第3話 侵攻 2章 陥落 3
カティーが『青山亭』の玄関に戻ってきた。
「ターシャ、わたしは今から議会の前に詰めるから、タギの世話をして!適当に料理を作って部屋の用意をして!」
カティーは返事も聞かず、また出て行った。ターシャが肩をすくめてあきれたように言った。
「適当に、だって。ほんとにカティーったら、ウルススが行ってからおかしいの。何もかも上の空で、昨日の料理だって適当だったのよ。スープに塩を入れ忘れるし、肉は焦がしちゃうし」
ターシャがハムを厚く切って焼き、野菜と豆のスープを作り、パンをかごに盛って夕食の用意をした。自家製のバターとチーズを添える。
「お酒はいる?」
「いやいいよ。一人で呑んでもうまくない」
「あたしが相手をしてもいいよ」
「遠慮しよう、ターシャに酒なんか飲ませたらウルススとカティーにしかられる」
子供扱いされてターシャがふくれたが、タギは気にしなかった。ターシャも一人で食べるのは気が進まないらしく、ふくれながらでもタギと一緒に夕食を摂った。
カティーは暗くなってから帰ってきた。ドナティオたちが議会で報告、説明しそれから議会前で集まった町民に説明したという。ほとんど全部の町民が集まって身動きもできないようなところで説明を聞いたが、さらに質問が出て長い時間がかかったとカティーがタギとターシャに言った。
「で、どういうことだったの?」
ターシャがカティーの前に料理を並べながら、訊いた。ついでに酒瓶とグラスも出している。タギの前にもグラスを置いた。カティーは何から話そうか迷っているようだったが、要点から話し始めた。
「ニアは陥ちたってさ」
「まさか!」
タギとターシャの声がそろった。
「セシエ公の軍がアザニア盆地に入ってたった三日しか持たなかったって言ってたよ。ドナティオたちは命からがら、市街戦の始まったニアを逃げ出してきたって。カディスの手前でテッセから出した援軍と落ち合ったそうよ。レンティオたちは様子を探るとか言ってそのままニアへ向かったってことらしいわ。ウルススもね」
レンティオ・ツェンテスはガリオ・ツェンテスの弟でニアへの援軍の指揮を執っていた。
「たった三日でニアが陥ちたのか?」
タギの問いにカティーが暗い顔で頷いた。
正確にはニアの市壁への攻撃が始まって二日で、ニアは占領された。市壁にはしごをかけて登る兵たちを鉄砲が援護したという。市壁にとりついた敵を攻撃しようとして、障壁から身をのりだすと鉄砲で撃たれた。市壁から七、八十ヴィドゥー離れたところに鉄砲隊がいて、市壁の上にいる守備兵を片端から打ち倒したという。狙いが正確で、しかも一人に対して二、三丁の鉄砲で狙い撃った。次々に味方を失って、守備兵が障壁の陰で居すくんでいるうちにどんどん敵が市壁を登ってきて、突破された。三カ所ほどの市壁に大量の鉄砲隊を集め、短時間のうちに占拠したセシエ公の軍は、そこを拠点にニアの町内を攻撃した。市壁を越えられてしまえば戦力に勝るセシエ公の軍に抵抗するすべはなかった。すぐに大門が破られ、敵がなだれ込んできた。あちこちから火の手の上がる町から、ドナティオたちは市壁から垂らした綱を伝ってやっとの思いで逃れたのだ。
グラスを持ったまま口に運ぶことも忘れて、タギはカティーの話を聞いていた。この世界の戦のやり方が全く変わるだろう。飛び道具を前提にした戦術が必要になる。セシエ公は鉄砲の使い方を知っている。多数の鉄砲で戦場を支配するやり方を知っている。この武器を使い始めて間もないのに、もう鉄砲を主力の武器と考えている。恐ろしい男だとタギは思った。そのうち鉄砲はもっと精密になり、もっと長距離を攻撃できるようになる。発射速度もどんどん上がる。自明のことだった。
タギはニアへ行ってみることにした。ニアを攻撃したやり方を見ておきたかった。どんなふうに鉄砲を使ったのか、どれくらいの数の鉄砲を使ったのか、その場にいなければ分からないことも多いだろうが、見た人たちの話を聞くことはできるだろう。
タギがニアへ行くと聞いて、カティーも一緒に行くと言い出した。
「ちょっと待てよ、カティー。ターシャはどうするんだ?戦場へ連れて行く訳に行かないって言ってたじゃないか」
「だって戦闘は終わったんだろう?ニアが陥ちてしまえば、どうしようもないじゃないか。戦闘地域でなけりゃターシャを連れて行ってもいいだろう?」
「だったらここでウルススを待っていてもいい理屈だろう?わざわざ危ないところへ行かなくても」
「目の届かないところにウルススを置いておくと、何をしでかすか分からないからね。後先考えない男だから」
タギはため息をついた。カティーがこんなことを言い出したら後に引かないことをよく知っていた。後先考えないのは一体誰なんだ?と言いたかった。
「ウルススへの言い訳は自分でやれよ。私は知らないからな」
「アルヴォンのことはあんたより私の方が良く知っているからね。あんたに負けないくらいに速く歩くこともできるし、馬を御すこともできる。足手まといになんかならないよ。あたしもターシャもね」
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