第24話 シス・ペイロス遠征 1章 集結 2
サンディーヌにそう命じてからタギの方を振り返った。
「それからタギ、あなたはレーザー銃を持っているのだから、アンタール・フィリップ様の前衛という形になるわ。あなたがいれば翼獣も簡単にはアンタール・フィリップ様に近づけないでしょうから」
「あなたの護衛はいいのですか?」
「私はたいていアンタール・フィリップ様の近くにいるわ。ランも一緒にね」
それで安心でしょうと言いたげな顔をして王女がそう告げた。
タギが一人で幕舎に帰るとヤードローが、
「ランは王女様のところか?」
と訊いた。道々セルフィオーナ王女との約束のことを話していたからだ。
「そうだ」
ヤードローが不満そうに鼻を鳴らした。しかしランのことを考えると自分一人で守るよりも王女と一緒に居る方が安全なことは分かっていた。
「ランが一緒でないと寂しくなるな、でもマギオの民のことはいいのか?彼らにランを守ってもらうつもりだったのだろう?」
「そうだが、あいつらが喜んでランの護衛をやるつもりだったとも思えない。私の協力を求める代償みたいなものだから、その手間がなくなってかえってすっきりしたと思うのじゃないかな。それにアティウスが現れない。いくら何でもおかしい」
何かあったと思うがマギオの民のことは外からは分からない。だがアティウスがこのまま来ない事態も十分に考えられる。そうなると約束自体が曖昧になる。来る途中でロンディウスに訊いてみたが、約束についてのアティウスからの言及はなかったと言っていた。
アティウスは約束を守る男だ、その程度には信用していた。それが約束を守れていない。さすがにこの段階で粛清されたとまでは考えてなかったが、何か重大なことが起こったに違いない。あいつらしくない不手際だ。ヤードローに聞かせることでもないので口には出さなかったが、そう思っていた。
「そりゃまあ、そうか。そのアティウスがいなきゃマギオの民そのものが信用できないものな」
それ以上は、このことは気にしないことにした。アティウス以外のマギオの民にとっては、ランの護衛など重要なことではないだろうというのがタギとヤードローの考えだった。シス・ペイロスに渡ったマギオの民はタギの目から見てもおかしい。ひどく未熟な者が混じっているし妙にびくびくしている。とてもこれまで見てきたようなマギオの民とは思えない。だから王女がランの保護を約束してくれたのは実に好都合だった。
「ランがいないとなると、俺がいる必要があるのかな?」
「いてくれるとありがたい。何しろ行くのはシス・ペイロスの黒森だ。詳しい人間がいない、あんた以外には」
「俺の知識はかなり古いぞ。去年行った所以外は」
「集落の場所なんかは変わらないだろう。何しろ森の中は迷路みたいなものだからな。多少とも知っている人間がいるのといないのとでは大違いだ。機会があればセシエ公に紹介するよ。案内人として」
「セシエ公か、評判を聞くと進んで会いたい相手でもなさそうだが」
「役に立つ人間はきちんと評価すると思うがな」
「役に立つと思ってくれればの話だ」
ランがいなくなった寂しさの影響だろうか、タギもヤードローもいつになく饒舌だった。
四日後、セルフィオーナ王女とセシエ公は最後にオービ川を渡った。底の浅い川舟は馬を何頭も乗せることができるほど大きかったが、別々に二艘を仕立てての渡河だった。タギはセシエ公の直衛隊に混じり、ランはセルフィオーナ王女の侍女に混じって舟に乗った。ヤードローはその前に小者を乗せた舟に便乗した。王家とセシエ公爵家の旗を舳先に立てた二艘の川船は、辺りを睥睨するように悠然とオービ川を渡った。
「ここがシス・ペイロスなのね」
セルフィオーナ王女が広い河原を突っ切り、小高くなっている土手に上って見晴らしがきくようになって最初に言った言葉だった。オービ川は大河とはいえ、川一つ隔てただけで景色が全く変わった。日当たりの悪いところには雪がまだ残っているのは同じだったが、シス・ペイロスは荒野だった。王国の沃野とは異なり、草もまばらにしか生えておらず、背の低い灌木が所々に固まっている景色が起伏を持って地平線まで続いていた。地面を少し掘れば凍った土が出てきた。風は一段と冷たく感じられた。
「荒れた所ね、いかにも不毛の荒野という感じだわ、ねえ、ラン」
王女が振り返って、サンディーヌと一緒に後ろに控えていたランに語りかけた。
「はい、でも人は住んでいます。地面にしがみつくように。懸命に」
その荒野の中に大規模な補給基地ができあがっていた。中央に物資を入れるための大きな幕舎がいくつも立てられており、その周りに運搬用の馬と荷車が集められていた。物資を守るように兵員用の多数の幕舎が立っていた。兵士と小者が忙しそうに立ち働いていた。
河原から護衛を兼ねた儀仗用の兵が並んで道を作り、セシエ公とセルフィオーナ王女はその前を通って貴賓用の幕舎へ入った。セシエ公用とセルフィオーナ王女用の幕舎は特別製だったが、将校用の幕舎、兵員用の幕舎、そしてマギオの民用、小者用の幕舎は区別できない。しかしこの順で詰め込まれる人数は増えていった。
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