのことは少しでも早く知りたいもの」
「ターシャ、松明を二本借りておいで。もうすぐ足下が暗くなるから」
「うん」
勢いよく頷いて、松明を借りるためにかがり火の方へ走っていったターシャを見送って、カティーが非難するように、立ち上がったタギに視線を向けた。
「カティー、私を責めるのは筋違いだよ。あんたがテッセを飛び出したときから、こんなことになる可能性は予測できたはずだよ」
カティーが肩をすくめた。
「まったくね、よく似た母娘と言いたいんでしょ。でも一人で置いとくわけにもいかないから仕方がないかね」
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